「医療・介護保険制度への事前積立 導入と、不確実性を考慮した評価」 鈴木 亘 東京学芸大学教育学部 問題意識 • わが国の医療保険及び介護保険制度は、単 年度主義に近い形式であり、財政方式として は「賦課方式」であるといえる。 • わが国のように急速に少子高齢化が進む中 では、その進展に比例して保険料率が高まっ ていかざるを得ず、世代間不公平が生じる。 • 「社会保障の給付と負担の見通し」など、政府 の見通しでは2025年までであるが、それ以降 もこの傾向は続き、保険料負担は深刻化。 厚労省「社会保障の給付と負担の見通しー平成18年5月ー」 • こうした中、医療保険制度においては、自己 負担率引上げ、診療報酬の引き下げ、病床 規制、生活習慣病対策、介護保険においても、 介護報酬引下げ、参入規制、給付の適正化、 予防強化などの給付面のカットに踏み込んで いるが、ほとんどのものが一過性の効果しか 持ちえず、「焼け石に水」といっても過言では ない。 • 少子高齢化に根本的に対応し、世代間不公 平が生じない制度にするためには、年金と同 様、積立制度を導入し、保険料率を平準化す べきである。 先行研究 • これまでも、いくつかの文献が医療・介護への 積立方式の(部分もしくは完全)導入を提案。 <医療> • 西村(1997)等・・・初めに導入を提案。世代ご との医療保険制度として、制度全体の積立勘 定を持つ。 • 鈴木(2000)・・・導入による財政効果を具体的 に試算。組合を例に試算したが、制度全体の 積立勘定を持つ制度。2重の負担問題の対処 として長期間にわたる負担平準化を試算。 • Fukui and Iwamoto(2006)、岩本・福井 (2007)・・・介護も含めた積立化。65歳以上 の高齢者分を積立勘定で賄う。 • 小黒(2006)、小黒・森下(2006)・・・最終的に 積立金を持つものではないが、有限均衡方式 の平準化保険料率を導入して、積立勘定の 部分導入を試算。 • 個人勘定、MSAの導入は、川渕(2002)など 多数が提案。ただし、世代内の所得分配が困 難な点が、上の方式に比べ非現実的。 • <介護> • 周・鈴木(2000)・・・初の導入提案。及び具体 的な試算。 • 田近・菊池(2004)・・・介護保険開始後、同様 の試算。 • Fukui and Iwamoto(2006)、岩本・福井 (2007)・・・前出。 • 小黒・中軽米・高間(2007)・・・有限均衡方式 の平準化保険料率を導入して、積立勘定の 部分導入を試算。 本稿のねらい • しかしながら、積立勘定の導入の是非につい ては、少子高齢化や経済・医療費環境の予測 の不確実性次第により変化するものである。 • また、改革当初の世代が保険料率が上がる ことへの抵抗が導入の難点である。 • そこで、不確実性を考慮したモンテカルロシ ミュレーションを用いて、賦課方式、積立勘定 導入のシミュレーション分析を行うことにする。 • まず、医療・介護保険に対する積立勘定の導 入について、これまでの議論を整理して、財 政シミュレーションモデルを用いた具体的な試 算を行なう。 • 次に、モンテカルロシミュレーションを用いて、 賦課方式の保険料率の不確実性を評価する。 • 有限均衡の平準化保険料率について、同様 に、モンテカルロシミュレーションを用いた不 確実性を評価し、賦課方式と比較。 • 積立の導入について、具体的な実現可能性 を考察。難点の克服は可能か。 賦課方式化の医療保険財政 • 簡単な医療保険財政シミュレーションモデル を作成(介護分を含む計算は今後)。 • 制度を一本化し、国民医療費(2005年)の年 齢階級別医療費を、社人研の年齢階級別の 将来人口推計(中位)で伸ばす。 • それを、賃金構造基本調査(2005年)から得 た年齢別の所得で割り、保険料率(自己負担 を除く、税金分を含んだベース)の将来推計と する。 • 保険料負担は、実際には高齢期にも生じてい るが、勤労期に全て負担しているとして計算 (高齢期は勤労期の所得を元にした年金で負 担しているのだから)。 • 経済変数(物価上昇率、賃金上昇率、長期金 利)、医療費伸び率は、「社会保障の給付と負 担の見通し」と同じ前提。ただし、老人医療費 伸び率3.2%は高すぎるので、一般並みの 2.1%とする。また、医療費適正化計画の内 容も反映されておらず。 • 物価は実質ベース。また、長期金利によって、 現在割引価値化。 2006 年度 (平成 18) 2007 年度 (平成 19) 2008 年度 (平成 20) 2009 年度 (平成 21) 2010 年度 (平成 22) 2011 年度 (平成 23) 2012 年度 以降 (平成 24~) 並(Aケー ス) 0.5% 1.1% 1.6% 1.9% 2.1% 2.2% 1.0% 低目(B ケース) 0.5% 1.1% 1.5% 1.8% 1.9% 1.8% 1.0% 並(Aケー ス) 2.0% 2.7% 3.1% 3.4% 3.2% 3.2% 2.1% 低目(B ケース) 2.0% 2.1% 2.3% 2.5% 2.2% 2.2% 1.8% 並(Aケー ス) 1.9% 2.6% 3.1% 3.5% 3.9% 4.1% 3.2% 低目(B ケース) 1.9% 2.5% 3.0% 3.5% 3.8% 3.9% 3.1% 2.0% 2.5% 2.9% 3.1% 3.1% 3.2% 1.6% 2.0% 1.9% 2.1% 2.2% 2.1% 2.2% 1.3% *いずれも 名目 物価上昇率 賃金上昇率 運用利回り 並(Aケー 国民所得の ス) 伸び率 低目(B ケース) 20 05 20 09 20 13 20 17 20 21 20 25 20 29 20 33 20 37 20 41 20 45 20 49 20 53 20 57 20 61 20 65 20 69 20 73 20 77 20 81 20 85 20 89 20 93 20 97 21 01 21 05 • 保険料率の推移 • 2005年10.6%⇒2074ピーク時21.9%と約倍) % 23.00 21.00 19.00 17.00 15.00 13.00 11.00 9.00 7.00 5.00 積立導入による効果 • 積立導入の意義は、保険料率の平準化にある。そ れにより、世代間の不公平を生じないようにすること ができる。 • 積立金導入の方式としては、①有限均衡による平準 化保険料率による方式(最終年で積立金を0)、②完 全積立化の2つがある。 • ①は、その後賦課方式に戻るが、少子高齢化が定 常状態になるとすれば現実的。 ②については、積立 方式移行の時期が重要であり、2重の負担を軽減化 するために、遠い将来において、完全基金を生ずる ものにすることが現実的。 • 有限均衡平準化保険料率16.24%、2035年以降は賦課方式 を下回る • 利子率の設定が高いために(2.2%) 、積立金が運用できるた め、単なる平均の保険料率よりもずっと低い。 % 23.00 21.00 19.00 賦課方式保険料率 17.00 15.00 有限均衡平準化保 険料率 13.00 11.00 9.00 7.00 2101 2105 2089 2093 2097 2077 2081 2085 2069 2073 2057 2061 2065 2045 2049 2053 2037 2041 2025 2029 2033 2013 2017 2021 2005 2009 5.00 2095 2098 2101 2104 2086 2089 2092 2074 2077 2080 2083 2062 2065 2068 2071 2050 2053 2056 2059 2041 2044 2047 2029 2032 2035 2038 2017 2020 2023 2026 2005 2008 2011 2014 • 積立金の推移(最終年は0) 10億円 200,000 180,000 160,000 140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0 • 積立方式への移行 • 積立移行期は、2105年までの100年間で、最 終年に完全基金に移行する方式。 • それまでは、「平準化保険料率+2重の負担分 を長期に均した負担率」を徴収する。完全基 金になったとたん、前者のみの負担とする。 • 完全基金は、賦課方式の純債務を算出する。 ・純債務は、高齢者は、今後使う医療費。勤労 者は、受給権率(生涯保険料を1として、今ま でに払った分の割合)×生涯医療費。人数を 掛けて、債務総額を算出する。 • 積立方式保険料16.64%。有限均衡平準化保険料率 との差は、0.4%に過ぎない。2重の負担を100年の長 期にわたり平準化すればその負担率は大きくはない。 % 23.00 21.00 19.00 17.00 賦課方式保険料 率 15.00 有限均衡平準化 保険料率 13.00 積立方式保険料 率 11.00 9.00 7.00 2105 2101 2097 2093 2089 2085 2081 2077 2073 2069 2065 2061 2057 2053 2049 2045 2041 2037 2033 2029 2025 2021 2017 2013 2009 2005 5.00 2105 2097 2101 2093 2089 2085 2081 2073 2077 2069 2065 2061 2053 2057 2049 2045 2041 2033 2037 2029 2025 2021 2017 2009 2013 2005 • 積立金、完全基金の推移 10億円 500,000 450,000 400,000 350,000 300,000 250,000 積立金 完全基金(債務) 200,000 150,000 100,000 50,000 0 不確実性を考慮した推計 • モンテカルロシミュレーションとは・・・乱数発 生により、各前提変数の確率分布から対応 する値を取り出し、数多くのシミュレーションを して、最終的な目的変数の分布を作成する。 • 目的変数は、各年の将来保険料率。 • 前提変数は、総出生率、実質金利、実質賃 金の3つ。2105までの100年間、毎年、分布 に応じて値を発生。 • 各変数の分布は正規分布を仮定。 • ただし、予測値の平均値は「社会保障の給付 と負担の見通し」と同じ前提(したがって、各変 数間の相関や自己ラグなども想定していない)。 • 各変数の標準偏差は、過去の値を元にしてい る。 • 人口は、総出生率(男女別GFR)のみを動かし、 他の人口予測変数は社人研予測に従うコホー ト要因法モデルを作成(結果は、社人研予測と 同一に調整)する。 賦課方式保険料率の推計 前提とする標準偏差 実質賃金上昇率 実質金利 実質医療費 平均 0.70 2.11 3.33 標準偏差 1.76 0.88 2.54 計測期間 1975~2005 1991~2005 1975~2005 長期国債(10年)新発債流通利回り • 賦課方式の保険料率全体のファンチャート • 95%信頼区間で、2105年は11.9%~35.3% 傾向グラフ 55.00 95% 42.50 50% 30.00 25% 17.50 10% 5.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 • 人口変動のみの賦課方式保険料率ファン チャート・・・変動は小さい 傾向グラフ 25.00 95% 21.25 50% 17.50 25% 13.75 10% 10.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 • 経済変数(賃金・利回り)変動のみの賦課方式 保険料率ファンチャート・・・変動大きい。 傾向グラフ 40.00 95% 32.50 50% 25.00 25% 17.50 10% 10.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 • 医療費変動のみの賦課方式保険料率ファン チャート・・・変動が最も大きい 傾向グラフ 50.00 95% 38.75 50% 27.50 25% 16.25 10% 5.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 0 .2 Density .4 .6 • 2105時点の保険料率分布(カーネル推計) 10 20 30 index Population Medical Expenditure 40 Wage & Interest 50 積立導入方式保険料率の推計 • 積立導入の方式としては、完全基金化も有限 均衡方式も2105年を最終年とする場合には、 大きく変わらないので、有限均衡方式を評価 する。 • 不確実性に直面する場合の具体的な調整と して、下記の2つの方式を想定する。 • ①5年ごとの財政再計算による調整・・・前提 変数のズレによって、2105年の積立金残高 の影響を計算し、再度0になるように保険料を 変動させて対応 • ②最終年逆算方式・・・2105年の終了時に、 積立金が残った場合にはそのときに生きてい た人で分配、足りない場合に徴収(具体的に は、40年遡って平準化保険料率を再計算して 徴収するとする)。 • 5年ごとの財政再計算による調整・・・2105年の信頼 区間は、5.6%~26.3%と、賦課方式保険料と変動 幅はやや小さいか同じ程度。 傾向グラフ 35.00 95% 25.00 50% 15.00 25% 5.00 10% -5.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 • 最終年逆算方式による調整・・・2105年の信 頼区間は、-8.0%~45.6%と、大きい。 傾向グラフ 55.00 95% 37.50 50% 20.00 25% 2.50 10% -15.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 • (再掲)賦課方式の保険料率全体のファンチャート • 95%信頼区間で、2105年は11.9%~35.3% 傾向グラフ 55.00 95% 42.50 50% 30.00 25% 17.50 10% 5.00 2105 2095 2085 2075 2065 2055 2045 2035 2025 2015 2005 .04 0 .02 Density .06 .08 • 各時点における賦課方式との比較1 • 5年ごとの財政再計算 0 10 20 30 40 index PAYGO 2105 SMOOTHING 5Y 50 .08 .06 0 Density .04 .02 0 10 20 30 40 index PAYGO 2075 SMOOTHING 5Y 50 .1 .08 .06 0 Density .04 .02 0 10 20 index PAYGO 2055 30 SMOOTHING 5Y 40 .2 .15 .1 0 .05 Density 10 15 20 index PAYGO 2025 SMOOTHING 5Y 積立の方が、保険料率が高くなり逆転 25 .4 .3 .2 0 .1 Density 10 15 index PAYGO 2015 20 SMOOTHING 5Y 積立の方がばらつきも大きく、保険料率も高い .04 0 .02 Density .06 .08 • 各時点における賦課方式との比較2 • 40年逆算方式 -20 0 PAYGO 2105 20 index 40 60 SMOOTHING 40Y 積立の方がばらつきが大きいが、保険料率は低い .08 .06 0 Density .04 .02 -20 0 PAYGO 2075 20 index 40 SMOOTHING 40Y 60 .4 .3 .2 0 .1 Density 10 20 30 index PAYGO 2015 PAYGO 2055 40 50 PAYGO 2025 2015、2025は賦課方式の方が保険料率が低いが、積立はバラツキが全 くない点で優れている。 • 5年の財政調整方式では、不確実性の程度 は賦課方式とほぼ変わらない(若干小さい程 度)。したがって、2035年以前の保険料に直 面する世代の説得は難しい。 • しかしながら、40年逆算方式にみるように、調 整の方式によっては、2035年以前の保険料 率の不確実性を低くすることが出来る。保険 料率が多少上がっても不確実性を低くするこ とで、説得ができる可能性がある。 • 不確実性と保険料率の効用を特定化し、全て の年で賦課方式を上回る厚生改善を図るマ ネージメントが可能か。 今後の作業課題 • 介護保険も合算したベースにする。 • 不確実性も考慮した場合に、全ての年次で効 用改善を図るパスを探す。最適化には効用 の特定化必要。また、調整方式のバリエー ションをどうするか。 • 基本ベースを厚労省予測に近づける作業。 • 完全基金を作る場合との比較。 • モンテカルロの各前提変数の相関、自己相 関を考慮した推計。
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