福祉家具の評価基準に関する研究 西村 博之 *1 Study on Evaluation Standard of the Welfare Furniture Hiroyuki Nishimura 本研究では,「大川福祉家具研究開発協議会」で開発された,高齢者や障害者が自立して生活しやすいような自 立支援家具(福祉家具)を評価することを目的としている。福祉家具には,立ち上がり易いイスや伝い歩きしやす いテーブルなど,高齢者や障害者の低下した身体的機能を手助けする機能が付加されている。本年度は,立ち上が り易さを評価するために,立ち上がり時の脚部の筋電図測定や動作解析を行った。その結果,動作解析を用いれば, 被験者に負担無く,立ち上がり易さが評価できることがわかった。 1 はじめに 2 実験方法 近年,高齢社会が進展し,2010年には高齢者(65歳 以上)の人口が約2,960万人で,総人口に対する割合 1) 2-1 筋電図測定による立ち上がり易さ評価 筋収縮が起こると,体表から測定可能なマイクロボ が23.1%となり,超高齢社会を迎えている 。それに ルトレベルの電気信号が筋内に発生する。この電位を 伴い介護サービスの受給者も年々増加し,2009年度で 皮膚上から測定し,筋活動の指標とする方法を表面筋 約380万人となっている 2 )。また,介護に要する費用 電図(SEMG)と言う。筋の収縮力と筋電図の振幅との も約6,800億円と受給者数に比例して増大し,社会的・ 間にはほぼ比例的な関係が成立するので,収録した筋 構造的な問題となってきている。高齢者は一度介護が 電図の振幅の絶対値をその筋が動いた時間での積分値 必要な状態になると,リハビリ等を行っても以前の状 をもって,その動作の筋負担とする。この筋負担が少 態に回復することは非常に困難であり,できるだけ要 ない方が,立ち上がり易いであろうと推察し,立ち上 介護にならないようにする介護予防が重要となってき がり時の筋電図を測定した。測定条件を下記に示す。 ている。 〈測定条件〉 そこで,少し身体機能が低下してきた高齢者や障害 被験者:成人男性3名(32歳~42歳) 者が自立して生活しやすいような自立支援家具(福祉 成人女性3名(21歳~46歳) 家具)を研究開発するために産学官連携で「大川福祉 家具研究開発協議会」が発足した。日本の家具は,さ まざまな身体的機能が低下した人には使いにくいもの 測定箇所:表面筋電図3か所(図1) 大腿直筋,外側広筋,内側広筋 測定装置:EMG計測システム SX230-1000型 が多いため,立ち上がり易いイスや伝い歩きしやすい EMG解析プログラム TRIAS テーブルなど,高齢者や障害者の視点に立った家具を (いずれも株式会社ディケイエイチ製) 開発し,なおかつ健常者にも使い易くしていく必要が 使用いす:開発品(図2) ある。また,自力で生活できる能力を高めることで, 測定手順:両手を膝の上に添え肘掛けを使用しない 高コストの人的介護費用も削減でき,上記問題の解決 状態と,肘掛けに手を掛けて使用した状態からの の一助になる。 2通りの立ち上がり動作を行った。何回か立ち上 本研究では,協議会で研究開発された福祉家具を人 間工学的に評価することを目的としている。そこで, 本年度は,筋電図測定と動作解析を用いて,立ち上が り易さの評価について検証した。 *1 インテリア研究所 がり練習をした後,測定を開始した。筋電図は, 立ちはじめから真っ直ぐ立つまでの間で測定した。 測定手順:両手を膝の上に添え肘掛けを使用しない 状態と,肘掛けに手を掛けて使用した状態からの 裏 2通りの立ち上がり動作を行った。何回か立ち上 表 がり練習をした後,測定を開始した。立ちはじめ 大腿直筋 内側広筋 から真っ直ぐ立つまでの動作を3回測定した。 外側広筋 頭頂部 肩 図1 表面筋電図の測定部位 肘 腰 膝 図3 実験の様子とマーカーの位置 3 結果と考察 3-1 筋電測定結果 図2 実験に使用した開発品 肘掛けを使用しない状態と肘掛けを使用した状態の 立ち上がり時の筋電図の積分値を比較した。各測定部 2-2 動作解析による立ち上がり易さ評価 位における結果を図4~図6に示す。肘掛けを使用して 筋電図測定は,センサーを被験者の皮膚に直接テー 立ち上がった方が,多少筋負担が少なくなる傾向があ プで貼り付けるため,センサーをはがす際に痛みが生 るが,あまり大きな差は見られなかった。これは,被 じる可能性がある。高齢者にとっては,測定の際の負 験者が成人(非高齢者)の男性と女性であるため,ま 担が大きいと考え,高齢者の被験者に対しては衣服の だ足腰が弱っておらず,肘掛けを使用しなくても立ち 上からマーカーを取り付け,ビデオカメラで撮影する 上がり動作が身体的負担となっていないと考えられる。 だけで簡単に測定できる動作解析を行った。測定条件 を下記に示す。 膝に手 〈測定条件〉 肘掛け使用 0.8 被験者:高齢者女性5名(83歳~93歳) 0.7 0.6 測定箇所:頭頂部,肩,腰,膝,肘の5か所(図3) 0.5 筋電 にマーカーを装着した 0.4 0.3 測定装置:HDDムービー GZ-MG980 (日本ビクター株式会社製) ビデオ動作解析システム Frame-DIASⅣ 0.2 0.1 0 A B D 被験者 (株式会社ディケイエイチ製) 使用いす:開発品(図2) C 図4 大腿直筋の筋電図 E F 膝に手 40 肘掛け使用 30 移動距離(cm) 0.7 0.6 筋電 0.5 0.4 0.3 20 10 0 -10 -20 0.2 -30 0.1 0 0.5 1 0 A B C D E 2.5 3 両手を膝の上に添えた場合の 頭頂部の水平方向移動量 1.5 肘掛け使用 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 移動速度(m/s) 筋電 図8 外側広筋の筋電図 膝に手 2 F 被験者 図5 1.5 動作時間(秒) 0.5 0 -0.5 -1 0 A B C D E 1 1.5 動作時間(秒) 2 2.5 F 被験者 図6 0.5 図9 肘掛けを使用した場合の頭頂部の水平方向速度 内側広筋の筋電図 1.5 1名の被験者の動作解析結果を図7~図10に示す。肘 掛けを使用した場合は,頭頂部の水平方向の移動は前 方のみで移動量も約30cmであるのに対し,両手を膝の 上に添えて立ち上がった場合は,一度後方に頭を動か して前方に動かし,移動量も60cm近くになっているこ 移動速度(m/s) 3-2 動作解析測定結果 1 0.5 0 -0.5 -1 0 0.5 1 1.5 2 動作時間(秒) 2.5 3 とがわかる。また,頭頂部の水平方向の速度に関して も同様のことがいえる。これは,肘掛けを使用しない で立ち上がる際には,一度体を後方に動かして,勢い 図10 両手を膝の上に添えた場合の 頭頂部の水平方向速度 を付けないと立ち上がれないことを示している。 3回の立ち上がり動作における被験者の頭頂部の水 平方向の変位量と速度の平均値を図11,図12に示す。 40 移動距離(cm) 30 各被験者において,肘掛けを使用した方が頭頂部の 20 10 水平方向の移動量,速度共に減少しており,立ち上が 0 り易くなっていることがわかる。この結果から,動作 -10 解析において、頭頂部の水平方向の移動量や速度を用 -20 いれば,被験者の負担が少なく,立ち上がり易さを評 -30 0 0.5 図7 1 1.5 動作時間(秒) 肘掛けを使用した場合の 頭頂部の水平方向移動量 2 2.5 価できることがわかった。 膝に手 肘掛け使用 60 移動量(cm) 50 40 30 20 10 0 G H 図11 I 被験者 J K 頭頂部の水平方向移動量 膝に手 肘掛け使用 移動速度 (cm/s) 250 200 150 100 50 0 G 図12 H I 被験者 J K 頭頂部の水平方向移動量 4 まとめ 本年度の研究では,両手を膝の上に添えた状態と肘 掛けを使用した状態からの2通りの立ち上がり動作を 筋電図と動作解析の2種類の方法で客観的に評価でき るか検証した。実施した実験より,立ち上がり動作の 評価について得られた知見は以下の通りである。 1)下肢の表面筋電図を測定する方法では,立ち上が り易さを評価できるほど有意な差が無く,高齢者に とっても負担の大きい測定方法であること。 2)動作解析を用いれば,身体的負担が少なく,容易 に立ち上がり動作を計測することが可能であること。 3)動作解析を用いる方法では,頭頂部の移動量や速 度から立ち上がり易さの比較評価が可能であること。 5 参考文献 1)総務省統計局:人口推計,平成23年4月報 2)厚生労働省:平成21年度 介護給付費実態調査結果 の概況
© Copyright 2024 ExpyDoc