平成 27 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 27 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
成獣マウス脳におけるミクログリア前駆細胞の存在: CSF1R シグナルの役割について
A Microglia Progenitor Cell in Adult
Mouse Brain: Role of CSF1R Signaling
薬効薬理学研究室 4 年
11P098 小野寺 将臣
(指導教員: 川原 浩一)
要 旨
【要旨】
コロニー刺激因子 1 受容体 (CSF1R) は、マクロファージや単球に存在し、リガンドである
コロニー刺激因子 (CSF) や IL-34 と結合して二量体を形成してその細胞の分化や増殖に
関与する。その遺伝子が欠損すると発生初期の段階での卵胞嚢から生み出される脳の常
在性ミクログリアの正常集団が消失する。しかし成熟脳でのミクログリアの恒常性機能におけ
る CSF1R シグナルの役割はほとんど未知である。卒業研究 I ではこの CSF1R シグナルの
役割について文献調査した。
文献ではまず、CSF1R 阻害剤として他の阻害剤よりも強力且つ選択性が高いという理由
で PLX3397 が選択された。それをミクログリア可視化マウス (CX3CR1-GFP+/-) に投与
したところ、ほとんどのミクログリアが消失した。その後、PLX3397 の投与を中止すると、ミク
ログリアは約 7 日間で急激に再生した。休薬から約 2 日で通常のミクログリアとは異なる前駆
細胞が観察され、その細胞はミクログリアに分化したことから、それらの細胞分化には
CSF1R シグナルが必要であることが示された。
この文献により CSF1R はミクログリアの恒常性維持に大きな役割を果たすことが明らかに
なった。ミクログリアは、グリア細胞の一種で脳内の免疫機能を担っており、過剰な働きにより
アルツハイマー型認知症やダウン症が引き起こされるという意見もあるため、調節の研究の
進展が期待される。
キーワード
1.マウス脳
4.マクロファージコロニー刺激
因子(CSF1)受容体
2.ミクログリア
3.ミクログリア前駆細胞
5.CSF1 受容体阻害剤
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本 文
【目的と意義】
成熟脳でのミクログリアの恒常性機能における CSF1R シグナルの役割はほとんど
未知である。
ミクログリアは、グリア細胞の一種で脳内の免疫機能を担っており、過剰な働きに
よりアルツハイマー型認知症やダウン症が引き起こされると考えられている。よって
ミクログリアの機能調節の研究の発展はこれらの疾患の治療または予防の大きな手
がかりになることが期待される。加えて、ミクログリアの恒常性機能を調整すること
ができれば、今まで不可能であった脳内のミクログリアの細胞数を調節した状態での
実験も可能になり、今後の実験への応用も期待できる。
図 1. PLX3397 (Pexidartinib)
図 2. ランゲルハンス細胞とミクログリアの CSF1R
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【調査結果】
1. CSF1R 阻害剤はミクログリアを除去する
生後2か月の野生型マウスに「固形飼料 1 kg あたり 290 mg 」の PLX3397 を 0, 1, 3, 7,
14, 21 日間、飼料に混ぜて投与した。
図 3.
ミクログリアの数に強力な減少が見られた (IBA1 の免疫染色による) 。3 日の投与で 50%、
21 日の投与ではどこにも見受けられなかった。
※IBA1: ミクログリアのマーカー
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図4
時間の相関関係として表された海馬領域における単位面積あたりの IBA1 陽性の細胞数。
統計分析は、1方向の ANOVA 分析法 (危険度 0.0001 以下) で CA1、CA2、海馬台にお
ける平均値として比較している。
2. ミクログリアの再生
生後 18 カ月の野生型マウスに 28 日間 PLX3397 (290 ㎎/kg) を含む餌を与え続け、その
後休薬し、回復 0, 3, 7, 14 日目の時点での ミクログリアの再生の確認と再生している細胞
の発現マーカーを調べた。
図 5. 実験方法
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休薬 3 日目で CNS (中枢神経系) の IBA1 陽性細胞が脳中の残っていたミクログリアの方
へ変化した形態で現れ、休薬 7 日目でミクログリアの総数は対象のマウスのものを超え、休
薬 14 日目でミクログリアの数は投与前のレベルに戻っていた。
表 1. 回復時の発現マーカー
3. ミクログリアの前駆細胞
同じ処理をした回復 2 日目のミクログリア可視化マウス (CX3CR1-GFP+/-) に BrdU (増
殖細胞マーカー) 腹腔内単回投与で目印を付け、5 時間後と 24 時間後のミクログリア
(IBA1+) そしてミクログリア以外 (IBA1-) の細胞の変化を調べた。
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この急激な再生が、生き残ったミクログリアが増殖しただけである可能性は低い。なぜなら、
計算すると、それぞれの生き残った細胞が 5~6 時間ごとに大きさを変えることなく分裂した
ことになる。
よって、回復 2 日目から 3 日目にかけて、IBA1-で増殖している細胞がミクログリア (IBA+)
に分化したことが考えられる。
【まとめ】
結果から
•
PLX3397 により CSF1R が阻害されることでミクログリアが消失する。
•
ミクログリアを消失させた状態で PLX3397 の投与を止めるとミクログリアが再生する。
•
再生過程でミクログリア前駆細胞が存在し、それがミクログリアに細胞分化している。
以上の事がわかる。
ミクログリアの消失、再生、再生のメカニズムが明らかになったことにより、脳におけるミクロ
グリアの数を調整した他の研究の応用に期待できる。さまざまな検討が必要であるが、もし
CSF1R 阻害剤が人体に応用できればアルツハイマー型認知症やダウン症の予防、治療も
考えられる。
しかしながら、表1で神経外胚葉性マーカーであるはずのネスチンがなぜ発生したか (ミク
ログリアは骨髄性である) など課題も多かったため、今後は未分化の前駆細胞を同定し、分
化が起こるプロセスについて研究したいと思う。
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【謝辞】
本研究を進めるにあたり、ご指導を頂いた卒業論文Ⅰ指導教員の川原浩一准教授に感
謝致します。また、日常の議論を通じて多くの知識や示唆を頂いた薬効薬理学研究室の皆
様に感謝します。
【引用文献】
1)
M.R.P. Elmore et al., Neuron 82: 380-397 (2014)
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