フーコーによる言説~その位置 「そして、これらの手続き(=過程、制度、施設)は、言説の力と危険 とを払いのけ、その僥倖(ぎょうこう)に左右される出来事を支配し、 その重苦しく、おそるべき物質性を避ける働きをする、と。」 P9のつづき 言説=伝達されて来た、認可 されて来た観念や、これらが可能 にする=表す(権限を受けた)表現 社会制度(教育等) 「知識」 1 ブルデューからフーコーまで: フーコーによる「知識」の定義 ブルデューが指摘したのは、「言語」という無形のものの交換 は社会の場での最も大切なやり取り(の媒体)である。 社会の中にしか存在しない。社会の中にしか意味しない・ 読み取られていない。 フーコーは、「知識」という無形のものも、 社会の中にしか存在しないと言う。 知識の内容とその意味が社会(=個々人ではなく、世の中) だけによって構成されている、伝達されている、受け入れら れている、解釈されているから、 社会の観念に濾過されるし、社会に生産される、管理される。 2 フーコー: 言説の「工夫」と単語 http://greengrass07.blog85.fc2.com/blog-category-9.html I.認可された「知識」を維持している言説 = ある社会体制による作られた通念・観念やこれを活かす話。 様々な社会体制を維持する、体制に維持される「話」。 「言説」をつくる主な「施設」・ 社会制度・制度の規範を伝達する「施設」: 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 学校 研究所や科学ラボ 医療施設 法律 政治 宗教 出版制度 3 フーコーによる「知識」 言説をつくる・言説がつくる、 社会の中の「知識」とその構築 1. 社会に「イデオロギー」・世論・「常識」=社会規範がある。 2. 認識、知識がそれらによる構築され、それらに寄与もする。 「知識」とは、現実について、ただの記述ではない。社会に ある言説に構築される、言説に従うものである。 言説とは教育制度、出版物、メディアなどに濾過された、 社会に受け入れられた(「認可された」)考え方や観念を 表象することであろう。 4 フーコー: 言説と「知識」の機能 •「現実世界」又は「事実」が人間の認識に入り込む際、 社会制度や施設(学校、メディア、法など)に濾過される。 •そのような知識はフーコーに「知識体制」とも呼ばれている。 •そのために、ある社会で、ある時代には入手できる「知識」 が既に社会に「認可」された知識であろう。 例: 前コペルニクス・後コペルニクスの宇宙への見方。 前メンデル・後メンデルの生物の遺伝への見方。 ハバマス、ルマンを参照する 5 フーコー: 言説の構築、機能、そして 「知識」との関係性 • 認識・知識は構築されたものである。 • 「知識」だと信用されていることは、 社会制度に維持されるものである。 そうしたら、知識と「権力」との関係性は? 6 フーコーによる 知識と権力の関係性 • 「権力」をつかまえる人は、(認可された)制度 や施設を通した者であると言える。 様々な分野の例は、神父、教師、政治家、医 師、科学者。 • これらの者が制度や施設を利用するか、既存 の制度や施設に利用されるかについて、 フーコーが疑問に思う。 7 フーコー: 言説の工夫や単語 重要な引用文 • P9 (星印のあとの文) 「あらゆる社会において、言説の生産は、いくつかの手続き (=制度、施設、過程)によって同時に統御され、選択され、 組織化され(=整理され)、再配分されるものと、わたしは 想定する。」 その意味: 「知識体制」、所謂社会の中の制度や施設が生産する知識 を成立するものは 言説 = 社会に是認(ぜにん)・「認可」された観念と その表現である。 8 フーコー: 言説の機能についての重要な引用文 • p9―p10 (上記の分の続き) 「社会」および言説の中の「排除」、「禁止」、「分離」の原理 = 言説によっての知識の濾過、「排除」 「われわれの社会のような社会にあって、【排除】についてのさまざま な手続き(=過程、制度、施設)があることは、もちろん周知の とおりであります。もっとも明白な、また もっとも身近なものは、 【禁止】です。 よく知られているように、人はすべてを言う権利ない 。。。、ところ構わずにすべてについて語ることもできない。」 (すべてを聞く・読む・受信することもできないかも。) 身近な世界の例:以下に、誰が、いつ、何を言えないのか? • 「儀式」の時・授業中・試験中 • 上下関係が顕著である時 • 自分の生活又は恩恵が脅かされた時 9 フーコー:言説の機能についての重要な引用文 • p10真中 言説は知識を濾過する、排除すること 続き 「そこには、お互いに相互交わり、強め合い、 あるいは補い合って、たえず変容する複雑な網の目を形づくる 三つの型の禁止の働きがあります。」 その意味: • 「網の目」=信用すべき知識を「濾過」する社会制度の機能。 これに従う様々な分野の知識に関する表現。 • 社会で可能である表現による「三つの型の禁止」 ①排除 ②拒絶 ③分離 10 フーコー:言説においての「三つの型の禁止」 1.禁止 例1:ある経験、ある人の「障害」、について話せない場合。 例2:儀式では、適切ではない人は儀式の内容(言葉)を話せない。 2.拒絶 例:各社会や各時代においては、 「理性」(という常識)と「狂気」(という非常識)の間の明確な 区別がある。 「狂気」と判断される言説は「拒絶」されがちである。 3.分離 例:「真実」と「虚偽」の間の絶対的な区切りがあるはず。 社会の中の(「認可」された)言説が、上記の例を統御 しながら(濾過しながら)適切ではないものを排除する。11 フーコー: 言説の工夫や単語 重要な引用文 • p10 (上記の続き)より ~ 復習 「今日、[言説の] 網の目がこの上なく狭ばめられ、 黒く塗りつぶされた部分が多くなっている領域は、 セックスと政治の領域である。」 その意味: ・セクスについての適切な言説は一応社会制度に濾過 されるのである。 この適切さを決める過程や、その言説を利用する過程は、 (政治的・社会的)力を現す、強固する過程である。 ・政治についての適切な表現は一応認可された表現である。 こうした言説を決める過程や、その言説を利用する過程 は(政治的・社会的)力を現すや強固する過程である。12 フーコーがいう言説の力や危険性 言説や社会制度の一つの「危険性」は、 適切ではないようにされた言説を使おうとする者、 人々も、社会に排除される恐れがある。 逆に、これらについて権力的に(=信用されやすく) 語る者は、「怖いくらい権威がある人」となろう。 (ブルデューp31を参照) 13
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