荒瀬克己(大谷大学 教授/中央教育審議会 教育課程部会委員)

大谷大学 教授
中央教育審議会 教育課程部会委員
荒瀬克己
あらせ・かつみ● 1953 年生まれ。京都市立堀川高
校校長、京都市教育委員会教育企画監等を経て、
2014年4月より大谷大学文学部教授。05年以降、
中央教育審議会初等中等教育分科会、教育課程部
会、
キャリア教育・職業教育特別部会、高等学校教
育部会、高大接続特別部会、教育課程企画特別部
会、高大接続システム改革会議等の委員を歴任。福
井大学教職大学院客員教授ほか役職多数。
【Lecture】現場教師に求められるのは?
年︵ 度 ︶内に中 央 教 育 審 議 会の答 申が
行われる予 定の次 期 学 習 指 導 要 領 。
現 場は、これをど う 捉 え 、 ど う 活かせばよいのでしょうか。
教 育 課 程 部 会 、 教 育 課 程 企 画 特 別 部 会 等の委 員 として
長 く 議 論 を 重ねてきた荒 瀬 克 己 氏に伺いました。
2︶。 そして、 学 校 教 育 法
条2項
で示 された、いわゆる 学 力の三 要 素
針に掲 げていま す︵ 図1︶。 これから
﹁ 社 会に
次 期 学 習 指 導 要 領では、
開かれた教 育 課 程 ﹂の実 現 を 基 本 方
できることを どう 使 うか﹂
︵ 思 考 力・
︵ 知 識・技 能 ︶、
﹁ 理 解 していること・
﹁何を理解しているか、
何ができるか﹂
﹁何ができるようになるか﹂
求められる3つの資質・能力
の社 会で自 立 的に生 きていく ために
判 断 力・表 現 力 等 ︶、
﹁ どのように社
をベースに、3つの柱 を 立て、 求めら
必 要 な 資 質・ 能 力 を 、 社 会 と 連 携
会・世 界 と関わり、よりよい人 生 を
れる資 質・能 力 を 明 確 化していま す 。
しながら育 も うということです 。
送るか﹂
︵ 学びに向かう 力・人 間 性 等 ︶
です 。
これらはそれぞれがとても 重 要で
すが、私は、3つ目の﹁どのように社
今 回の改 訂では、これまで改 訂の
中 心であった 指 導 内 容の見 直 し、 す
ように学ぶか﹂
﹁ 何ができるようにな
会・世 界 と関わり、よりよい人 生 を
なわ ち﹁ 何 を 学ぶか ﹂に加 え 、
﹁ どの
るか﹂という 点 を 重 視していま す︵ 図
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2016 OCT. Vol.414
取材・文/堀水潤一 撮影/平山 諭
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【Lecture】現場教師に求められるのは?
「授業」で社会を生きる力を育む
送るか﹂に注 目していま す 。 これは、
セージは、 現 場の先 生 方の腑に落 ち
成 績 、ボランティア活 動 、 生 徒 会 活
﹁ 優 し さや 思いや
3つ目の柱には、
り ﹂とまで書かれていま す 。性 善 説・
うか 。 人が生 きていく ために欠かせ
当 た り ま す 。 教 育 基 本 法5 条2 項
性 悪 説 という 考 え 方 が あ り ま す が、
動、部 活 動などの取 り 組みを、ポー
には、﹁ 各 個 人の有 する能 力を伸ばし
仮 に 優 し さ が 生 ま れついての性 質で
学 習 意 欲が本 来、人が備 えている
能 力だとしたとき、ではなぜ、 長じ
やすいのではないでしょうか。
つつ﹂という 文 言 が あ り ま す 。 各 個
あるならば、 生 まれつき 優 し く ない
るにつれ 低 下 していくのでしょう か 。
ないものだからです 。
人には元々能 力が備わっていることを
人は、 永 遠に優 し く ないことにな り
私は、 評 価の問 題が大 きいと感 じて
条の﹁ 主 体 的に学 習に
前 提 としている点で目 を 見 張 り ま す
ま す 。 ところが、﹁ あの人は苦 労した
いま す 。ペーパーテストの成 績 を 重 視
する志 望 理 由 書が書 けない生 徒がい
学校教育法
が、その能 力とは何か。 当 然 多 様で
から、 人の痛 みがよ く わかる ﹂と 言
し、 生 徒 を 数 字に当てはめてしま う 。
ま す 。 なぜその大 学で学ぶのかが自
徒に伝 える。 その第一歩 が 観 点 別 評
指 導している塾があるそ うです 。 そ
ある国 立 大 学のAO入 試 対 策とし
て、志 望 理 由の書 き 方 まで徹 底して
た と え ば 、 指 定 校 推 薦において、
評 定 平 均 値は高いのに、 大 学に提 出
でしょう 。
るよう な 取 り 組みも 重 視 されるべき
さらに、 生 徒 自 身が自 分のキャリ
アプランを 立て、 文 字 化 し、 振 り 返
トフォリオなどを 通 じて生 徒 が 記 録
しょうが、 共 通 するものがあるよう
われるように、経 験によって人として
もっと、次につながる評 価はできない
分でもよ く わかっていない。 これは、
取 り 組 む 態 度 ﹂、つま り 学 習 意 欲に
に思いま す 。 それは学 習 意 欲 。 2、
の幅や 深みが 生 じることは多々あ り
ものでしょう か 。 様々な 角 度 から 多
し、教 員が把 握 することも 大 切です 。
3 歳 の 子 ど も が 何 か を 見 て﹁ こ れ
ま す 。 学ぶことで人は変 容 するのだ
次につながる評価こそ
教員としての本務
何 ? ﹂と 疑 問 を口にす る 。 この﹁ 知
価です 。 今 回の改 訂では、小・中 学
の国 立 大 学の担 当 者に伺ったところ、
改 善 も 進 め ま す 。 そ う して 生 じる
3観 点に整 理し、指 導 要 録の様 式の
体 的に学 習に取 り 組 む 態 度 ﹂という
識 及び技 能 ﹂
﹁ 思 考・判 断・表 現 ﹂
﹁主
で す 。 学 力の三 要 素 を 踏 ま え 、
﹁知
高 校でもしっかりとやろうということ
た。
こと ﹂という 返 事に私 は 共 感 し ま し
る時 間 を もつ。 それ自 体は大 変 良い
高 校 生が自 分 を 見つめ、将 来 を 考 え
しょう が 、 少 な く と も 数 カ 月の間 、
生 方 に 指 導 し ていた だ く のが 筋 で
お られ ま し た 。
﹁ 本 来 は 、 高 校の先
能 が 不 十 分 ﹂といった 評 価 を 生 徒 と
いる﹂とか、
﹁ 関 心 は あ る け れ ど、 技
けてやりとり することが、生 徒のキャ
分 だよ ﹂
﹁ここはいいね ﹂と 時 間 を か
評 価は一方 通 行で終わってはいけ ま
せん。 生 徒と相 対し、﹁この点は不 十
リア形 成につながりま す 。
共 有し、次につなげるのです 。
ど、 疑 問 を もって取 り 組 も う として
﹁ 基 礎 的 な 知 識 は 不 足 しているけ れ
てこなかった 面 も ある観 点 別 評 価 を、 いっこうに構わないと前 向 きに捉 えて
校 と比べ、これまであ ま り 重 視 され
す 。 その評 価 を 、 時 間 を か けて 生
とても 残 念なことです 。
※平成27年8月28日
中央教育審議会 教育課程企画特別部会「論点整理」
より作成
面 的に評 価 を することが求められま
教育課程の実施に当たって、地域の人的・物的
資源を活用したり、放課後や土曜日等を活用した
社会教育との連携を図ったりし、学校教育を学校
内に閉じずに、
その目指すところを社会と共有・連
携しながら実現させること。
し、そこには人 間 性 も 含 まれる。 そ
3
りたい﹂、 あるいは﹁やってみたい﹂と
これからの社会を創り出していく子供たちが、社
会や世界に向き合い関わり合い、自らの人生を切
り拓いていくために求められる資質・能力とは何か
を、教育課程において明確化し育んでいくこと。
して、 それも また 新 しい時 代に求め
2
いう 、 学びに向かう 力は、 生 まれな
社会に開かれる前に、
生徒、教師に開かれていること
加 えて、 各 種 資 格やコンクールの
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社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、よりよ
い学校教育を通じてよりよい社会を創るという目
標を持ち、教育課程を介してその目標を社会と共
有していくこと。
られる 資 質・ 能 力 なのだ というメッ
1
がらに備 わっているのではないでしょ
図1「社会に開かれた教育課程」のポイント
﹁ 忙しす ぎて、そこまでする時 間は
ない﹂とおっしゃる先 生 方の気 持 ち も
真 剣に考 えないといけません。
深い学び
学習内容の削減は行わない
知識の量を削減せず、質の高
い理解を図るための学習過程
の質的改善
のよ うに使 う か 、 使 お う と す るか 、
といった 力 を 丁 寧に見 る 入 試で あ れ
必 死で頭が働いていない授 業はいただ
が一方 的に話 し 続 け 、 生 徒は板 書に
で大 切なのは型ではなく 視 点 。 教 員
型 はど うで も よいというのでは あ
り ませんが、アクティブ・ラーニング
の改 善です 。
ブ・ラーニングの視 点からの学 習 過 程
ています 。その要となるのが、
アクティ
﹁ どのよ
次 期 学 習 指 導 要 領 では 、
うに学ぶか﹂についての方 向 性 も 示し
﹁どのように学ぶか﹂
アクティブ・ラーニングの視点
ば、 高 校 教 育で 大 事にしたいと 思っ
新しい時代に必要となる資質・能力を踏まえた
教科・科目等の新設や目標・内容の見直し
けませんが、机の向 き を 変 え、生 徒
よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を共有し、
社会と連携・協働しながら、未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む
的 対
・ 話 的で深い学び﹂の実 現です 。
なかでも 私は、3つ目の﹁ 深い学び﹂
で説 明されている﹁ 問いを 見いだして
解 決 したり ﹂という 部 分に重 要 性 を
認めていま す 。いわゆる﹁ 問 題 発 見・
解 決 能 力 ﹂です 。
私 個 人としては、高 校 卒 業 までに
つけてお くべき 力の一つに、
﹁ わから な
い﹂とか﹁ 面 白 く ない﹂ものに何 とか
ぶつかっていく 力 、 が あ ると 思ってい
ます 。
﹁わからない、 面 白 く ないから、
やめま す ﹂ではな く 、
﹁ なぜ面 白 く な
いのだろう ﹂
﹁ どう すれば、わかるよ
う に な るのだ ろ う ﹂と 考 えていく 。
対話的な学び
大 学 入 試 が どのよ う に 変 わってい
く かは ま だ 見 え ま せんが 、こういっ
※平成28年9月12日 中央教育審議会 初等中等教育分科会 資料より作成
わかりま す 。 ただ、優 先 すべきは何
主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・
ラーニング」)の視点からの学習過程の改善
てき た ものと、 大 学 入 試 がつながり、
何を学ぶか
対話的な学び
主体的な学び
各教科等で育む資質・能力を明確化し、
目標や
内容を構造的に示す
生きて働く知識・ 技能の習得な
ど、新しい時代に求められる資
質・能力を育成
小学校の外国語教育の教科化、高校の新科目
「公共(仮称)」の新設など
同 士 が 話 し あっていれ ば すべてアク
※平成28年8月26日 中央教育審議会
教育課程部会 資料より作成
各教科等で習得した概念や考え方
を活用した「 見方・考え方 」を働か
せ、問いを見いだして解決したり、自
己の考えを形成し表したり、思いを
基に構想、創造したりすることに向か
う
「 深い学び 」
が実現できているか。
ティブ・ラーニングなのかという と そ
深い学び
れも 違いま す 。
大 切なのは生 徒の内 心 を 動かすこ
と。 どれだけ 胸に深 く 刻みこめるか
です 。 生 徒に力が付かなければ意 味
があ り ませんし、 付 くのならどんな
方 法 だってそ れはアクティブ・ラーニ
ングといえると思っていま す 。
次 期 学 習 指 導 要 領では、アクティ
ブ・ラーニングの3つの視 点 を 打 ち 出
していま す︵ 図3︶。 すなわち、﹁ 主 体
図3 アクティブ・ラーニングの3つの視点
本来、教師がやりたかったことを
今こそ、学校に取り戻す
主体的な学び
子供同士の協働、教職員や地域
の人との対話、先哲の考え方を
手掛かりに考えること等を通じ、
自己の考えを広げ深める「 対話
的な学び 」が実現できているか。
学ぶことに興味や関心を持ち、自己
のキャリア形成の方向性と関連付
けながら、
見通しを持って粘り強く取
り組み、自己の学習活動を振り返っ
て次につなげる「 主体的な学び 」
が実現できているか。
どのように学ぶか
た 学 習 指 導 要 領 改 訂の趣 旨 を 積 極
各学校における
「カリキュラム・マネジメント」の実現
かを 考 えたとき 、 評 価こそ 真っ先に
「社会に開かれた教育課程」の実現
大 学 教 育にもつながっていき ま す 。
何ができるようになるか
的に活かす ものになってほしいと期 待
未知の状況にも対応できる
思考力・判断力・表現力等の育成
あ がって 然 るべき 。 評 価 は 教 員の本
生きて働く
知識・技能の習得
していま す 。 知 識・技 能 を 問 うこと
学びを人生や社会に生かそうとする
学びに向かう力・人間性の涵養
務と言ってもいいはずです 。 そのため
新しい時代に必要となる資質・能力の育成と、学習評価の充実
も も ちろん重 要ですが、それらをど
学習指導要領改訂の方向性
の条 件 整 備 を 、 国 も 教 育 委 員 会 も
図2 学習指導要領改訂の方向性
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2016 OCT. Vol.414
【Lecture】現場教師に求められるのは?
「授業」で社会を生きる力を育む
できるようになってほしいのです 。
く、﹁わからない﹂ところからスタート
打つ。
﹁わからない﹂で終わるのではな
か。 そこまで考 えて必 要な手だてを
るレベルにまで達 していないからなの
それとも、その教 員の話が理 解でき
それは本 当に面 白 く ないからなのか、
大 学の授 業 が 面 白 く ないとし たら 、
を もっているかどうかで変わり ま す 。
と 思いま す 。 生 徒 が 成 長 す るには、
むことが、 学 校の重 要 な 役 割 なのだ
越 えていけるだけの資 質・能 力 を 育
解 決の力であ り、こうした壁 を 乗 り
て対 処 する。 これも また 問 題 発 見・
け とめ、 ど う したらいいのか を 考 え
ません。 そ うした違いに気 付 き、受
わけですから、学 校の常 識は通 用し
けていた 人 間 が、お 金 を 稼 ぎにいく
前 。 それまでお金 を 払って教 育 を 受
まして、教 育 現 場と社 会の接 続な
どスムーズにつな が ら な くて 当 た り
Ⅱ・Ⅲ
︵ 仮 称 ︶﹂を 設 定 するなど。
群 として﹁ 英 語コミュニケーションⅠ・
書 くの4 技 能 を 総 合 的 に 扱 う 科 目
外 国 語 科では、 聞 く 、 話 す 、 読 む、
および﹁ 言 語 文 化︵ 仮 称 ︶﹂を 設 定 。
修 科 目 として﹁ 現 代の国 語︵ 仮 称 ︶﹂
を 引 き 続 き 目 指 す ため 、 共 通 必 履
国 語 科においては、 言 語 能 力の育 成
直 しが 検 討 されていま す 。 例 え ば、
を 軸に、教 科・科 目 構 成の大 幅な見
の確 保 ﹂と﹁ 多 様 化への対 応 ﹂の観 点
期 学 習 指 導 要 領においては、﹁ 共 通 性
員 で 真 剣 に 話 し 合 う 。 教 育 課 程の
な方 法があるのかを 教 科 を 超 えて全
付 けたらいいのか、そのためにはどん
そ うではなく 、 自 分たちの学 校の
生 徒はどういう 状 況で、どんな力 を
にも 開かれていなかったのです 。
言ってみれば、 社 会 どころか、 教 員
ているとは言い難い面 も あ りました。
部 分 を 除 き 、一般の先 生 方に定 着 し
残 念なことに、 自 分の教 科に関 する
いう 言 葉 も 使われていま す 。 しかし
も あ りま す 。 今 回、﹁ 学びの地 図 ﹂と
これは、 問 題 発 見・ 解 決のプロセス
少し話がはずれま すが、私は中 高・
高 大 といった 学 校 段 階 間で、 円 滑 な
周 りの支 えも 必 要 。 支 えになるよう
個 人 的には、現 場の戸 惑いを 考 慮
すると、 目 新しい教 科・科 目 を 増や
していくことには慎 重な立 場ですが、
マネジメント﹂のあ り 方です 。
指導要領で重視される﹁カリキュラム・
善 と 充 実 を 図 る 。 これが 次 期 学 習
き たことを 発 展 させるという 点では
学 習 指 導 要 領 を 踏 ま え 、 各 学 校の
とが大 切だと思います 。 教 育 課 程は、
を 検 討し、 教 員 間で共 有していくこ
のよう な 資 質・能 力 を もたらすのか
ための教 科・科 目であ り、 生 徒にど
究の時 間︵ 仮 称 ︶﹂なども 含め、 何の
﹁ 理 数 探 究︵ 仮 称 ︶﹂や﹁ 総 合 的な探
も 、 そこに実 体 としての生 徒の顔 が
き ました 。 ただ、 現 場 を 意 識 しつつ
資 質・能 力は何か、本 気で議 論して
生 徒が生 きていく う えで必 要になる
私 たち も 、 中 教 審の各 部 会において、
り 組 んでいか れること が 重 要 で す 。
標 を 立て、 共 有 し、 振 り 返 りつつ取
生 方 が 、 生 徒の現 状 を 分 析 し 、 目
大いに期 待していま す 。
教育目標を実現 するものですから。
あったわ けでは あ り ません。 だから
中 心に据 えるのは生 徒 。 その生 徒
にもっと も 近い場 所にいらっしゃる 先
現 行の学 習 指 導 要 領でやろう として
編 成 を 核 と して 学 校 教 育 全 体の改
接 続 だけが重 要 だとは考 えていませ
な評 価のあ り 方が求められま す 。
﹁何を学ぶか﹂
新教科・科目への対応
ん。 少しのつま ず きや違 和 感 も 必 要
だと思 うのです 。 そこをどう 乗 り 越
えるかという ときにこそ 、 自 分に内
在している力が引 き 出されるチャンス
だと思いま す 。
最 後に﹁ 何 を 学ぶか ﹂です が、 次
●
学 習 指 導 要 領 は 、 各 校で 教 育 課
程 を 編 成 す る 際の基 準 で あ り 、 生
重 ね 合わせて、 生 徒 それぞれのこと
向 性のなかで、 各 校が独 自の目 標 と
こそ、学 習 指 導 要 領という 大 きな方
徒にどのよう な 資 質・能 力 を 育てる
を 真 剣に考 えることが大 切です 。
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か を 示 した あ る 種のガイドラインで
円滑な接続も重要だが、
つまずきや違和感もまた必要