オーストラリアに見た 『養豚のルーツ』

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オーストラリアに見た
『養豚のルーツ』
伊藤 貢
譌あかばね動物クリニック
一貫生産をしています。従業員は 12 名です。施設は、コン
この連載では“目指せ、生産性ボトムアップ”のテーマ
テナハウス、テントハウス、それに日本式でいうハウス豚舎
で色々な角度から、養豚経営のヒントになるような情報
です。浄化槽はなく、ふん尿はすべて自然浄化式とでも言い
を紹介してきました。今回は、日本での導入は多くの制約
ましょうか、自然のままの状況です(写真 1)
。
から厳しいと思われる『放牧養豚』について、オーストラ
分娩舎(写真 2)はコンテナを改造したもので、厚めの断熱
リアの養豚場を例に紹介します。そのなかからいくつか
材が入った頑丈なものです。気温は10 ∼ 32 ℃で、ほぼ日本
のヒントを探ってみたいと思います。
と同じ気候です。訪問時は 28 ℃でしたが、室内で暑く感じ
疾病のない土地で放牧養豚
オーストラリアは東部(太平洋側)に高地がありますが、ほ
とんど平坦な土地です。雨は少なく、国の 80 %が年間降水
量 600 mm 以下であるため、水がとても貴重な国です。日本
移動用フック
と気候が似ており、畜産地帯は水が比較的多い地域になって
います。
目的の農場は、メルボルンから車を飛ばし(普通の道で
100 km / h 以上)
、約 2 時間、北西に行ったところにありま
す。平坦な土地が延々と続き、牛や羊が見られる、イメージ
しやすいオーストラリアの地域です。
紹介する農場は、飼養規模は母豚 800 頭、品種は PIC で、
写真2 分娩舎
写真 1 哺乳群の状況
写真3 哺乳の様子
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ることはなく、快適な環境でした(写真 3)
。コンテナは一度
重要になります。この農場は、火山があったところらしく溶
使用すると場所を移動します(写真 4)
。重機を使って、作業
岩が農場全体にあり、豚の蹄も写真 6 に示すように、まき蹄
しやすいようにフックが設けられ、できるだけ機械化して手
となっているものもありました。舎内飼育とは異なった遺伝
間がかからないようになっていました。周囲の状況と水が貴
改良の必要性を感じました。
重であることから、コンテナの洗浄は行われていないと思わ
離乳後、子豚はエコシェルターに移されます。これは日本
のハウス豚舎と同じものです(写真 7 ∼ 9)
。床面はコンクリ
れます。
離乳と同時に母豚は種付け場所に移動し、人工授精が実施
ートで、敷料は麦わらをカットしたものを使用していました。
(100 %)されます。妊娠確認後、群に戻されます。妊娠しな
保温箱の代わりに、麦わらをロールしたものが置かれていま
かった個体は、雄と一緒に飼育され、自然交配に委ねられま
した。離乳したばかりの子豚はロールの周りに潜り込んで暖
す(写真 5)
。
を取っていました。また、移動直後は頭数を多くして温度が
取れるようにも工夫していました。哺乳中も放牧であるため、
分娩率 75 %と、低いことが、この農場の一番の課題であ
とくに温度差を気にすることはないようでした。
り、改善に努めている点です。しかし、
「この秋までは 60 %
特別に日本のハウス豚舎と異なった点は見つけられません
だった」と言うところからすると、少しずつ改善されていると
でしたが、飲水器がたくさん並んでいたことが印象的でした。
思われます。
図 1 は、この農場の概略を示したものです。哺乳群、種付
成績は、1母豚当たり年間出荷頭数 21 頭、分娩率 75 %、AI
け群、妊娠群と豚が移動しています。放牧の場合、えさを食
率 100 %、出生後出荷までの事故率が 7 %、離乳後事故率
べるのも、水を飲むのにも歩かなければいけないため、蹄が
2 %以下、DG650 ∼700 g で700 g の豚は特別な飼料で飼養し
図1 群管理
群7
群6
群1
群5
前回設置されて
いた場所
群1
群2
群4
群3
写真4 分娩コンテナの移動
受胎しなかったものは雄と一緒に飼育される
写真 5 自然交配の群
写真 6 蹄疾患
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たもので市場の20 %増しで出荷していました。
以下 App、Mhp、PRRS、豚赤痢、オーエスキー病、豚コレラ
農場にある病気の種類は、グレーサー病、豚サーコウイル
は陰性です。
ス2 型(PCV2)
、豚丹毒、ローソニアが存在しているだけで、
この農場が放牧養豚を行っている理由は、
「養豚を始める
ときに資金がなかったため、建築コストの少ない放牧養豚を
選んだことから始まり、続けているうちに時代の流れに沿っ
てきた」と言うことでした。問題点として分娩率の低さと肥
育豚のバラツキをあげていました。分娩率については、管理
を充実することを徹底し、秋まで 60 %だったものが 75 %ま
で上がってきた状況で、少しずつ改善が見られています。肥
育豚のバラツキについては、ローソニアが問題となっていて、
2 週間前からワクチンの接種を開始しており、様子見の状態
でした。
以上、放牧養豚について紹介しましたが、オーストラリア
の「広大な土地に疾病が少ない」という背景があってこそ、こ
の放牧養豚が実現できると思いました。日本でこれを真似て
行うには、多くの障壁をクリアする必要があると思います。
そのまま真似することはできませんが、いくつかヒントに
写真 7 エコシェルター
なることはありました。
消毒について
分娩舎は洗浄・消毒を行っていませんでした。しかし、成
績を見ると、離乳頭数も哺乳中の事故率も問題はありません。
なぜ、問題にならないのでしょうか。まず、病気の種類が少
ないことが大きいと思います。
次に、病原体が存在したとしても、放牧により空気に希釈
されて豚に感染する可能性が低くなっていること、そして豚
麦わらのなかにもぐり込んで、暖を取る
のストレスが少ないことが抗病性を強くしたこと、子豚は常
に雑菌を口に入れていることで腸管自体の抗病性が高まって
いること、などの要因が考えられます。
菌、ウイルス量を少なくし、抗病性を高めることにより、
写真 8 わらのなかで暖を取る離乳豚
ここまで管理が楽になるのかと新たな発見をしました。
「昔
の豚は強かったが、今の豚は弱い」という言葉をよく耳にし
ますが、今の養豚はあまりにも病気の種類と病原体の量が多
く、また、ストレスによる抗病性低下が起きていて、ちょっ
としたことで、すぐに病気になってしまうようになったのだ
と思いました。
写真 10 は肥育舎を消毒しているところです。唯一ここだ
け洗浄していました。前述したように、この農場の問題の1
つに肥育後期のバラツキがあげられており、原因として考え
られるものにローソニアがあります。現在、この農場で対策
に苦慮している疾病です。なかなか対策がうまくいっていな
いようで、2 週間前からワクチンの投与が開始されました。
このような病気の少ないところでは、ローソニアが表面化し
写真 9 大群飼養のエコシェルター
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は人と豚、そして環境ということを考えれば、どうでしょう
か。広大な土地で人口が少ないから良いということでもあり
ません。放牧養豚が最近注目されてはいますが、地下水汚染
は避けて通れない問題です。広いと言っても、多くの豚を長
年飼育していれば、必ず問題は起きてきます。今は、規制が
ないからよいと言うことになるのでしょうか。人、豚、環境
のバランスを考えて物事は考えたいと思います。
病気がないと管理が楽
私はこの農場を見て、放牧が養豚のルーツのようにも感じ
ました。豚へのストレスが少なく、病気もほとんどない状況
では、豚はあまり手を掛けなくても育つのだという、当たり
写真 10
洗浄された肥育舎
前ですが、実際に目にしたことがなかったことを経験しまし
た。
てくると思いました。この病気は、高率で農場に浸潤し、慢
病気がなく、細かな作業をしなくてよいと、人間は楽なほ
性的に成績を低下させることが多いと思っていましたが、他
うに流れていくのが一般的ですが、ここの農場は少し違って
の病原体が少ない場合には、とくに病勢を高めると思いまし
いました。一番重要なことが何かを分かっていました。
「防
た。
疫」については、とくに注意を払っていました。訪問すると
きに、
「2 日以上農場に入っていないこと」を条件とされまし
呼吸器疾病の少なさ
た。
オーストラリアには、病気を入れない国の体制があります。
Mhp、App、PRRS ウイルスと、常に我々がPRDC 対策
の柱としている病原体がない状況では、呼吸器疾患の病態も
私が入国するときも食べ物、植物などの持ち込みを厳しくチ
かなり異なります。この農場にある呼吸器系の病原体はグレ
ェックされ、入国審査はきちっとした体制が取れられていま
ーサー病とPCV2 のみです。ここでは日本で経験するような
した。これは、事務的なことでなく、1 つひとつ入国すると
肺炎はなく、事故率は出生後で7 %、離乳後は2 %を維持し
きにレントゲンで持ち物を検査し、必要な場合にはスーツケ
ています。うらやましい限りです。
ースを開けていました。こうした背景から、今でも病気が少
ない環境が国全体で維持されているのだと思いました。
このような環境ではPCV2 も牙をむくことはなく、PMWS
はないと管理獣医師が話していました。オーストラリア全体
日本には毎年 2 万 5000 頭以上の肥育の素牛が導入されて
に見られないということでした。他の農場と病原体の種類は
います。その多くがオーストラリアからのものです。全く家
異なりますが、オーストラリアには PRRS がないことから、
畜生体を入れない国と、何でも必要とあれば入れてしまう国、
PMWS 発現のための要因として、PRRS の有無は大きいと思
そんな国の体質の違いや病気に対する危機管理の差が両国の
われました。最近、日本でもPRRS の清浄化に成功した症例
養豚産業の違いを生んでいるようにも感じました。
が報告されつつありますが、今、国が補助金を出して進めて
「病気の種類は少ないほうが良い。撲滅できる病気はでき
いる高度化事業に期待するところが大きいです。今後、さら
るだけなくす」
、病気が少ないことがこんなに良いことなのか
にPRRS の研究を進め、いち早いPRRS 撲滅プログラム、コ
と、目で見て感じてそう思いました。是非みなさんもできる
ントロールプログラムを見い出していただきたいと考えます。
だけ病気の種類を減らそうという気持ちをもってください。
放牧養豚について
放牧養豚は自然に優しく、豚に優しい飼育方法と捉えてい
る人が多いと思います。確かに一般の舎飼い豚と比べたら極
端にストレスの種類と量は少ないと言えます。しかし、これ
が即、理想的な飼育方法とも言えないと思います。豚にとっ
ては一番良い飼育方式のようにも感じましたが、しかしそれ
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