日本企業のROEの現状と コーポレートガバナンス

EY Institute
01 September 2016
シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス
日本企業のROEの現状と
コーポレートガバナンス
執 筆 者
EY総合研究所では、「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス」
と題して、関連する情報を発信している。本稿では、日本企業のROEの現状に基づき、
ROE向上に対するコーポレートガバナンス(以下、CG)の貢献について分析・考察
を行う。
はじめに
日 本 再 興 戦 略 が 進 めるCG 改 革 で は、 目 安となる指 標として 自 己 資 本 利 益 率
( ROE)が掲げられている。機関投資家がスチュワードシップ・コードを受け入れて企
深澤 寛晴
EY 総合研究所株式会社
未来経営研究部
上席主任研究員
<専門分野>
• コーポレートファイナンス
• 財務経営
業と対話するのも、それが最終的にROE向上を経て株価上昇につながることで、自
らの投資パフォーマンスに貢献すると信じるからに他ならない。 それでは、日本企業
によるCG 強化の取り組みは本当にROE向上に貢献しているのだろうか。
CG 強化の取り組みは社外取締役の人数などで測るとしても、ROEはそれ以外のさ
まざまな要因(例えば事業特性や外部環境など)の影響を強く受けるため、CG 強化
によるROE向上への貢献を直接的に測定するのは困難だ。そこで、本稿では企業(経
営者)にROE向上を促すことができたのか、という視点でCG の貢献を考える。すな
わち、CGコードにおいて、CGとは「公正・透明かつ迅速・果断な意思決定を行うた
めの仕組み」とされていることを踏まえ、「 ROE向上への貢献」を「 ROE向上に向
けた迅速・果断な意思決定への貢献」と読み替える。「意思決定への貢献」による部
分をROEの実績値の中から抽出するには、 EY総合研究所独自の手法 ※1によるROE
の要素分解が有効だ。 以下、この手法についてあらためて概説した上で、ROEと社
外取締役の現状を概観し、分析・考察を行う。
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EY 総合研究所株式会社
03 3503 2512
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ROEの要素分解:独自の手法
EY総合研究所が提案する手法では、 ROEは<図 1>に示す①∼⑤の要素に分解される。①と②
は財務戦略、③と④は事業戦略を反映する。 ⑤は金利・税負担等としてはいるが、日本の会計基
準では特別損益のような一時的な損益の影響の方が大きく、雑多な要素と言える。
図 1 ROEの要素分解:EY総合研究所が提案する手法
ROE =
投下資本
自己資本
事業資産
×
①財務
レバレッジ
※投下資本
=自己資本
+有利子負債
投下資本
×
②資本の
有効活用度
売上
事業資産
×
営業利益
売上
×
④営業
利益率
③回転率
純利益
営業利益
⑤金利・
税負担等
※事業資本
=投下資本
−非事業資産
(金融資産等)
出典: EY総合研究所作成
迅速・果断な意思決定が行われていれば、以下のような企業行動に反映されるはずだ。
① 事業リスクを反映した適正な財務レバレッジにより資金を調達し、
② 調達した資金を金融資産等に滞留させることなく(=資本の有効活用度を高め)、
③④ 高い稼働率・収益性が見込まれる事業資産に資金を投資する(=回転率・営業利益率を高め
る)。
このうち③と④については事業戦略の結果であって、為替レートや原油価格のような外部環境の
影響を免れないが、①と②は経営者の意思によってコントロールできる。特に②については、①③
④と異なり事業特性の影響も小さいと考えられる。
そこで以下の分析においては、 ROE向上に向けた迅速・果断な意思決定への貢献について、②
を中心に見ていくことにしよう。
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日本企業の ROE の現状とコーポレートガバナンス
ROEと社外取締役の人数:過去の推移
本稿ではTOPIX500 指数に採用されている製造業192 社を分析対象とする。まずはROEと社
外取締役の人数について概観しよう。過去5 年間の推移を<図 2>に示す。
図2 ROE・社外取締役の人数の推移
図2 -1 ROEの推移(合算値)
図 2 -2 社外取締役の人数の推移(平均値)
2.5
10%
9%
8%
8.4%
7%
6%
5%
4%
5.3%
8.0%
2.23
2.0
7.6%
6.1%
1.5
1.0
1.24
1.34
1.52
1.72
3%
0.5
2%
1%
0%
0.0
FY11
FY12
FY13
FY14
FY15
FY11
FY12
FY13
FY14
FY15
出典: QUICKおよび日経 ValueSearchよりEY総合研究所作成
対象: TOPIX500に採用される製造業のうち、日本の会計基準を採用する192社
(必要なデータを取得できない企業、決算期を変更した企業を除く)
ROEについては、前半 2 年間と後半 3 年間で全く違う様相になっている。前半は東日本大震災や
円高の影響を受けて5 -6 % 程度と低迷していたが、後半は円安もあって水準が切り上がり、伊藤レ
ポート※2が示す8 % 前後で推移している。もっとも後半については13 年度をピークに徐々に低下し
ているが、これは中国経済の減速や原油を含む資源価格の低下が影響していると考えられる。
次に社外取締役の人数だが、こちらは着実に増加を続けており、特に直近はCGコードの影響も
あって大きく増加している。 11 年度には非設置の企業が70 社と最も多かったが、直近では1 社に
とどまっている。 13 -14 年度は1 名の企業が最も多かったが、直近はCGコードの影響もあって2 名
設置する企業が急増し、98 社と過半を占めている。
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日本企業の ROE の現状とコーポレートガバナンス
CG強化に取り組む企業≒迅速・果断な意思決定
まずは、社外取締役の人数に代表されるCG の強化に対する取り組みと、 ROE向上に向けた迅
速・果断な意思決定との関係について見てみよう。<表 1>は、 11 -15 年度における社外取締役の
平均人数別に企業をくくり、その ROE(合算値により算出)および上述の各構成要素を示している。
なおROEおよび各構成要素については5 年間の幾何平均を用いているため、①∼⑤を掛け合わせ
ればROEになる関係は保持されている。
表1 社外取締役の平均人数別:ROEおよび各構成要素
社数
ROE
⑤を除く
①財務
②資本の
レバレッジ 有効活用度
③回転率
④営業
利益率
⑤金利・
税負担等
53社
6.98%
11.76%
1.56
68.6%
2.17
5.08%
59.3%
67社
8.50%
13.46%
1.64
69.7%
1.85
6.35%
63.2%
42社
5.05%
10.92%
1.59
74.3%
1.70
5.46%
46.2%
3名以上
30社
6.44%
13.52%
1.62
74.1%
2.34
4.82%
47.6%
全体
192社
6.99%
12.50%
1.60
71.5%
1.99
5.48%
55.9%
1名未満
1名以上
2名未満
2名以上
3名未満
出典: QUICKおよび日経 ValueSearchよりEY総合研究所作成
対象:<図2>参照
(注) 社外取締役の平均人数は単純平均、 ROE および各要素は幾何平均。期間は 2011 - 15 年度。現預金、(投資)有価証
券、賃貸等不動産を非事業資産として扱っている。
ROEについては、社外取締役の平均人数が1 名以上2 名未満の企業で8 . 50 %と最も高い。一方
で、特別損益など一時的な要因の影響の強い⑤金利・税負担等を除く数値で見ると、3 名以上の
企業が13 . 52 %と上回っている。逆に最も低いのは、⑤を含む場合も含まない場合も2 名以上3 名
未満の企業だ。ここからは社外取締役の人数とROEの直接的な関係を見いだすのは難しいと言え
る。
次に②資本の有効活用度を見てみよう。 上述の通り、迅速・果断な意思決定を直接的に反映し
ているはずだ。 社外取締役の平均人数が少ない企業( 1 名未満、 1 名以上 2 名未満)では70 % 弱
だが、多い企業( 2 名以上 3 名未満、 3 名以上)では74 % 強となっている。これは社外取締役の人
数が多い企業の方が投下資本を金融資産等の非事業資産に滞留させることなく有効に活用してい
るということを意味している。 CG 強化に積極的な姿勢で取り組んでいる企業では迅速・果断な意
思決定が行われる傾向を示すものと解釈することができよう。
他の構成要素についても見てみよう。 1 名未満の企業と1 名以上 2 名未満の企業を比較すると、
前者(後者)は③回転率が高く(低く)、④営業利益率は低い(高い)傾向があるが、これは事業
特性を反映していると考えられる(社外取締役の人数は業種ごとに一定の傾向がある※3)。 3 名以
上の企業は④営業利益率が低くなっているが、ここには複数の大手石油元売り企業が含まれてい
る。近年の原油価格下落を受けてこれらの企業が大幅な営業赤字に陥ったことが少なからず影響し
たようだ。
このように、③∼⑤については一時的な損益、事業特性、および外部環境の影響を受けている
こともあり、社外取締役の平均人数との関係は明確でない。また、①財務レバレッジについては大
きな差が付いていない。以上のことからも、社外取締役の人数とROEの関係については、②資本
の有効活用度に注目するのが合理的であることが分かる。
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日本企業の ROE の現状とコーポレートガバナンス
CG強化→迅速・果断な意思決定とは言い切れない?
前節では、「CG 強化に積極的な姿勢で取り組んでいる企業では迅速・果断な意思決定が行われ
る傾向」があると述べたが、これは必ずしもCGを強化すれば迅速・果断な意思決定が行われると
いった因果関係があることを意味しない。 従前からROEの向上や迅速・果断な意思決定に対する
意識の高かった企業ほど、 CG 強化に対する意識も高く、社外取締役の人数も多くなる傾向があり、
前節の分析結果はその傾向を反映しているにすぎない可能性は否定し難い。
そこで本節では②資本の有効活用度について、時系列の動きに注目する。社外取締役は増加基
調にあるから、それに合わせて②資本の有効活用度に上昇する方向性が見られれば、上記の因果
関係を裏付ける材料になるはずだ。
図3 ②資本の有効活用度の推移
80%
70%
60%
71.5%
72.5%
72.1%
71.0%
70.4%
FY11
FY12
FY13
FY14
FY15
50%
40%
30%
20%
10%
0%
出典: QUICKおよび日経 ValueSearchよりEY総合研究所作成
対象:<図2>参照
ところが<図 3>を見ると、②資本の有効活用度は12 年度をピークに緩やかに低下する方向性が
見られる。 ROEの向上に寄与するどころか、逆に足を引っ張った格好だ。この期間中、業績改善
により手元資金が積み上がったが、事業資産への投資あるいは投下資本の圧縮(有利子負債の削
減・株主還元)に速やかに充当するという迅速・果断な意思決定がなされなかったと解されよう。
ここからは、増員された社外取締役の貢献は見えてこない。 CG 強化の取り組みと迅速・果断な意
思決定の間には因果関係は存在せず、本節の冒頭で述べたような傾向を反映しているにすぎない
と解する方が自然だろう。
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日本企業の ROE の現状とコーポレートガバナンス
なぜ、 CG 強化→迅速・果断な意思決定にならないか?
最後に、なぜ CG 強化の取り組みが迅速・果断な意思決定につながる、という因果関係が見られ
ないのか、考えてみよう。
企業活動には三つのフェーズがある。まずは株主や債権者から資金(投下資本)を調達するフェー
ズ(資金調達)、次に資金を事業活動の現場に配分するフェーズ(資金配分)、最後に事業活動の
現場で資金を利用するフェーズ(資金利用)だ。この三つのフェーズ全てをもって企業価値を向上
させることこそ、企業経営に他ならない。各フェーズとROEの各構成要素のうち①∼④の関係は<
表2>のように整理できる。③回転率や④営業利益率は稼働率・収益性の高い事業資産への資金の
配分と配分された資金(事業資産)を効率的に利用して売上・利益をあげるという両方のフェーズ
に関係付けられる。
表 2 ROEの構成要素と企業経営の各フェーズ
ROEの構成要素
企業経営のフェーズ
資金調達フェーズ
①財務レバレッジ
資金配分フェーズ
②資本の有効活用度
資金利用フェーズ
③回転率
④営業利益率
出典: EY総合研究所作成
(注) ⑤金利・税負担等は雑多な要素のため省略
<表2>に基づき、社外取締役の貢献について考えてみよう。現場についての知識・経験を共有
しない社外取締役が資金利用フェーズに貢献するのは現実的ではない。 社外取締役の主たる貢献
は、資金調達および資金配分フェーズを中心と考えるのが自然だろう。これは株主の視点に他なら
ず、社外取締役が負う受託者責任とも整合する※4。
ここで、②資本の有効活用度以外の構成要素を含め、時系列で見てみよう。<図4>はROEが低
迷していた前半2年間の平均で後半3年間の平均を割った比率を取ったものだ。 1を超えていれば
ROEの向上に寄与していたことになる。一時的な要因の影響の大きい⑤金利・税負担等を除けば、
ROE向上に寄与したのは④営業利益率の向上だけであり、①∼③はむしろROE向上の足を引っ張っ
ている。<表2>に示した通り、④は資金配分と資金利用両方のフェーズに関係付けられるが、②資
本の有効活用度や③回転率が寄与していないことから、④の向上は主に資金利用フェーズの成果と
言える。企業が資金利用フェーズで成果を上げることに専念していたとすれば、社外取締役が資金
調達および資金配分フェーズを通じて貢献する機会はおのずと限定されていたと考えられる。
上記を踏まえると、 CG 強化の取り組みが迅速・果断な意思決定につながっていない背景として、
以下が指摘されよう。
• 企業(経営者)の意識が資金利用フェーズに偏り、資金調達および資金配分フェーズに対する
意識が十分でない
• 社外取締役が資金調達および資金配分フェーズに対する経営者の意識を高められていない
図 4 社外取締役の平均人数別:ROEおよび各構成要素(後半 3 年間÷前半 2 年間)
1.6
1.4
1.2
1.40
1.0
1.26 1.23
0.94 0.99 0.98
0.8
②資本の有効活用度
③回転率
0.6
④営業利益率
0.4
⑤金利・税負担等
0.2
0.0
①財務レバレッジ
ROE
①
②
③
④
⑤
出典: QUICKおよび日経 ValueSearchよりEY総合研究所作成
対象:<図2>参照
(注) 社外取締役の平均人数は単純平均、ROEおよび各要素は幾何平均。期間は2011-15年度
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日本企業の ROE の現状とコーポレートガバナンス
むすび
3月決算の企業を想定すると、昨年 12月までに最初の CG 報告書を提出した後、本年 6月の株主
総会明けにあらためて同報告書を提出している。企業側の CG 強化の取り組みは一巡し、今日では
スチュワードシップ・コードを受け入れた機関投資家との対話にフォーカスが移ろうとしている。 CG
強化の取り組みが迅速な意思決定を通じたROE向上という成果につながるに至っていない現状を
踏まえると、対話において自社の CG の現状を説明するだけでなく、成果につなげるための今後の
継続的な取り組みについての説明が不可欠と言えよう。
本文中で資金調達や資金配分に言及しているが、これはコーポレートファイナンスに他ならず、
その意識が乏しいことこそが、日本企業のROEが低迷している要因として指摘することもできる。
今後は、 CGとコーポレートファイナンスを別物として扱うのではなく、表裏一体のものとして位置
付け、今後の取り組みを検討・実施していくことが求められると言えよう。そうすれば、 CG 強化を
ROE向上という成果に結び付けることができ、かつ機関投資家との対話がスムーズに進むことがで
きるのではないだろうか。
※1 詳細は拙著「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 日本企業のROE再考∼EY総合研究所による新たな分
析手法の提案∼
(http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2015-01-20.html)」参照
※2 正式には「持続的成長への競争力とインセンティブ∼企業と投資家の望ましい関係構築∼」プロジェクト「最終報告書」。経済産
業省より公表。
※ 3 詳細は拙著「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 社外取締役の設置状況:人数と属性( http://eyi.
eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-02-04.html)」参照
※ 4 詳細は拙著「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締役会が担うべき監督機能とは?∼ 欧米企業のベス
ト・プラクティスを踏まえて
(http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-businessmanagement/2016-03-10-02.html)」参照
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日本企業の ROE の現状とコーポレートガバナンス
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