アメリカ養豚産業の最新知見を活用する:パートⅤ

連載
スワイン・エクステンション・ノート Vol. 25
アメリカ養豚産業の最新知見を活用する:パートⅤ
Swine Extension Note
− 2009 年リーマン養豚学会報告−
Swine Extension & Consulting(スワイン・エクステンション&コンサルティング)
獣医師・獣医学博士 大竹 聡
[email protected]
はじめに
今年も恒例のアメリカ・ミネソタ州セントポールで開かれ
るリーマン養豚学会に参加し(2009 年 9 月 19 ∼ 22 日)、演
蘆育成―肥育豚管理
蘆エタノール業界と DDGS(発酵トウモロコシ蒸留粕)の最
新知見
蘆新型 H1N1 インフルエンザ
題口頭発表を致しました。とは言え、年が経つのは本当に早
いものです…。昨年のリーマン養豚学会について本誌にて報
告させていただいたのがついこの間のように感じられますが、
あれから 1 年があっという間に過ぎてしまいました。しかし、
Turn negative to positive!(ピンチは最大のチャンス!)
今年の基調講演は、当初予定されていた演者が体調不良で
この短い 1 年間でもアメリカ養豚業界では大変いろいろなこ
講演できず、急遽、ピンチヒッターとして Tim Loura 氏と
とが起こり、それを反映した今年のリーマン養豚学会であっ
Paul Yeske 氏(ミネソタ州の養豚開業獣医師)の 2 人が代
たと思います。今回はその学会から目ぼしい情報をいくつか、
役発表を務めるというハプニングがありました。しかし、2
かいつまんで、皆さんと共有させていただきたいと思います。
人は前の晩ににわかに準備したとは思えない堂々とした講演
をこなし、非常にインパクトの強いものとなりました。現在
今年のトピック
のアメリカ養豚産業の厳しい状況とその背景について説明し、
「我々は今まで 30 年以上養豚業界で仕事をしてきたが、そ
まずは、学会とその前日に行われたワークショップのトピ
の過去の歴史のなかでも今の状況が最も厳しい!」とあらた
ックをご紹介します。これらのトピックをざっと見るだけで
めて現実を直視したうえで、
「しかし、そのような厳しい状況
も、現在のアメリカ養豚業界の現状・重要事項・今後の動向
であるからこそ、逆にチャンスでもある!」と熱く語り、
を容易に認識することができます。
個々の農場における生産効率の洗練化の重要性を強調してい
ました。また、
「現在の業界の経済状況を考慮すると、今こ
蘆地域ぐるみ PRRS 撲滅活動のアップデイト:ミネソタ州、
そ PRRS をアメリカから撲滅する絶好の機会だ!」とし、国
イリノイ州、ミシガン州、メキシコ・ソノーラ州、チリ
をあげての(ただし政府主導ではない)PRRS 撲滅プロジェ
蘆繁殖管理
蘆生産・財務データの分析
クトが動き出そうとしてる事実についても触れました。
まさに“ピンチをチャンスに変える”心意気と、それを具
蘆ミネソタ診断ラボにおける病理解剖実習
現化する実践力を備えているアメリカ養豚のたくましさ…。
蘆群の疾病モニタリング:新しい診断アプローチ
そこから我々日本養豚が学ぶべきことは大変多くあるのでは
蘆カンザス州立大学による栄養学ワークショップ:飼料要求
ないでしょうか。
率に注目
蘆販売戦略:ヘッジとリスクマネージメント
蘆生産データ管理・分析ソフト
(i-Production)のワークショップ
蘆サーコワクチンの野外試験アップデイト
生産データ管理分析技術:過去、現在、そして未来
もう 1 つ、興味深い基調講演が Tom Stein 氏によってなさ
蘆豚インフルエンザ
れました。彼も例に漏れず、故アル・リーマン氏から多大な
蘆バイオセキュリティ最新アップデイト:空気フィルターの
影響を直接受けた獣医師の 1 人で、アメリカや世界中で広く
さらなる普及
蘆動物福祉:メディア対策、政府の動向、農場における病豚
淘汰の課題
蘆母豚の群飼:学術知見と野外実践例
28 Pig Journal 2009.10
普及している PigCHAMP という生産データ管理分析ソフト
の開発・発展にかつて関わっていた一員でもあります。現在
は MetaFarm という会社を立ち上げ、独自の生産データ管理
ソフト(i-Production)を開発・販売しています。つまり、
Swine Extension Note
アメリカ養豚における生産データ管理分析技術の黎明期から
講演で、
「今回のヒトにおける新型 H1N1 インフルエンザ流
現在まで、その第一線で活躍している人物だと言えるでしょ
行と養豚場に既存する従来の豚インフルエンザとの間には、
う。そんな彼が行った今回の講演とワークショップの両方に
科学的な因果関係は全くない」ことがあらためて強調されて
筆者は参加して、彼の考える「これから将来の生産データ管
いました。それらの研究知見を踏まえて、他のセッションで
理分析に求められることとは何か?」という点に筆者自身、
も、
「誤解を招くようなメディア報道に対しては、養豚獣医師
非常に共感・納得した次第です。
と生産者が率先して科学的根拠を携えて対応していかなけれ
数字としての生産データをしっかりと把握・管理して分析
ばならない」との再認識を強くしていました。
することは、現代の養豚経営においてもはや常識中の常識と
今回の新型 H1N1 インフル騒動で予想外に輸出業が大きな
なっています。しかし、我々が農場現場で生産成績表を数字
痛手を負ってしまった北アメリカ養豚産業ですが、
「まずは業
で確認するとき、実はそれは既に“過去の出来事”であって、
界の当事者である我々養豚生産者・獣医師が巷の情報に対し
今現在の状況を直接反映しているわけではありません。つま
決して慌てず踊らされず、常に科学的な知見をもって対処し
り、我々の今までの生産データの活用の仕方というのは、あ
ていく必要がある」という姿勢をアメリカは今、重要視して
くまでも“あと追いの評価”もしくは“学期末の通信簿”の
いると筆者は解釈しました。その必要性は、今の日本養豚業
ようなものの域にとどまっているのではないでしょうか…。
界に対しても全く同じことが言えるのではないでしょうか。
もちろん“あと追い評価”することも重要ですし、それは今
後の参考情報には成り得ますが、今この瞬間に農場現場です
ぐアクションを起こすための情報とはなりません。なぜなら、
おわりに
そのデータで初めて確認される問題は、現場では遠の昔に既
今年のリーマン養豚学会は、まさに現在のアメリカ養豚産
に終わってしまっている出来事ですから(それが例え週単
業の状況をそのままリアルタイムに映し出していた内容でし
位・月単位のデータであっても)
。本当に必要な場所・本当
た。また同時に、そこから我々日本養豚が学べることも非常
に必要なタイミング(right here, right now)で適切なアクシ
に多くあったと思います。本稿では細かい内容までは触れら
ョンをとるためには、よりリアルタイムなデータ管理・分析
れませんでしたが、また機会をあらためて、皆様と情報共有
が必要です。そして、その重要性がとくに切実になってくる
させていただければと思います。
のが、肥育ステージでしょう。
最後に、今年も例年どおり明治大学の纐纈先生とその学生
これから将来の養豚経営においては、とくに肥育ステージ
さんたちが、多くのポスター発表をされていました(纐纈先
におけるすべての面でのレベルアップ(疾病対策、フロー構
生と学生の皆さん、大変お疲れさまでした!)
。今後は、明
築、生産データ分析、計数管理、販売戦略)が 1 つの大き
治大学さんだけでなく、さらに多くの機関からの日本発の発
な重要なキーポイントになってくると筆者は確信します。そ
表をリーマン養豚学会で拝見できることを期待致します。
© S. Otake
のような時代に対応できる生産データの管理分析技術(ソフ
ト面とハード面の両方において)が、我々養豚生産現場には
本稿で触れられたトピックについて(もしくはそれ以外のものについ
今後ますます求められてくることでしょう。アメリカでは既
て)
、さらに詳しい具体的な内容の情報をご所望の方は、改めて筆者宛
に、飼料工場からの情報と、と畜場からの情報がインターネ
に直接ご依頼ください。随時、個別に対応させていただきます。
ットによってリアルタイムに自農場成績データとリンクでき
るようなシステムが開発されており、実際に活用されていま
す。日本養豚の土壌はまた勝手が違うので、もちろん単純な
アメリカのコピーでは通用しませんが、今後我々が将来的に
応用できるヒントは既にたくさん見つけることができます。
豚インフルと新型 H1N1:
“ウワサ”と“真実”
今年はやはり、豚インフルエンザと新型 H1N1 インフルエ
ンザの話題も目立ちました。インフルエンザ研究の権威であ
るベルギーのゲント大学教授 Kristien Van Reeth 女史の基調
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(住所)Swine Disease Eradication Center, Veterinary
Population Medicine,University of Minnesota 335b
Animal Science / Veterinary Medicine building,
1988 Fitch Avenue, St. Paul, MN 55108 U.S.A.
Pig Journal 2009.10 29