2015-7-15 高等科 出張講義 社会保障問題を経済学で考える ~財政危機と抜本対策 学習院大学 経済学部 教授 鈴木 亘 今日のお話の流れ • 私の専門分野(経済学、社会保障論)とは • 人口構造の変化(少子高齢化)が規定する皆 さんが生きる時代の日本の将来像、財政危 機の現実性 • 社会保障財政の危機的現状、改革のあり方、 改革の難しさを理解する • 社会保障論から得られる皆さんの生きる時代 に対する教訓とは 経済学とは • 社会の科学、社会問題の科学を「社会科学」と呼 ぶ(⇔自然科学、人文科学)。 • 中高では公民や政経として学ぶが、大学では、 社会学、経済学、経営学、法学、政治学、福祉学、 国際関係論等に分化する。 • 経済学とは、社会の諸問題(失業、貧困、格差拡 大、低成長、インフレ・デフレ、金融危機、財政危 機、少子高齢化等)を診断し、処方箋を描き、治 療する「社会問題の医学」。 • 平たく言えば、「社会病理のお医者さん」。治療 が目的の実践的な「役に立つ」学問。 • そのアプローチは、主義主張、思想抜きの理系 的(科学的)なものであり、最新の数学、統計学、 コンピューター等を多用する。その方法論が非常 に体系的で高度なことから、「社会科学の女王」 と呼ばれている。文系よりも理系に近い。 • 社会科学で唯一、ノーベル賞の対象分野の科学。 • 経済学とは、単なるお金の学問、経済問題の学 問という誤解がある。 • しかし、近年は、分析の対象分野を広げ、全ての 社会科学の分野に広がっており、「経済学の帝 国主義」等と揶揄される。 • しばしばその他の社会科学の常識をひっくり返す ことから、他分野から概ね敵視されている。 社会保障論とは • 経済学の帝国主義で、従来、福祉学や社会学、医 学の分野であったところに、進出した新分野。紛争 地域。 • 社会保障論の対象は、年金、医療問題、介護、失 業、生活保護、ホームレス問題、少子化対策(保育 等)、高齢化問題、格差是正・貧困対策等。 • 私自身は、これらの全ての分野で、最新の問題を 調査・分析(診断、処方)する研究者であり、常に論 争の渦中にいる。 • また、大阪市特別顧問(西成特区担当)として、橋 下徹さんと一緒に、貧困地域の改革を指揮(治療) している実践者でもある。 今日のテーマ • 人口変動、社会保障財政からみる将来像。 • ギリシャの債務危機は、対岸の火事ではない。日 本の近未来像。ギリシャよりも悪い財政状況。 • その背景は、人口問題、社会保障財政膨張。 • 順調に進むアベノミクスとは裏腹に、全く進んでい ない社会保障改革、歳出改革、財政健全化計画。 しかし、本当にそれでよいのか? 加速化する少子 高齢化、社会保障財政の膨張は容赦なく進んでい る。しかも、中長期的なトレンド。 • 社会保障財政の危機的現状を直視した上で、社会 病理の構造を学ぶ。 図表 史上最悪の水準を更新中:政府債務比率 % 250 200 150 100 50 0 財政の観点からみた社会保障 • 社会保障費増は、年約3兆円の増加(決算ベース の過去5年では年3.44兆円、2013→2014年度は 4.6兆円)。毎年、消費税率を1~2%以上引き上げ なければならないほどのペース。 • 社会保障給付費の全体規模は115.2兆円(2014年 予算ベース)。自己負担等を入れると、GDPのおよ そ4分の1の規模。 • 失われた20年の間に(成長しないのに)倍増。 • 社会保険(年金、医療、介護、失業)の保険料は 料率引き上げても収入増につながらず、第二の 「ワニの口」化。現在、約50兆円の赤字でますます 拡大。これが、国の財政赤字の主因である。 8 社会保障給付費の推移:この20年で倍額に (名目GDPは足踏み) 厚生労働省HPより 社会保障収支差の推移(現在約50兆円) 兆円 160 140 120 社会保障赤字額 100 公債発行額 80 社会保障給付費 保険料収入 60 40 20 0 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2025 出典)国立社会保障人口問題研究所「社会保障費用統計」(各年版)、財務省「財政統計」(各年版)、2015年、2025年 の社会保障給付費は厚生労働省による予測値。 10 何が原因か? • いわずと知れた少子高齢化が原因。世界最速 (世界史最速?)で、しかも大規模に進む日本の 高齢化。今後100年以上続くと予想されている。 • 社会保障制度は全て賦課方式(仕送り方式)な ので、高齢者と現役の比率がそのまま負担増へ つながる。 • ピラミッド→おみこし→騎馬戦→?→肩車へ。 • たったの一代で起きる人口変動。 • 世代間の不公平も深刻に。 11 労働力人口(15-64歳)の推移と予測 千人 90,000 80,000 70,000 60,000 50,000 40,000 30,000 実績値 予測値 20,000 注)2011年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口 問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。 高齢者比率(高齢者数/現役数)推移と予測 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 40.0% 30.0% 20.0% 10.0% 実績値 予測値 0.0% 注)2013年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および10月1日時点の「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口 問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。 13 わずか1代で、おみこし社会から肩車社会へ 社会保障全体の世代間損得勘定(生年別の 生涯純受給額) 単位:万円 1940年生まれ 1945年生まれ 1950年生まれ 1955年生まれ 1960年生まれ 1965年生まれ 1970年生まれ 1975年生まれ 1980年生まれ 1985年生まれ 1990年生まれ 1995年生まれ 2000年生まれ 2005年生まれ 2010年生まれ 年金 3,170 1,930 1,030 470 40 -380 -790 -1,160 -1,510 -1,790 -2,030 -2,230 -2,390 -2,500 -2,550 医療 1,450 1,180 930 670 520 380 260 130 -40 -240 -410 -480 -620 -720 -830 介護 300 260 190 130 50 0 -40 -80 -120 -150 -180 -210 -230 -250 -270 全体 4,930 3,370 2,150 1,260 610 0 -570 -1,120 -1,680 -2,180 -2,620 -2,920 -3,240 -3,470 -3,650 1940年生まれと 2010年生まれの差 額は、8,580万円 注)厚生年金、健保組合に40年加入の男性、専業主婦の有配偶者のいるケース。厚生年金は、現状では100年後までの財政均 衡は達成されていないため、保険料率は2017年度に18.3%に達して以降も引上げ続け、2032年度に23.8%まで引き上げてそ の後固定する改革を行なうと想定した(それに伴って、マクロ経済スライドも2041年度まで適用)。生涯賃金を3億円として 計算している。 15 ではどうすべきか? • 財政上できることは2つしかない。負担を引き 上げるか、給付をカットするか。もちろん、名 目経済成長率を高められれば、その程度を緩 和できる(潜在成長率増とインフレで)。だが、 それだけで済むわけはない。 • 負担増は既定値だが、それだけでは生き地 獄の未来が待っている。徐々に負担増を行っ ていては世代間不公平も膨大な規模に。 • 給付の効率化、抑制にはどうしても踏み込ま ざるを得ない。 16 厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計について」《改定 後(平成24年3月)》(給付費の見通し) 単位:兆円 2012 2015 2020 2025 伸び率 109.5 119.8 134.4 148.9 36.0% 年金 53.8 56.5 58.5 60.4 12.3% 医療 35.1 39.5 46.9 54.0 53.8% 介護 8.4 10.5 14.9 19.8 135.7% 子ども・子育て 4.8 5.5 5.8 5.6 16.7% その他 7.4 7.8 8.4 9.0 21.6% 社会保障給付費 将来の社会保障給付費、消費税率、国民負担 率の予測 単位:兆円 2013 2025 2035 2050 2075 (1)社会保障給付費 110.6 148.9 189.6 257.1 340.9 (2)国民所得 358.9 373.1 401.2 412.2 473.6 (3)対国民所得比率 30.8% 39.9% 47.3% 62.4% 72.0% (4)国民負担率 40.0% 49.1% 56.4% 71.6% 81.2% (5)消費税率 5.0% 19.3% 23.4% 30.7% 41.5% 注)2013年度の社会保障給付費は、厚生労働省による当初予算ベース推計値。2013年度の国民所得、国民負担率は財務省による見通し(国 民負担率及び租税負担率の推移(対国民所得比))。2025年度の社会保障給付費は、厚生労働省による予測値(社会保障に係る費用の将来推計 の改定について(平成24年3月))。それ以降の予測値は、厚生労働省の予測手法を踏襲して筆者独自に予測を行った。2025年度以降の国 民所得、国民負担率、消費税率も筆者独自の予測。 18 社会保障費の病理の構図 • 世界最速で進む少子高齢化の真っただ中で、 右肩上がりの高度成長時代にできたビジネス モデルにしがみついていること。 • ①賦課方式(高齢者に掛かるほぼ全費用を 若者が負担、負担しきれず莫大な借金) • ②現在の老人は、自分の老後に掛かる費用 を負担していない(過去も現在も)。持たざる 若者から持てる老人に富が移転。日本の「純 家計金融資産」のうち60歳以上の高齢者の所 有割合は8割。不動産も老人に集中。 • ③社会保険方式の不徹底。保険料や自己負 担と受益が等しいことが原則だが、4割もの税 金(公費)が投入され、大ディスカウント。「安 い」社会保障に、過剰な需要が生まれる。 • ④社会保険への公費投入は貧困世帯のみが 原則。日本は、中高所得にも等しく分配。 • ⑤公費・補助金の大投入を背景とした過剰規 制(公費が増えないように、価格規制、参入規 制)。競争や新陳代謝がなく、社会保障産業は、 全般的に高コスト体質に陥っている。 • ⑥社会保障の「鉄のトライアングル」(過剰規 制と公費投入の裁量権を持ち、護送船団を守 る官。強力な業界団体と各々作って、規制強 化・補助金増を目指す既得権団体。間を仲介 する厚労族議員。)。 • ⑦「局あって省なし」「課あって局なし」と言わ れる厚労省の超縦割り行政。相互調整が不能。 各課が担当の業界団体の顔色を見て行政。 関係者の「全員賛成」が前提の審議会方式。 • →全てパイが広がってゆく高度成長時代の遺 物。パイが少なくなって、分け方を工夫する時 代には全く適合しない。 高齢者の社会保障費の内訳 (基礎年金) 現役からの保険料 公費(税と借金) (後期高齢者医療) 高齢者 保険料 現役からの支援金 公費(税と借金) (介護保険) 高齢者保険料 現役の保険料 公費(税と借金) 22 シルバー民主主義どう立ち向かうか • ギリシャは対岸の火事ではない。ギリシャの方 がまだ、日本よりも財政状況はマシ。 • もはや、対症療法ではどうにもならない。抜本改 革、根治療法が必要なことはあきらか。 • 高齢者に痛みを伴う改革を提示できない政治 「シルバー民主主義」。少子高齢化の進展、団 塊の世代の老人かによってますます深刻化す る。 • 改革ができなければ、最後は財政破綻。ギリ シャになる。 図表 史上最悪の水準を更新中:政府債務比率 % 250 200 150 100 50 0 今後の日本を生きる世代の教訓 • 賢い有権者、消費者となり、現実を知る。判 断することが必要。 • しかし、シルバー民主主義の壁は大きいだろ う。財政破綻も覚悟すべきか。 • 最大の防御策は、自分への教育投資。 • 老いて縮み行く日本にしがみつくべきではな い。アジアの成長を取り込むためにも、英語、 中国語はしっかりと勉強する。
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