与えられた供述を対象に体験性の有無

刑事手続きと心理鑑定
脇中 洋
1.犯罪に巻き込まれる障害者
• 被害者として
…身を守るすべに長けていない。
• 冤罪被害者として
…不利な状況に陥りやすい(訴訟能力)
• 加害者として
…他の生き方を選択できない
(就労先、結婚相手、身元保証人、帰住先無し)。
…助けを求められない
(友人無し、福祉的支援の申請できず)。
…仲間関係の影響(従犯、薬物犯)。
…被害者からの反転(自分がやられたようにやることしか思い
つかない)。
昨年の新規受刑者の知能指数
(矯正統計年報より)
罪
総
平成22
男
女
テ ス ト
1 0 0 ~1 1 0 ~1 2 0 以
数49以下50~5960~6970~7980~8990~99
1 0 91 1 9 上
不 能
名
総
数
27,079 1,117 1,690 3,316 5,843 6,991 4,912 1,764
236
37 1,173
24,873 1,008 1,579 3,055 5,375 6,436 4,547 1,649
221
36
967
15
1
206
2,206
109
111
261
468
555
365
115
2010年新規受刑者のIQ
(男24873人・女2206人)
男
女
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
-
4
9
以
下
5
0
~
5
9
6
0
~
6
9
7
0
~
7
9
8
0
~
8
9
9
0
~
9
9
1
0
0
~
1
0
9
1
1
0
~
1
1
9
1
2
0
以
上
テ
ス
ト
不
能
2. 日本の取調べの現状
• 長期にわたる被疑者勾留(72時間+1事案×20日)
• 組織的な見込み捜査(証拠なき確信)
• 糾問的な取り調べ+反省悔悟を求める
「自白するまで取調べ室から出るな」
• 取調べ場面が全面可視化されていない
• 独白文で書かれた供述調書(「はい」→「私がやりました」に変換)
• 捏造すらある「秘密の暴露」供述
• 起訴後有罪率99.9%
• 受刑者の30%が、IQ70未満ないし測定不能
↓
容易に虚偽の自白が生じ、
公判で虚偽であることを示すのが難しい。
取調べ過程の全面的可視化が求められている。
3.自白を偏重する裁判官の認識
◆捜査段階で自白、公判段階で否認のケース…
• 「自ら不利益になる供述は信用できる。」
←「悲しい嘘」(浜田)
• 「公判では空しい弁解に終始している」
(被告人はうまく説明できない)
◆最近の判決文にあらわれた供述分析への認識の変化…
• 「供述分析は科学として確立しておらず、
独自の見解に過ぎない。」
↓
• 「なるほど虚偽自白は起こりうるが、殊本件に限ってはそのような
ことはない。」
◆何によって心証を抱いたのか不明だが、結論を先行させて、レトリ
カルに理由を後付けしているとしか思われない。
4.虚偽自白の要因
• 個体内要因
・被暗示性「そうなのかもしれない」
・迎合性「ここは合わせておこう」
・黙従「疲労と無力感のあまり…」
・未理解同調性(脇中)
「実は内容を理解していない」
• 状況要因(浜田寿美男「自白の研究」)
・情報から遮断され孤立無援
・犯人扱いされる屈辱感
・聞き入れてもらえない無力感
・時間的展望の欠如 ・健康への配慮の無さ
・捜査官への両義的感情(対立しきれない)
5.関係要因
各時期の無実の被疑者―取調べ官のコミュニケーション
命題レベル
(無理に) 真
否認時期
実を語る
「私がやりま
自白転落時点
した」
自白の展開時 虚偽供述の
期
展開
関係レベル
被疑者の意図
結果
真実を語れば
対立的関係
嫌疑が深まる
嫌疑が晴れる
相手に認めて 犯行供述展開の
対立の解消
もらう
追及が始まる
相手に認めても 協同的に犯行供述
協同的関係
らう
作成
問題行動と偽解決
(悪循環の構図)
問題行動
偽解決
(Weakland,J.1984による)
関係論から見た自白の転落過程
(偽解決1)
疑惑を深め
被疑者=犯人と
見込んで尋問する
焦りの気持から
無理に想起する
関係論から見た自白の展開過程
(偽解決2)
犯人としての自白供述の
展開を期待し、疑問点を質し、
ヒントを与え、励ます
犯人に扮して犯行
ストーリーを構成
6.供述心理分析
心理学のトレーニングを受けた者は、まず取りたいデータを
コントロールする。だが、与えられた
制御不能の供述を前にすると、途方に暮れる…
・人格鑑定・認知機能や精神発達年齢の査定
→ 一般的傾向に過ぎない
・会話分析→ 実際の取調べ場面のデータがない
・再現実験→ 一般論、確率論に過ぎない
• 与えられた供述を対象に体験性の有無(無実の徴候)を
見出す
「汚染されたデータの洗い直し」(浜田寿美男)
7.供述分析(浜田流)
• 有罪方向、無罪方向の2つの仮説を検証する
「どちらが供述内容を妥当に説明できるか」
• 変遷を手掛かりとした嘘分析
〈供述a→供述b = 虚偽→真実 or 真実→虚偽〉
「少なくともいずれかは嘘。どちらの嘘に
“理由”が見出せるか。」
• 無知の暴露供述「真犯人ならばつかない嘘」
• 逆行的構成「結末を知っている人間の
体験性を欠いた想像的供述」
• 自白への転落過程と展開過程(の間)を見抜く
「無実者は犯人に扮して犯行供述を作話」
8.具体的な分析手法(1)
• すべての供述を網羅的かつ時系列順に並べる。
• 捜査段階の最初期の供述を重視する。
• 些細な変遷や公判証言との矛盾を
見落とさない。
• 実況見分によって作られた疑似的「体験性」を見
抜く。
• 現実(証拠物)との矛盾を検討する。
↓
主体として内側を生きるその人の体験性
を反映した記憶、供述であるかどうか。
9.具体的な分析手法(2)
• 共犯者や第三者目撃証言がある場合は、時間軸だけでな
く横の拡がりを(誘導可能性)を見る。
• 痴漢や強姦等の性的犯罪は、被害者供述の体験性や背
後にある人間関係を見る。
• 被疑者・被告人供述においても利害関係や
利益誘導を受けた可能性を見る。
• 新たな汚染されていないデータを取って反証する。
訴訟能力「黙秘権の告知理解」「ありえない表現」
~供述が多ければ多いほど、無実の徴候を見出し
やすいが、分析の手間は膨大 →供述の電子化が課題
10.供述分析の特性
「歴史学的」検討
…供述内容の時間経過に伴う変化(生成・変遷)を
時間の関数として見る。
• 状況論的、関係論的検討
…個体能力を見るのではなく、周辺状況や
人間関係の社会調査を試みる。 ×作話癖
• 個別性の心理学
…外から見た一般的傾向でなく、個別対象者、
個別の出来事に焦点化していく。
• 内側を生きる人間
…外側から見た特性ではなく、時間と体験を生きる
その人の行動を、内側から読み込む。
↓
発達臨床心理学的特性 ex.強度行動障害者の見立て
11.問題点と今後の課題
• 無罪方向の証明だけでなく、有罪の立証を担った経験が
ほとんどない(中立性の担保)
• 同じ有罪でも、動機や事実関係の誤りを指摘する仕事(事
件関与型・浜田)はより理解されにくい。
• 司法の場において確立されていない役割
• 裁判員制度や可視化が進んだ際の役割
• 経験則とのすり合わせ
• 既成の方法論にのみ基づく精神鑑定批判の可能性
• 既成の心理学を離れているので後進の育成が困難
• 多大な私的コスト(依頼人、弁護人)
• 定式化した方法の未確立(職人仕事)
~誰にでも依頼・受任できるようで、そうではない。
ありがとうございました。
※写真は、R-GIRO[法と心理学」研究拠点の創生 による
カナダ視察(オンタリオ州立裁判所old City hall
2010年3月15日)