日本語ネイティブ教師とノンネイティブ教師の対話

ワークショップ
日本語ネイティブ教師とノンネイティブ教師の対話
―ヨーロッパの日本語教育現場での協働を考える―
篠崎 摂子、エヴリン・ルシーニュ=オドリ(パリ日本文化会館)
大島 弘子(パリ・ディドロ大学)
ジャン・バザンテ(フランス国立東洋言語文化大学)
1 ネイティブ教師(NT)とノンネイティブ教師(NNT)に関する意識の確認と共
有
はじめに参加者に質問紙を配布して、
このテーマに対する意識の確認を行った。
そして、
各質問に対する回答およびコメントを会場全体で共有したところ、以下の通りだった。
(1)「学習者としての経験および考え方:外国語を習うなら NT のほうがいい」について、
「はい」と「どちらともいえない」が約半数ずつ、
「いいえ」は少数だった。全体に NT 志
向が高めだが、
「NT の授業は全くわからなかった」というコメントもあった。
(2)「教師としての経験および考え方:NT と NNT は教え方や学習者からの信頼が異なる
か」について、ほぼ全員が NT と NNT では教え方が異なると答えたが、
「教師個人の能力
や経験にもよるので一概にどちらがいいとはいえない」というコメントもあった。
(3)「NT と NNT では地位や役割が異なるか」については、明確な回答が得られなかった。
2 本テーマに関する論点の紹介
2012 年の国際交流基金の調査では、
世界の日本語教育の現場におけるNT の割合は23.2%
だったが、西欧では 73.0%(フランス 79.7%)と非常に高くなっている。
カイザー(1995)は、欧米では NT と NNT の役割が伝統的に区別されてきたことを指摘
したうえで、日本国内の大学で日本語教育に携わる NNT としての役割を述べている。
加納(2010)は、日本で NT と NNT の役割観調査を行い、日本語の知識・能力、教え方・
指導法、日本語の使用、社会的な側面の、それぞれ優位と認識された点をまとめている。
KONGJIT・吉田(2012)はタイの大学でのティーム・ティーチングにおいて、学習者が
NT と NNT の区別より、それぞれの使用言語を重視していることを指摘している。
田中(2013)は、NNT は言語的に NT を超えることができなくても学習経験その他で優
位性がある、という考え方に疑問を呈し、両者の権力関係の脱構築を主張している。
DERIVRY (2006)は、フランスの英語教育では教師自身が NT を正統的と認識する傾
向が強いことを指摘し、
「複言語」主義的な言語教育の必要性を述べている。
3 フランスからの現状報告
3.1 ノンネイティブ教師の立場から
フランスと日本の高校、大学で NNT として日本語を教えた経験から、NT と NNT の対
話の重要性を指摘した。対話には「話し合い」と「協働作業」があるが、その効果として
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学習者に良好な教育環境が提供でき、新しい発見がある。しかし、フランスの多くの機関
では NT と NNT の役割分担が存在し、対話の成立には、環境 (相手、場所、時間)と、
対話に取り組もうという気持ち(発言の意志、受容的な態度)が必要である。
対話を阻害する要因としては、NNT の言語的コンプレックス、専門の違い、身分の違い
(労働条件、教育文化背景)
、そして対話の危険性(自己の崩壊)がある。その解決方法と
しては、お互いに①両者の違いや長所を尊重し、②母語と第二言語の習得および運用の違
いや NNT の利点を認識し、③言語や言語学習そのものへの知識を深め、④気軽に共同で
仕事をすることで「対話」が生まれる、と考えている。
3.2 ネイティブとネイティブ、ネイティブとノンネイティブ協働
日本国内とフランスその他の国で NT として日本語を教えた経験から、NT と NNT だけ
ではなく、NT と NT の間でも対話が必要なことを指摘した。
そのためには、お互いの相違点を理解し、立場・専門の違いを超え、チームでの協働作
業が必要である。そこでは、助け合いができ、お互いの負担が減って仕事がやりやすくな
るようにしたり、お互いの長所・強みが引き出せるようにすることが重要である。また、
学生情報を交換・共有し、指導に一緒に参加したり、問題があるときは、相談してチーム
として解決することが、相手の教師観、学習文化を知る良い機会となる。
対話がスムーズになるためには、お互いに相手が授業でやっていることに興味・関心を
持ち、相手の教師文化・学習文化を把握することが必要で、いつも雑談しながら数多く接
触して助け合える関係作りを行うことが重要だ。
4 まとめ
本ワークショップは、参加者とともに「日本語教育現場でのネイティブ教師(NT)とノ
ンネイティブ教師(NNT)の協働」について考えることを目的に実施した。本来は 2、3
の報告を元に会場の参加者に議論を行ってもらう予定だったが、時間の関係で実施できな
かった。参加者が、本ワークショップを通してこのテーマに対する認識を深め、NT と NNT
のよりよい協働を行うための今後の対話に結びつくことを期待したい。
<参考文献>
カイザー・シュテファン(1995)
「ノンネイティブ日本語教師の役割―異文化間教育の現場
としての日本語教室を目指して―」,『筑波大学留学生センター日本語教育論集』10,
pp.95-106.
加納千恵子(2010)
「大学院における日本語教師養成の課題 : ネイティブ・ノンネイティ
ブによる教師役割観の違い」,『国際日本研究』2, pp.99-116, 筑波大学.
Saranya KONGJIT、吉田直子(2012)
「ティーム・ティーチングにおけるネイティブ教師と
ノンネイティブ教師の役割分担―チェンマイ大学初級日本語クラスのタイ人学習者の
期待―」, 国際交流基金バンコク日本文化センター日本語教育紀要第 9 号,
pp.99-116,129-137.
田中里奈(2013)
「日本語教育における「ネイティブ」/「ノンネイティブ」概念 言語学
研究および言語教育における関連文献のレビューから」,『言語文化教育研究』11 ,
pp.95-111, 言語文化教育研究学会.
Martine DERIVRY (2006) Les enseignants ‘natifs’ et ‘non natifs’ de langue(s) : catégorisation
linguistique ou construction sociale ?. Travaux de didactique du FLE 55 :100-108.
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