社会保障と財政危機、年金を例に 学習院大学 経済学部 教授 鈴木 亘

社会保障と財政危機、年金を例に
学習院大学 経済学部 教授
鈴木 亘
今日のお話の流れ
• 私の専門分野(経済学、社会保障論)とは
• 人口構造の変化(少子高齢化)が規定する皆
さんが生きる時代の日本の将来像、財政危
機の現実性
• 年金を例に、社会保障の改革のあり方、改革
の難しさを理解する
• 社会保障論から得られる皆さんの時代に対
する教訓とは
経済学とは
• 社会の科学、社会問題の科学を「社会科学」と呼
ぶ(⇔自然科学、人文科学)。
• 中高では公民や政経として学ぶが、大学では、
社会学、経済学、経営学、法学、政治学、福祉学、
国際関係論等に分化する。
• 経済学とは、社会の諸問題(失業、貧困、格差拡
大、低成長、インフレ・デフレ、金融危機、財政危
機、少子高齢化等)を診断し、処方箋を描き、治
療する「社会問題の医学」。
• 平たく言えば、「社会病理のお医者さん」。治療
が目的の実践的な「役に立つ」学問。
• そのアプローチは、主義主張、思想抜きの理系
的(科学的)なものであり、最新の数学、統計学、
コンピューターを多用する。その方法論が非常に
体系的で高度なことから、「社会科学の女王」と
呼ばれている。
• 社会科学で唯一、ノーベル賞の対象分野の科学。
• 経済学とは、単なるお金の学問、経済問題の学
問という誤解がある。
• しかし、近年は、分析の対象分野を広げ、全ての
社会科学の分野に広がっており、「経済学の帝
国主義」等と揶揄される。しばしばその他の社会
科学の常識をひっくり返すことから、他分野から
概ね敵視されている。
社会保障論とは
• 経済学の帝国主義で、従来、福祉学や医学等
の分野に進出した新分野。紛争地域。
• 対象は、年金、医療問題、介護、失業、生活保
護、ホームレス問題、少子化対策(保育等)、高
齢化問題、格差是正・貧困対策等。
• 私自身は、これらの全ての分野で、最新の問題
を調査・分析(診断、処方)する研究者であり、
常に論争の渦中にいる。
• また、大阪市特別顧問(西成特区担当)として、
貧困地域の改革を指揮(治療)している行政者
でもある。
老いて、縮んでゆく日本経済
• 皆さんが活躍する時代の日本はどうなるのか。
• 世界最速の少子・高齢化が進む日本社会。その
規模も世界一。
• 人口・労働力減少も、平和時としては世界最速。
• 経済の長期的成長は、労働力人口と資本、技術
革新に規定されており、人口減少、高齢化が現
在や今後の低成長に大きく影響。
• そのあまりの変化の速さに、世の中の制度が対
応できない(特に社会保障の賦課方式)。
• 将来への負担先送り、世代間格差が深刻に。
• 高度成長の幻想が、低成長に追い打ちをかけて
足を引っ張る。
労働力人口(15-64歳)の推移と予測
千人
90,000
80,000
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
実績値
予測値
20,000
注)2011年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口
問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。
高齢者/現役比率の推移と予測
90.0%
80.0%
70.0%
60.0%
50.0%
出生中位(死
亡中位)推計
40.0%
30.0%
20.0%
10.0%
実績値
予測値
0.0%
注)2011年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口
問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。
おみこし社会から肩車社会へ
将来の社会保障給付費、消費税率、国民負担
率の予測
単位:兆円
2013
2025
2035
2050
2075
(1)社会保障給付費
110.6
148.9
189.6
257.1
340.9
(2)国民所得
358.9
373.1
401.2
412.2
473.6
(3)対国民所得比率
30.8%
39.9%
47.3%
62.4%
72.0%
(4)国民負担率
40.0%
49.1%
56.4%
71.6%
81.2%
(5)消費税率
5.0%
19.3%
23.4%
30.7%
41.5%
注)2013年度の社会保障給付費は、厚生労働省による当初予算ベース推計値。2013年度の国民所得、国民負担率は財務省による見通し(国
民負担率及び租税負担率の推移(対国民所得比))。2025年度の社会保障給付費は、厚生労働省による予測値(社会保障に係る費用の将来推計
の改定について(平成24年3月))。それ以降の予測値は、厚生労働省の予測手法を踏襲して筆者独自に予測を行った。2025年度以降の国
民所得、国民負担率、消費税率も筆者独自の予測。
10
図表 史上最悪の水準を更新中:政府債務比率
%
250
200
150
100
50
0
年金制度の問題点
• 老齢年金の仕組みは、20歳から保険料を徴
収して、高齢者に年金を給付する制度。
• 今、高齢者1人当たりに、毎月10万円の年金
を支給する制度を政府が創設。
• 高齢者の現役世代に対する比率が1対10の
割合だとすると、10人の現役世代で高齢者1
人を支えればよい。現役世代が支払うべき保
険料は1人1ヶ月あたり1万円(10万円÷10人)。
• 1対5のときには、1人1ヶ月あたり(2万円)と
倍増。1対4では(2.5万円)、1対3では約(3.3
万円)、1対2では(5万円)、1対1では(10万
円)。
図表1-1 架空の年金制度における負担の推移
保険料負担
は、月一人当
たり:1万円
2万円
2万5千円
3万3千円 5万円! 10万円!!
年金破綻は起きるのか
• 国民年金の未納率は4割を超す。減免を入れる
と6割が保険料を払っていない。
• 年金破綻は本質的な問題では無い。負担引き上
げで財政維持は可能。
• 本質的な問題は、巨大な世代間不公平の存在。
若者、将来世代は支払ったものが返ってこないと
いう現実。
• 1960年には3.5%、1970年には7.3%だった保険
料率は、現在、17.5%。将来的には24.8%まで上
げなければ、維持できないと見込まれる。
厚生年金加入者の生まれ年ごとの
生涯保険料率と生涯受給率
30.0%
25.0%
20.0%
生涯保険料率
生涯受給率
15.0%
10.0%
5.0%
生まれ年
厚生年金加入者の生まれ年ごとの生
涯純受給率
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
-5.0%
-10.0%
-15.0%
生まれ年
厚生年金加入者の世代間格差の金額
生まれ年
1940年生まれ
1945年生まれ
1950年生まれ
1955年生まれ
1960年生まれ
1965年生まれ
1970年生まれ
1975年生まれ
1980年生まれ
1985年生まれ
1990年生まれ
1995年生まれ
2000年生まれ
2005年生まれ
2010年生まれ
2015年生まれ
純受給率
11.5%
7.8%
5.0%
3.2%
1.5%
-0.1%
-1.9%
-3.4%
-4.9%
-6.1%
-7.2%
-8.1%
-8.7%
-9.2%
-9.4%
-9.5%
純受給額(万円)
3,460
2,340
1,490
970
460
-40
-560
-1,030
-1,480
-1,840
-2,150
-2,420
-2,610
-2,750
-2,830
-2,860
1940年生まれと
2010年生まれの
差額は、6,290万
円
諸悪の根源は賦課方式
賦課方式
積立方式
• 世代間仕送りではなく、若いころに積み立てた
ものを取り崩して老後を生きるやり方が積立方
式。世代ごとに完結する。
• 孫や子世代に負担をかける必要が無いので、
急速に少子高齢化が進む日本にもっともふさ
わしい制度。
• 実は、積立方式で始まった年金制度。
• 1970年代初頭にはじまった大盤振る舞い。
• その結果として生じた莫大な債務超過。
• 約750兆円の債務超過。巨額の債務をこれか
らの世代に背負わせることが、現在の年金問
題の本質。
公的年金全体の年金純債務の試算結果
単位:兆円
合計
うち厚生年金 うち国民年金 うち共済年金
(1)年金債務(国庫負担分を除く)
920
702
66
152
(2)積立金
183
127
8
48
(3)年金純債務
737
574
58
104
手品では無い積立方式移行
• 白いキャンバスに絵を一から描くことはできな
い。
• 積立方式移行」とは、「積立方式の年金制度
を今から新しく設立する」ことでは無い。
• 積立方式移行とは、「賦課方式の債務処理+
積立方式の年金設立」。
• 積立方式移行は、JRの経営再建と同じ。
• 年金清算事業団方式による改革。新年金制
度は、積立方式。
旧国鉄(JR)再建
年金制度の再建
新年金制度のイメージ1
年金制度改革の同等命題
•
•
•
•
年金改革における「同等命題」。
しかし、本当は、同等命題では無い。
相続資産からの徴収のメリット。
長期間で薄く広く徴収する追加所得税。
• そのために、年金清算事業団は、国債により
資金調達。
• 資金調達は新年金制度の積立金を使って行
う。
新年金制度のイメージ2
• 年金清算事業団が負った年金純債務は、直ぐ
にキャッシュで用意する必要は無い。
• 財源は、①積立金、②新型相続税、③追加所
得税、④年金事業団債による資金調達。⑤掛
け捨てがある程度できれば、所得税は下がる。
• 相続資産は年間50兆円の安定財源。新型相
続税は、基礎控除無しで、時限的な税。
• 高資産者の基礎年金掛け捨ても一案。
• 資金調達は、積立方式の新年金制度を使う。
政治的な問題
• 正直に現状を語らない政府。100年安心プラ
ンを強調する民主党政権。
• 不作為に対する政治責任、官僚の責任が問
われる。
• 現状の制度には利権も発生。年金ムラの成
立。
• 高齢者に痛みを伴う改革を提示できない政治
「シルバー民主主義」。少子高齢化によってま
すます進んでゆくことが見込まれる。
今後の日本を生きる世代の教訓
• 賢い有権者、消費者となり、現実を知る。判
断することが必要。しかし、シルバー民主主
義の壁は大きいだろう。財政破綻も覚悟すべ
きか。
• 最大の防御策は、自分への教育投資。
• 老いて縮み行く日本にしがみつくべきではな
い。アジアの成長を取り込むためにも、英語、
中国語はしっかりと勉強する。