政治学からみた中東政変―権威主義体制はなぜ崩壊したのか

政治学からみた中東政変
権威主義体制はなぜ崩壊したのか?
浜中
新吾(山形大学)
中東諸国指導者の長期支配
(2011年1月まで)
国名
就任日
現職指導者名(年数)
前職指導者名(年数)
アルジェリア
1999年4月
ブーテフリカ(12)
ゼルアール(5)
エジプト
1981年10月 ムバーラク(29.5)
シリア
2000年7月
バッシャール(10.5)
ハーフェズ(29.5)
チュニジア
1987年11月
ベンアリー(23.5)
ブーテフリカ(30)
イエメン
1990年5月
サレハ(21)
イラン
1989年6月
ハーメネイ(21.5)
ホメイニー(9.5)
リビア
1969年9月
カッザーフィー(42)
イドリスI世(18)
ヨルダン
1999年2月
アブダッラー2世(12)
フセイン(46.5)
モロッコ
1999年7月
ムハンマド5世(12)
ハサン2世(38.5)
オマーン
1970年7月
カーブース(41)
サイード(38)
バハレーン
1999年3月
ハマド(12)
イーサ(37.5)
サーダート(11)
権威主義体制の下位類型
• 軍事政権
– クーデタで前政権を転覆させて成立
– 組織としての軍部が統治の制約になる
• 独裁者の個人支配
– 独裁者と取り巻きによる家産的な国家支配
– 利益供与で支持を調達
– 独裁者直属の治安機関で反対派を監視
• 支配政党(dominant party)による統治
– 党組織の論理とイデオロギーで支配を正当化
– エリート間の利害を調整する機能を持つ
中東権威主義体制の頑健性
• レンティア国家仮説
– レント(外生的収入)に歳入を依存できる国家は権威主
義体制を持続させられる
• 王朝君主制仮説
– 君主制国家のうち、王族が閣僚に就任できる体制は
就任できない体制と比べて、王政が持続しやすい
– 君主制は王位継承のルールが明確
– 王朝君主制の場合、王族が体制維持に協力するイン
センティブを持つ
チュニジア・エジプトの場合
• レントに依存した経済構造ではない
• 共和制国家である
• 頑健性のポイント・・・・個人独裁+支配政党
– エジプトは軍・個人・党のハイブリッド型
• 支配政党の体制安定化メカニズム
– 他の権威主義支配よりも広い利益供与を行う
– 野党へのコオプテーション(取り込み)を働きかけ
て危機を回避
– 後継者選抜が制度化されており、混乱が少ない
利益供与(パトロネージ)
• 政府部門への就職
– 賞与・年金・恩給を通
じた動員
– 賄賂・公金詐取・密輸
といった機会
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低金利の融資
集合住宅の入居権
行政手続きの免除
事業活動の許認可
徴税見逃し
コオプテーション
• エジプトやヨルダン
が危機回避の際、し
ばしば持ちかけた
• 野党に対する利益分
配(内閣要職など)
と政策的妥協(政治
的自由化など)
• シリアの翼賛的政党
制は制度化されたコ
オプテーション
体制崩壊に至る理論的説明
• 「協定」による移行(シュミッターとオドンネル)
– 政府内ハト派と反政府穏健派との「協定」
– 「協定」の機会を持ちながら崩壊へと突き進んだ
• 体制改革・体制転換・体制変革という3つの移行
経路(ハンチントン)
– ここでは体制変革(下からの民主化)を扱う
– 政府より強力な反体制派の存在が不可欠
– 体制崩壊に先んじて反対派組織の結束があったわけ
ではない
なぜ権威主義体制は崩壊したのか?
• チュニジア、エジプト、イエメン、バハレー
ン、シリアなどの事例から体制崩壊メカニズム
を考える・・・軍部の動向がカギ?
• ゲーム理論による分析を試みる
• プレイヤーは市民、政府、軍部
• 政府は軍部にパトロネージを配分する
• ある条件下で市民が決起する{デモ}
• 軍部が市民を{抑圧}もしくはデモを{傍観}する
• 政府は警察で{抑圧} もしくは{下野}する
パトロネージ・ゲーム
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[結果]
[利得(市民,軍,政府)]
[民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d]
{下野}
政府
{傍観}
軍部
{デモ}
{抑圧}
市民
{服従}
政府 {Rを決定}
p1>p2,p2+cd > d
{抑圧}
[内戦]
[鎮圧]
[体制存続]
[1-p2-cd, 0, p2-cr]
[1-p1-cd, p1R-cr, p1(1-R)-cr]
[0, R, 1-R]
証明(均衡条件の絞り込み)
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[結果]
[利得(市民,軍,政府)]
[民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d]
{下野}
政府
{傍観}
軍部
{デモ}
{抑圧}
市民
{服従}
政府 {Rを決定}
{抑圧}
[内戦]
[鎮圧]
[体制存続]
[1-p2-cd, 0, p2-cr]
[1-p1-cd, p1R-cr, p1(1-R)-cr]
[0, R, 1-R]
p1=1のとき、市民は服従(赤色)
p1≠1のとき、0< p1 (1-p1-cd)+ p2(1-p1)(1-p2-cd)+(1-p2) (1-p1)(1-d)ならば
市民は決起({デモ})
しかし {αd(1-p2)+cr}/p1<Rであれば軍部はデモを{抑圧} (橙色)
証明(均衡条件の絞り込み)
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[結果]
[利得(市民,軍,政府)]
[民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d]
{下野}
政府
{傍観}
軍部
{デモ}
{抑圧}
市民
{服従}
政府 {Rを決定}
{抑圧}
[内戦]
[鎮圧]
[1-p2-cd, 0, p2-cr]
[1-p1-cd, p1R-cr, p1(1-R)-cr]
[体制存続]
p2< (1-α)d+crのときR≦{αd(1-p2)+cr}/p1であれば軍部は{傍観}
p2≧(1-α)d+crであれば内戦、さもなければ民主化移行
[0, R, 1-R]
パトロネージ・ゲームの洞察
• (1)政府は軍部に対するパトロネージを減らした
– 経済自由化政策によって資源は軍部ではなく市場の
整備に向けられた?
– 国民民主党の内部は党人派とビジネスマン層に分裂
– ガマールとアフマド・イッズの台頭
• (2)政府は体制が崩壊して多くの権益を失っても
なお、権限が残る可能性に賭けた
– 軍部に権限委譲を図った意図
– 自発的に下野するインセンティブ
観察可能な含意(1)
中央政府予算に占める軍事費の割合(%)
25
Egypt
Tunisia
20
15
10
5
0
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
観察可能な含意(2)
• 2007年エジプト憲法改訂
– 1980年憲法での大統領選出過程
• 人民議会で候補選出・投票
• 国民の信任投票
– 改訂によって立候補資格の規定が設けられる
• 議会で少なくとも3%の議席を有する政党からの候補に限定
• 当初、ムスリム同胞団対策と見られた
– 立候補資格規定は党籍を持たない軍人の大統領選挙
出馬も抑止する
• ガマール・ムバーラクへの大統領禅譲の準備?
まとめ
• 軍部の動向を体制持続と崩壊のカギと考えた場
合、継続的に支払うパトロネージの大きさが帰
結を左右しているのではないか?
– ハイブリッド型権威主義体制は時間の経過とともに
変質・劣化していた?
• 内戦の惨事を引き起こさないためには、旧政府
側が自発的に下野するような仕掛けが必要
Checkmate!!
ディスカッション
• なぜ市民は決起したのか?
– 別の機会(比較政治学会)で報告済み
– 国民民主党の支持構造が既に空洞化していた
与党支持構造のイメージ
エジプト
国民民主党
シリア
バアス党
パトロネージ
社会問題認識
パトロネージ
社会問題認識
情報操作
安定志向
情報操作
安定志向
イデオロギー
イデオロギー
ディスカッション
• TwitterやFacebookといった情報ツールの重要性
はどうなのか?
– デモへの速やかな集結・組織化を図った点で過去の
体制崩壊事例にはなかったものだが、「集合行為の
ジレンマ」を軽減する役割を果たしたにとどまる
– 「デモに参加しなければ、体制は変えられない」
– 「街頭に飛び出したのが自分達だけなのでは」とい
うリスク