タラバガニの「準」完全養殖に成功

試験研究は今
No.811
タラバガニの「準」完全養殖に成功
【はじめに】
タラバガニは世界的にも大変重
要な水産有用種です。他の産業へ
の波及効果も高く,お土産や贈答
品,北海道観光の目玉の一つとし
て高い水準で需要があります。し
かし,産地である北海道での漁獲
量 は 近 年 100~ 500 ト ン 程 度 で
( 図 1),需 要 を 補 完 し て き た 輸 入
もロシアからの輸入量が減少し
( 図 2),供 給 は 極 め て 不 安 定 に な
っ て い ま す 。そ こ で 栽 培 水 試 で は ,
図 1
北海道のタラバガニ漁獲量の推移
2008 年 度 か ら 資 源 増 大 の 基 礎 と
なる,種苗生産技術開発に取り組
み始めました。当初の目的は親ガ
ニの養成(人工繁殖試験)と小型
水 槽 で 幼 生 を 第 1 齢 稚 ガ ニ( 以 下
C1)ま で 育 成 す る 技 術 の 開 発 で し
たが,生産された稚ガニの一部を
継続して飼育していました。
【タラバガニの準完全養殖】
図 2
タラバガニ輸入量の推移
野生の親から卵を採り,孵化さ
せた子を育てて親にして,その親からまた卵・子を採るという一連のサイクルすべてを人
為環境下で実施することを「完全養殖」といいます。タラバガニの場合,天然の抱卵雌か
ら幼生を孵化させて親ガニまで育成し,その成長した雄と雌を交尾・産卵させて,幼生を
得ることができれば完全養殖です。
初 年 度 , 2008 年 12 月 ~ 2009 年 1 月 に 天 然 抱 卵 雌 か ら 孵 化 し た 幼 生 を 飼 育 し ( 図
3), 2 か 月 後 , 約 3,000 個 体 の C1 を 生 産 す る こ と が で き ま し た 。 幼 生 を 稚 ガ ニ ま で 育
てることも試験段階でしたが,稚ガニを飼育することも手探りでした。稚ガニの 生息環境
や生態に関するデータがほとんどなく,水温や餌といった飼育する上でのヒントが乏しか
っ た か ら で す 。500L ポ リ カ ー ボ ネ イ ト 水 槽 2 基( 1 基 は 基 質 な し ,1 基 は 砂 利 を 敷 き ネ
ッ ト で 作 成 し た ト ン ネ ル 型 シ ェ ル タ ー を 設 置 ) に 約 1,000 個 体 ず つ 収 容 し て 飼 育 を 開 始
し た と こ ろ ,そ の 年 の 12 月 時 点 の 生 残 数 は ,2 お よ び 3 個 体( 甲 幅 15.4~ 20.3 ㎜ )で
し た 。他 に も ト ン ネ ル 型 シ ェ ル タ ー を 設 置 し た 小 型 の ス チ ロ ー ル 水 槽 6 基 に 各 50 個 体 収
容 し ま し た が , 生 残 数 は 計 5 個 体 だ け で し た ( 0~ 1 個 体 /水 槽 )。 そ の 後 , 死 亡 や 事 故 等
に よ る 減 耗 で 雌 2 個 体 だ け と な り , 100L ポ リ カ ー ボ ネ イ ト 水 槽 2 基 に 1 個 体 ず つ 収 容
し て 育 成 し て き ま し た ( 図 4)。
図3
幼 生 飼 育 の 様 子( 2009 年 )
図 4
個別育成中のタラバガニ
タ ラ バ ガ ニ の 交 尾 は 2~ 4 月 で , 雌 の 脱 皮 直 後 に 限 ら れ ま す 。 2015 年 1 お よ び 2 月 ,
6 歳となった雌 2 個体が脱皮し,雄とペアリングさせてみたところ繁殖行動が観察され,
後 日 ,産 卵 を 確 認 し ま し た( サ イ ズ は 翌 年 の 脱 皮 殻 で 測 定 : 甲 長 121 ㎜ ,甲 幅 134 ㎜ と
甲 長 118 ㎜ , 甲 幅 132 ㎜ )。 ま た , 天 然 雌 を 陸 上 水 槽 で 長 期 間 飼 育 し て 脱 皮 ・ 交 尾 ・ 産
卵を繰り返すと,体色が青っぽく,卵色が薄くなる傾向がありますが,栽培水試生まれの
雌 は そ の 中 間 で し た ( 図 5)。
図 5
雌タラバガニ(左から長期育成個体,天然採取個体,栽培水試生産個体)
翌年,栽培水試生まれの放卵雌
ガ ニ 1 個 体 か ら 約 18 千 個 体 の 幼
生 が 得 ら れ( 図 6),そ の 一 部 は 稚
ガニまで育っています。残念なが
ら今回交尾に用いた雄は天然海域
から採取した個体で完全養殖の定
義にはあてはまりませんが,栽培
水試で生まれ成長した雌ガニから,
2 世代目となる稚ガニの生産に成
功しました。
図 6
【おわりに】
栽培水試生まれの親ガニから得られた幼生
数
完全養殖は飼育下なのでそこで得られた知見をそのまま天然界に適応することはできま
せんが,生活史の全ての過程を観察することができるので,フィールド調査が難しい時期
や 種 類 の 生 態 解 明 に 大 き な 力 を 発 揮 し ま す 。試 行 錯 誤 の 末 ,現 在 で は 1 個 体 ず つ 個 別 に 飼
うシステムを構築し,脱皮(成長)についてのデータを収集しています。しかし,飼育ス
ペースの関係から飼育できる個体数に限りがあり,齢期(何回脱皮したか)と性成熟の関
係 を 明 ら か に し て ,「 準 」 が と れ た 完 全 養 殖 を 達 成 す る の は , ま だ 先 の 事 に な り そ う で す 。
(北海道立総合研究機構
栽培水産試験場
栽培技術部
田村
亮一)