加群構造定理が源流―アーベル基本定理とジョルダン標準形

加群構造定理が源流―アーベル基本定理とジョルダン標準形
上野孝司
2016 年8月 5 日
加群構造定理が源流―アーベル基本定理とジョルダンの標準形
1.数学事象の連関性ー 加 群構造定理
本稿では、別々の数学的事象が実は根底において密接に関連しあっているという数学的構造の連関性とその
応用について述べる。そもそも 2016 年4月から始めた本稿のシリーズでは、数学の事象を個別的に扱うので
はなく、その構造、連関性に焦点を当てるというのが一貫した姿勢となっているのであり、本稿も同じ趣旨で
執筆した。今回はその事例のひとつとして、加群の構造定理とそれから派生する諸所の事象を取りあげる。議
論は、基本的に線形代数学において作用素を持ったベクトル空間の分析に伴って進行する。数学者、故松坂和
夫氏は、著書『代数系入門』で、
「ジョルダンの標準形は線型変換の理論における基本定理のひとつであるが、
その内容は可換群の基本定理などとは一見無関係にみえる。しかし実際には、上述のように同一の原理(加
群の構造定理)から導かれるという意味で類縁関係にあるのである」(第4章 ベクトル空間、加群)と述べて
いる。
本稿の意図していることをより具体的に簡単に示しておく。まず第一に、上述した数学事象の連関性の事例
を示すこと。次に、ジョルダンの標準形の導入について2つのアプローチを紹介することである。ひとつは、
線型作用素を持ったベクトル空間にねじれ加群の構造を導入してそれに(単項イデアル整域上の)加群の構造
定理を用いる“模式的”な方法、いまひとつは、一般のベクトル空間に同じ加群の構造定理(本稿では巡回分解
定理とも呼ぶ)を用いて、行列に有理標準形という概念を導入してから、それをベキ零作用素に適用する方法
である。ここでは、ねじれ加群という概念は用いていないことに留意されたい。前者には松坂氏の『代数系入
門』
(1976 年)に依っており、後者では我らがホフマン・クンツェの名著『線型代数学』
(1976 年)を用いた。
同じ事象を導くのに異なる方法を用いるという興味深い現象が現れることに注意されたい。さらに第3の意図
として、加群の構造定理のいくつかの応用事例を紹介することであり、具体的には下記の事例を取り上げた。
本稿では、構造定理がどのようにして応用されるかに焦点を当てるため構造定理自体の証明は述べないが中国
式剰余定理が用いられることに留意されたい(証明はかなり長くなるので、専門書を参照されたい)
。
構成としては、2節で“加群の構造定理”の概略を述べてからその応用例としてジョルダンの標準形や可換群
(アーベル群)の基本定理を“模式的”に導いたあと、3節以降で作用素を持った一般のベクトル空間の事象とし
て“準素分解定理”と“巡回分解定理(加群の構造定理のベクトル空間版)”を再論し、その応用例として (1) ケ
イレイ ‐ ハミルトンの定理の精緻化、(2) ジョルダンの標準形(再論)
、(3) 微分方程式への適用――を詳細に
述べる。なお、最後にスペクトル分解や準素分解定理とともに巡回分解定理(構造定理)は内積空間を持った
作用素についても拡張されて、これで線型作用素の分析が完結することにも触れる。本稿を通読すれば、一般
の有限次元ベクトル空間(あるいは内積空間)の線形作用素の分解を簡単にチェックすることができる。なお、
1
別稿で、行列式理論 と内積空間のグラム‐シュミットの直交化法(有限次元内積空間は正規直交基底を持つ)
を取り上げる予定であるから、それらと合わせると線形代数学を簡単に俯瞰、レヴューすることができよう。
議論が長くなるので、単項イデアル整域や加群の定義や固有値(固有空間)、固有多項式、最小多項式など線
形代数の基礎的な事項は既知とする。ただ、体 K 上の加群を通常のベクトル空間という点には留意されたい。
2.加群構造定理と可換群基本定理、ジョルダンの標準形
まず自由加群やねじれ加群といった加群特有の言葉の定義を説明してから、加群の構造定理を述べる。
・R を環として、M を R− 加群とする。M が有限個の元によって生成されるとき、M を有限生成または有限
型の R− 加群という。特にただ1個の元によって生成される R− 加群 〈x〉R は単項加群または巡回加群とよば
れ る 加群の構造定理は、任意の(有限生成)R− 加群がいくつかの巡回加群の直和として一意的に表される
ことを主張するものである。
・基底を持つようなR− 加群は自由R− 加群とよばれる。
・M を R− 加群、x を M の元とする。cx = 0 であるような c ∈ R の全体は R のイデアルとなるが、これ
を x の零化手(annihilator) といい、Annx で表す。写像 c → cx は R から 〈x〉R への(R− 加群としての)
全射準同型で、Annx はその核である。したがって、Annx = (a) とすれば、R− 加群として
〈x〉R ∼
= R/(a)
である。すなわち、任意の巡回 R− 加群は R/(a) と同型で、特に自由な R− 加群は R と同型である。
・ax = 0(a ∈ R) となるのが a = 0 のときに限る(x が一次独立である)のような元は自由元とよばれる。
自由でない元は束縛元またはねじれ元という。ベクトル空間の場合には、0でない元はすべて自由であるが、
一般の環の場合はそうではない。
・R− 加群 M において、M のねじれ元(束縛元)全体の集合を M0 とすれば、M0 は M の部分加群となる。
M0 を M のねじれ部分(または束縛部分)という。M = M0 であるとき、M をねじれ加群(tortion mod ule)
といい、M0 = {0} であるとき、M はねじれがない(tortion f ree) という。自由 R− 加群はねじれがない加
群であり、その逆もまた成り立つ。
以上のことをふまえて、加群の構造定理の概略を述べる。
【定理1】(加群の構造定理)
R を単項イデアル整域とすれば、任意の有限型 R ‐加群 M は有限個の巡回加群の直和として、
s個
z
}|
{
M ≅ (⊕ri=1 R/(ai )) ⊕ R ⊕ R ⊕ · · · ⊕ R
とあらわされる。ここでイデアル(ai ) は、
R ̸= (a1 ) ⊃ (a2 ) ⊃ · · · ⊃ (ar ) ̸= (0)
を満たすように選ぶことができる。しかも、この条件のもとで、イデアル (a1 ), · · · , (ar ) および自由巡回因
子の数 s は M に対して一意的に定まる。イデアル (a1 ), · · · , (ar ) を加群 M の不変因子という。また、s は
M の階数とよばれる。M のねじれ部分を M0 とすれば、明らかに
2
M0 ∼
= ⊕ri=1 R/(ai )
s
z
}|
{
したがって、M/M0 ∼
= R ⊕ R ⊕ · · · ⊕ R∼
= Rs
さらに、ai の素元分解を

µ

a1 = ε1 p1 11 pµ2 12 · · · · · · plµ1l



 a = ε pµ21 pµ22 · · · · · · pµ2l
2
2 1
2
l

······




µr1 µr2
ar = ε2 p1 p2 · · · · · · pµl rl
とすれば、
µ
R/(ai ) ∼
= ⊕lj=1 R/(pj ij )(1 5 i 5 r)
が得られる。よって、
µ
⊕ri=1 R/(ai ) ∼
= ⊕i,j R/(pj ij )
(これには、本質的に以下の中国式剰余定理を用いる)
【定理(中国式剰余定理)】b1 , · · · , br を対ごとに素な R( 環 )の元とすれば、a = b1 · · · br とおくとき、
R/(a) ∼
= R/(b1 ) ⊕ · · · ⊕ R/(br )
である。¥
上をまとめると
【定理2】
R を単項イデアル整域、M を有限型 R ‐加群とすれば、M は有限個の自由巡回加群および素べき巡回加
群R/(pµ ) の直和として表される。かつ、自由巡回因子の個数およびイデアル(P µ ) の全体は、M に対して一
意的に定まる。(pµ ) を M の単因子という。
定理1、2の特別な場合として、次の定理が得られる。
【定理3】有限型の可換群 G は、そのねじれ部分 G0 と階数 s の自由可換群 F との直和として表される。
G0 はさらに、位数 n1 , n2 , · · · , nr である有限巡回群の直和として表される。ここで、
n1 > 1, ni |ni+1 (1 5 i 5 r − 1)
また、F (∼
= Zs ) は s 個の無限巡回群(自由巡回群)の直和である。さらに、整数 r, s および ni (1 5 i 5 r)
は G によって一意的に定まる。
定理3を可換群(アーベル群)の基本定理という。よく使われる用語を用いれば、
G0 ∼
= Z/(n1 ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z/(nr )
と表すことができる。この定理によって、可換群の分類を行うことができる。¥
次に、加群構造定理からジョルダンの標準形を導く。
3
以下、K を代数的閉体とする。V を K 上の n 次元ベクトル空間、ϕ を V から V への線形作用素(K ‐自
己準同型)とする。V の適当な基底を選んで、ϕ を表現する行列ができるだけ簡単な標準的な形 を与えること
を考える。R = K[x] を K 上の変数 x の多項式環(単項イデアル整域である)として、V に K[x] ‐加群とし
ての構造を導入する。
今、K[x] の元
f (x) = a0 + a1 x + · · · · · · + am xm
に対して、変数 x に ϕ を代入して得られる V の線形作用素
a0 I + a1 ϕ + · · · · · · + am ϕm
を f (ϕ) とする。そこで、K[x] × V から V への写像(f (x), v) → f (x)・v を
f (x)・v ≡ (f (ϕ))(v) =
m
X
ai ϕi (v)・・・(*)
i=0
と定義すると、この写像はスカラー倍の公理を満足することは直ちにわかる。こうして V は K[x] ‐加群と
なる。このようにして K[x] ‐加群の構造を与えられた V を Vϕ と書くことにする。
次に、K[x] ‐加群 Vϕ がねじれ加群であることを示そう。そうすれば、Vϕ に加群構造定理を適用する
ことができる。ベクトル空間としての V の基底を {v1, v2 , · · · , vn } とすれば、K[x] ‐加群としても Vϕ は、
v1, v2 , · · · , vn で生成されるから、Vϕ も有限生成である。Endk (V )( 自己準同型 )は K 上のベクトル空間とし
て n2 次元であるから、s = n2 とおけば、s + 1 個の線形変換
I, ϕ, ϕ2 , · · · · · · , ϕs (s = n2 )
は K 上で1次従属である。したがって、すべては0ではない適当な bi ∈ K に対して、
b0 I + b1 ϕ + b2 ϕ2 + · · · · · · + bs ϕs = 0
が成り立つ。そこで、g(x) = b0 + b1 x + b2 x2 + · · · + bs ϕs とおけば、g(ϕ) = 0 であるから、
(*)によって、
すべての v ∈ Vϕ に対して
g(x)・v = 0
となる。g(x) は K[x] の0ではない元であるから、Vϕ の元はすべてねじれ元である。以上で Vϕ はK[x]
‐加群としてねじれ加群であることが示された。そこで定理2を適用すれば、Vϕ は K[x]/(pm ) の形の巡回
加群の直和として一意的に表されることがわかる。p = p(x) は K 上の既約多項式で、m は1以上の整数であ
る。K は代数的閉体であるから、p(x) はモニックの1次式として、p(x) = x − α の形に書くことができる。
つまり
Vϕ ∼
= ⊕α,m K[x]/((p − α)m )・・・(1)
である。
いま、W を K[x]/((p − α)m ) に同型な Vϕ の K[x] ‐部分加群とし、W の生成元を w0 とする。すなわち、
4
W = 〈w0 〉K[x] , Ann w0 =((x − α)m )
W は ϕ− 認容(ϕ(W ) ⊂ W ) な V の部分空間であるが、
wi = (x − α)i・w0
(i = 0, 1, · · · , m − 1)
とおけば、{w0, w1 , · · · , wm−1 } はベクトル空間 W の基底で、dimk W = m となる。実際、任意の f (x) ∈
K[x] を“x − α の多項式”の形に書けば、
m−1
X
f (x) =
ai (x − α)i (mod(x − α)m )
i=0
と表されるから、
f (x)・w0 =
Pm−1
i=0
ai (x − α)i ・w0 =
Pm−1
i=0
ai wi
と な る 。す な わ ち W の 任 意 の 元 は w0 , w1,··· , wm−1 の 1 次 結 合 の 形 に 書 か れ る 。し た が っ て 、
{w0 , w1,··· , wm−1 } は W の基底である。
W は ϕ− 認容であるから、ϕ|W (ϕ の W への縮小)はベクトル空間としての W の線形作用素である。そ
して、
ϕ(wi ) = x(x − α)i ・w0
= α(x − α)i・w0 + (x − α)i+1・w0
= αwi + wi+1 (0 5 i 5 m − 2)
ϕ(wm−1 ) = x(x − α)m−1 ・w0
= α(x − α)m−i・w0 + (x − α)m・w0
= αwm−1
であるから、ϕ|W を W の基底 {w0 , w1, · · · , wm−1 } に関して表現する行列は、

α
1
0






 0
0
0
α
1
0
0
α
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
α
1
0
α




 ・・・(2)



(2)の形の m 次の正方行列を U (m, α) で表す。
(1)によれば、K[x]− 加群 Vϕ は上記のようないくつかの部分加群 W の直和である。したがって、
K 上のベクトル空間として、V はいくつかの ϕ− 認容な部分加群の直和となる。これらの W のそれぞれに
上のような基底をとっておけばそれらの基底を並べたものが V の基底となる。その基底に関する ϕ の表現行
列は(2)の形の行列 U (m, α) を対角線に沿って並べたものとなる。すなわち、





U (m1, α1 )
0
..
.
0
0
U (m1, α1 )
..
.
0
..
.
0
0
..
.
U (m1, α1 )
の形の行列となる。これが ϕ を表す行列のジョルダンの標準形となる。¥
3.準素分解定理、巡回分解定理(構造定理)
5





本節では一般のベクトル空間について、準素分解定理と巡回分解定理(加群構造定理に相当)を述べてか
ら、それを(1)ケイレイ‐ハミルトンの定理の精緻化、
(2)ジョルダンの標準形(再論)
、(3)微分方程式へ
の適用――と3つの応用例を述べる。まず、いくつかの定義を述べた後(これは加群の用語である)、準素分
解定理と巡回分解定理を述べる。この2つの定理は線型代数学の最も重要で深淵な定理であり、多くの応用事
例がこれに従う。以下、線形作用素 T を持ったベクトル空間 V を考える。
【定義】W は T − 不変部分空間とし、α は V のベクトルとする。g(T )α がW に属するような多項式g 全
体の集合ST (α; W ) を、α のW へのT ‐導手(T − conductor) という。V の各 α に対して導手 S(α; W ) は
多項式環 F [x] のイデアルであり、このイデアルのただひとつの正規生成元を W に関するαの T 導子という。
T 導子は一次式である。
T-導手
g(x)
V
S( ,W)
×
W
g(T)
【定義】α が V に属する任意のベクトルであるとき、g(T )α(g はF [x] の多項式)なる形のベクトル全体の
つくる部分空間Z(α; T ) をα から生成されるT ‐巡回部分空間という。Z(α; T ) = V となるときは、α を T
に対する巡回ベクトルという。
【定義】α を V の任意のベクトルとするとき、α のT − 零化手は、g(T )α = 0 となるF 上の多項式g 全体
からなるF [x] のイデアルM (α; T ) のことである。このイデアルを生成するただ1つの正規多項式 pα を α の
T − 零化子という。
6
M( ,T)
巡回部分空間とT-零化手
×
V
Z( ,T)
g(T)
×
【定理4】
(準素分解定理;primary decomposition theorem)T は体 F 上の有限次元ベクトル空間 V の
線形作用素とし、
p = pr11 pr22 · · · · · · prkk
を T の最小多項式とする。ただし、pi は F 上の相異なる正規既約多項式、ri は正の整数とする。
Wi (i = 1, 2, · · · , k) を pi (T )ri の核空間 とするとき、次のことが成り立つ。
(1)V = W1 ⊕ W2 ⊕ · · · · · · ⊕ Wk
(2) 各 Wi は T 不変である。
(3)Ti を Wi への T の制限作用素とすれば、Ti の最小多項式は pri i である。
[証明のアイデア] 直和分解(1)が成り立つとき、その分解に対応する射影子 E1 , · · · , Ek をどのように
して求めるかということがポイントとなる。射影子 Ei は Wi 上では単位作用素であり、他の Wj 上では
零作用素である。そこで多項式 hi で hi (T ) は Wi 上では単位作用素、他の Wj 上では0となり、また、
h1 (T ) + · · · + hk (T ) = T などとなるものを見つけよう。
各 i に対して
fi =
Y r
p
pj j
=
piri
j̸=i
とおく。p1 , · · · , pk は相異なる既約多項式であるから、f1 , · · · , fk は互いに素である。
よって、
Pk
i=1
fi gi = 1
となるような g1 , · · · , gk が存在する。i ̸= j ならば、fi fj は p で整除されることに留意されたい。多項式
hi = fi gi が最初に述べたような性質を持つことを示そう。
Ei = hi (T ) = fi (T )gi (T ) とおくと、h1 + · · · + hk = 1 かつ p が fi fj (i ̸= j) を整除するから、
E1 + · · · + Ek = I
7
Ei Ej = 0(i ̸= j)
が成り立つ。よって、E1 , · · · , Ek は V のある直和分解に対応する射影子である。Ei の地域がきっかり Wi に
なることを示そう。α が Ei の値域に属しているとすれば、α = Ei であり、かつ pri i fi gi は最小多項式 p で整
除されるから、
pi (T )ri α = pi (T )ri Ei α = pi (T )ri fi (T )gi (T )α = 0
逆に、α が pi (T )ri の核空間に属しているとする。j ̸= i であれば、fj gj は pri i でで整除されるから
fj (T )gj (T )α = 0, すなわち、Ej α = 0(j ̸= i) よって、Ei α = α すなわち α が Ei の値域に属することが
わかる。¥
【定理5】
(巡回分解定理;cyclic decomposition theorem)T は有限次元ベクトル空間 V の線形作用素と
し、W0 は V の T − 認容真部分空間とする。このとき、p1, p2 , · · · , pr をそれぞれ T − 零化子とする V の0で
ないベクトル α1 , α2, · · · , αr が存在し、次のことが成り立つ。
(1)V = W0 ⊕ Z(α1 ; T ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z(αr ; T )
(2)各 pk (k = 2, · · · , r) は pk−1 を整除する。
さらに、整数 r と零化子 p1, p2 , · · · , pr は、(1)、(2) およびすべての αk が0でないことによって一意的に定
まる。この定理は一般の(単項イデアル整域上の)加群の構造定理に相当する。
*線型作用素 T を持った V の部分空間 W が以下が成り立つ場合、T − 認容的(admissible) という。
(1)W は T に関して不変である。
(2)f (T )β が W に属するならば、f (T )β = f (T )γ となる W のベクトル γ が存在する。
[証明のアイデア] 認容性が分解
V = Z(α1 ; T ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z(αr ; T )
を求めようとする計画にどのようにかかわっているかを指摘しておこう。そのような分解に到達するための
基礎的な方法は、帰納的にベクトル α1 , · · · , αr をえらぶことである。なんらかの方法で α1 , · · · , αj を選んだ
とし、
Wj = Z(α1 ; T ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z(αj ; T )
が真部分空間であったとしよう。そのとき、
Wj ∩ Z(αj+1 ; T ) = {0} ・・・(*)
となるようなべくとる αj+1 を求めよう。そうすれば、空間 Wj+1 = Wj ⊕ Z(αj+1 ; T ) は、V を尽くすの
に少なくとも1次元は近くなる。
W は T − 認容的な真部分空間として、
W ∩ Z(α; T ) = {0}
8
と な る よ う な 0 で な い ベ ク ト ル α を 求 め て み よ う 。W に 属 さ な い ベ ク ト ル β を 選 び 、“T − 導
手”S(β; W ) を 考 え る 。そ れ は 、g(T )β が W に 属 す る よ う な す べ て の 多 項 式 g か ら 成 り 立 っ て い
る 。こ こ で 、イ デ ア ル S(β; W ) を 生 成 す る よ う な 正 規 多 項 式 f = s(β; W ) を W へ の“β の T −
導 子”と 呼 ん だ の で あ っ た 。ベ ク ト ル f (T )β は W に 属 し て い る 。さ て W が T − 認 容 的 な ら ば 、
f (T )β = f (T )γ となる W のベクトル γ が 存 在 す る 。そ こ で 、α = β − γ と お き 、ま た g を 任 意 の 多
項式とする。β − α は W に属するから、g(T )β が W に属することと g(T )α が W に属することが同
値となる。換言すれば、S(α; W ) = S(β; W ) が成り立つ。よって、f は W への α の T − 導子でもあ
る 。し か し f (T )α = 0 で あ る か ら 、g(T )α が W に属することは g(T )α = 0 であることと同値 に な る 。
すなわち、Z(α; T ) と W は独立であり(*)、また f は α の T − 零化子となる。¥
系
T は有限次元ベクトル空間の線形作用素とする。
(a)V のベクトル α で、α のT − 零化子がT の最小多項式となるものが存在する。
(b)T が巡回ベクトルを持つのは、T の固有多項式と最小多項式が一致するときに限る。
4.応用例1−ケイレイ‐ハミルトンの定理の精緻化
【定理6】(ケイレイ‐ハミルトンの定理の精緻化)T は有限次元ベクトル空間 V の線形作用素とし、p, f
はそれぞれ T の最小多項式、固有多項式とする。このとき、次のことが成り立つ。
(1)p は f を整除する。つまり、f (T ) = 0(これが、ケイレイ‐ハミルトンの定理の素朴な表現である)。
(2)p と f は、重複度を無視すれば、同一の素因子を持つ。
(3)p の素因子分解を
p = f1r1 f2r2 · · · fkrk
とすれば、
f = f1d1 f2d2 · · · fkdk
である。ただし、di はfi (T )ri の零化度をfi の次数で割った商である。
[証明] 定理5から得られる V の巡回分解
V = Z(α1 ; T ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z(αr ; T )
を考える。系で示したように、p1 = p である。Ui を Z(αi ; T ) への制限作用素とするとすれば、Ui は巡
回ベクトルを持ち、したがって pi は Ui の最小多項式かつ固有多項式である。ゆえに、固有多項式 f は積
f = p1 p2 · · · pr になる。特に p1 = p は f を整除する。これで (1)が示された。また明らかに p の素因子は f
の素因子である。
p の素因子分解を p = f1r1 f2r2 · · · fkrk とし、準素分解定理を用いる。この定理により、Vi を fi (T )ri の核空
間とすれば、
V = V1 ⊕ V 2 ⊕ · · · · · · ⊕ V k
9
で、firi は T を不変部分空間 Vi に制限して得られる作用素 Ti の最小多項式である。本定理の (2) を作用素
Ti に適用すると、Ti の最小多項式は素因子 fi のべきであるから、Ti の固有多項式は fidi の形になる。明ら
かに、
di =
dimVi
degfi
であり、また定義から dimVi =nullityfi (T )ri である。T は作用素 T1 , · · · , Tk の直和であるから、固有多項
式 f は積
f = f1d1 f2d2 · · · fkdk
になる。ケイレイ‐ハミルトンの定理の素朴な形(最小多項式は固有多項式を整除する)の別証明は別稿で
取り扱う予定である。¥
5.応用例2−ジョルダンの標準形(再論)
まず、α を V の任意のベクトルとするとき、α の T − 零化手は、g(T )α = 0 となる F 上の多項式 g 全体か
らなる F [x] のイデアル M (α; T ) のことであり、このイデアルを生成するただ1つの正規多項式 pα を α の
T − 零化子とよんだことを思い出そう。以下の定理は、T − 零化子と巡回部分空間との関係を述べたもので
ある。
【定理7】α を V の0でない任意のベクトルとし、pα を α の T − 零化子とすれば、次のことが成り立つ。
(1)pα の次数は巡回部分空間Z(α; T ) の次元に等しい。
(2)pα の次数が k であるならば、ベクトルα, T α, T 2 α, · · · , T k−1 α はZ(α; T ) の基底をつくる。
(3)U が Z(α; T ) への T の制限作用素ならば、U の最小多項式は pα である。
[証明]g を体 F 上の任意の多項式とし、
g = pα q + r
と表す。ただし、r = 0 または deg(r) <deg(pα ) = k である。ここで、多項式 pα q は α の T − 零化手に属
するから、
g(T )α = r(T )α.
ところで、r = 0 または deg(r) < k より、ベクトルr(T )α はベクトルα, T α, · · · , T k−1 α の一次結合であ
り、また g(T )α は Z(α; T ) の一般のベクトルであるから、上の等式はこれら k 個のベクトルが Z(α; T ) を張
ることを示している。これらのベクトルは一次独立である。これで (1)、(2) が示された。
U は Z(α; T ) への T の制限作用素とする。g が F 上の任意の多項式ならば、
pα (U )g(T )α = pα (T )g(T )α
= g(T )pα (T )α
= g(T )0
=0
よって、作用素 pα (U ) は Z(α; T ) の任意のベクトルを0にうつし、Z(α; T ) の零作用素である。さらに
また、h を次数が k よりも小さい多項式とすれば、h(U ) = 0 は成り立たない。実際、h(U ) = 0 とすれば、
h(U )α = h(T )α = 0 となり、pα の定義に反する。これは、pα が U の最小多項式であることを示す。¥
10
さて、巡回ベクトルを持つような作用素を用いて、一般の T を研究する。したがって、巡回ベクトルを持つ
ような k 次元の空間 W の線形作用素 U を考察しよう。定理7によって、ベクトル α, U α, · · · , U k−1 α は W
の基底をつくり、また α の零化子 pα は U の最小多項式(したがって U の固有多項式)である。
αi = U i−1 α(i = 1, · · · , k) とおけ ば、順 序基 底 B = {α1, α2,··· , αk } へ の U の 作 用 は 次 の よ う に な
る。
U αi = αi+1 (i = 1, · · · , k − 1)
U αk = −c0 α1 − c1 α2 − · · · · · · − ck−1 αk
ただし、pα = c0 + c1 x + · · · + ck−1 xk−1 + xk とする。U αk の表示は、pα (U )α = 0, すなわち、
U k α + ck−1 U k−1 α + · · · + c1 U α + c0 α = 0
となることから導かれる。これより、順序基底 B に関する U の行列は、







0
1
0
..
.
0
0
0
1
..
.
0
0
0
0
..
.
0
···
···
···
···
0
0
0
..
.
1

−c0
−c1
−c2
..
.






−ck−1
となる。上の行列は、正規多項式 pα の付随行列という。
さて、これから一般の線形作用素 T に関して、それがある基底によって、ジョルダンの標準形で表現される
ことを示そう。まず、巡回分解定理を対応する行列のほうからみてみよう。作用素 T と定理5の直和分解と
が与えられたとき、Bi を Z(αi ; T ) の巡回順序基底
©
αi , T αi , · · · · · · , T ki −1 αi
ª
とする。ここで、ki は Z(αi ; T ) の次元、すなわち零化子 pi の次数である。制限作用素 Ti の順序基底 Bi
に関する行列は、多項式 pi の付随行列となる。よって、Bi の全体を B1 , B2. , · · · Br の順に並べてできる T
の順序基底を B とすると、B に関する T の行列は、



A=

A1
0
..
.
0
0
A2
..
.
0
···
···
..
.
···
0
0
..
.





Ar
となる。ここで、Ai は pi の ki × ki 付随行列である。n × n 行列 A は、スカラーと異なる正規多項式
p1 , · · · , pr の付随行列の直和であり、p1 , · · · , pr については各 pi (i = 1, · · · , r − 1) が pi+1 で割り切れるとき、
有理標準形であるという。巡回分解定理より、体 F 上の n × n 行列とするとき、これは体 F においてただひ
とつの有理標準形の行列に相似である。
次に有理標準形の議論をふまえて、ジョルダンの標準形に説明にはいる。それは、基本的にベキ零作用素と
ベキ零行列に関する所見を準素分解定理と巡回分解定理に結び付けることである。
N は有限次元ベクトル空間 V のベキ零線型作用素とする。巡回分解定理から得られるN の巡回分解を考察
しよう。定理5によって、正の整数 r と r 個の0でない V のベクトル α1, α2,··· , αr が存在して、
V = Z(α1 ; N ) ⊕ Z(α2 ; N ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z(αr ; N )
11
が成り立つ。ここで、α1, α2,··· , αr の N − 零化子 p1, p2,··· , pr については、各 pi (i = 1, 2, · · · , r − 1) が pi+1
で整除される。N はベキ零であるから、その最小多項式は xk である。したがって,各 pi は pi = xki の形で
あり、整除の条件により k1 = k2 = · · · = kr となる。xki の付随行列は ki × ki 行列







0
1
0
..
.
0
0
0
1
..
.
0
0
0
0
..
.
···
···
···
0
0
0
0
..
.
···
1
0
0
0
..
.




 ・・・(*)


0
となる。したがって、定理5により N を表す行列が基本べき零行列(*)の直和となるような順序基底が
存在する。これより、n × n ベキ零行列に対して、正の整数 r と k1 + · · · + kr = n か ki = ki+1 となる r 個の
正の整数 k1 , k2 , · · · , kr が対応しており、これらの正の数整はその行列の有理標準形を決定する。なお、正の
整数 r はちょうど N の零化度である(証明略)
。
T は V の線形作用素とし、T の固有多項式は F 上次のように分解しているものとする。
f = (x − c1 )d1 · · · (x − ck )dk
ここで、c1 , c2 , · · · , ck は F の相異なる元であり、di = 1 である。よって、T の最小多項式は
p = (x − c1 )r1 · · · (x − ck )rk
となる(1 5 ri 5 di ).
Wi を(T − ci )ri の核空間とすれば準素分解定理により
V = W1 ⊕ · · · ⊕ Wk
となり、T の Wi への制限作用素 Ti は(x − ci )ri を最小多項式にもつ。Ni を Ni = Ti − ci T で定義される
Wi の線形作用素とすれば、Ni はベキ零であり、その最小多項式は xri である。Wi において、T は Ni と単
位作用素のスカラー ci 倍との和として作用する。よって、ベキ零作用素 Ni の巡回分解に対応する Wi の基底
を選ぶと、この順序基底に関する Ti の行列は、c = ci として次のような行列







c
1
..
.
0
c
1
0
0
..
.
0
0
..
.
c
1

0
0
..
.






c
の直和になる。このような形の行列は固有値 c の基本ジョルダン行列という。
上述の Wi の基底を全部合わせると、V の順序基底が得られる。この順序基底に関する T の行列を A とし
よう。行列 A は、行列 A, · · · , Ak の直和



A=

A1
0
..
.
0
0
A2
..
.
0
12
···
···
..
.
···
0
0
..
.
Ak





である。ここで、各 Ai は



Ai = 


(i)
なる形の行列であり、各 Jj
(i)

J1
0
..
.
0
(i)
J2
..
.
···
···
..
.
0
0
..
.
0
0
···
Jni
(i)





は固有値 ck の基本ジョルダン行列である。上記の条件を満たす n × n 行列 A
は、ジョルダン標準形であるという。まとめると、T が線形作用素でその固有多項式がスカラーの体で完全に
分解すれば、T をジョルダン型に表現する順序基底が存在する。
ジョルダン標準形に対しては、以下のことが成り立つ。
(1)A の主対角線上およびそのすぐ下にある成分以外はすべて0である。A の対角線上には、T の相異なる
k 個の固有値 c1 , c2 , · · · , ck が現れる。また、ci は di 回重複する。ここで、di は固有多項式の根としての ci
の重複度である。
(i)
(i)
(2) 各 i について、行列 Ai は固有値 ci の基本ジョルダン行列 Jj (j = 1, · · · , ni ) の直和である。Jj の個
数 ni はちょうど固有値 ci に対応する固有ベクトル空間の次元に等しい。なぜなら、ni は(T − ci I) の有理
標準形における基本ベキ零区画の個数であり、これは(T − ci I) の核空間の次元に等しいからである。
(i)
(3) 各 i に対して、行列 Ai の最初の区画 J1 は ri × ri 行列である。ここで、ri は T の最小多項式の根と
しての ci の重複度に等しい。これはベキ零作用素(Ti − cI) の最小多項式が xri であることから導かれる。¥
作用素分解の要約:線形代数学において、ベクトル空間 V に線型作用素 T が与えられたとき、空間 V への
T の作用の仕方を研究するうえで、T を表現する行列ができるだけ簡単な、ある意味で標準形とも呼べるよう
なものとなるような(順序)基底を研究することは極めて有意義なことである。有限次元ベクトル空間におい
ては、それは、固有値や固有空間を用いた対角化や有理標準形、ジョルダン標準形といった形で完成された。
そこで、ジョルダンの標準形に至るまでの作用素分解の道のりを簡単に振り返ってみよう。
まず、固有値と固有ベクトルによって T を研究し、対角化可能な作用素を導入した。それは、固有値と
固有ベクトルを用いて完全にいい表せる作用素であった。具体的には線形作用素が対角化可能となるのは、
最小多項式 p が p = (x − c1 ) · · · (x − ck ) という相異なる固有値の重根を持たない一次式の積 に分解できるよ
うな作用素であった。これは、T が対角化可能であるかどうかを知りたいとき、2つの方法があることを示唆
するものである。まず、固有多項式 f を計算する。f が
f = (x − c1 )d1 · · · (x − ck )dk
のように分解できる場合には、1つの方法は各 i に対して、固有値 ci に対応する di 個の独立な固有ベクト
ルを見つけることができるかどうかを調べることである。もう1つの方法は、(T − c1 I) · · · (T − ck I) が零作
用素になるかどうかをチェックすることである。なお、これとは別に代数的閉体、たとえば複素数体 F があ
るとき、F 上の任意の n× n 行列が三角行列に相似であることも付記しておこう。対角化可能を調べる過程で、
T が固有ベクトルをまったく持たないことがあり得るし、また、スカラーの体が代数的閉体のときは、任意の
線形作用素は少なくとも1つの固有ベクトルをもつが、それでも T の固有ベクトルの全体が必ずしも全空間
を張るとは限らないこともある。
13
そこで、巡回分解定理(加群構造定理)を導入した。それは、スカラーの体についてなにも仮定せずに、任
意の線形作用素を、巡回ベクトルを有する作用素の直和として表すものであった。U が巡回ベクトルを有する
線形作用素の場合には、
U αj = αj+1
U αn = −c0 α1 − c1 α2 − · · · − cn−1 αn
となる基底 {α1 , α2 , · · · , αn } が存在する(付随行列)。一般の線形作用素 T はこのような作用素 U の有限
個の直和であるから、T の作用について具体的でかなり基本的な表示を得たのである(有理標準形)
つ ぎ に 、巡 回 分 解 定 理 を ベ キ 零 な 作 用 素 に 適 用 し て 、ベ キ 零 作 用 素 の 有 理 標 準 形 を 得 た 。さ ら
に 、ス カ ラ ー の 体 が 代 数 的 閉 体 の 場 合 に は 、そ の 結 果 と 準 素 分 解 定 理 と を 組 み 合 わ せ て 、基 本 ジ ョ
ル ダ ン 行 列 を 経 て 、ジ ョ ル ダ ン の 標 準 形 を 得 た わ け で あ る 。ジ ョ ル ダ ン の 標 準 形 は 、各 j に 対 し
て 、T αj が αj のあるスカラー倍になるか、または、T αj = cαj + αj+1 となる よ う な 空 間 V の 順 序 基 底
{α1 , · · · .αn } を与えるものである。この表現は確かに対角化に次いで簡潔な表現であり、作用素についての
分析が具体的でより簡単になる。¥
巡回部分空間
巡回
付随行列
線形作用素を持ったベクトル空間
巡回分解定理
有理標準形
巡回分解定理
べき
ベキ零作用素の有理標準形
準素分解定理
基本ジョルダン行列
ジョルダン標準形
6.応用例3−微分方程式への適用
微分方程式
dn f
dn−1 f
df
+ an f = 0(n は正の整数、ai は複素数の定数)・・・
(A)
+
a
+ · · · · · · + a1
n−1
dtn
dtn−1
dt
を考え、その解空間 V を求めることを考える。Cn を n 回微分可能な関数全体の空間とすれば、この解空間
は Cn の部分空間である。D を微分作用素、p を
p = xn + an−1 xn−1 + · · · · · · + a1 x + an
14
なる多項式とすれば、
(A)は、p(D)f = 0 に他ならないから、V は作用素 p(D) の核空閑である。
さて、
p = (x − c1 )r1 · · · (x − ck )rk
Wj を(D − cj I)rj の核空間とすれば、準素分解定理により
V = W1 ⊕ · · · ⊕ Wk
となる。換言すれば、f が微分方程式(A)を満たすならば、f は
f = f1 + · · · · · · + fk
の形に一意的に表される。ここで、fj は微分方程式(D − cj I)rj fj = 0 を満たす。したがって、微分方程
式(A)の解の研究は、
(D − cI)r f = 0
なる形の微分方程式の解空間の研究に帰着される。この帰着は、線形代数学の一般的方法、準素分解定理に
よって行われたことに留意されたい。
f が Cr に属するとき
(D − cI)r f = ect Dr (e−ct f )・・・(B)
が成り立つことが帰納法を用いて示される。
r = 1 のとき
d −ct
(e f )
dt
d
= ect (−ce−ct f + e−ct f )
dt
df
=
− cf
dt
=(D − cI)f
(B)の右辺= ect
r = k のときに成り立つとすると、
(D
− cI)k f = ect Dk (e−ct f )
(D
− cI)k+1 f = (D − cI)(D − cI)k f
= (D − cI)・ect Dk (e−ct f )
©
ª
= D ect Dk (e−ct f ) − cect Dk (e−ct f )
= cect Dk (e−ct f ) + ect Dk+1 (e−ct f ) − cect Dk (e−ct f )
= ect Dk+1 (e−ct f )
よって、r
= k + 1 のときも成り立つ。
したがって、
(D − cI)r f = 0 となるのは、Dr (e−ct f ) = 0 のときに限る。ところで、Dr g = 0, すなわち、
dr g
= 0 となる関数 g は、次数が r − 1 以下の多項式関数
dtr
15
g(t) = b0 + b1 t + · · · + br−1 tr−1
でなければならない。よって、f が(B)を満たすのは、f が
f (t) = ect (b0 + b1 t + · · · + br−1 tr−1 )
の形のときに限る。したがって、関数 ect , tect , · · · , tr−1 ect は(B)の解空間を張る。よって、r 個の関数
tj ect (0 5 j 5 r − 1) は解空間の基底をつくる。よって、微分方程式(A)
p(D)f = 0
p =(x − c1 )r1 · · · (x − ck )rk
の解空間は、n 個の関数 tm ecj t (0 5 m 5 rj − 1, 1 5 j 5 k) である。
©
ª
c1 · · · · · · ec1 t , tec1 t , · · · · · · , tr1 −1 ec1 t (r1 個)
©
··················
ª
ck · · · · · · eck t , teck t , · · · · · · , trk −1 eck t (rk 個)
(r1 + · · · + rk = n)
次に、微分方程式(A)を満たすn 回微分可能な関数全体の空間V の微分作用素D のジョルダン標準形を求
めよう。前述のように準素分解定理によって、
V = W1 ⊕ · · · ⊕ Wk
となったことから始めよう。D − ci I の Wi への制限を Ni とする。V の作用素 D のジョルダン標準形は、
空間 W1 , · · · , Wk のベキ零作用素 N1 , · · · , Nk の有理標準形によって決定される。
よって、知る必要があるのは、いろいろな c の値に対して方程式
(D − cI)r f = 0
の解空間 Vc の作用素 N = D − cI の有理標準形である。N の有理標準形には、何個のベキ零区画が現れる
であろうか。その個数は N の零化度、すなわち固有値 c に対応する固有空間の次元に等しい。その次元は1
である。それは、微分方程式
Df = cf
を満たす任意の関数 f は、指数関数 h(x) = ecx のスカラー倍になるからである。
ゆえに(空間 Vc の)作用素 N は巡回ベクトルをもつ。巡回ベクトルとしては、g = xr−1 h,
g(x) = xr−1 ecx
が適当である。このとき、
N g = (r − 1)xr−2 h
16
..
.
..
.
N r−1 g = (r − 1)!h
よって、(空間 V の)作用素 D のジョルダン標準形は、各固有値ci にそれぞれ1個ずつ対応するk 個の
基本ジョルダン行列の直和となる。¥
7.内積空間の作用素分解
な お 、最 後 に 内 積 を 持 っ た ベ ク ト ル 空 間 に つ い て 触 れ て お こ う 。内 積 空 間 に つ い て は 、随 伴 作
用 素 と い っ た 基 礎 的 な 概 念 の も と に 自 己 随 伴 作 用 素( エ ル ミ ー ト 作 用 素 )、ユ ニ タ リ 作 用 素 、正
規 作 用 素 と い っ た 線 型 作 用 素 の 新 た な 重 要 な 概 念 が 導 入 さ れ る 。そ の う え で 、ス ペ ク ト ル 分 解
(固有ベクトルからなる正規直交基底を持つ;表現行列が対角行列となるような正規直交基底を持つ)と い う
新たな命題が内積空間の作用素の分解についての基本的な定理として導入される。さらに、作用素を持った一
般の線型空間についての2大定理であった準素分解定理と巡回分解定理が内積空間に拡張されて、内積空間の
線型作用素の分析・分解が完結する。
*随伴作用素の定義:
(T α|β) = (α|T ∗ β)
((α|β) は内積、T は線形作用素、T ∗ は随伴作用素)
*自己随伴作用素(エルミート作用素)
:T = T ∗
(固有値は実数)
*ユニタリ作用素:内積空間からそれ自身の上への同型:U U ∗ = U ∗ U = I(固有値の絶対値は1)
*正規作用素(normal operator):T T ∗ = T ∗ T
【定理】
(スペクトル定理)
T は有限次元 複素内積空間 V の正規作用素 あるいは有限次元 実内積空間 V の自己随伴作用素。
c1 , · · · , ck は T の相異なる固有値の全体、Wj は cj に対応する固有空間、Ej は V から Wj 上への正射影子。
このとき、i ̸= j ならば Wj は Wi に直交 し、V は W1 , · · · , Wk の直和である。
V = W1 ⊕ · · · ⊕ Wk (Wi ⊥Wj i ̸= j)
T = c1 E1 + · · · + ck Ek
[証明のアイデア]
α は Wj のベクトル、β は Wi のベクトルとし、また i ̸= j とすれば、
cj (α|β) = (T α|β )= (α|T ∗ β) = (α|c̄i β) = ci (α|β)
よって、(ci − cj )(α|β) = 0, ci − cj ̸= 0 であるか
ら、
(α|β) = 0 となる。よって、i ̸= j のときは、Wj は Wi に直交する。自己随伴作用素、正規作用素はどち
らも固有ベクトルからなる正規直交基底を持つ(以下の補題1、2参照)から、V = W1 + · · · Wk となる。αj
が Wj に属し、かつ、α1 + · · · + αk = 0 ならば、任意の i に対して
0=(αi |
P
j
αj ) =
P
j (αi |αj )
= ||αi ||2
となり、V は W1 , · · · , Wk の直和である。
【補題1】V は有限次元内積空間とし、T は V の自己随伴作用素とする。このとき、V の正規直交基底で、
その各ベクトルがT の固有ベクトルとなるものが存在する。
[証明] まず、有限次元内積空間では、任意の自己随伴作用素は固有ベクトルを持つ ことが証明されるがこれ
は既知としよう。d im V > 0 と仮定しているから、T は固有ベクトル α を持つ。d im V に関する帰納法
17
で進める。dimV = 1 のときは明らかに成立する。次元が dimV よりも小さな内積空間に対して補題は正し
いとする。W はベクトル α1 で張られた1次元部分空間とする。α1 が T の固有ベクトルであるということは
W が T で不変であることを意味する。直交補空間 W ⊥ は T ∗ = T で不変である。ところで、W ⊥ は V から
得られる内積に関して内積空間であり、その次元は dimV よりも1だけ小さい。U は T の引き起こす W ⊥ の
線形作用素、すなわち T の W ⊥ への制限とする。U は自己随伴的であり、帰納法の仮定により、W ⊥ は U の
固有ベクトルからなる正規直交基底 {α2 , · · · , αn } を持つ。これらのベクトルは T の固有ベクトルでもあり、
また、V = W ⊕ W ⊥ であるから、{α1 , · · · , αn } が求める基底である。
【補題2】有限次元複素内積空間の正規作用素は、固有ベクトルからなる正規直交基底を持つ。
これは、以下の二つの命題から直ちに得られる。
● V は有限次元内積空間、T は V の線型作用素、B は V の正規直交基底とする。基底 B に関する T の行
列 A が 上方三角型であるとき、T が正規になるのは、A が対角行列のときに限る。
● V は有限次元複素内積空間とし、T は V の 任意 の線形作用素とする。このとき、T の行列が上方三角
型となるような V の正規直交基底が存在する。¥
なお、スペクトル分解の用語は物理学の応用性から生じたものである。物理学では、有限次元ベクトル空間
の線形作用素の スペクトルをその作用素の固有値の集合 として定義するのである。
【準素分解定理】T は有限次元内積空間 V の 正規作用素。p を T の最小多項式とし、p1 , · · · , pk をその相
異なる正規素因子とすれば、p の分解における pj の重複度は1であり、またその次数は 1 または 2 である。
Wj を作用素 pj (T ) の核空間 とすれば、
(1)i ̸= j ならば Wj は Wi に 直交 する
(2)V = W1 ⊕ · · · ⊕ Wk
(3)Wj は T で不変であり、pj は T の Wj への制限の最小多項式である。
(4)各 j に対して、ej (T ) が V から W j 上への正射影子となるような、スカラーの体上の多項式 ej が存
在する。
[証明のアイデア]p が p = p1 · · · pk の形になることが判明したとする。そこで、fj = p/pj とおけば、
f1 , · · · , fk は互いに素であるから、
1=
X
fj gj
j
となる多項式 gj が存在する。α を任意のベクトルとすれば、
α=
X
fj (T )gj (T )α
j
となり、また pj (T )fj (T ) = 0 であるから、任意の j に対して fj (T )gj (T )α は Wj に属する。一方、以下の
補題により、Wj は Wi (i ̸= j) と直交する。したがって。V は W1 , · · · , Wk の直交直和である。
【補題】T は正規作用素とし、f, g は互いに素な多項式とする。α, β をそれぞれ f (T )α = 0, g(T )β = 0 と
なるようなベクトルとすれば、α と β は直交する。
[証明]af + bg = 1 となる多項式 a, b が存在する。よって、
a(T )f (T ) + b(T )g(T ) = I
18
であり、α = b(T )g(T )α となる。これより、
(α|β) = (g(T )b(T )α|β) = (b(T )α|g(T )∗ β)
仮定より、g(T )β = 0 であり、g(T ) は正規であるから(正規作用素の多項式作用素は正規)、g(T )∗ β = 0
となり(T が正規のとき、T α = cα ⇔ T ∗ α = c̄α)、(α|β) = 0 が成り立つ。¥
【巡回分解定理】T を有限次元内積空間 V の 正規作用素 とすれば、e1 , · · · , er をそれぞれ T − 零化子にも
つ V の0でないベクトル α1 , α2, · · · , αr が存在し、次のことが成り立つ。
(1)V = Z(α1 ; T ) ⊕ · · · · · · ⊕ Z(αr ; T )
(2)各 ek+1 は ek を整除する (k = 1, · · · , r − 1)
(3)i ̸= j ならば Z(αi ; T ) は Z(αj ; T ) に 直交 する
整数 r と零化子 e1 , · · · , er は一意的に定まる。
(証明略)
¥
内積空間の作用素
正規作用素
スペクトル分解
自己随伴作用素
準素分解定理
巡回分解定理
加群構造定理
*本稿の執筆に際しては、以下を参考とした。
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・線形代数学(K.ホフマン・R.クンツェ、培風館)
・代数系入門(松坂和夫、岩波書店)
・代数の世界(渡辺敬一・草場公邦、朝倉書店)
・線形代数入門(斎藤正彦、東京大学出版会)
*筆者経歴
東京大学理学部数学科を経て教育学部卒業。証券会社、外資系通信社で金融・資本市場の業務を経験。専門は、債券資
本市場。主な著書・論文:
『信用リスクを読む』
(日本評論社)
、
『信用リスクとM&A』
(同)
、
『世界金融危機と信用リスク』
(同)、『鎮めの文化と資本市場』(ブルームバーグ)
、
『金融派生商品』
mail: [email protected]
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