ダウンロード - Researchmap

日本通訳翻訳学会
2011年7月23日
翻訳研究育成プロジェクト第2回会合
長沼美香子(立教大学)
発表概要
 テーマ「訳読と翻訳」の論点整理
 翻訳言説における「トランスレーション」に関する
錯綜
 西洋式「文法訳読(G-TM)」と日本式「訳読」
 訳読とサイト・トランスレーション(sight
translation)
テーマ「訳読と翻訳」の論点整理(1)
 「翻訳研究育成プロジェクト」活動計画(2010年10月
~2011年9月)
「…当面の重点目標として〈訳読と翻訳〉のテーマを取り上
げる。」
(『翻訳研究への招
待』第5号編集後記より)
 2010年5月22日
読」
第22回関東支部例会「訳
水野的 「〈順送りの訳〉の系譜」
山岡洋一 「新しい訳読教育のモデル」
テーマ「訳読と翻訳」の論点整理(2)

水野的 「〈順送りの訳〉の系譜」
「日本の訳読法には支配的な訳読法とは異なる流れが伏
流のように存在した」
「直読直解」「グループ・メソッド」「改良版
Translation Method」
「分割読み」「スラッシュ・リーディング」「順送りの
訳」

山岡洋一 「新しい訳読教育のモデル」
「過去25年に翻訳は大きく変わった。…翻訳調が歴史
的使命を終えた以上、翻訳調に基づく教育方法である英
文和訳と英文和訳型訳読教育も歴史的使命を終えたと考
翻訳教育(指南書)における一般的な言説
 安西・井上・小林編(2005)『翻訳を学ぶ人のため
に』
「そう。まずは英文和訳と翻訳とは根本的に違うとい
うところから始めなくては」(安西徹雄)
 宮脇孝雄(2000)『翻訳の基本-原文どおりに日本
語に』
「人称代名詞の省略」「英語の語順は乱すな」など翻
訳調からの脱却がテーマ

「英文和訳」 English-Japanese translation
translation from English into Japanese
英語教育における一般的な言説
「英語が使える日本人」の育成のための行動計画
(2003、文部科学省)
「英語が使える」ようになるためには、文法や語彙な
どについての知識を持っているというだけではなく、
実際にコミュニケーションを目的として英語を運用す
る能力が必要である。このため、英語の授業において
は、文法訳読中心の指導や教員の一方的な授業ではな
く、英語をコミュニケーションの手段として使用する
活動を積み重ね、…」
用語の錯綜と温度差
 「直訳」対「意訳」
 英文和訳、英文解釈、英文訓読、訳読、訳解、翻訳、講
読、etc.
 文法訳読教授法(Grammar-Translation Method=G-TM)
 サイト・トランスレーション(サイトラ、視訳)
(sight translation, sight interpretation)
澤村寅二郎『訳読と飜訳』(1)
 1935年に研究社より刊行
 英語教育叢書の1冊、「教授法の改善(新教授法)」が
テーマ
 「訳読は百害あつて一利なきものか」「場合によつては
独自の機能を発揮するのではないか」
 「飜訳論を土台とし、更にそれを敷衍充実したもの」
(緒言より)
澤村寅二郎(1935)『訳読と飜訳』(2)
「普通我国に於て訳読と称してゐるのは、広義の
translationであるけれども、厳密に云へば寧ろconstruingに
当る。construingとは、例へば英国の学生がラテン語を読
み解く時に行ふ方法であつて、P.O.D.はその意味を
“construe” = translate or paraphrase so as to make the
grammatical construction clearと説明してゐるのを見ても、
それが丁度我々の訳読に相当することがわかる。勿論訳読
も飜訳も、これを英語敎授或は学習の上から見れば、解釈
(interpretation)の一方法といふことが出来る。解釈は日
本語であれ英語であれ、原語の意味を説明することである。
しかし訳読は純粋に解釈の一方法たることをその役目とす
るに反し、飜訳は本来それ自身の目的を有し、解釈の方法
としては第二義的の目的を果たすわけで、英語英文学の研
究に間接の働きをなすものである」(p. 1)

『英語世界』第3巻第5

号

1909
(明治42年)4月

博文館
「解釈と飜訳」特集号(1909. 4) 目次
訳解と英作文/武信由太郎
解釈に就て/高島捨太
訳解三則/増田藤之助
小生の飜訳法/馬場狐蝶
飜訳壇に望む/深澤由次郎
飜訳の苦心/小日向定次
郎
訳読と飜訳に就て/菅野徳助
解釈と修辞学/
横地良吉
飜訳と直読直解/村田祐治
飜訳と文法
形式/岡倉由三郎
英語の理解と其訳読/岸本能武太
英語解釈の心得/喜安璡太郎
聖書の邦訳/高橋五郎
解釈力と飜訳/内田魯庵
英文和訳所見/今井信之
訳解の栞/長井氏晸
(佳訳評釈)米国独立之檄(故福澤諭吉訳)/増田藤之助
西国立志論(故中村正直訳)
/深澤由次郎
斯氏教育論(故尺振八訳)/長井氏晸
墳上哀詩(故矢田部良吉訳)/
長井氏晸
小公子(故若松賤子訳)/S.K.生
品性論(故中村正直訳)/長井氏晸
現代名家の飜訳振
訳読に対する諸家の意見
小日向定次郎(1909)「飜譯の苦心」
 「飜譯と言ふことに就ては-勿論英文和譯の意味で
すが-餘り多くの経験を有たない小生に…」
 「現今では直訳体の訳し方は、全然廃れた。後戻り
に文字を拾つて、読まない様な癖をつける為に、い
ろいろ工夫して、頭から読下して行くやうな訳をす
る。是も飜訳家の苦心の一つに数へられる」
例)
We never meet but we quarrel. 出合ひさへすりア喧嘩だ。
It was not till he advised me that I became aware of my fault.
彼の男の忠告を受けて、始めて自分の間違いを知つた。
岡倉由三郎(1909)「飜訳と文法形式」
 「飜訳はArt」→中学の翻訳では原文の形式ではなく
意味を重視
例) cheeseは、「乾酪」ではなく「沢庵」と訳
すが善し
 「誤訳は断じて不可」
 「Readingでは意味の了解する迄読ませる」
『教育時論』より
I was just going to send for him when the doctor made his appearance.
(返り読)医師の見えた時には、私は丁度其人を迎ひに遣らうとして
居た処だ。
(直読直解)折角迎ひに遣らうとしたら医師が来た。
菅野徳助(1909)「訳読と飜訳」
 「近頃英語教授法の問題が大分八釜しくなつて、訳
読教授法が迫害を受けて居る様で、…」
 「訳解も他の方法と相俟つて最も有効な外国語研究
の仕方」
 訳解は、一時の「方便」「手引き」「媒介」
 直訳は「和訳字書の訳字を無意義に排列した」だけ
の「豪傑読み」として批判
菅野徳助『アーサー王物語』(青年英文学叢書、奈倉次郎と共訳)
It was in the old days of England, when instead of one
King, there were many, who divided the country between
them, and constantly made war upon each other, to
increase their possessions.
(訳)之れは英吉利の昔しの話(it was in the old days
of England)、国に一王の今とは違ひ(when instead
of one king)国土を分つ数多の君々あつて(there were
many, who divided the country between them)、己が
領地を拡めやうと(to increase their possessions)干戈
を交えぬ日はなかつた(constantly made war upon
each other)。
澤村寅二郎『訳読と飜訳』における評価
 「訳読」の変遷:
村田祐治の「直読直解」と浦口
文治の「グループ・メソッド」に言及
 浦口の極端な手法は「飜訳としては日本語をmurder
したもの」と非難
 菅野に対しては「最も合理的な一種のgroup
method」として一定の評価を示す。
 菅野が青年英文学叢書やOthelloに応用した方法は、
「英語のphraseやclauseを単位として、それに適確
にして純粋な日本語を当嵌めながら、全体としても
朗々として誦すべき日本文を造り上げるやり方」(p.
7)
岸本能武太「英語の理解とその訳読」
 「訳読時代の反動か今日では「実際英語」の方が比較
的に重んぜられて居る」→果してこれは喜ぶべき傾向
か?
 「中等教育に於ける英語敎授の目的は英語の理解
(Understanding)に在るので、英語の訳読
(Translation)に在るのでは無い」
 訳読は「一時的」「方便的」「過渡的」
 「始めから丸で英語で教える」ことには反対→日本語
で説明する方が早道で効果大
 直訳は「人心の自然の要求」→必要悪
辰巳小次郎編『訓点英語読本』(1891、同労舎)
 辰巳の訓読方式:「正則的語学の進歩を助成せんと欲す
る」
(1) I will2
soon return.1
余は 可し 速やかに 返る
(2) I will > walk.
余は 可し 歩行す
(3) It-is-true-that Alexander was > highly-talented.
実に
歴山は
なり
高
材
(4) Fuji-san is2 so* high1 that* its top is2 always covered1 > with > snow.
富士山は なり
高山 故に 其 頂は 有る 常に 蔽はれて 以て 雪を
西洋式「文法訳読(G-TM)」と日本式「訳読」
ラテン語やギリシア語など古典語学習、さら
にその教授法が現代外国語教育に応用されたもの
 G-TM:
「学習中の構文を例示する人工的に作られた繋がりのな
い一連の文章を訳すことで、文法と構文の規則について
の指導と試験」「脱コンテクスト化された奇妙な文章」
(マンデイ、2009)。
(どれくらい奇妙かというと…)
(1)その城は雲ひとつない空を背景にそびえていた。
(2)農民たちは市場へ毎週行くのを楽しんでいた。
(3)彼女は通常、朝食後に寝室の掃除をした。
(4)エバンス夫人はフランス語を地域の小学校で教えた。
(マンデイ, 2009, p. 11より、スペイン語の時制の用法を学ぶG-TMの例)
訳読とサイト・トランスレーション(sight translation)
 英語の語順と日本語としての自然さのバランスへの配
慮
 原稿を「見ながら(at sight)」訳出する手法で、同時
通訳方式の変種。「視訳」「サイトラ」「サイト・イ
ンタープリティング」
 起点言語の語順から受ける制約に対処するために、工
夫が必要(英語と日本語のような距離のある言語間)
 「翻訳」と「訳読」の差異を考える場合の手がかり
 サイト・トランスレーションは口頭での訳出
 「訳読」は、教科書などを口頭で訳す作業
 返り読みを定式化する伝統的な「英文訓読」とは異な
まとめ: 「トランスレーション」をめぐる言説の錯綜
 直読直解が「直訳」、返り読みが「直訳」?
 「訓読」方式は「正則」「変則」?
 「訳読」はG-TM?
 「訳読」は、translation, construing, interpretation,
sight translation, sight interpreting?
日本通訳翻訳学会
翻訳研究育成プロジェクト第2回会合
長沼美香子(立教大学)
【連絡先】 [email protected]