31 Ⅲ-3 塩の水素イオン濃度 Ⅲ-3-1 加水分解 Hydrolysis Ⅲ-3

Ⅲ-3
塩の水素イオン濃度
Ⅲ-3-1 加水分解 Hydrolysis
塩は水溶液中で電離し、陽・陰イオンを生ずる。これらの一部が水と反応すること。
塩の水溶液が酸性、塩基性または中性を示す根拠
加水分解の一般形式
MA ⇄ M++
塩
+
H2O⇄ OH−+
⇅
MOH
塩基
・
・
・
Ⅲ
Ⅲ-3-2
A−・・・・・・Ⅰ
+
H+・・・・・・Ⅱ
⇅
HA
酸
加水分解の基本は陽、陰イオンと水との反応
・
M++H2O⇄MOH+H+
・
A− +H2O⇄HA+OH−
・
Ⅳ
タイプ別塩の水素イオン濃度
a)強酸+強塩基の塩:中性
Ex. NaCl+H2O⇄Na++OH−+Cl−+H+⇄Na++Cl−+H2O
*Ⅲ、Ⅳで水酸化ナトリウム、塩酸が生成しても、これらは強電解質であるから、反
応は↑に進み、結果的には加水分解は起こらない。∴中性
b)強塩基と弱酸の塩:アルカリ性
Exs. CH3COONa、KCN
CH3COONa+H2O⇄CH3COO−+H++Na++OH−⇄CH3COOH+Na++OH−
KCN+H2O⇄CN−+H++K++OH−⇄HCN+K++OH−
*Ⅳの反応のみ↓に進み、[OH−]が[H+]より過剰になる。∴アルカリ性
【定量的説明】
CH3COONa の濃度を c とし、酢酸の酸解離定数を Ka、その共役塩基(CH3COO−)の
解離定数を Kb とすると、
CH3COONa→CH3COO−+Na+(完全解離)
H2O⇄H++OH−
Kb =
CH3COO−+H2O⇄CH3COOH+OH−
31
[CH 3COOH][OH- ]
・・・・・・①
[CH 3COO - ]
質量と電荷の釣合を考える
質量:c=[Na+]=[CH3COO−]+[CH3COOH]・・・・・・・・・・・・・・・・・・②
電荷:[Na+]+[H+]=[CH3COO−]+[OH−]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・③
①に②、③を代入して整理すると、
([OH - ] −[ H + ])[OH - ]
Kb =
c − ([OH - ] −[H + ])
ここで、[OH−]≫[H+]、c≫[OH−]であるから、
[OH - ] 2
Kb ≒
c
∴[OH−]=
∴[H+]=
cK b = c ×
KW
Ka
KW
KW × Ka
=
[OH ]
c
∴pH=7+
1
(pKa+log c)
2
Ans. 1.87×10−9mol/L
【例題 1】0.05mol/L 酢酸ナトリウムの[H+]を求めよ。
【例題 2】0.1mol/L 酢酸と 0.1mol/L 水酸化ナトリウムの等量混液の[H+]および pH を求
Ans. 1.87×10−9mol/L(注:c=0.05)
めよ。
c)弱塩基と強酸の塩:酸性
Exs. NH4Cl,CuSO4,AlCl3
NH4Cl+H2O⇄NH4++OH−+Cl−+H+⇄NH4OH+Cl−+H+
*Ⅲの反応のみ↓に進み、[H+]が[OH−]より過剰になる。∴酸性
【定量的説明】
NH4Cl の濃度を c とし、アンモニアの塩基解離定数を Kb、その共役酸(NH4+)の酸解離
定数を Ka とすると、
NH4Cl→NH4++Cl−(完全解離)
H2O⇄H++OH−
NH4++H2O⇄NH4OH+H+
Ka =
[NH 4 OH][H + ]
・・・・・・・・・・・①
[NH 4 + ]
質量と電荷の釣合を考える
質量:c=[Cl−]=[NH4+]+[NH3]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・②
電荷:[Cl−]+[OH−]=[NH4+]+[H+]・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・③
①に②、③を代入して整理すると、
Ka =
([H + ] −[OH- ])[H+ ]
c −([H + ] − [OH- ])
ここで、[H+]≫[OH−]、c≫[H+]であるから、
32
Ka≒
[H+ ]2
c
∴[H+]=
cK a = c ×
KW
Kb
∴pH=7−
1
(pKb+log c)
2
【例題】0.2mol/L アンモニア水を 0.1mol/L 塩酸で中和したときの pH を求めよ。
1
Ans. pH5.21(注:c=0.2× 、[H+]=6.12×10−6)
3
d)弱酸と弱塩基の塩:液性は3通り
Exs. CH3COONH4(ほぼ中性)、HCOONH4(酸性)、NH4CN(塩基性)
*Ⅲ、Ⅳの反応が共に↓に進み、酸、塩基を同時に生ずるが、強い方の液性が表われる。
【定量的説明】
CH3COONH4 の濃度を c とし、酢酸の酸解離定数を Ka、アンモニアの塩基解離定数を Kb
とすると、
CH3COONH4→CH3COO−+NH4+(完全解離)
CH3COO−+H2O⇄CH3COOH+OH−(陰イオンの加水分解)
NH4++H2O⇄NH4OH+H+(陽イオンの加水分解)
質量と電荷の釣合を考える
質量:c=[CH3COO−]+[CH3COOH]=[NH4+]+[NH3] ・・・・・・・・・・・①
電荷:[CH3COO−]+[OH−]=[NH4+]+[H+]・・・・・・・・・・・・・・・・・②
酢酸とアンモニアの解離より、
Ka =
[CH 3COO - ][H + ]
・・・・・③
[CH 3COOH]
Kb =
[NH +4 ][OH - ]
・・・・・④
[NH 3 ]
①、②、③、④を整理して[H+]に関する方程式とすると、
Kb[H+]4+{Kb(c+Ka)+Kw}[H+]3+Kw(Ka−Kb)[H+]2
−Kw{Ka(c+Kb)+Kw}[H+]−KaKw2=0・・・⑤
酢酸、アンモニアとも弱電解質であるから、その塩の溶液は中性に近い。すなわち、
c≫[H+],c≫[OH−]
このとき、⑤の第一項、最終項は各[H+]、[OH−]について最も次数が高いから他に対して無
視できる。すなわち、
{Kb(c+Ka)+Kw}[H+]3+Kw(Ka−Kb)[H+]2−Kw{Ka(c+Kb)+Kw}[H+]=0
{Kb(c+Ka)+Kw}[H+]2+Kw(Ka−Kb)[H+]−Kw{Ka(c+Kb)+Kw}=0・・・・・・・・⑥
33
Ka≒Kb とすれば(⇨⇨Ka−Kb が他項と比べて小さい)
{Kb(c+Ka)+Kw}[H+]2−Kw{Ka(c+Kb)+Kw}=0
∴ [H ] =
+ 2
K W{K a (c + K b ) + K W }
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⑦
K b (c + K a ) + K W
c≫Ka,c≫Kb であれば⑦より、
K W{K a c + K W} K WK a c K WK a
≒
=
K bc + K W
K bc
Kb
K WK a
1
∴[H+]=
or pH=7+ (pKa−pKb)
2
Kb
[H+]2≒
よって、この pH は濃度に無関係となる。
【例題】塩化ナトリウムと酢酸アンモニウムはいずれも水に溶けて中性を示すが、その機
構は異なっている。機構の違いを説明せよ。
e)二価酸の正塩
Ex. Na2CO3(分析濃度を c とする)
Na2CO3 は完全解離をするものとすれば、
Na2CO3→2Na++CO32−
CO32−の加水分解は二段階で進行する
CO32−+H2O⇄HCO3−+OH−
HCO3−+H2O⇄H2CO3+OH−
[HCO3 − ][OH- ]
・・・・・・・・・①
[CO 32 − ]
[H2 CO3 ][OH- ]
Kb1=
・・・・・・・・・②
[HCO 3− ]
Kb2=
*Kb1,Kb2 は H2CO3,HCO3−の各共役塩基の解離定数である。
∴Ka1×Kb1=Kw(Ka1=4.47×10−7)
Ka2×Kb2=Kw(Ka2=4.68×10−11)
Kb2≫Kb1 であるから、第二段階の加水分解を無視できる。従って、
c=[CO32−]+[HCO3−]+[H2CO3]≒[CO32−]+[HCO3−]
c≫[HCO3−]であれば、c≒[CO32−]となり、水の解離による[OH−]を無視すれば、①式より、
Kb2=
[HCO3− ][OH - ] [OH - ]2
≒
[CO 32 − ]
c
∴[H+]=
K WK a 2
KW
=
[OH ]
c
∴[OH−]=
∴pH=7+
cK b2
1
(pKa2+log c)
2
【例題】0.02mol/L H2CO3 を 0.02mol/L 水酸化ナトリウムで完全に中和したときの pH を求
1
めよ。
Ans. pH11.08(注:c=0.02× 、[H+]=8.38×10−12)
3
34
f)弱酸の酸性塩
Ex. NaHCO3
f-1)二価弱酸 H2A の酸性塩 MHA(濃度:c)
MHA→M++HA−(完全解離)
HA−⇄H++A2−
HA−+H2O⇄H2A+OH−
弱酸 H2A の解離より、
Ka1=
[H+ ][HA - ]
・・・・・・・・①
[H2 A]
Ka2=
[H+ ][A 2- ]
・・・・②
[HA- ]
質量と電荷のバランスより、
c=[M+]=[H2A]+[HA−]+[A2−]・・・・・・・・・・・・・・・・・・③
[M+]+[H+]=[OH−]+[HA−]+2[A2−]・・・・・・・・・・・・・・・・④
①、②、③、④より、
[H+]2=
Ka1 Kw + Ka1Ka2 [HA- ] Ka1 Kw + cKa1 Ka 2
≒
Ka 1 + [HA- ]
Ka1 + c
加水分解による寄与は小さいので Kw を含む項を無視し、c≫Ka1 とすると、
[H+]2≒
cKa 1Ka 2 cKa 1Ka 2
≒
=Ka1Ka2
Ka1 + c
c
∴[H+]= Ka 1Ka 2
pH=
1
(pKa1+pKa2)
2
よって、弱酸の酸性塩水溶液の pH は濃度に依存しない。
【Challenge】「弱酸の酸性塩水溶液の pH は濃度に依存しない」が成り立つのは正確には
ある濃度以上のときである。炭酸水素ナトリウムの場合、何 mol/L 以上のとき濃度の影響
を受けないと言えるか。
Ans. 4.28×10−3mol/L 以上
f-2)三価弱酸 H3A の 2 水素塩
(酸性塩)
MH2A
(濃度:c)
Ex. リン酸 H3PO4/NaH2PO4
この水溶液中に存在する解離系は、
MH2A→M++H2A−(完全解離) ・・・・・・・・・・・・・・・①
H2A−⇄H++HA2− ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・②
HA2−⇄H++A3− ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・③
H2A−+H2O⇄H3A+OH− ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・④
HA2−+H2O⇄H2A−+OH−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⑤
質量および電荷の均衡を考える
質量:c=[M+]=[H3A]+[H2A−]+[HA2−]+[A3−]・・・・・・・・・⑥
電荷:[M+]+[H+]=[H2A−]+2[HA2−]+3[A3−]+[OH−] ・・・・・・⑦
35
⑦に⑥を代入し、③の解離を無視すると、
[H3A]+[H+]=[HA2−]+[OH−] ・・・・・・・・・・・・・・・・・⑧
H3A の酸解離定数 Ka1、Ka2 を用い、[H2A−]≒c であることを考慮すると、
[H + ]2 =
cKa 1Ka 2 + Ka1 Kw
cKa 1Ka 2
≒
= Ka1Ka2
c + Ka1
c
∴ [H + ] =
Ka 1Ka 2
よって、これも濃度に依存しない。
f-3)三価弱酸 H3A の 1 水素塩
(酸性塩)
M2HA
(濃度:c)
Ex. リン酸 H3PO4/Na2HPO4
この水溶液中に存在する解離系は、
M2HA→2M++HA2−(完全解離)・・・・・・・・・・・・・・・・・①
HA2−⇄H++A3−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・②
A3−+H2O⇄HA2−+OH−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・③
HA2−+H2O⇄H2A−+OH−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・④
H2A−+H2O⇄H3A+OH−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⑤
質量および電荷の均衡を考える
質量:c=[M+]/2=[H3A]+[H2A−]+[HA2−]+[A3−]・・・・・・・・・⑥
電荷:[M+]+[H+]=[H2A−]+2[HA2−]+3[A3−]+[OH−]・・・・・・・・⑦
③、⑤の加水分解を無視すると、⑥、⑦より、
[H2A−]−[A3−]+[H+]−[OH−]=0・・・・・・・・・・・・・・・・・⑧
H3A の酸解離定数 Ka2、Ka3 を用い、[H2A−]≒c≫Ka2 であることを考慮すると、
[H+]2≒
cKa 2 Ka 3
=Ka2Ka3
c
∴[H+]= Ka 2 Ka 3
よって、これも濃度に依存しない。
【例題】0.1mol/L リン酸 10mL に 0.1mol/L 水酸化ナトリウムを次の割合で混合したときの
混液の pH を求めよ:0、10、20、30、40mL。
Ans. 0mL:pH1.56、10mL:pH4.67、20mL:pH9.76
1
30mL:pH12.36*(注:c=0.1× 、[H+]=4.38×10−13)
4
10
40mL:pH12.30**(注: [OH−]=0.1× =0.02)
50
* 三価の弱酸の正塩として計算 [H+] =
**
36
Kw ⋅ Ka 3
c
過剰の水酸化ナトリウムの解離のみを考慮