ちちのかみ 十文字ゆか ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 長距離トラックのドライバーがサービスエリアで口にした謎の牛 乳。その牛乳はなんと神様が宿った禁断の牛乳だったのだ。そして 戻ってきたトラックの助手席には牛乳の神様と名乗る少女が陣取り ⋮⋮ 目 次 ちちのかみ │││││││││││││││││││││││ 1 ちちのかみ 雨が降ってきた。4時間かけて滋賀までやってきた。今日の仕事 は島根から成田空港までの積荷だ。俺は一息いれにサービスエリア に立ち寄ることにした。長距離トラックの仕事も長くやっていると ルートルートごとに決まったサービスエリアに立ち寄ることが多く なる。いわゆるいきつけってやつかな。 ﹁おばちゃん、今日も元気だね﹂ ﹁お う よ、あ た し ゃ い つ ま で も 現 役 だ よ。あ ん た こ そ こ の ご ろ 老 け きってるよ。あたしより先にいくんじゃないよ﹂ ﹁言うな。おばちゃんも﹂ 食堂のおばちゃんともすっかり顔なじみだ。メニューもほとんど 頭に入ってる。といってもいつも食べるのはかけそばオンリーなん だけどな。 しかし、俺はこの危ない誘惑に逆らうことができなかった。いつも いつも同じ缶コーヒーばかり飲んでいてもいいが、たまには変わった ものに手を出すのもいいだろう。160円。ちょっと値段が高い気 1 俺はかけそばをすすりながら、ふと扉の向こうのおもてを見た。雨 は止みそうにない。いつものように五分でかけそばをかたづけると、 食器を返却棚に下げ、食堂をあとにしトイレへと向かった。そうそう トイレにいく途中に飲み物の自動販売機があるのだ。ここで俺はい つも眠気覚ましに缶コーヒーを買って飲むのだ。 ﹁えぇと缶コーヒーは⋮⋮っと﹂ あれ、なんだこれ、こんなところに牛乳がある、こんなの置いてたっ け る文字だった。 ﹁神様﹂ ? かどうかということさえあやしくなってきたぞ。 なんじゃこりゃ。商品名なのか っていうかそもそもこれが牛乳 乳があった。しかも牛乳瓶、きわめつけはその瓶のラベルに書いてあ いつも缶コーヒーがディスプレイされている筈の場所、そこには牛 ? もしたが気分転換料と思えば安いものだ。 ガタンと音がして牛乳瓶が商品口に落ちてきた。おっ懐かしいな。 蓋が紙の蓋だ。プラスチックのキャップじゃない。子供のころの給 食にでてきた牛乳瓶を思い出すな。一瞬嬉しい気持ちになったがす ぐにその気持ちは失せた。紙の蓋は素手ではとても開けづらいのだ。 ええい。どうして爪がひっかからないんだ。 ﹁うぉっしゃー﹂ 気が付けば奇声をあげて牛乳瓶と格闘していた。 ﹁ええい生意気な﹂ おお。開いた。俺は一気に牛乳を飲み干した。 なつかしい。なつかしい味がした。まさしく小学生のころ給食で 飲んでいた牛乳の味だ。今だっていつも牛乳は飲んでいるがそれと は 歴 然 と し た 違 い が あ っ た。ど こ か ま ろ や か で や さ し い 味 が し た。 子供のころ﹁おかえり﹂って母にいわれた時のような安らいだ気持ち。 そんな味だった。 おっと感傷にひたっている場合ではなかった早くトイレをすまさ なきゃ。まだまだ道のりは長いのだ。 俺は、さっさとトイレを済ませると小雨の中、小走りで自分のト ラックへと向かった。 運転席に座るとすぐに俺は異常な事態に気が付いた。 ﹁おかえり﹂ 助手席に10歳くらいの少女が座っている。木綿でできた若草色 のワンピースを着て、髪は三つ編みにした少女だった。 ﹁おいおいここは子供の遊び場じゃないぞ、とっととパパとママの車 にお戻り﹂ ﹁今はここが私の居場所だよ。それにおじさん恩知らずね。さっき私 をいただいたくせに﹂ おいおい人聞きの悪いこと言うなよ。いただいたって、俺はロリコ ンじゃないぞ。ただでさえいろいろあるこのご時世に。 ﹁おじさん、さっき私を飲んだでしょ。160円返したって返品はき かないんだからね﹂ 2 160円 飲んだ こで私は降りるから﹂ さっき飲んだのは牛乳だぞ。この子はその場 ﹂ ﹁おじさん成田へ行くんでしょ。そしたら私を成田山へ連れてってそ らめた。 信じられない話だが本当の話のようだ。俺は反論することをあき てたのよ﹂ であのサービスエリアで牛乳の姿で人が私を飲んでくれるのを待っ 社にいたんだけど久しぶりに他の神社もめぐりたくなってね。それ ﹁私はビン牛乳の姿を借りて日本中を旅しているの。長いこと日吉大 ﹁だからほんとにほんとだって言ってるじゃない﹂ んてこの少女は本当に神様なのか。 ノロ助は俺の小学生の時のあだ名だ。そんなことまで知ってるな ようにね﹂ ら身の回りの支度はテキパキしなさいよ。ノロ助なんて呼ばれない ﹁神様はなんでも知ってるのよ。それからもういい加減大人なんだか ﹁おいおいなんで俺の身の上を知っている﹂ ﹁おじさん、安全運転でね。奥さんと娘さんがいる身なんだからね﹂ 俺は泣く泣く車を出した。雨が本降りになってきた。 めてくれ﹂ ﹁わかったわかった。とりあえず車をだすからこれ以上わめくのはや と少女が同乗。これじゃまるで誘拐犯だ。 そうはいってもこのままではまずい長距離トラックの中に中年の男 おいおい声がでかいって、味わう、堪能、俺は断じて変態ではない。 ﹁さっき私を味わったくせに、さっき私を堪能したくせに⋮⋮﹂ ﹁いたずらも度が過ぎると、おじさん怒るぞ﹂ ﹁違うよ。私がその牛乳なの。私は牛乳の神様。略してちちのかみ﹂ 面を見てたっていうのか。 ? おじさん。なんか恩知らずなののよね。さっき私を味わったく ﹁えっ成田までいけば降りてくれるの ﹁何 ? うぁー。やめてくれ。っていうかわざと言ってるだろ。こいつ。 3 ? せに。私を堪能したくせに﹂ ? いつしか雨は止んでいた。豊橋で2回目の休憩をとることにした。 車の中にいると違和感があるが、一旦そとに出てしまえば少女とは親 子連れに見える。俺はタバコを一服したあと思わずまた飲み物の自 動販売機を目指してしまった。またあの牛乳が飲みたい。無性にそ う思えてしまったのだ。しかしビン牛乳はおろか紙パックの牛乳も そ こ に は お い て な か っ た。俺 は ま た ト イ レ を 済 ま し ト ラ ッ ク へ と 戻った。少女はもう助手席に戻っていた。トイレも済ましてきたよ うだった。 ﹁それと、おじさん成田山のお守りつけてないね。交通安全のお守り なんだからちゃんとつけなきゃだめだよ。昔から暴走族でもお守り はつけてるんだよ﹂ ﹁痛いところをつくな﹂ ﹁私は神様だからね﹂ ﹁あとさっきサービスエリアで牛乳探してたでしょ﹂ ﹁いやっ。そんなことは⋮⋮﹂ ﹁恥ずかしがらなくていいよ。昔のころを思い出して懐かしかったん でしょ。あのころの子供は毎日給食でビン牛乳飲んでたからね﹂ ﹁あ、あぁ﹂ 俺はまた子供のころを思い出していた。商社マンで家にあまりい なかった父。母親だけが家族の温もりだった﹁おかえり﹂という母の 言葉にいつも安らぎを感じていた。 成田が近づいてきた。滋賀で出会った時はうっとおしかったこの 少女に俺はいつしか思慕の感情が湧いてきて別れるのが惜しくなっ た。 ﹁もうここでいいよ。トラックじゃ門前まで入れないでしょ﹂ ﹁そうか﹂ 俺は平静を装ってそう答えた。 ﹁さよなら﹂ ﹁じゃあな﹂ 俺たちは別れを告げ、少女はさびしい国道沿いを歩いていった。木 綿 で で き た 若 草 色 の ワ ン ピ ー ス と 三 つ 編 み の 髪 が 遠 ざ か っ て い く。 4 遠ざかるにつれ少女が神様から普通の少女に戻っていくような気が して俺は無性にせつない気持ちになった。そしてその姿が消えるま で俺は国道沿いに立っていた。娘ともしばらく話もしてないな。家 で寝てばかりいないでたまには娘の相手もしてやらなきゃ。お父さ んなんだからな。俺は。 5
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