複数電子の波動関数:フェルミ粒子 量子力学に従う粒子は区別できない 古典力学に従う粒子は、たとえそれが多数の同種粒子であっても原理 的には 1 個 1 個を区別して運動を追跡することができる。常に 1 つ 1 つ の粒子の位置と速度を測定し決定する事ができるからである。ところが、 量子力学に従う粒子では事情が全く違っている。ある時刻にそれぞれの粒 子の波動関数が重なり合わないように離しても、しばらくの後には波動関 1 1 つを区別する事ができなく 数は広がって互いに重なりあい、粒子の つ なる。 この状況を式を用いて表現するにはどの様にしたら良いだろうか。N 個の同種粒子からなる系を考えよう。粒子の座標 ri とスピン座標i をまと めて i = (ri ; i ) ; i = 1; 2 1 1 1 N と書くことにする。ハミルトニアンは1 (1) N の関数であるが、一般に任 意の座標の交換に対して不変である。したがって、座標i とj を交換をす る演算子を Pij と書くと Pij H (1 ; 1 1 1 i 1 1 1 j 1 1 1 ; N ) =H (1; 1 1 1 j 1 1 1 i 1 1 1 ; N )Pij =H (1; 1 1 1 i 1 1 1 j 1 1 1 ; N )Pij (2) (2) は Pij がハミルトニアンと交換する事を意味するから、N 個の となる。 粒子の状態は Pij の固有状態として選ぶ事ができる。それでは Pij の固有 状態とは何だろうか。 簡単のために 2 個の電子を考えその固有状態の波動関数を 9a (1; 2) 1 (3) と書く事にする。a は固有状態を指定する添え字である。これに P12 を演 9 (1; 2 ) = 9a (2 ; 1) である。今、9a (1; 2) を Pij の固有 算すると P12 a 状態と選んだとしてその固有値を pa とすると、 P12 9a (1 ; 2 ) = 9a (2 ; 1 ) = pa 9a (1 ; 2 ) (4) と書けるはずである。もう一度 P12 を演算すれば、元の波動関数で1 と2 を 2 度入れ換えるのだから元の波動関数に戻り、したがって 2 P12 9a (1; 2 ) = pa P129a (1; 2 ) = p2a 9a (1 ; 2) = 9a (1; 2 ) (5) (5) から固有値 pa の 2 乗が p2a = 1; すなわち である。 pa = 61 2 (6) , である。今、 個の粒子の状態を考えたが 一般に N 個の粒子の状態につ 2 個の粒子の座標を入れかえると pa = 61 の固有値を 与える。以上により、量子力学的粒子の状態は、2 個の粒子の座標の入れ いてもそのうちの 替えに対して符号を変えないか(「対称」という)、あるいは符号を変える か(「反対称」という)のいずれかの波動関数で記述される事が分かった。 (2) のようにハミルトニアンと「交換の演算子」Pij とは可換であるの で、波動関数の対称性 (6) は保存される。このことは粒子間の相互作用の有 無にかかわらず成立している。我々の知っている量子力学的粒子のすべて について、N 個の粒子の波動関数は、粒子の座標の交換に対して、p = +1 = 01 であるかの何れかであって、それが混ざったような状態 をとる粒子は無い。さらに、交換に対して p = +1 であるか p = 01 であ であるか p るかは、粒子の種類によって決まっているのであって、その状態によって 決まっているのでもない。対称な波動関数で記述されるものをボーズ粒子 (ボゾン)、反対称な波動関数で記述されるものをフェルミ粒子(フェル 2 ミオン)という。またその統計を各々、ボーズ・アインシュタイン統計、 フェルミ・ディラック統計と呼んでいる。一般にスピン角運動量が半奇整 0 数の粒子(電子、中性子、陽子等)はフェルミ粒子であり、 叉は整数の もの( 光子等)はボーズ粒子である事が知られている。これについては、 相対論的量子力学の枠内で、つじつまのあった説明をする事ができる。 対称波動関数と反対称波動関数 具体的に多粒子系の波動関数がどの様なものであるのか考えてみる事 2 にしよう。簡単のために、 個の粒子が中心力ポテンシャルの中にあり粒 子間の相互作用は無く、さらにスピン軌道相互作用も無視することにしよ う。この時系のハミルトニアンは H= 1 p 2 + V (r ) + 1 p 2 + V (r ) 1 2 2m 1 2m 2 (7) と与えられる。ハミルトニアンは座標について完全に分離されているから 波動関数についても変数分離の形 9a (1; 2) = 1(1 ) 2 (2) (8) (8) を 2 粒子のシュレデ ィンガー方程式 を仮定する事にしよう。 H 9a (1 ; 2 ) = Ea 9a (1 ; 2 ) に代入すると、 2 (9) (2)f 21m p1 2 + V (r1)g 1(1) + 1(1)f 21m p22 + V (r2 )g 2 (2) = Ea 1(1) 2(2 ) (10) と書くことができる。両辺を 1 2 で割れば 1 f 1 p 2 + V (r )g ( ) 1 1 1 1 1 (1 ) 2m + (1 ) f 21m p22 + V (r2 )g 2 (2) 2 2 3 Ea = 1 項と第 2 項はそれぞれ1と2だけの関数となる。した がって各々は実際には1 ,2 によらない定数でなければならない。それを 各々E1 ,E2 と書けば f 21m p12 + V (r1 )g 1 (1) = E1 1(1) (11) f 21m p22 + V (r2 )g 2 (2) = E2 2(2) Ea = E1 + E2 と書き改められる。すなわち 1 粒子のシュレディンガー方程式の解を知れ ば、それから (8) のように 2 粒子の波動関数を作る事ができる。 であり、右辺第 しかしこの波動関数は一般に粒子の座標の交換についての固有状態に なっていない。 P12 9a (1 ; 2 ) = P12 1 (1) 2(2 ) = 1(2 ) 2 (1) (12) だからである。ところで 9b (1; 2) = 2(1 ) 1 (2) (13) を考えると、これも同じ固有エネルギー Ea をもった固有関数で H 9b (1 ; 2 ) = Ea 9b (1 ; 2 ) 9 9 9(1; 2) = a9a (1; 2) + b9b (1; 2) = a 1(1) 2(2 ) + b 2(1 ) 1 (2) (14) を満たしているはずである。したがって a と b との線形結合 (15) をとっても、それはハミルトニアンの同じ固有エネルギー Ea を持った固 有関数となっている。 次にこのような形の波動関数で粒子の交換 P12 の固有関数となるもの が作れないかを考えてみよう。 P12 fa (1) 2(2) + b 2(1) 1(2 )g = fa 1(2 ) 2 (1) + b 2 (2) 1(1)g = 6fa 1 (1) 2(2) + b 2(1) 1(2 )g 1 4 であるから、 a=b (p = +1); でなければならない。 1 と または a = 0b (p = 01) (16) p = 01(反 2 が同じ波動関数である場合には、 対称)に対応する波動関数は現れない事に注意しよう。 1と 2 とが異な る場合には、それらは互いに直交して X Z dr i () j ( ) = ij 3 (17) であるようにしておこう。たとえば i Z () = n (r)() または j ( ) = m (r) () drn (r) m (r) = nm 3 (18) などであり、波動関数の状態を指定する添え字 i; j は、波動関数の軌道の 1 (17) で規格 p 直交化して、2 粒子の波動関数を 1 に規格化すると、上の式で a = 1= 2 様子とスピン状態を一緒に指し示している。 粒子波動関数を ととるべきであり、 9(1; 2 ) = p1 f 1 (1) 2(2 ) 6 2 (1) 1(2)g 2 ボーズ粒子 (6は p = 61 フェルミ粒子 に対応する。) 5 (19) と定められる。実際、規格化は X 1 2 Z dr1 dr2 9(1 ; 2 ) 3 9(1; 2 ) Z X 1 =2 dr1 dr2 fj 1 (1 ) 2 (2 )j2 + j 2 (1 ) 1 (2 )j2 1 2 6 1 (1 ) 2 (2 ) 2 (1 ) 1 (2 ) 6 2 (1 ) 1 (2 ) Z Z X X 1 2 dr1 j 1 (1 )j dr2 j 2 (2 )j2 =2 3 + 21 1 Z X 1 dr 1 j 3 2 (1 )j2 3 2 Z X 2 dr 2 j 1 3 Z (1 ) 2 (2)g (1)j2 Z X 1 6 2 1 dr1 1(1) 2(1) 2 dr2 2 (2) Z Z X X 1 6 2 1 dr1 2(1) 1(1) 2 dr2 1 (2) = 12 1 1 1 1 + 12 1 1 1 1 6 12 1 0 1 0 6 12 1 0 1 0 = 1 X 1 3 3 3 3 1 (2 ) 2 (2 ) (19) の内、反対称波動関数は、行列式を用いて次のよう と確かめられる。 に書く事もできる。 9F ermi (1 ; 2 ) = p1 21((11)) 2 (2) 2 (2 ) (20) 1 2 粒子の状態が行列式の行に、粒子の座標が列に対応する。 個の 1 粒子状 2!個の 2 粒子波動関数の線形結合によって、粒子座標の交換に 関して固有状態となる 2 粒子固有状態が表された。この反対称性は、行列 態を用いた 式の性質と対応しているわけである。 以上の議論は、一般の相互作用がある N 粒子に関しても、その 1粒 子波動関数が決まっているとすると、そのまま適用できる。規格直交化さ 6 れた 1 粒子波動関数 f i()g を用いて、N 粒子の状態が : 1 9(1 ; 1 1 1 ; n ) = p ボーズ粒子 X N! : 1 9(1 ; 1 1 1 ; n ) = p 1 P (P 1) 2(P 2 ) 1 1 1 N (P N ) ; フェルミ粒子 N! X P sgn(P ) ( 1 ) 2 ( 1 ) = p1 .. N! . N (1 ) 1 (P 1 ) 2(P 2 ) 1 1 1 ( 2 ) 2 ( 2 ) .. . N (2 ) 1 1 111 111 ... 111 N (P N ) (21) (N ) 2 (N ) .. . N (N ) 1 と表される。フェルミ粒子の場合の行列式波動関数をスレーター行列式と 1 N の N 個の数字に関する置換に関するものである。n p 個の数字の置換は、全部で n!個あるため、規格化定数として 1= N !があ いう。P の和は らわれる。置換 P は P : (1; 2; 3; 1 1 1 ; N ) ! (P 1; P 2; 1 1 1 ; PN ) という並べ変えを粒子の座標について行うことを意味する。sgn (P ) は61 +1、奇置換なら01 をとる。こうして 多粒子の対称性 (6) を満足する波動関数を作る事ができた。1 粒子波動関 数 i ( ) をどう決めたらよいかは、別に考える。 N 個のフェルミ粒子の波動関数が (21) の第 2 式のようになる意味に ついて触れよう。N 個の 1 粒子波動関数 1 N のうち、 1 と 2 が同一 であるとしよう。2 つの行が全く同じになる場合には、行列式の値は 0 に なるという基本的な性質によって、(21) の第 2 式は恒等的にゼロになる。 別の言い方をすれば、1 つの 1 粒子状態にはフェルミ粒子を 1 個しか収容 の値であり、この置換が偶置換なら する事はできない。これをパウリの「排他律」という。一方、ボーズ粒子 (21) の第 1 式からこの制限は導かれないから、粒子の統計に の場合には、 7 1 対する制限はなく、 つの 1 粒子量子状態にいくつでも同一粒子を収容す る事ができる。 多粒子波動関数の意味するところ 1 粒子波動関数の絶対値の 2 乗 j ()j2 は、1 個の粒子をある空間座標 r, スピン座標 = 61 に見いだす確率である。N 粒子の場合にも PN (1 ; 2 ; 1 1 1 N ) = j9(1 ; 2 ; 1 1 1 N )j2 (22) = (r1 ; 1 ); 2 ; 1 1 1 N に見いだす確率と考えなければ ならない。N 個の粒子の内、N 0 1 個の粒子を見いだしてしまえば残りは 1 個の粒子に対する確率になる。これがつじつまのあった理解のし方であ は、N 個の粒子を1 ることを示そう。 P 1 ( ) = は残り X Z 2 111N dr2 1 1 1 drN PN (; 2 ; 1 1 1 N ) (23) 1 個の粒子をに見いだす確率であり、 P 2 ( 1 ; 2 ) = 2 は 個の粒子を1 ; X 3 111N Z dr3 1 1 1 drN PN (1 ; 2 ; 1 1 1 N ) (24) 2 に見いだす確率となる。簡単のために N = 2 につい て書き下すと、 P 2 ( 1 ; 2 ) = 1 fj ( )j2j ( )j2 + j ( )j2 j ( )j2 2 1 1 2 2 1 1 2 2 0 1(1) 2(1 ) 1 2 (2) 1(2 ) 0 2(1) 1(1 ) 1 1 (2) 2(2 )g 3 3 3 3 である。これを2 で和・積分を実行すれば P 1 ( ) = X 2 Z dr2 P2 (; 2 ) = 8 (25) (17) があるから 1 fj ( )j2 + j ()j2 g 2 2 1 (26) (26) はちょうど となる。 1 という状態と 2 という状態の両方に均等に粒 子が詰まっている場合の、粒子密度を表している。 1 ならば () = 1(r)() ; 2 () = 2 (r)() (27a) 1 fj (r)j2 + j (r)j2 gj()j2 2 2 1 X 1 P1 ( ) = fj1 (r)j2 + j2 (r)j2 g 2 (27b) ( ) = 1 (r)() ; (28a) P 1 ( ) = であり、また 1 ならば 2 () = 2(r) () 1 fj (r)j2j()j2 + j (r)j2 j()j2 g 2 2 1 X 1 P1 ( ) = fj1 (r)j2 + j2 (r)j2 g 2 P 1 ( ) = (28b) 2 つの例 (27)(28) では、スピンまで考慮した粒子密度 (スピン密度)は 2 つの状態で異なるが、スピン座標に関して和を取って などである。この しまった(スピン座標を気にしなければ)単なる粒子密度に関しては同一 である事を示している。 (27a) (28a) の時、2 粒子密度 P2(1; 2 ) はどうなるだろうか。(25) よ り直接計算できる。2 つの状態のスピンが同じ時は X (27a) ! P2 (1; 2) = 12 fj1 (r1)j2j2(r2 )j2 + j2(r1 )j2j1(r2 )j2 1 2 0 1 (r1) 2 (r1) 1 2(r2 ) 1(r2 ) 0 2(r1 ) 1(r1 ) 1 1(r2 ) 2(r2 )g (29a) となり、一方 2 状態のスピンが異なるときは 3 (28a) ! X 1 2 3 P2 (1 ; 2 ) = 3 3 1 fj (r )j2j (r )j2 + j (r )j2j (r )j2 2 1 1 2 2 1 1 2 2 (29b) 9 (28a) の時にはP となる。 1 3 (29b) の差 ( ) 2() = 0 となるからである。(29a) と 0 1(r1 ) 2(r1 ) 1 2(r2) 1(r2) 0 2(r1) 1(r1) 1 1(r2) 2(r2)g = 02Ref1 (r1) 2 (r1) 1 2 (r2) 1 (r2)g 3 3 3 3 は r1 3 3 ' r2の領域では 1 (r1 ) 1 (r2 ) ' j1 (r1 )j2 3 であるから負の寄与をなす。すなわち 2 個の粒子は、スピンが同一の状態 の方がスピンが異なる状態に比べて、空間的にも避け合う。これはフェル ミ粒子間に働くパウリの排他律の空間的な現れに他ならない。 N 個のフェルミ粒子の場合にも、2 粒子の確率を計算しておこう。3 0 2 個の空間座標の積分とスピン座標の和をとることにす る。行列式の定義により (21) の置換を座標ではなく波動関数の方に付け からN まで N てもよいから、 P2 (1 ; 2 ) = = X 3 111N Z 3 111N P1 Z X ( 1 ) 3 Z 1 1 1 dr3 1 1 1 drN j9(1; 2 ; 3 1 1 1 N )j2 XX 1 1 1 dr3 1 1 1 drN N1 ! sgn(P )sgn(Q) Z Q1 ( 1 ) 1 P2 である。これは規格直交条件 (2) P 3 Q2 Q (2) 1 1 1 1 1 1 残りの (N ) (17) によって P 3 = Q3 ; P 4 = Q4 ; 1 1 1 P N というように N PN = QN 3 QN (N )1 (30) (31) 0 2 個の状態の組は完全に一致していなくてはならない。 2 つの組については P 1 = Q1 ; P 2 = Q2 ; (sgn(P ) = sgn(Q)) 10 (32a) であるか P 1 = Q2 ; P 2 = Q1 ; (sgn(P ) = 0sgn(Q)) であるかしかない。全部で (32b) N !個ある置換に対して、P 1 の選び方が 1 から N まで N 通り、P 2 の選び方は残りの N 01 通りあって、全部で N (N 01) N についての積分・和を実行していまえば、残りのすべ ての置換は区別しないでよい。ここで 1 の置換 P 1 を改めて p1 と書き 通りある。3 P2 (1 ; 2 ) = 1 N X N (N 0 1) p1 =1 p fj p1 (1)j2 j p2 (2 )j2 0 p1 N X 2 =1 (p2 6=p1 ) (1 ) 3 p2 (1) 1 p2 (2) 3 p1 (2 )g (33) (25) に対応した一般の場合の 2 粒子密度である。さ らに、2 の積分・和を実行すれば (17) により が得られる。これが P 1 ( 1 ) = X 2 Z dr2 P2 (1 ; 2 ) = 1 1 N N X p1 =1 j p1 (1)j2 (34) となる。つまり N 個の状態に、 粒子を見いだす確率が均等に配分されて いる。 11
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