-権利侵害に対する法的責任- 多々納 裕一 京都大学防災研究所社会システム研究分野 リスクマネジメント(12月9日講義) Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 目次 責任法の背景 過失責任法を含む基本的な法的賠償責任ルールと手続き 代替的な不法行為責任ルール(過失責任,厳格責任,絶対責任, 責任なし) 損害賠償の種類(保障的損害賠償と懲罰的損害賠償) 過失を構成する要素 判例法と制定法 刑法と民法,さらに民法の中の契約法と不法行為法 法的義務,義務違反,直接原因,原告に対する侵害 過失に対する抗弁 不法行為責任制度の経済的目的 最適なロス・コントロールと犠牲者への最適な補償 その他諸制度が及ぼす影響 Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 賠償責任リスク 企業活動においてさらされている賠償責任リスク •労働者災害等の雇用慣行 •顧客へ販売する製造物 •廃棄物の処理または有害物質の使用 •企業の取締役会の行動 Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 法の分類 法源 判例法・・・判例の長年の積重ねによって発展した法律 制定法・・・政府機関により制定された法律 多くの法的賠償責任は判例に基づくことが多い 法の分類 刑法(criminal law)・・・国家に不利益な行為に適用 民法(civil law)・・・他の個人または主体に対する不利益な行為 に適用 契約法(contract law)・・・紛争当事者間の関係が契約によって 規定されている場合に適用 不法行為法(tort law)・・・紛争当事者の関係が契約によって 規定されていない場合に適用 Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 不法行為責任ルール 法律の役割 契約関係にない当事者間の相互関係から生じる損害に 対して,その責任を割り当てること(リスクの割当) 代替的な不法行為責任ルール 責任なし・・・被告は賠償責任を負わない(ex. 慈善団体,政府機関) 過失責任・・・過失が見つかれば賠償責任を負う.抗弁により回避・軽減可能 立証責任は原告側.(ex. 自動車事故や医療過誤) 厳格責任・・・過失がなくても賠償責任を負う.抗弁により回避・軽減可能 原告が過失を示す必要はない(ex. 製造物責任訴訟) 絶対責任・・・常に被告が原因となる損害を与えた場合は責任を負う 抗弁は認められない. 労働者災害補償法の基礎 (ex.爆破作業) Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 損害賠償の種類 補償的損害賠償(compensatory damages) 特別損害賠償 一般損害賠償 金銭損害に対する原告への補償(医療費や逸失賃金) 精神的苦痛等の日金銭的損害に対する補償 この種の侵害に対する損害の測定は困難 懲罰的損害賠償(punitive damages) 原告に対して,損害のリスクを無謀もしくは故意に無視し た状況に適用 判例は少ないが,補償的損害賠償を大きく上回る可能性 が大きい Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 連帯責任(joint and several liability) 複数の当事者の行動が一体となって損害をもたらす状況 代表例は環境損害に対する連帯責任 特徴 ある当事者が賠償金を支払うことが出来ない場合に 賠償金を支払う全ての負担を他の当事者が担う たとえ侵害の原因となった被告の役割が小さい場合であっても 原告に対して,資金力のある被告(ディープ・ポケット)に賠償請求する インセンティブを与える Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 過失を構成する要素 過失を証明するための4つの要素 法的義務 •被告は他者を損害から保護するよう行動する義務を負わなければならない 義務違反 •損害から保護するために必要とされる水準の注意を怠ることで, 法的義務を違反していなければならない •コスト的に正当化される予防策 予防策に講じる費用が期待損害額の減少額よりも小さい場合 直接原因 被告の行動が原告の被害の直接原因であること. 他者を保護するための注意水準を満たさないこととは無関係に生じた侵害 である場合,直接原因とはみなされない 原告に対する侵害 •原告自身が被害を被っていること Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 過失に対する抗弁 原告が損害に対する賠償責任を逃れるまたは 軽減することが出来る可能性 1.リスクの引き受け すでに知っているリスクを原告が自発的に受け入れていたことへの立証 (ex. 滑降スキー) 2.寄与過失または比較過失 寄与過失基準(contributory negligence) 原告側にも過失があることを立証 厳格な寄与過失の解釈では,少しでも被告に過失がある場合は,損 害賠償されない 比較過失基準(comparative negligence) 原告,被告双方の過失を認めた場合は,損害の一部を原告側にも負 わせる Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 不法行為責任制度の経済的目的 1)安全のためのインセンティブの付与 個人と企業が最適なロス・コントロールを行うこと 限界便益と限界費用が等しい水準を達成するための不法行 為責任制度 2)事故犠牲者に対する補償の提供 犠牲者に対する最適な補償 保険と同等の効果(暗目の保険料は賠償責任を考慮した比 較的高い料金の製品価格により収集される) 不法行為責任制度の目的 社会に対するリスクコストの最小化 リスクコストには期待事故損失額,ロス・コントロール費用,犠牲者の補 償(ロス・ファイナンス費用),残余の不確実性の費用を含む Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 犠牲者の補償としての不法行為責任制度の問題点 消費者は一体どのくらいの(不法行為責任制度を通じた)補償に対して, 事前に進んで対価を支払おうとしていただろうか? 補償(保険カバー)が人々が望むよりも大きい/小さい場合も発生 10章で見たように,モラルハザードや逆選抜,取引費用の存在下では 完全補償への対価を消費者は支払おうとしない 不法行為責任制度を通じて提供される補償 間接財源ルール・・・原告の生命,健康または財産保険で提供される 保険金の存在が,損害賠償金には影響を与えない アメリカの不法行為責任制度は,過剰な補償を提供 完全補償の減少 安全性へのインセンティブの減少 安全性と補償は必ずしも両立しない Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 有限財産と有限責任 有限責任の存在(詳しくは22章参照) 他人に与えた損害の全てを支払うことが強制されないことを知っている 主体(無資力な主体)は,安全に対して不十分な投資しか行わない 賠償責任保険 有限責任の問題を解消 不法行為責任を通じた適切な安全性や補償の提供へ さらにはリスキーな活動への従事をやめさせるかもしれない Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 不法行為責任と安全性規制(1) 賠償責任システムでは解決し難い問題 政府による規制の必要性 安全支出の最適な水準を決定するための必要なもの 1)事故原因についての情報 2)事故の強度と頻度を軽減するために利用可能な手段とその理解 3)安全装置を実行するコストの理解 4)追加的な安全に対して人々が支払おうとする意思 非常に高い情報入手費用 私的主体(家計や企業)ではその獲得費用は比較的高い 集権的な政府による安全性規制の存在による 各々の情報獲得費用の節約 Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 不法行為責任と安全性規制(2) 一方で,情報獲得費用が比較的小さい場合は不法行為責任が効果的 政府による規制は典型的,平均的 ⇒ 当該企業に応じた費用に見合う予防策を講じる インセンティブを不法行為責任は付与 また, 安全規制は事前アプローチ 賠償責任は事後のアプローチ 原子力事故等,一度発生してしまうとその被害が非常に 甚大な場合は安全規制が望ましい 無資力の問題に対しても安全規制は効果的 安全性規制と不法行為責任の適切な組み合わせ Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 不法行為責任制度改革の諸提案 成功報酬の制限 敗訴者支払いルール 肯定・・・全ての被害者が訴訟を起こすわけではない(すなわち,企業の犯 した責任は当該原告だけに留まらない) 否定・・・必ずしも明白な指針は存在しない 間接財源ルールの変更 精神的被害の計測の困難性 懲罰的損害賠償金の上限 投機的訴訟の回避 精神的苦痛に対する損害賠償金の上限 被告の法的費用を負担する可能性により訴訟が減少するのでは? 陪審員への権限の制限 投機的な訴訟の回避 安全の観点からは保険給付金を考慮すべきではない 補償の観点からは間接給付を差し引くことが合理的 連帯責任に対する制限 安全性への適切なインセンティブを付与しているのか? Hirokazu Tatano Disaster Prevention Research Institute Kyoto University リスクマネジメント(11/11) 要約 賠償責任ルールはリスクの分配,ロス・コントロールへのインセンティブ に影響 損害を被った当事者に対する補償を強制,ある種の保険給付の役割 賠償責任ルールは1)責任からの免除,2)過失責任3)厳格責任4)絶 対責任までの範囲に分類される 不法行為責任を通じて,金銭的な損失への補償と,非金銭的な損失 への補償を提供.懲罰的損害とは犠牲者の被った損害を超過した損 害をさす. 過失責任ルールでは、1)法的義務,2)注意水準を満たさないことによ る法的義務の不履行,3)直接原因,4)原告への権利侵害,を原告が 明らかにする 経済学的視点によると,不法行為責任制度の目的は,最適な水準の ロス・コントロールを達成するインセンティブの付与と損害を被った人へ の最適な補償(保険カバー)の提供 有限資産と有限責任は無資力を発生させる.強制的な責任保険の加 入により,改善可能 政府による安全規制も不法行為責任制度と補完的な安全を供与する ための仕組み Hirokazu Tatano
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