インターネット上の名誉毀損 - 東北大学大学院法学研究科・法学部

2009年度法情報学演習
第2回 インターネット上の名誉毀損
2009年10月9日(金)
東北大学法学研究科 金谷吉成
<[email protected]>
2009年度法情報学演習
1
2009年10月9日
表現の自由(憲法21条)
 表現の自由が保護する価値
– 自己実現の価値
 憲法が保障する「個人の尊厳」から導かれる
 人は、自己の生の可能性を発展させ実現していくためのめの
不可欠の手段として「表現の自由」が保障されなければならな
い
– 自己統治の価値
 社会的存在としての個人が、社会を構成し維持するための権
力、すなわち政治権力を自ら行使するという民主主義の基本
原理から導かれる
 民主主義を実現するためには、政治的決定に必要な情報が
自由に流通する必要があり、そのためには情報を伝達・受領
する自由としての表現の自由(いわゆる知る権利)の保障が
不可欠である
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
インターネットと表現の自由
 マス・メディアと個人との分離
– 個人は専ら情報の受け手であり、送り手としての可能
性は乏しかった
– しかも、情報を受け取るといっても、マス・メディアが選
択し発信した情報だけを受け取ることしかできなかった
 インターネットがもたらす変化
– 個人は、情報を自ら主体的に選択して収集することが
可能になった
– 地球規模のコミュニケーションが可能になったことで、
情報を国内だけで統制することが困難になった
– 個人が自己の情報を発信することが可能になった
 表現の自由、とりわけ政治参加との関係で重要
な意味を持ち得る
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
インターネット上の表現をめぐる問題
 一方で、以下のような問題も指摘される
– インターネット上で流される情報は多種多様であり、権
威的な確証がないことも多い
 個人の責任において情報を入手し、評価を加えなければなら
ない
– 無責任な情報の氾濫
 名誉毀損、プライバシーの侵害
 わいせつな表現
 著作権侵害
 しかし、現時点ではインターネット上の表現行為
を包括的に規制する法律は制定されていないた
め、そうした問題については、個別に検討するほ
かない
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
インターネット上の名誉毀損
インターネット上の名誉毀損についても特
別な法律の規定は存在しない
– 刑法230条による名誉毀損罪の規定の適用及
び民法709条による不法行為の成立の可能性
が問題になるのみ
名誉権
– 人格権の一部をなすものと考えられ、私法上
の権利として古くから認められてきた
– 「人格権としての名誉の保護(憲法13条)」(北
方ジャーナル事件:最大判昭和61・6・11民集
40巻4号872頁)
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
名誉の保護と表現の自由の関係
名誉の保護
– 人格権の一部、「個人の尊厳」
– 法律上一定の保護が与えられてきた
バランス
刑法230条(名誉毀損)
民法709条(不法行為による損害賠償)
表現の自由(憲法21条)
– 他方で、名誉毀損は表現を通じて行われる
名誉毀損となる表現の範囲を広げれば、それだけ表現の自由は制約される
逆に、表現の自由の方を強調すれば、今度はそれだけ名誉の保護が手薄になる
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
メディアの違い
名誉毀損は表現を通じて行われる
表現が行われるメディアによる違いは?
– 新聞・雑誌等の出版メディア
– ラジオ・テレビの電波メディア
– インターネットという電気通信メディア
名誉毀損に関する既存のルールがそのまま適用される。
ただし、メディアの性格の違いによって、
既存のルールをそのまま適用することが困難になったり、
新たな問題を提起するということは起こりうる。
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
刑法230条と表現に対する「畏縮効果」
 刑法230条(名誉毀損)
「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その
事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは
禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」
– 人の社会的評価を低下させるような事実を不特定多
数人に向けて発信する行為
– 事実が虚偽のものである必要はない
 摘示した事実が真実であっても、名誉毀損罪は
成立する?
– 例えば、政治家などについてさえ、真実を伝えることが
困難になってしまう
– そうなると、名誉毀損による処罰の危険をおかしてま
で報道することは差し控えようということになる
「畏縮効果」による自主規制
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
刑法230条の2による畏縮効果の低減
 名誉毀損の例外(1項)
① 公共の利害に関する事実に係り
② その目的が専ら公益を図ることにあったと認められ
③ 事実が真実であることの証明があったとき
 犯罪報道については、「公共の利害に関する事
実」とみなし(2項)、①の立証責任を軽減
 公務員や選挙の候補者に関する事実の報道の
場合には、①だけでなく②についても立証責任を
免除
しかし、いかなる場合であっても、③の立証は不可欠
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
刑法230条の2だけで十分と言えるか
「事実が真実であることの証明」が不可欠
– 表現する側は、事実が真実であると裁判の場
で証明できなければならない
– ある程度の裏付け調査だけでは不十分
– 裁判所で認めてもらうに十分な証拠を収集し
たと確信できない限り、やはり表現を萎縮して
しまう
本来許されるべき表現まで、処罰の威嚇に
よって抑制されてしまう
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
最高裁判決による解釈の修正
 夕刊和歌山時事事件(最大判昭44年6月25日刑
集23巻7号975頁)
「刑法230条の2の規定は、人格権としての個人の名誉
の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調
和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調
和と均衡を考慮するならば、たとい刑法230条の2第1
項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、
行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信し
たことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理
由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は
成立しないものと解するのが相当である。」
「相当の理由」の基準
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
「相当の理由」の基準
 事実が真実であると完全に証明できなくても、
 事実が真実でないことが後に判明したとしても、
 表現時点において、当該事実が真実であると信
じたことに相当の理由があったことを立証すれば、
名誉毀損は成立しない。
– 「相当の理由」の存在を立証しうるだけの資料を収集
できれば、それが真実であることを完全に証明するに
は不十分なものであってもよい
– 畏縮効果がかなりの程度低減された
– この考え方は、民事の名誉毀損事件にもあてはまる
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
アメリカの判例①
 New York Times Co. v. Sullivan, 376 U.S. 254
(1964)
– ニューヨーク・タイムズ新聞に掲載された意見広告の
内容が争われた事件
– アラバマ州の黒人運動に対して警察が行った凶暴な
弾圧・嫌がらせを非難する意見広告を掲載(マーティ
ン・ルーサー・キングを中心とした公民権運動への支
援と献金を呼びかける内容)
– これに対し、警察を指揮したサリヴァン署長が、虚偽
の事実により名誉を毀損されたとしてニューヨーク・タ
イムズ新聞社および広告主に対し損害賠償を求めて
提訴した
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
アメリカの判例②
 アラバマ州裁判所
– 表現した事実が真実であることの証明がなければ、た
とえ善意で真実と誤信したとしても責任は免れない
– ニューヨーク・タイムズ社に対し、陪審裁判の結果50万
ドルの損害賠償を命じた
 合衆国最高裁判所
– 公務員(public officials)を批判する言論に関して名誉
毀損が成立する範囲を、表現者が「現実の悪意」
(actual malice)を有していた場合に限定した
 「現実の悪意」とは、事実が真実でないことを知っていたか、
あるいは、ちょっと調べれば真実でないことがすぐ分かったは
ずなのに調べようともしなかった場合をいう
 「現実の悪意」の存在は、被害者側が証明しなければならな
い
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
表現の自由と名誉の保護のバランス①
バランスをどうとるか?
– 表現の自由に対する畏縮効果をどのように、
あるいは、どの程度まで除去するのが適切か
「相当の理由」の基準
「現実の悪意」の基準
– もちろん、名誉毀損表現そのものは、畏縮され
る方がよい
– 問題は、名誉毀損表現が畏縮させられること
ではなく、名誉毀損とならない、ゆえに自由で
あるべき表現までもが畏縮させられ、自主規
制されてしまうこと
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
表現の自由と名誉の保護のバランス②
 どうすればよいか?
– 名誉毀損となる表現の範囲・輪郭、つまり名誉毀損の成立要件を
明確にすること
– しかし、これは実際には不可能に近い
– 安全を期す表現者は、許される表現と許されない表現の境界線
が不明確である以上、境界線から一歩後退した安全地帯に身を
置こうとする
境界線
名誉毀損とならない表現
名誉毀損となる表現
不明確な境界線
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
表現の自由と名誉の保護のバランス③
緩衝地帯(buffer zone)
– 本来は名誉毀損となるはずの領域にまで食い
込む形で、表現の許容される範囲を拡大する
境界線
名誉毀損とならない表現
名誉毀損となる表現
表現者が安全を期して
最前線から一歩後退したとしても
なお本来の許されるべき表現の
最前線にはとどまっている
畏縮効果の除去
2009年10月9日
不明確な境界線
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2009年度法情報学演習
表現の自由と名誉の保護のバランス④
 緩衝地帯を設けることで、畏縮効果は大幅に除
去される
 しかし、このことは、表現の許容領域が名誉毀損
の領域に食い込んだ分だけ、名誉の保護を犠牲
にすることを意味する
– 「現実の悪意」の基準を導入すべきか?
– 「相当の理由」の基準でよいか?
 日本は、アメリカに比べて、サンクションの程度が軽い
 「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」
 実際に実刑が科されるのは稀
 民事の損害賠償では、賠償額が100万円を越す判決も稀
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
名誉毀損を制限することの問題点
緩衝地帯や刑法230条の2
– 名誉の側からみれば、本来名誉毀損となるよ
うな表現も、公共の利益のために甘受しなけ
ればならないことになる
– これに対しては、名誉毀損を甘受させられる個
人が、特別の犠牲を強要されてもそれほど不
公正とはいえないような事情の存在を要求す
べきであろう
公務員、選挙の候補者(刑法230条の2第3項)
犯罪行為を行った者(刑法230条の2第2項)
「対抗言論」の法理
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
「対抗言論」の法理①
名誉毀損と表現の自由の調整を考える際
のひとつの考え方
– 言論の弊害に対してはさらなる言論で対抗す
るという、表現の自由の基本原理
– 名誉を毀損されたと主張する者は、対抗言論
によって名誉の回復を図ればよいのであって、
それが可能なら、国家が救済のために介入す
る必要はない
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
「対抗言論」の法理②
 「対抗言論」を認めるには前提が必要
– 両者が対等な言論手段を有していること
 マス・メディアvs.個人
– 対抗言論の負担を要求しても不公平とはいえない何ら
かの事情の存在
 名誉回復のために反論を行うことは、大きな負担
 名誉毀損的表現が自らの発言への批判としてなされたような
場合
– 善良な性道徳を守るためにわいせつな表現の規制を強化すべ
きだという主張をした者に対し、その者が常日頃わいせつな表
現に好んで接していた事実を指摘し、このような者がそのような
主張をする資格などないと攻撃する場合など
 平等な立場で論争の土俵に上がった以上、言論による攻撃
には言論で反論し決着をつけるのが原則ということ
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
「対抗言論」の法理③
 そうした前提の下での名誉毀損的表現には、原
則的に違法性はないと考えるべきという考え方
– 名誉が毀損されても、より重要な公益のために我慢し
て下さいということではない
– 「場」(フォーラム)の論理
– このような「場」においては、名誉は毀損されても対抗
言論により回復しうるので、結果として名誉毀損は生じ
ないと考える
– しかし、「公共の利益」のアプローチと対抗言論のアプ
ローチが重複して生ずることも多い
 マス・メディアを通じての
国会議員に対する名誉毀損的な批判
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
インターネット上の名誉毀損
表現者本人の責任
プロバイダの責任
– プロバイダとは、インターネット接続業者をいう
商用プロバイダ(営利)
小中高等学校、大学、研究機関(非営利)
– 付加サービスとして、電子メールサービス、
ホームページ用サーバの提供、電子掲示板や
チャットルームの設置、データベースサービス
なども行う
– プロバイダは、電子掲示板等への書き込み内
容についての責任を負うか?
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
表現者本人の責任①
名誉毀損と表現の自由の調整
(2つのアプローチ)
– 公共の利害に関係する言論に対する畏縮効
果を除去するために、名誉の側にある程度の
犠牲を求めるアプローチ(「相当の理由」の基
準)
– 論争当事者が実質的に対等な立場にあると評
価しうる限り、当事者の自由な論争に委ねると
いうアプローチ(「対抗言論」の法理)
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
表現者本人の責任②
 インターネットで行われた名誉毀損表現
– 表現のメディアが変わったからといって違いはない
– しかし、インターネットでの名誉毀損には、対抗言論の
考え方がより典型的に妥当しうる
– それを要求することが不公平ではないといえる事情の
存在
 被害者自らが論争誘発的発言をした場合に限定
 とはいえ、論争を通じて議論を深めることが目的であるから、
争点の深化に役立つところのない事実無根の中傷まで許容
するものではない(「相当の理由」の基準が適用される)
 また、再反論を続けても、執拗に同じ内容の人格攻撃を受け
たような場合は、対抗言論の責務は解除されると考える
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件①
 東京地判平成9年5月26日判例時報1610号22頁
東京高判平成13年9月5日判例時報1786号80頁
 事件の概要
– パソコン通信の大手商用ネットワーク「ニフティサーブ」
では、多くのテーマについてフォーラムが設けられ、そ
の中にさらにいくつもの電子会議室が設置されている。
– フォーラムの運営は、ニフティによって委託されたシス
テム・オペレータ(シスオペ)が行っている。
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件②
 原告と被告
– 「現代思想フォーラム」内の電子掲示板「フェミニズム
会議室」で発言していた女性会員
– 原告に対し批判的な発言をするようになった男性会員
を排除するような行動
– 男性会員は、原告の中絶や離婚をとらえて誹謗中傷
する、「嬰児殺し」等の書き込みを行った
– 原告は、発言者である男性会員、会議室の管理人で
あるシスオペ、ニフティ株式会社に対して、発言の削除、
謝罪広告、慰謝料請求を求めた
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件③
 表現者本人に対する裁判所の判断
– 第1審判決、控訴審判決とも、書き込みが名誉毀損に
あたるとして書き込みをした人の責任を認定
– しかし、第1審判決では、本件が対等な立場での論争
であったといえるのか、対抗言論では対処しえない事
情があったのか、個人攻撃的発言が論争点とは関連
性がないというような事情があったのか、等々につい
ての具体的な判断はなかった
– これに対し、控訴審判決は、発言の行われた具体的な
コンテクストを重視し、名誉毀損の成立を認められる発
言の数を第1審のそれの約半分ほどに限定している点
が評価できる
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
プロバイダの責任①
表現は、その表現を他者に伝える媒体(メ
ディア)を通じて行われることも多い
– 表現者自身が所有・管理している場合
– 他人の所有・管理に属し、表現者はそれを使
用させてもらっているにすぎない場合
メディアの所有・管理者が、そのメディアを通じて行
われた表現の内容に対しいかなる責任を負うか
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
プロバイダの責任②
情報仲介者の責任
– 出版者(publisher)
– 配布者(distributor)
– コモン・キャリア(common carrier)
プロバイダは、このうちどれにあたるか
– 書店のような流通業者に過ぎないのか
– それとも出版に責任を持つ出版社なのか
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
アメリカの議論
 The Communications Decency Act of 1996
– 47 U.S.C.§230(c)(1)[通信法上のISP責任制限規定]
– 47 U.S.C.§551(c)(2)[発信者情報開示規定]
 Digital Millennium Copyright Act of 1998 (DMCA)
– 17 U.S.C.§512(c)[著作権法上のISP責任制限規定]
– 17 U.S.C.§512(h)[発信者情報開示規定]
 Notice and take down
– プロバイダは、侵害主張の通知を受けたら、速やかにその素材を
削除し、またはアクセスできないようにした上で、加害者に通知す
る
– 反論の通知を受け取った場合は、侵害を主張する者に反論が
あった旨と10日後に原状回復する旨を通知する
– 侵害を主張する者による提訴の通知がなければ、10日後に現状
回復を行う
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
プロバイダの責任③
コモン・キャリアとしての性格を持つもの
– インターネットへの接続サービス
– 電子メールサービス
しかし、コモン・キャリアとは異なる性格を
持つものもある
– ホームページ用サーバの提供
– 電子掲示板やチャットルームの設置
– データベースサービス
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
プロバイダの責任④
 どう考えるべきか?
– 例えば、電子掲示板に違法な内容(わいせつ、名誉毀
損、プライバシー侵害等)が書き込まれた場合、それを
知りながら放置すれば、何らかの法的責任を追及され
る可能性は十分にある
– しかし、現実問題として、多数の利用者を要するプロ
バイダの場合、電子掲示板に書き込まれる量も膨大と
なり、そのすべてに常時目を通し、不適切な内容を
チェックすることは不可能である
 プロバイダの法的責任をある程度軽減する必要
がある
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件④
シスオペ(掲示板管理者)の責任
– フォーラムに書き込まれる発言の内容を常時
監視し、すべての発言の問題性を検討したり
する重い作為義務があるか
フォーラムや電子掲示板に書き込まれる発言の内
容をシスオペが事前にチェックすることはできない
シスオペの多くが、他に本業を有し、空いている時
間をシスオペとしての活動にあてている
シスオペの業務がフォーラムの運営・管理全般に
及ぶうえ、発言は膨大な数にのぼる
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件⑤
 第一審判決(東京地判平成9年5月26日判タ947号125頁、判
時1610号22頁)
– シスオペには、常時監視や発言内容をチェックするなどの重い作為
義務を負わせるのは相当でないとしながら、
– 「その運営・管理するフォーラムに、他人の名誉を毀損する発言が書
き込まれていることを具体的に知ったと認められる場合には、当該シ
スオペには、その地位と権限に照らし、その者の名誉が不当に害さ
れることがないよう必要な措置をとるべき条理上の作為義務があった
と解するべきである」
– 男性会員の他数回にわたる本件発言すべてを名誉毀損として不法
行為を認定
– シスオペに対しては、その一部の発言について、シスオペが男性会
員に単にフォーラム上で注意しただけで1か月あまり放置したことに
ついて、シスオペの必要な措置をとるべき義務を怠ったと認定
– ニフティに対しては、シスオペの作為義務違反に基づく不法行為につ
いての使用者責任を負うものとした
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件⑥
 控訴審判決(東京高判平成13年9月5日判タ1088号94頁、判
時1786号80頁)
– 「会員による誹謗中傷等の問題発言については、フォーラムの円滑
な運営及び管理というシスオペの契約上託された権限を行使する上
で必要であり、標的とされた者がフォーラムにおいて自己を守るため
の有効な救済手段を有しておらず、会員等からの指摘等に基づき対
策を講じても、なお奏功しない等一定の場合、シスオペは、フォーラ
ムの運営及び管理上、運営契約に基づいて当該発言を削除する権
限を有するにとどまらず、これを削除すべき条理上の義務を負うと解
するのが相当である」
– 男性会員の一部の発言を名誉毀損、侮辱と認めたにとどまる
– シスオペに対しては、削除が相当と判断される発言についても、直ち
に削除せず、議論の積み重ねにより発言の質を高めるとの考えに
従ってフォーラムを運営していること自体は、運営方法として不当な
ものとすることはできず、シスオペの削除に至るまでの行動について、
権限の行使が許容限度を超えて遅滞したと認めることもできないとし
て、シスオペの削除義務違反を認めず
– ニフティも使用者責任を負わないとした
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
ニフティ(現代思想フォーラム)事件⑦
第一審判決と控訴審判決
– 第一審判決が、名誉毀損発言の書き込みを具
体的に知ったと認められる場合に条理上の作
為義務を肯定するのに対し、控訴審判決は、
より限定した場合に、削除義務が発生するとし
た
– 結論としても、控訴審判決ではシスオペやニフ
ティの責任を認めなかった
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
都立大学事件①
 事件の概要
– 都立大学での学生グループ間の争い
– 原告らのグループと被告の学生グループで傷害事件
が発生し、被告の学生が原告らグループによる傷害に
ついての文書を大学内のホームページに掲載
– 原告は、大学の教育研究用情報処理システム運営委
員会に抗議文書を送付した
– 大学は、教養部システム内に学生が開設したホーム
ページについて、システム管理者が記事を検閲するこ
とはインターネットの哲学とも相容れない旨の回答を
行い、文書の掲載が続けられた
– 原告は、被告の学生と東京都に対して、名誉毀損を主
張して、損害賠償と名誉回復措置を求めて提訴した
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
都立大学事件②
 第一審判決(東京地判平成11年9月24日判時1707号139頁、
判タ1054号228頁)
– ネットワーク管理者の義務を、問題となった刑罰法規や私法秩序の
内容によって区別
 コンピュータ・ウイルスを流す行為
 他のコンピュータに不法に侵入してシステムを破壊する行為
 名誉毀損行為
– 「ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発信されていることを現実
に発生した事実であると認識した場合においても、右発信を妨げるべ
き義務を被害者に対する関係においても負うのは、名誉毀損文書に
該当すること、加害行為の態様が甚だしく悪質であること及び被害の
程度も甚大であることなどが一見して明白であるような極めて例外的
な場合に限られるものというべきである」
– 本件加害行為は、上記のいずれもおよそ一見して明白であるとはい
えないとして、都立大学担当職員の削除義務を認めなかった
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
判例の動向
プロバイダの責任を認容した判例
– ニフティサーブ現代思想フォーラム事件第一審
判決(東京地判平9・5・26)
– 2ちゃんねる事件判決(東京地判平14・6・26、
東京高判平成14・12・25)
プロバイダの責任を否認した判例
– ニフティサーブ現代思想フォーラム事件控訴審
判決(東京高判平13・9・5)
– 東京都立大事件判決(東京地判平11・9・24)
2009年10月9日
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2009年度法情報学演習
判例の意義
「ニフティサーブ現代思想フォーラム事件」
「都立大学事件」
– プロバイダ責任制限法制定にあたっても具体
的先例として検討の対象にされた
– プロバイダ責任制限法の運用にあたっても、
関係者の利益状況の緻密な分析のために参
考にされるべき判例と言える
2009年10月9日
41
2009年度法情報学演習
プロバイダ責任制限法
 板挟み状況
– 情報発信者との関係では、契約違反の問題が生じうる
 会員は、規約に違反しない限り、書き込む権利を契約上持っ
ているはず
– 被害者との関係では、被害者に対する不法行為責任
の問題が生じる
 プロバイダには安全配慮義務(名誉毀損の書き込みがないか
を常時監視し、これを削除する義務)があるとして、契約上の
責任と構成する可能性もある
 プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供
者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開
示に関する法律、2001年11月30日公布、2002年
5月27日施行)
– 発信者および被害者との関係におけるプロバイダの
損害賠償責任の制限および発信者情報の開示請求
権を規定
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2009年度法情報学演習
東京地判平成20年2月29日判タ1277号46頁
 事案の概要
– 被告人が、自己のホームページにおいて、株式会社B
食品の社会的評価を低下させる表現を行ったとして、
名誉毀損罪で起訴された事案
 B食品は、B食品のフランチャイズによる加盟店で客が食事を
すると、その一部がA団体(カルト新興宗教)の収入になると
いう関係があって、A団体との間に実質的な一体性があるの
に、その実態を秘匿して事業展開している
 B会社は、誰でも簡単に収益を上げられるかのような宣伝文
句でフランチャイジーを引きつけておきながら、開店させる際
にはフランチャイジーの自宅を無理矢理担保に入れさせるよ
うな強引な手法を用いてフランチャイジーを食い物にし、それ
で得た資金がA団体に流れるという構造になっているのに、そ
の実態を秘匿して事業展開している
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2009年度法情報学演習
東京地判平成20年2月29日判タ1277号46頁
 弁護人の主張
– 本件公訴の提起は、公権力の濫用であって、刑訴法338条4号に
より公訴棄却の判決がなされるべきである
– 本件表現行為は、そもそも刑法230条1項の名誉毀損罪の構成要
件に該当しない
– 本件表現行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専
ら公益を図ることにあって、適示した事実は真実であるから、刑法
230条の2第1項が適用される
– 仮に、被告人が適示した事実が真実であることの証明が十分で
ないとしても、本件表現行為は公共の利害に関する事実につい
て公益目的のもと、相当な資料、根拠に基づいて行われたもので
あるから、誤信に相当性があって被告人には故意がなく、何らの
犯罪も成立しない
– (本件表現行為は社会的意義を有し、被告人が脅迫を受けつつ
行われた対抗言論であることなどを考慮すると、本件表現行為に
は加罰的違法性がない)
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2009年度法情報学演習
東京地判平成20年2月29日判タ1277号46頁
 判決の内容
– 上記の弁護人の主張については、いずれも排斥している。
– その一方で、インターネットの利用者は相互に情報の発受信に関
して対等の立場に立ち言論を応酬し合える点においてこれまでの
マスコミと個人の関係とは異なり、また、個人利用者がインター
ネット上で発信する情報の信頼性は一般的に低いと受け止めら
れている等の事情を指摘し、インターネット上の名誉毀損的表現
について、以下の基準を満たすものは名誉毀損罪に問擬し得な
いと判断した。
 第1に、被害者に対して反論を要求しても不当とはいえない状況があ
ること
 第2に、当該表現行為で摘示した事実が「公共の利害に関する事実」
に係るものであり、発信者が主として公益を図る目的のもとに当該表
現行為に及んだものであること
 第3に、発信者が摘示した事実が真実であると誤信していたと認めら
れること
 第4に、発信者がインターネットの個人利用者に対して要求される程
度の情報収集をした上で当該表現行為に及んだことが認められるこ
と
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2009年度法情報学演習
東京地判平成20年2月29日判タ1277号46頁
 従来の名誉毀損の基準
– 「刑法230条の2の規定は、人格権としての個人の名誉
の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調
和をはかつたものというべきであり、これら両者間の調
和と均衡を考慮するならば、たとい刑法230条の2第1
項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、
行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信し
たことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理
由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は
成立しないものと解するのが相当である。」(夕刊和歌
山時事事件、最大判昭和44年6月25日刑集23巻7号
975頁)
 本件において、被告人が適示した事実を真実で
あると誤信したことは、「確実な資料、根拠に照ら
し相当である」といえるか?
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2009年度法情報学演習
東京地判平成20年2月29日判タ1277号46頁
「本件のようなインターネット上の表現行為
について従来の基準をそのまま適用すべ
きかどうかは、改めて検討を要するところで
ある」と言えるか?
– 対抗言論の法理
cf. ニフティ(現代思想フォーラム)事件
– インターネットによる場合とマス・メディアによる
場合とで、名誉毀損の成立要件について異な
る基準を設定すべきかどうか?
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2009年度法情報学演習
次回予習案内
平成20年新司法試験
「論文式試験・公法系科目・第1問」
– 試験問題(平成20年新司法試験試験問題)
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h20jisshi.html
– 論文式試験出題の趣旨(平成20年新司法試
験の結果について)
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h20kekka01.html
インターネットにおける表現行為に対して、フィルタ
リング・ソフトを用いた表現内容規制の問題
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参考文献、Web
高橋和之, 松井茂記編『インターネットと法』
(有斐閣, 第3版, 2004年)
松井茂記『インターネットの憲法学』(岩波
書店, 2002年)
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おしまい
この資料は、2009年度法情報学演習の
ページからダウンロードすることができます。
http://www.law.tohoku.ac.jp/~kanaya/infosemi2009/
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