耐熱性モロニーマウス白血病ウイルス 逆転写酵素の作製とその応用 京都大学大学院農学研究科 食品生物科学専攻 准教授 保川 清 1 DNA 合成酵素(DNA polymerase) DNA依存性 DNA 合成酵素 (DNA polymerase) DNA DNA primer RNA依存性 DNA 合成酵素 (Reverse transcriptase, 逆転写酵素) RNA DNA primer 逆転写酵素はRNAを鋳型としてDNAを合成する。 2 逆転写酵素がもつ2つの活性 逆転写活性 RNase H活性 RNA RNA-DNA ヘテロ二本鎖 DNA primer DNA 逆転写酵素は逆転写活性と RNase H活性をもつ。 3 逆転写酵素の活性部位 Fingers 逆転写活性の活性部位 Thumb RNase H Palm RNase H 活性 の活性部位 Connection 4 DNA 合成酵素(DNA polymerase)の歴史 DNA依存性 DNA合成酵素 (DNA ポリメラーゼ) RNA依存性 DNA 合成酵素 (Reverse transcriptase, 逆転写酵素) 1950年 ・大腸菌で発見された。 1960年 1970年 1980年 1990年 ・in vitroでのDNA合成に 利用された。 ・耐熱性酵素が好熱菌で 発見された。 ・PCRが開発された。 ・RNAウイルスで発見された。 ・in vitroでのcDNA合成に 利用された。 ・RNA増幅法が開発された。 2000年 耐熱性の逆転写酵素は発見されていない。 5 PCR 標的DNA RNA増幅法 標的RNA 95℃ 40℃ RNA分解 72℃ DNAポリメラーゼ 逆転写酵素 RNAポリメラーゼ 6 実用化されている逆転写酵素 モロニーマウス白血病ウイルス 逆転写酵素(MMLV RT) トリ骨髄芽球症ウイルス 逆転写酵素(AMV RT) α, βヘテロダイマー NH2 β NH2 COOH COOH Thumb RNase H Palm Fingers Fingers α RNase H Integrase COOH NH2 Palm Thumb Connection モノマー Connection MMLV RTとAMV RTが分子生物学的研究や臨床診断に 実用化されている。 7 RNAの二次構造と逆転写反応 RNAの二次構造 A T G C G C A T T A C G C G T A 10分間の熱処理で活性が 50%に低下する温度 (T50 ) AMV RT 47°C MMLV RT 44°C K. Yasukawa et al. J. Biochem. (2008) 143, 261-268 × cDNA合成反応が止まる 高温ではRNAは二次構造をとらない。しかし、逆転写酵素の熱安 定性が低いため高温で反応できない。したがって、逆転写酵素の 熱安定化が望まれる。 8 タンパク質工学によるタンパク質の熱安定化 T4ファージ リゾチ−ム W. A. Basse et al. (2010) Protein Sci.19, 631-641 あらゆる残基に変異が導入された。 熱安定性をあげる変異はわずかで その効果も小さい。しかし、変異を組 み合わせると効果が大きくなる。 サーモライシン K. Yasukawa and K. Inouye (2007) Biochim. Biophys. Acta 1774, 1281-1288 変異(S-S結合導入、静電結合導入、 疎水性コアの高密度化)を組み合わ せると、熱安定性が大きく向上した。 (逆転写酵素はこれらの方法では熱 安定化されなかった。) 9 逆転写酵素の熱安定性 T50 鋳型プライマー非存在下 AMV RT 47°C MMLV RT 44°C (+5ºC) (+3ºC) 鋳型プライマー存在下 52°C 47°C T50 :10分間の熱処理で活性が50%に低下する温度 K. Yasukawa et al. J. Biochem. (2008) 143, 261-268 鋳型プライマーはAMV RTとMMLV RTの熱安定性を向上さ せた。このことから、逆転写酵素の熱安定性は、鋳型プライ マーとの結合が強くなれば向上すると考えた。 10 鋳型プライマー RNA OH O O O OH O O Base O Base O O – O Base O OH Base P O O O O P O O O P O O – O RNA P – O – DNA DNA O Base OH 鋳型プライマーはリン酸基をもつため負電荷を帯びている。 11 部位特異的変異によるMMLV RTの熱安定化 MMLV RT MMLV RT 鋳型プライマー MMLV RTの鋳型プライマーとの結合部位に正電荷を導入すると、 鋳型プライマーとより強く結合し、熱安定性が向上すると考えた。 12 変異を導入したアミノ酸残基 E69 E286 D108 D114 E117 Q84 E302 W313 アミノ酸残基の略称 E:グルタミン酸 D:アスパラギン酸 Q:グルタミン W:トリプトファン L:ロイシン N:アスパラギン E123 D124 L435 N454 鋳型プライマーと相互作用する部位に位置する12アミノ酸残基が それぞれリシン(K)、アルギニン(R)、アラニン(A)に置換された合 計36種の変異型MMLV RTを作製した。 13 作製した変異型MMLV RT E69A, E69K, E69R, Fingers Thumb Q84A, Q84K, Q84R, D108A, D108K, D108R, D114A, D114K, D114R, RNase H E117A, E117K, E117R, Palm E123A, E123K, E123R, Connection D124A, D124K, D124R, E286A, E286K, E286R, D524は524番目のアスパラギン酸残基。RNase H E302A, E302K, E302R, 活性に必須。この残基に変異が導入されると、 W313A, W313K, W313R, RNase H活性が消失するとともに、熱安定性が向 N454A, N454K, N454R, 上することが知られている。 L435A, L435K, L435R, D524A 14 0 WT D524A E69A E69K E69R Q84A Q84K Q84R D108A D108K D108R D114A D114K D114R E117A E117K E117R E123A E123K E123R D124A D124K D124R E286A E286K E286R E302A E302K E302R W313A W313K W313R L435A L435K L435R N454A N454K N454R 比活性 x 10-4 (units/mg) 変異型酵素の逆転写活性 8 6 4 2 ほとんどの変異型酵素が野性型酵素(WT)と同じ活性を有した。 15 変異型酵素の熱安定性 20 20 15 15 10 10 5 5 0 0 WT D524A E69A E69K E69R Q84A Q84K Q84R D108A D108K D108R E114A E114K E114R E117A E117K E117R E123A E123K E123R D124A D124K D124R E286A E286K E286R E302A E302K E302R W313A W313K W313R L435A L435K L435R N454A N454K N454R 熱処理後の残存活性(%) 25 25 1 WT D524A E69A E69K E69R Q84A Q84K Q84R D108A D108K D108R E114A E114K E114R E117A E117K E117R E123A E123K E123R D124A D124K D124R E286A E286K E286R E302A E302K E302R W313A W313K W313R L435A L435K L435R N454A N454K N454R 24種の変異型酵素が野性型酵素(WT)より高い熱安定性を有した。 さらに、6種の変異型酵素がD524Aより高い熱安定性を有した。 16 多重変異による熱安定化 MM3 MM4 D524A Marker WT 精製した酵素の電気泳動 •WT(野性型酵素) •D524A kDa •MM3 :E286R/E302K/L435R •MM4 :E286R/E302K/L435R/D524A 97.2 66.4 20 20 15 15 10 10 5 5 0 0 WT D524A E69A E69K E69R Q84A Q84K Q84R D108A D108K D108R E114A E114K E114R E117A E117K E117R E123A E123K E123R D124A D124K D124R E286A E286K E286R E302A E302K E302R W313A W313K W313R L435A L435K L435R N454A N454K N454R 熱処理後の残存活性(%) 25 25 1 WT D524A E69A E69K E69R Q84A Q84K Q84R D108A D108K D108R E114A E114K E114R E117A E117K E117R E123A E123K E123R D124A D124K D124R E286A E286K E286R E302A E302K E302R W313A W313K W313R L435A L435K L435R N454A N454K N454R 44.3 29.0 熱安定性を向上させる変異を組み合わせ、MM3とMM4を作製した。 17 WT、D524A、MM3、MM4の活性と熱安定性 活性 熱安定性 (熱処理前の活性を100%とした時の相対活性) 120 60 40 0 0 MM4 20 MM3 20 D524A 63 1.4 14 MM4 40 80 MM3 60 100 D524A 80 102 WT 相対活性 (%) 100 WT 相対活性 (%) (WTの比活性を100%としたときの相対活 性) 120 MM3とMM4はWTに比べ顕著に高い熱安定性を有した。 18 反応初速度の鋳型プライマー濃度依存性 初速度 (nM s-1) 60 50 ○:WT、△:D524A、 ●:MM3、▲:MM4 40 30 Km (μM) WT D524A MM3 MM4 20 10 0 0 5 10 15 鋳型プライマー (μM) 20 25 kcat (s-1) kcat/Km (μM-1 s-1) 8.4 ± 2.0 (1.0) 13.0 ± 1.2 (1.0) 1.5 ± 0.2 (1.0) 5.2 ± 1.2 (0.6) 9.2 ± 0.7 (0.7) 1.8 ± 0.3 (1.2) 2.2 ± 1.1 (0.3) 3.3 ± 0.7 (0.4) 5.6 ± 0.6 (0.4) 2.5 ± 1.1 (1.7) 6.6 ± 0.4 (0.5) 2.0 ± 0.3 (1.3) カッコ内の数値はWTを100%としたときの相対値 Km:ミカエリス定数。値が小さいほど、鋳型プライマーとの親和性が強いことを示す。 kcat:分子活性。基質が十分存在するときの酵素の活性を示す。 MM3とMM4のKm (ミカエリス定数)は野性型酵素(WT)の3040%であった。したがって、MM3とMM4の鋳型プライマーとの 親和性はWTよりも高いと考えられる。 19 熱失活 48ºC 50ºC 5 ln[相対活性 (%)] 5 ○:WT、△:D524A、 ●:MM3、▲:MM4 5 100% 4 4 4 0 5 10 0 15 10% 2 2 2 33% 3 3 3 52ºC 熱処理時間 (分) 5 10 15 0 熱処理時間 (分) 54ºC 10 15 熱処理時間 (分) 58ºC 56ºC 5 5 5 5 ln[相対活性 (%)] 100% 4 4 4 33% 3 3 3 10% 2 2 0 5 10 熱処理時間 (分) 15 2 0 5 10 熱処理時間 (分) 15 0 5 10 15 熱処理時間 (分) 熱安定性はMM4>MM3>D524A>WTであった。 20 熱失活(アレニウスプロット) 温度 (⁰C) ln[kobs (s-1)] -4 58 56 54 52 50 48 WT -5 MM3 -6 -7 WT D524A MM3 MM4 D524A MM4 T50 (℃) Ea (kJ mol-1) 45.1 ± 4.2 241 ± 46 47.5 ± 1.1 279 ± 15 54.2 ± 3.1 55.9 ± 1.5 298 ± 42 322 ± 22 -8 -9 3.02 3.04 3.06 3.08 3.10 3.12 T50 :10分間の熱処理で活性が 50%減少する温度 Ea :熱失活における活性化エネルギー 1/T x 103 (K-1) kobs:熱失活の速度定数。この値が大きいほど熱失活が速いことを意味する。 熱安定性はMM4>MM3>D524A>WTであった。 21 cDNA合成活性の測定 cDNA合成: 27 pg/ml RNA、1 mg/ml E. coli RNA、0.2 mM プライマー、200 mM (each) dNTP、25 mM Tris-HCl (pH 8.3)、50 mM KCl、2 mM DTT、 5 mM MgCl2、5 nM AMV RT or 15 nM MMLV RT、 46-64℃ 30分間 RNA 5’ 3’ 5’ 3’ GATGCACGACAATGCCACTAACGCTGTGGCGAGTGTTAAGGTGT PCR: 95℃ 30秒、55℃ 30秒、72℃ 60秒、30サイクル 5’ 3’ 3’ 2%アガロース電気泳動 5’ RNA:インビトロ転写で合成したcesA RNA (Bacillus cereusの毒素合成遺伝子のmRNA の一部、1014 塩基) をモデルRNAとして使用 K. Yasukawa et al. (2010) Enz. Microb. Technol. 46, 391-396 K. Yasukawa et al (2010) Biosci. Biotechnol. Biochem. in press 22 cDNA合成活性の反応温度依存性 温度(℃) 44 46 48 50 52 54 56 [E]o = 5 nM 58 60 62 64 WT D524A MM3 MM4 MM3とMM4を用いることにより、WTよりも高温で cDNAが合成できた。 23 従来の高性能MMLV RT 製品名 開発企業 AffinityScript RT Agilent Technologies/Stratagene SuperScript II RT Life Technologies SuperScript III RT Life Technologies 24 高性能MMLV RT 製品名 学術論文*での名称 AffinityScript RT M5, M6 SuperScript II RT Mut2 SuperScript III RT Mut3 *Arezi et al. (2010) Anal. Biochem. 400, 301-303 耐熱化の方法/忠実化の方法 変異の内容 M5 WTへのランダム変異による耐熱化 E69K/E302R/W313F/L435G/N454K M6 M5のRNase H活性消失による耐熱化 E69K/E302R/W313F/L435G/N454K/D524N Mut2 RNase H活性消失による耐熱化 D524G/E562Q/D583N Mut3 Mut2への変異による忠実化 不明 MM3 正電荷導入による耐熱化 E286R/E302K/L435R MM4 MM3のRNase H活性消失による耐熱化 E286R/E302K/L435R/D524A 25 各MMLV RTの比較 •耐熱性: MM4 > MM3, M6 > M5 •忠実度: 不明 (WTの読み間違いは30,000回に1回) •RNA増幅法(RNase H活性が必須)への使用: 可: MM3, M5 不可: MM4, M6, Mut2, Mut3 120 120 製品名 学術論文での名称 AffinityScript RT M5, M6 SuperScript II RT Mut2 SuperScript III RT Mut3 残存活性(%) 残存活性(%) 100 100 80 80 TPTP+ 60 60 40 40 20 20 00 WT MM3 NM5 MM4 MM3 M5 MM4 M6 WT D524A D524A NM4 50℃で15分間熱処理したときの残存活性 26 実用化に向けた課題 • MM3、MM4の性能評価 • cDNA合成反応の忠実度 • cDNA合成反応の至適温度 • 有機溶媒による阻害 • 鋳型プライマーとの親和力 • 生産性 • 保存安定性 • 新たな耐熱性MMLV RTの取得 27 想定される用途・業界 • 酵素メーカー: 耐熱性MMLV RTを生産し販売する。 • 診断薬メーカー: 耐熱性MMLV RTを使用した検査薬を開発・販売する。 企業への期待 • 開発: MM3、MM4の性能評価、販売 • 共同研究: • 新たな耐熱型MMLV RTの取得 • 他の核酸関連酵素の耐熱化 28 本技術に関する知的財産権 • 発明の名称 :変異型逆転写酵素、それをコードす る核酸、変異型逆転写酵素の製造 方法、核酸関連酵素の熱安定性の 向上方法、逆転写方法、逆転写反 応キットおよび検査キット • 出願番号 :特願2010-●●●● • 出願人 :京都大学 • 発明者 :保川 清 29 産学連携の経歴 • 2007年-2008年 JSTシーズ発掘試験に採択 お問い合わせ先 関西TLO株式会社 アソシエイト 橋本 和彦 TEL 075−753−9150 FAX 075−753−9169 e-mail [email protected] 30
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