先天性難聴の遺伝子検査について

62
先天性難聴の遺伝子検査について
先天性難聴の遺伝子検査が保険適応になったと聞きましたが、どのような方が検査対象と
なるのでしょうか。希望される方にはどのように対応したらよいのでしょうか。 (W 生)
先天性難聴の遺伝子検査は、小児に
が、成人であれば原因不明の若年発症型進行性難
限らず、先天性の要因が考えられる全
聴の方などがよい対象です。ただし、保因者の方
ての難聴患者さんが対象です。保険適
は検査できません。従って、難聴を持たないご両
応であり、新潟県内では新潟大学医歯
親は対象外となります。
学総合病院で検査できます。同院の耳鼻咽喉・頭
検査は採血のみですので小さなお子さんでも可
頸部外科にご紹介ください。
能です。検査前と結果説明に際し、臨床遺伝専門
医によるカウンセリングを受けていただきます。
初めて「網羅的」遺伝子検査が保険収載
新潟県内では、新潟大学医歯学総合病院でのみ検
2012年4月に、先天性難聴の遺伝子検査が保険
査を受けることができます。
適応となりました。
画期的なのは、全科的に、初めて「網羅的な」
小児の遺伝子検査
遺伝子解析が保険で可能となった点です。従来の
難聴を持って生まれてくるお子さんの、実に6
遺伝子検査は単一疾患の確定診断の意味合いが強
~7割は遺伝性であるとされています。しかし常
く、例えば「○○症候群」と臨床的に診断されて
染色体劣性遺伝が多いため、ご両親は保因者であ
いる方の裏付けとして遺伝子検査を行うといった
り難聴がないことがほとんどです。つまり、遺伝
傾向がありました。
性難聴であると気づかれずにいる方がたくさんい
先天性難聴の遺伝子検査は、
「先天性難聴」で
るのです。
あれば全例が対象です。つまり、
「○○遺伝子変
小児難聴の最大の問題は、言語獲得です。早期
異による難聴」を疑ってから遺伝子検査をするの
に発見し対応しなければ言語発達に遅れが残りま
ではなく、先天性難聴と疑われた時点で検査でき
す。しかし、
「本当に難聴なのか」
「補聴器や人工
るのです。このように診断の初動段階から遺伝子
内耳は有効なのか」といった見極めは、未だに専
検査を活用できるようになったのは、本検査が初
門家の経験に頼る面が多くあります。
めてです。
遺伝子検査は、これらの児に答えを与えてくれ
現在、100以上の難聴原因遺伝子が想定されて
ます。例えば、難聴児で最も多い GJB2 遺伝子異
いますが、本検査ではそのうち19遺伝子154変異
常の特定の変異が見つかれば「高度難聴の可能性
を一度に調べることができます。これは遺伝性難
が高い」ことがわかります。早期に補聴器や人工
聴症例の約半数に相当するとされています。
また、
内耳などの導入を図ることが可能となりますので、
今後の研究開発によって検査対象となる遺伝子変
その後の言語発達にプラスの効果が期待できます。
異はさらに増える見通しであり、より網羅的な検
また、CDH23 遺伝子変異では、高音域が障害
査が期待されています。
され低音域に聴力が残るタイプの難聴を示すケー
スが知られています。このような児には、「残存
遺伝子検査の対象
聴力活用型人工内耳」という新しいコンセプトの
小児に限らず、先天性の要因が考えられる全て
治療がよい適応となります。
の難聴患者さんが対象です。小児であれば新生児
他にも、遺伝子変異の種類によって予後の予測
聴覚スクリーニングで要精査となったお子さん
や治療効果の予測が可能となってきますし、「次
新潟県医師会報 H28.7 № 796
63
表1 先天性難聴における遺伝子検査の有用性
表1 先天性難聴における遺伝子検査の有用性
先天性難聴の特徴
出生500~1000人に1人と高頻度
先天性難聴のうち
遺伝性難聴が60~70%
遺伝性難聴のうち
遺伝子検査の有用性
⇒
⇒
対象となる症例が多い
遺伝子検査で
原因判明する可能性が高い
⇒
臨床症状からの診断が難しい
常染色体劣性遺伝が80%
⇒
家族歴からの診断が難しい
多くの単一原因遺伝子が特定
⇒
確定診断に至るケースが多い
非症候群性が70%
非症候群性のうち
の子にも遺伝しますか?」という問いにも答える
するケースも多いため、耳鼻咽喉科以外の先生方
ことができます。遺伝子検査の有用性について、
にもこれらの疾患の遺伝子検査についてぜひ知っ
表1に示します。
ておいていただきたいと思います。
実際に検査をされた児のお母さんは、
「生まれ
つきの難聴と言われ、何が悪かったのかずっと悩
遺伝子検査の限界と展望
んできたが、遺伝子検査で診断がついてすっきり
もちろん、先天性難聴の遺伝子検査にも限界が
した、前向きになれた」とおっしゃっていました。
あります。
難聴児の成長には保護者の方のサポートが非常に
小児の遺伝性難聴のうち、約半数は現在の検査
重要です。保護者の方へ正しい情報を提供するこ
項目でカバーできますが、残りの半数は検査を
とは、医学的な意義以上に大きなことなのかもし
行っても「原因不明」となってしまいます。この
れません。
点については現在、
信州大学耳鼻咽喉科を中心に、
随時検査項目を追加できるよう多施設共同研究が
成人の遺伝子検査
進められています。
成人の難聴も、先天性が疑われた場合は検査対
また、最終的な目標は「遺伝子治療」ですが、
象となります。特に、若い方の進行性難聴は遺伝
この点もまだ臨床的には実現していません。これ
性の可能性が強く考えられます。
らの課題が達成された時、先天性難聴の遺伝子検
2015年7月に、厚労省指定の難病として「若年
査はより重要なものになると考えています。
発症型両側性感音難聴」が追加されました。40歳
なお、本検査に関し「遺伝性難聴の診療の手引
未満で発症した両側の進行性難聴が対象です。実
き 2016年版(日本聴覚医学会編、金原出版)」が
は、この診断基準に遺伝子検査が必須とされてい
出版されております。
ご参照いただければ幸いです。
るのです。現時点で診断対象とされている遺伝子
変異は、
ACTG1、CDH23、COCH、KCNQ4、TECTA、
以上、先天性難聴の遺伝子検査について概説い
TMPRSS3、WFS1 の7遺伝子です。これらの遺
たしました。
伝子変異は、進行性難聴をきたすことが知られて
本検査は、保険収載された初の網羅的遺伝子検
います。なかには常染色体優性遺伝形式を取るも
査として、日本のみならず世界的にも画期的なも
のもあり、児への遺伝可能性についての検査とし
のです。
耳鼻咽喉科領域におけるこれらの経験を、
ても重要です。
今後の日本の遺伝子診療へ生かせるよう努めてい
また、成人の遺伝子検査で比較的高頻度にみつ
きたいと思います。
かるのがミトコンドリア遺伝子変異です。特にミ
トコンドリア遺伝子3243A>G 変異は進行性難聴
と糖尿病の合併で有名です。糖尿病を初発症状と
(
新潟大学大学院医歯学総合研究科
耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野 泉 修司
)
新潟県医師会報 H28.7 № 796