初バレンタイン

初バレンタイン
498E0033 林汶蓁
498E0040 黃暎雯
498E0095 張晉華
人に本を贈るのはむずかしい。とくに、好きな
人に贈るのは。
中原千絵子には、しかしどうしても贈りたい本
があった。相手は田宮滋、二ヶ月前に交際をはじ
めたばかり男の子だった。田宮滋は大學の一学年
下だが、中原千絵子は一浪しているので、年は二
つ下になる。
拿書送人是很難的一件事,特別是送給喜歡的人。
中原千繪子,有本無論如何也想送出的書。對方
是田宮滋,兩個月前才開始交往的男孩子。田宮滋
雖然在大學小了一屆,但因為中原千繪子重考過,
所以年紀相差了兩歲。
中原千絵子にとっては、二十三年間の人生では
じめできた恋人である。今年のバレンタインは
、だから気合いが入っていた。何しろ、もう突
き返されることはないのである。受け取られた
ものの、「いやあ、あのう……」と口ごもられ
ることもないのである。堂々とチョコレートを
贈ることができるのも、中原千絵子にははじめ
てのことだった。
對於中原千繪子來說,是23年(的人生)以來第一
位戀人。因此非常在意今年的情人節。不管怎麼
說,畢竟不會被退回去,雖然被收下但也不會
被結結巴巴的說「啊,那個……」。可以光明正
大的送出巧克力這件事,中原千繪子是第一次。
チョコレートだけじゃ芸がない、と中原千絵子
は考えた。何かもうひとつ贈りたい。それには
あの本しかない。
あまり名前を知られていない作家の、さらに知
られていないデビュー作である。書店で見かけ
ることは少ないが、絶版にはなっていない。注
文すれば届くだろう。
中原千繪子想,單只有巧克力感覺沒意思,還想
要再送一樣東西。那樣的話,就只有那本書了。
是本名字不怎廣為人知的作家的,再者是他不
怎知名的處女作(初次問世作品)。雖然很少在
書店裡看到,但也不是絕版的書籍,只要下訂單
就會送來吧。
この本を、中原千絵子が中学三年生のとき読ん
だ。読み終えて、神様ありがとうまず思った。
神様、この本が世界に存在することに感謝しま
す、と。この本が存在するのとしないのとでは
世界はだいぶ違うだろうと中原千絵子は考え
た。そうして、二十三歳になった今も、この本
に出会うか出会わないかで私もだいぶ違っただ
ろう、と思うことがある。
這本書是在中原千繪子國三時候閱讀的。讀完時
首先是想到感謝神啊。中原千繪子想著,感謝神
讓這本書存在於這世界裡。這本書有沒有存在著,
這世界可能會有很大的不同吧。
然後有時想,即使到了23歲的現在,是否遇上這
本書,我因此也會有很大的不同吧。
初めての恋人に、だから中原千絵子はその本を
贈りたかった。
チョコレート屋の下見をするより先に、中原千
絵子は書店に行った。注文カウンターで書名を
告げるを、一週間ほどで届くという。
因為是第一位戀人,所以中原千繪子想要贈送那
本書。
中原千繪子在去巧克力店探勘之前先去一趟
書店。在收銀台告知書名後,得到回答是大約一
周後就會送到。
わくわくした気持ちで書店を出、そうして中原
千絵子はふと不安になった。
本なんか贈って暑苦しいと思われないだろう
か。読め、と言ってるようなものだし。世界観
を押し付けるみたいにとられないだろうか。そ
れに、もし田宮滋がこれを読んでも何にも感じ
なかったらどうしよう。
帶著喜悅的心情走出書店,然後中原千繪子突然
感到不安。
送書什麼的不會讓人覺得很悶嗎?像是對他說:
「你要給我看喔!」。會不會被他理解成強硬灌
輸他這個世界觀呢?而且,如果田宮滋看過這
本書後沒有任何想法的話怎麼辦?
ぐるぐるといろんなことを考えているうち、本
を贈るのは得策ではないような気がしてきた。
ま、いいや。けれど中原千絵子は心の中でつぶ
やいて、空を見上げる。曇りガラスのような空
だった。会話しながら行き交う人の息が白い。
中原千絵子はコートのポケットに手を入れて歩
き始める。
再團團轉思考著許多事情中,開始覺得送書不
是一個好方法。但是中原千繪子在心中嘟噥,嘛
、算了,抬頭看向天空。像毛玻璃般的天空。往
來行人邊交談邊吐出白色煙霧。中原千繪子將
手放入外套口袋開始前進(走起來)。
ま、いいや。バレンタインまではあと二週間あ
る。本を贈りたくなくなったら自分の手元にお
いておけばいいだけの話だ。中原千絵子は軽い
足取りで駅へと向かう。
中原千繪子心中想著,嘛,算了,距離情人節還
有兩周,不想送書的話就放在自己手邊就好了。
以輕快的腳步向車站走去。
デパートの地下にチョコレートの売場ができて
いる。有名店が軒並みショーケースを出てい
る。満員電車並みの混みかたである。中原千絵
子は、もっと早くにチョコレートを買っておか
なかったことを後悔しながら、一つ大きく息を
吸い、その混雑に身を投じた。
百貨公司的地下街有巧克力的賣場。受歡迎的每
間店擺出展示櫃,就像擠滿人潮的電車一樣混亂
。中原千繪子一邊後悔要是能更早來買巧克力就
好了,一邊吸一大口氣也投身(擠入)那混雜中
。
生チョコ、トリュフ、ウィスキーボンボン。人
の合間から中原千絵子は必死に首を突き出して
、おいしそうでパッケージが洒落ているチョコ
レートを捜し。足を数回踏み付けられ、後ろへ
押し戻され、それでも中原千絵子は果敢にショ
ーケースに顔を近づけた。
生巧克力、松露、威士忌酒糖。中原千繪子努力
地從人與人之間的空隙探出頭,尋找看起來好吃
又有漂亮包裝的巧克力。腳多次被(用力)踩到
,然後被擠到後方,即使那樣中原千繪子還是勇
敢的將臉湊近展示櫃。
これにしよう、とようやく決めて、せわしなく
動き回る店員に、「すみません」と声を出す。
だが店員は気づかない。「すみませーん」もっ
と大きな声を出す。しかしその声は真ん前に陣
取った中年女性の「試食はさせてくれないのぉ
?」と言う怒鳴り声にかき消される。
就這個吧。終於決定後,對著匆忙來回走動的店
員喊「不好意思-」,但店員沒有注意到。更加
大聲的喊「不好意──思!」,但聲音被佔據正
前方的中年女性怒喊著「不能給我試吃一下
嗎?」的聲音給蓋了過去。
すみません、あの、チョコレート……呼びなが
ら、気がついたら中原千絵子は女たちに押し出
される格好で、通路にぽつんと立っていた。
不好意思,那個巧克力……中原千繪子喊著,一回
過神中原千繪子發現自己被女人們推擠到後面,
孤單的站在通行道上。
別の店のシューケースも近づいてみたが、しか
し同じことだった。だんだん、むかっ腹がたっ
てきた。チョコレートなんか買ってやるもん
か、ばかばかしい、と中原千絵子は心中で悪態
をついた。だいたいなんでバレンタインはチョ
コレートなの。チョコレート会社が作り上げた
ブームじゃないの。
雖然也想試著靠近到別間店的展示櫃,但也是同
樣情況。中原千繪子漸漸開始感到生氣,在心中
咒罵,買什麼巧克力啊,像笨蛋一樣。再說為什
麼情人節非得買巧克力呢?還不都是巧克力公司
所造出的潮流不是嗎?
中原千絵子はどすどすとフロアを踏んで人ごみを離れ
た。チョコレート売り場に比べたら嘘みたいに空いている
漬物売場に移動して、ふりかえる。チョコレートを買い求
める女たちの群れが遠くにある。みんな必死の形相だ
けれど、なんだか楽しそうに見えた。幸せってこういうこ
とだとあやうく思いそうになる。中原千絵子はあわててチ
ョコレート売り場に背を向けた。幸せから弾き飛ばされ
たような心持になり、地下食品売場をずんずん横断して
、チョコレート売場から遠ざかる。
中原千繪子大聲的踩著腳步離開擁擠的人潮。到了跟
巧克力賣場比起來像是在騙人一樣(令人難以置信的)
空蕩蕩的醃漬物區,往回看。要買巧克力的那群女生
就在遠處,大家雖然一副拼命的臉,總覺得看起來好
像很開心。差點就覺得這就是所謂的幸福吧。中原千
繪子急忙背對巧克力賣場,就像是被幸福拒於門外的
心情,快速橫越地下食品賣場,遠離巧克力賣場。
二月十四日当日。結局、中原千絵子はチョコレート
を用意できなかった。
コンビニエンスストアで買うのはなんだか嫌だった
し、手作りというのも重苦しいような気がして嫌だ
ったし、中原千絵子が買いたいと思うチョコレート
を売る店は、ことごとく殺人的に混んでいた。
二月十四日當天,結果中原千繪子並沒有準備巧克力。
總覺得不想在超商買,親手做又覺得沉重所以也不想,
中原千繪子想去買的巧克力專賣店,人全都多的要命
。
渡すものは本しかなかった。本を注文したときに思
い悩んだあれこれいったん蓋をして、中原千絵子は
本をきれいにラッピングした。初めてのバレンタイ
ンにチョコレートではなく、自分の一番好きな本を
贈るなんて、すてきはないの、と待ち合わせ場所に
向かいながら、自分に言い聞かせるように思った。
駅まで歩き、定期券で改札を抜け、走りこんできた
電車に乗るころには、好きな人に好きな本を贈れる
ことが、最高にすばらしいことのように、中原千絵
子には思えてきた。
只能送書了。暫時忘卻訂書時的種種煩惱,中原千繪
子將書包裝的很漂亮。第一次的情人節送的不是巧克
力,而是自己最喜歡的書,不是很棒嗎?邊往會合的
地方,邊像在說給自己聽一樣的想著。走到車站,拿
出月票通過剪票口,搭上進站的電車時,送給喜歡的
人喜歡的書,這是最棒不過的事了,中原千繪子這麼
覺得。
待ち合わせ場所は新宿の喫茶店だった。喫茶店はカ
ップルで混んでいた。田宮滋はまだきておらず、空
いている座席はない。しかたなく中原千絵子は店の
前に並んだ椅子に腰掛けて、テーブルが空くのを待
った。
會合的地點是新宿的咖啡廳。咖啡廳裡滿是情侶。田
宮滋還沒到,而現場沒有空的位子。沒辦法中原千繪
子只好坐在店前排放的椅子上,等待空的桌位。
テーブルが空くより先に田宮滋が現れる。ニットジ
ャップをかぶって、もこもこしたダウンジャケット
を着て、中原千絵子に気づかずこちらに向かって歩
いてくる。その姿を見て、中原千絵子はどぎまぎす
る。なんてかっこいい男の子だろう、と思う。なぜ
あんなかっこいい男が私のことを好きだと言ってく
れたんだろう、とも。彼はこの本を読んでなんと言
うだろう。どの部分に感動するだろう。中原千絵子
はラッピングした本の入ったバッグを、強く握りし
める。
在有座位之前田宮滋先出現了。戴著針織帽,穿著蓬
鬆的羽絨衣,沒發現中原千繪子的往這邊走來。看到
對方,中原千繪子很是驚慌。多麼帥的男孩子啊,為
什麼這麼帥的男生會說喜歡我?他看到這本書會說什
麼?會對哪個部分感動?中原千繪子用力的握緊裡頭放
著包裝過的書的包包。
テーブルが空いていないと知ると、じゃあお茶はあ
とで飲もうと田宮滋は提案する。それで二人は喫茶
店を離れ、駅にほど近いファッションビルをぶらぶ
らと歩く。田宮滋はごくごく自然に、男物の服を売
る店に入ったり、CD屋に入って、試聴をくりかえし
たりする。中原千絵子はそんな田宮滋を、尊敬のこ
もったまなざしでちらちらと盗み見る。
一知道沒有空位,田宮滋就提議不如等等再來喝茶吧
。兩人因此離開咖啡廳,在離車站不太遠的百貨公司
閒逛。田宮滋極其自然的進到賣男裝的服飾店,到唱
片行重複試聽。中原千繪子用充滿尊敬的目光,時而
偷看著這樣的田宮滋。
中原千絵子は、そんなふうに自然に、女の服を売
るテナントに入ったり、CDを試聴したり、できな
い。ひとりならまだしも、田宮滋連れでそんなこ
とはできない。自分が服を見ている間彼を待たせ
るのも嫌だし、CDの趣味が変と思われても嫌だし
、ヘッドホンを間違えて装着してだせえやつ、と
思われるのも嫌だ。そうしてもちろん、中原千絵
子は自意識過剰なそんな自分が一番嫌だった。
中原千繪子並不能像這樣自然的進到賣女裝的店面
、試聽CD。一個人的話還可以,帶著田宮滋的話就
無法這麼做。不想讓對方在自己看衣服的期間等、
被認為喜歡的CD很怪、也不想因為裝錯耳機而被認
為很老土。當然,中原千繪子最討厭的是自我意識
過強的自己。
おれ、自分のばっか見てるよね、ごめん、と田宮滋は言
う。それで中原千絵子はあわててアクセサリー屋を入っ
てみる。ショーケースに覆いかぶさるようにして、見た
くもないアクセサリーを眺め、あれかわいい、なんて言
ってみたりする。すると店員が、お試しになりますかと
、中原千絵子が指した指輪をショーケースから出してし
まう。うん、いいじゃん、と隣で田宮滋が言う。はめて
み、と言う。中原千絵子はそれを指にはめてみる。指輪
につけられた小さいな値札を、中原千絵子と田宮滋は目
にして絶句する。十八万七千円と書かれていた。
「都讓你看著我逛,抱歉。」田宮滋說。中原千繪子因此慌
慌張張的進到飾品店,壓在陳列櫃上,看著不想看的飾品
,也試著說「那個好可愛」。然後店員問「要試試看嗎」
並把中原千繪子指著的戒指從陳列櫃裡拿出來。「嗯,不
錯嘛」在隔壁的田宮滋說,「戴戴看」。中原千繪子就試
著戴看看。看到戒指上吊著的小小的標價牌,中原千繪子
與田宮滋都說不出話來。上面寫著十八萬七千元。
まるで押し売りか何かのように、プレゼントですか?と
店員は田宮滋に強く言う。
プレゼントしようか、と困ったように田宮滋は中原千絵
子に訊く。いいよ、そんなの、それにこれ、私の指にはな
んか似合わない。中原千絵子はあわてて言うが、いいえ、
とってもお似合いになりますよ、ねえ?すてきですよね?
ダイヤが目立つようにシンプルなデザインなんですよ、そ
れにこの値段でダイヤって他ではありえないですよね、店
員は田宮滋にとうとうと話し出す。
就像是強迫推銷一樣,要當禮物嗎?店員對著田宮滋態度強
硬的說。
「送給妳當禮物吧?」田宮滋好像很困擾的問中原千繪子。
「不用啦這種東西,而且也不適合我的手指」中原千繪子慌
忙的說,但是店員仍對田宮滋滔滔不絕的說「不會啊,非常
適合哦,對吧。很棒吧?為了讓鑽石更耀眼、所以設計上很
簡約,而且鑽石這個價格在別的地方根本是不可能的!」(而
且這種價錢,在其他地方根本不可能買得到鑽石)。