傷寒と温病の比較 宮崎大学医学部漢方医学研究会 大谷 一郎 病因 温病の発病 :温熱の邪の外感 (1)風熱 (2)暑熱 (3)湿熱 (4)燥熱 (5)伏気 (6)癘気(れいき) etc… 病因 温熱の邪 <特徴> 湿熱と温熱に大別される 外から感受して性質が熱に属する 発病が迅速 病位が特異 病因(1) :風熱の邪 <基本事項> 感受して引き起こされる温病→「風温」 発病は春季に多い 冬令の気候異常(冬なのに暖かい)でも形成さ れる→「冬温」 病因(1) :風熱の邪 <特徴> まず肺系と肌表皮毛を侵襲する →風温の初期は上焦肺衛に病位 津液を劫灼しやすい →風温では化燥傷陰が生じやすい ⇒肺胃の傷陰が最も多い 発病してからの伝変が速い(病邪の消退も速く、一般に 病程は長くない) 病因(2) :暑熱の邪 <基本事項> 感受して引き起こされる温病→「暑温」 夏令の主気 形成は炎夏高温の気候と関係がある →発病に明らかな季節性が認められる 病因(2) :暑熱の邪 <特徴> 進入したのち、きわめて速やかに伝変する →暑温では初期にごく短期間の衛分証を 呈した後すぐに気分に入る 津液を劫灼し、発泄しやすい 湿邪を伴う暑温狭湿の病証を生じやすい さらに寒邪を伴った、暑湿狭寒を呈することも多い 病因(3) :湿熱の邪 <基本事項> 感受して引き起こされる温病→「湿温」 四季を通して存在するが、長夏の季節に最も 多い 病因(3):湿熱の邪 <特徴> 湿熱の邪を外受すると中焦脾胃が侵されやすい 陰邪で性質が重濁であり、人体に侵入すると清陽を困遏 し、気機を阻滞しやすい。 →湿温初期には陽熱の症候が出ないことが多い 停滞しやすい →人体に侵入すると定着して除去しがたい。 化熱が遅く、伝変が緩慢 →経過は長くて治癒しにくく、再発しやすい 病因(4):燥熱の邪 <基本事項> 感受して発病する温病→秋燥の内「温燥」 秋令の主気 病因(4):燥熱の邪 <特徴> 口鼻から侵入し肺経を侵すことが多い →秋燥の初期は肺衛と肺燥の症状が見られる 化火すると肺陰を灼傷しやすい →肺燥陰傷の症候が現れる。 津液を損傷しやすい →温燥では、初期から少痰などの津液乾 燥の症状が現れる。 病因(5):伏気 <基本事項> 内から発生する温熱の邪=「伏気」 Ex)冬に感受した寒邪が化熱し、春に内部 から温病を発生する 上記のような寒邪によって春に起こる温病 →「春温」 潜伏した夏の湿の邪によって秋冬に起きる温病 →「伏暑」 病因(5):伏気 <特徴> 春温 風・暑・燥・湿などの性質は持たず、発病初期から裏熱 証の特徴が見られる。 初期から裏熱証を呈する。 温熱の症候が顕著で、容易に陰液を消耗する 伏暑 暑湿の邪の特徴を備える 病因(6):癘気(れいき) <基本事項> 戻気ともいう 温疫(温病のうちでも強い伝染性をもち、流行を引き 起こす一群)を起こす、強烈な伝染性を持った発病因 子 病因(6):癘気(れいき) <特徴> 暴戻で、発病力が強く、老若を問わず触れるとすぐに発 病する。 強烈な伝染性があり、広範に伝播し流行蔓延しやすい 口鼻から感染し、天受(空気感染)と伝染(接触感染)が ある 様々な種類が存在し、それぞれ病変を起こす臓腑経絡 が特異的である 動物によって選択性がある 病因:傷寒との相違点 寒邪が直接発生させる病がない →寒邪はどこへ行ってしまったのか? 相違点:寒邪はどこへ行ったのか? 寒邪の直接的侵襲による温病? 春病? →あくまで春病を発生させるのは寒邪が 化熱した温熱の邪である。 冬温? →冬期の温暖の気によって発症する風温の一種 見当たらない理由→温病学の成り立ち 温病学の成り立ち ~傷寒論と温病~ 「傷寒論」=後漢末期の著作 →当時の歴史的条件の制限 →完全かつ総合的な内容を持つ事は不可能 ⇒傷寒論を基礎にしつつ、傷寒論による外感病の説明で は不足している部分を総括・補充していく必要性が出て きた。 これが温病学 つまり 温病学の基礎には傷寒論がある(温病学は傷寒 論の付け足し) 温病学にあって傷寒論に無い考え方・病気 =「傷寒論以後新しく追加された概念・病気」 →温病学と傷寒論ではそもそも 扱っている病気が違う 語句の整理 傷寒論:後漢末期の著作。温病学の基礎でもある 温病学:傷寒論の付け足し 傷寒:傷寒論で扱う外感病 温病:温病学で扱う外感病 温病の定義 「温熱、あるいは湿熱の邪が引き起こす 発熱を主症状とする急性外感病の総称」 →傷寒論で扱っている傷寒とは概念的に異なった病 結局 温病学で扱う温病は温熱、あるいは湿熱の邪が 引き起こす病 →寒邪そのものは温熱・湿熱の邪には含まれない ため、温病の病因となり得ないのも当然 おまけ 温病学と傷寒論 よく見ると・・・ 傷寒の六淫と温病の温熱の邪の特徴はよく似ている 例えば・・・ 風邪/風熱の邪 変化のスピードが速く、上部を侵しやすい 燥邪/燥熱の邪 津液を損傷しやすく肺を侵しやすい 病機が異なるだけで、病邪の大きな特性自体は変わって いない →温病学は傷寒の上に作られている おまけ <温病の特徴> 温熱の邪により発病する 初期から温熱の症候を呈する。 傷寒など外感風寒による病変とは異なり、 内傷雑病とも経緯が異なる。 伝染性・流行性・季節性・地域性がある 病変に特徴がある 温病では経過における病理の演変に 規律性が見られる。 発病要素 「正気」の強弱と病邪の力量の対比 気候の変化 季節(時令)の違いが病邪の形成・伝播および 個体の反応性・防御機能に影響を与えて、 類型の異なる温病が発生する。 社会的素因 温病は生活水準や健康水準の向上および 予防措置によって抑制することが可能。 病邪の侵入経路 皮毛から入る 衛気の機能低下により外邪が侵入して 「衛気の症候」が形成される。 口鼻から入る 鼻気は肺に通じる。風温、秋燥などでは病邪は 口鼻から呼吸を通じて侵入する。 口気は胃に通じる。湿熱の邪による温病はこの 経路をとる。 発病の種類 「新感温病」 =発症時の症候が表証として発病する 「伏気温病」 =発症時の症候が裏証として発病する 新感温病と伏気温病 <新感温病> 外邪を感受してすぐ発病する 初期の病変が表にある 衛表の症候が主体 一般的に症状は重くはなく経過も短い 風温・暑温・湿温・秋燥など 新感温病と伏気温病 <伏気温病> 外邪が体内に伏蔵、時を経て発病 裏証が主体 一般に症状は重く経過は長い 春温・伏暑など 傷寒との相違点 <発病要素> 傷寒での「邪気の実、正気の虚」は踏襲 季節の重要性 予防の概念 <侵入経路> 鼻口からの侵入という概念が存在 <発病の種類> 伏気温病の考え方 傷寒との相違点 予防 一定の方法と処置によって疾病の 発生を防止すること ※温病は伝染性を持つものが多く、早期に治療できな ければ伝播・流行を起こして生命に脅威を与えるこ とになるので、予防が特に重要な意義を持っている。 中医中薬における予防法 基本的には以下の三点 正気を培固し、身体を強壮にする 身体鍛錬や衛生の保持等で抵抗力を強盛にする。 患者を隔離して伝染を防ぐ 伝染性のある温病の患者を早期に発見。 診断・治療を行うと共に、隔離して蔓延を防ぐ。 薬物で感染を予防する 通常の状況下では薬物で予防する必要はない。 温病が大流行→未病者に使用して伝染を予防。 Ex)黄連:腸チフス(湿温)の予防薬として使用。 傷寒との相違点 季節の重要性 温病の発病は自然因子と深く関わり、各種の温 病にはそれぞれ好発する季節がある 温病と季節の関係には、運気学説における季節 の捉え方が使われる。 温病と季節 毎年繰り返される 季節の変化を 「初の気」から 「終の気」の六段階 に分けて「六気」と して認識し、さらに 各気を四節気に分 類した「二十四節気」 とする 温病における季節の重要性 温病で病因を考える際、季節(時令)の占める割 合が傷寒と比べて非常に大きい 傷寒論:あくまで病因を考える一手段 温病学:癘気などの例外を除けば、ほとんど発症した季 節が病邪と病名を決めている。 温病学での季節の扱いの例 風熱の邪は春に多い →春に発病した患者 =「風熱の邪による風温の患者」 ※伏気なども考えなければならないが、それでも傷 寒と比べると遥かに季節の担っている役割は大 きい。 おまけ 季節の温病 <新感温病> 風温:「初の気」から「三の気」の夏至以前に発病する。なお、「終の気」の非時 の温暖によって発病する風温を「冬温」と呼び、これも含んでいる。 暑熱:「三の気」の夏至以降から「四の気」の間に発病し特に小暑と大暑の間に 多い 湿熱:「三の気」の夏至以降および「四の気」に発病し、「四の気」に多い 秋燥:「五の気」に発病する <伏気温病> 春温:「終の気」に邪を受け、「初の気」から「三の気」の夏至以前に発病する 伏暑:「三の気」の夏至以降から「四の気」に邪を受け、「五の気」「終の気」に発病する。 温病と西洋医学 温病学と傷寒論の違い(追加された概念) よく見ると・・・ 予防の概念・重要性 鼻口からの邪の侵入 →空気感染・経口感染の概念? 伏気温病 →潜伏期? ⇒西洋(現代)医学の考え方 温病の弁証 衛気営血弁証 三焦弁証 衛気営血弁証 症候から病位を衛分証・気分証・営分証・血分証の 四つに分け、病機を特定する 三焦弁証 症候から病位を上焦証・中焦証・下焦証の三つに 分けそこから病機を特定する方法 温病の弁証の特徴 症候から病位・病機を特定する弁証法 証がそのまま病位と直結している。 証が決定した時点で考えられる病機がある程度 決まっている。 症候⇒証≒病位⇒病機 傷寒との相違点:弁証法 傷寒 病因病邪弁証→気血津液弁証→臓腑弁証 →複数の証を組み合わせて病機を考えていく 温病 発病した季節から病因・病名を特定 衛気営血弁証と三焦弁証 →症候から証≒病位が決定。病機を選択 ⇒温病は傷寒より素早く診断を下すことができる? 方剤(治療)について 温病と傷寒は基本的に別物 →温病:温病用の方剤(温病条弁etc) 傷寒:傷寒用の方剤(傷寒論etc) を用いていることが多い。 方剤(治療)について 但し、 温病の治療に傷寒論で用いられていた方剤が 使われていることもある →対象の病機が同じことが多い。 Ex)梔子豉湯(しししとう) 主治 傷寒論では胸隔欝熱 温病学では熱欝胸隔 方剤(治療)について 同じ方剤名でも組成・主治が違うものもあるが・・・ Ex)白虎湯 傷寒論(石膏・知母・炙甘草・粳米) 温病条弁(炙甘草→生甘草、知母を増量) 白虎湯→傷寒:肺胃熱盛に用いる 温病:熱入気分に用いる →共に清気分熱剤として使われており、方剤 の効果自体の変化は見られない まとめ 温病学は傷寒論の補足・付け足し 温病と傷寒は別物 温病では発病した季節(時令)が重要 温病の弁証は傷寒よりも簡便に済むようになって いる 温病の概念の中には西洋医学と通じるものがあ る 御静聴有難うございました 参考:中医臨床のための温病学/神戸中医学研究会編著
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