英国のEU離脱と世界経済・日本経済への影響

2016 年 6 月 27 日
経済レポート
けいざい早わかり(2016 年度第 5 号)
英国のEU離脱と世界経済・日本経済への影響
調査部 研究員 土田 陽介
【目次】
Q1.なぜ英国は EU 離脱を問う国民投票を実施したのでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・p.2
Q2.離脱に向けての動きはどのように進むのでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.3
Q3.実際の離脱交渉はどのように行われるのでしょうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.3
Q4.英国や EU にはどのような悪影響がありますか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.4
Q 5 .世 界 経 済 や 日 本 経 済 へ の 悪 影 響 は あ り ます か ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p. 5
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Q1.なぜ英国はEU離脱を問う国民投票を実施したのでしょうか?
6 月 2 3 日 、英 国 で 欧 州 連 合( E U )か ら の 離 脱 の 是 非 を 問 う 国 民 投 票 が 実 施 さ れ ま し た 。
即 日 開 票 の 結 果 、離 脱 支 持 が 全 体 の 過 半 数 で あ る 5 1 . 9 % に 達 し 、英 国 民 は 離 脱 を 選 択 し ま
した。
投 票 が 実 施 さ れ た 理 由 は 、2 0 1 3 年 に キ ャ メ ロ ン 首 相 が 国 民 投 票 の 実 施 を 公 約 し た た め で
すが、これには英国における反EUの動きに対する「ガス抜き」としての意味合いがあり
ました。英国では、与党である保守党の議員を中心に、政治統合を進めようとするEUに
対 し て 懐 疑 的 な 見 方 を す る 人 々 が 少 な か ら ず 存 在 し ま す 。加 え て 、1 0 年 頃 か ら 深 刻 化 し た
欧州債務問題を受けて反EUの動きが欧州各地で高まりましたが、英国ではその傾向が他
国 よ り も 強 め で し た( 図 表 1 )。実 際 に こ の 流 れ を 受 け て 新 興 政 党 で あ る「 英 国 独 立 党( U
K I P )」が 勢 力 を 強 め 、保 守 党 の 存 立 基 盤 を 揺 が す 事 態 に も な っ て い ま し た 。保 守 党 内 の
EUに懐疑的な人々をなだめるとともに、UKIPの台頭を防ぐため、キャメロン首相は
国民投票の実施を公約したのです。
またキャメロン首相は、EUから英国にとってより有利な残留条件を引き出せるという
別の思惑も持っていたと考えられます。その思惑とは、経済政策の規制緩和と移民政策の
規 制 強 化 の 2 点 を 勝 ち 取 る こ と で す 。産 業 へ の 規 制 を 緩 和 す れ ば 経 済 は よ り 活 性 化 す る し 、
移民への規制を強化すれば国民の不安がある程度は沈静化する。EUにとどまることのベ
ネフィットを享受しつつ、コストを減らすことができる好機にもなる。キャメロン首相や
その側近らはそう考えたとみられます。
国民も英国のEU残留を望むはずだという楽観的な予想に基づき、キャメロン首相は国
民投票へ打って出ましたが、結局はそうした楽観的な予想に反した結果が突き付けられま
し た 。1 5 年 に 中 東 シ リ ア か ら を 主 と す る 難 民 問 題 が 深 刻 化 し た こ と や 、元 ロ ン ド ン 市 長 で
あるジョンソン下院議員が離脱派に回ったことも、キャメロン首相らにとっては大きな誤
算 に な っ た と み ら れ ま す 。キ ャ メ ロ ン 首 相 は 辞 意 を 表 明 し 、1 0 月 の 保 守 党 大 会 ま で は そ の
職を務めるものの、EUとの離脱交渉は新政権に委ねる方針を示しました。
図表1.EUに対する意識調査(英国とEUとの比較)
EUに対する意識
3%
2%
31%
30%
23%
37%
好意的
中立
否定的
未回答
38%
36%
(注)外側が英国、内側がEU平均
( 出 所 ) ユ ー ロ バ ロ メ ー タ ー ( 15 年 秋 調 査 )
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Q2.離脱に向けての動きはどのように進むのでしょうか?
E U か ら の 離 脱 に 関 す る 規 定 で あ る E U 条 約( リ ス ボ ン 条 約 )第 5 0 条 第 1 項 で は 、全 て
の加盟国はその憲法上の要請に従い、EUからの脱退を決定することができるとされてい
ま す( 図 表 2 )。そ し て 同 条 第 2 項 に よ る と 、英 国 が E U に 対 し て 離 脱 を 通 告 す る こ と で 離
脱交渉がスタートします。
キャメロン首相は実際の離脱交渉を新内閣に委ねるとしていますが、情勢は極めて不透
明 で す 。何 よ り 重 要 な 点 と し て 、投 票 者 の 4 8 . 1 % が E U へ の 残 留 を 希 望 し て い る 状 況 で あ
るとともに、また与野党を問わず議員の大半がEU残留を支持しています。そのような中
で、EUに対して離脱を通告できる後継の首相を擁立できるのかという問題があります。
このため、いつどのようにして脱退を決定し、それをEUに対して通告するのか、現時点
では極めて流動的です。
図 表 2 . リ ス ボ ン 条 約 第 50 条 の 規 定
第1項
第2項
第3項
第4項
全ての加盟国は、その憲法上の要請に従い、同盟からの脱退を
決定することができる。
脱退を決定する加盟国は、その意図を欧州理事会に告知する。
欧州理事会により定められる方針に照らして、同盟は、当該加
盟国と同盟との将来の関係のための枠組みを考慮しながら、脱
退に向けた取り決めを定める協定を当該加盟国と交渉し、締結
する。その協定は、欧州同盟運営条約218条3項に従い交渉
される。協定は、欧州議会の同意を得た後、特定多数決で理事
会により同盟を代表して締結される。
条約は、脱退の協定の発効日より、もしくは協定を締結できな
い場合には2項に言及された告知から2年後より、欧州理事会
が当該国との協定においてこの期間を延長することを全会一致
で決定しない限り、当該国への適用を終える。
2項および3項の目的を果たすために、脱退する加盟国を代表
する欧州理事会もしくは理事会の構成員は、欧州理事会もしく
は理事会の議論あるいはそれに関する決定には参加しない(以
下 、 略 )。
(出所)鷲江義勝編著『リスボン条約による欧州統合の新展開
EUの新基
本 条 約 』、 1 5 4 頁 よ り 抜 粋 。
Q3.実際の離脱交渉はどのように行われるのでしょうか?
実際の離脱交渉はEU側に有利に運ぶと考えられます。
E U 条 約( リ ス ボ ン 条 約 )第 5 0 条 第 3 項 に よ れ ば 、英 国 が E U と の 間 で 脱 退 協 定 を 締 結・
発効するか、あるいはそれが発効できない場合は、英国による離脱の通告から 2 年後より
EUが英国との交渉継続を全会一致で臨まない限り、英国はEUから離脱することになり
ます。また同条第 4 項には、第 3 項の決定には脱退する加盟国(今回は英国)を代表する
欧州理事会もしくはその構成員(英国首相など)は携われないと明記されています。
つまり、離脱交渉というゲームのキックオフの担い手はあくまで英国ですが、ゲームの
ルール自体はEU側が有利に設計されています。離脱の決定に至る交渉の主導権は、事実
上EU側が保有していることになっています。英国は離脱交渉に際して自らに有利な条件
をEUから引き出そうとするでしょうが、EUはそれを拒絶して英国を排除することも可
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能なわけです。実際は両者間で様々な妥協が成立するでしょうが、EU側に有利な展開が
見込まれます。
既にEUは強気の姿勢で交渉に臨む方針を示しています。英国で国民投票が行われた翌
日 の 6 月 24 日 、 ユ ン ケ ル 欧 州 委 員 長 は 英 国 に 対 し て 、 10 月 の 新 政 権 の 成 立 を 待 た ず に 今
直ぐ離脱交渉を始めるようメッセージを発しました。このことから、各国で燻ぶる反EU
の動きをけん制するとともに、英国側による交渉の引き延ばし戦術には容易に応じないと
いう、EU側の強い意志がうかがえます。場合によっては、関税特権などEU加盟により
得たメリットを大きく失う形での離脱を、英国は余儀なくされるかもしれません。仮に離
脱 を 通 知 し な か っ た り 、 あ る い は 通 知 し て も 残 留 す る 意 思 を 再 度 示 し た と し て も 、 16 年 2
月のEU首脳会議で合意した英国の特権(産業規制緩和と移民規制強化など)は失われる
ことになるでしょう。
Q4.英国やEUにはどのような悪影響がありますか?
まず英国経済への悪影響は避けられません。後述するように英国の通貨ポンドや株価が
急落しており、そうした金融市場の調整が景気の悪化につながるとみられます。
中 長 期 的 に も 、英 国 経 済 は 低 成 長 を 余 儀 な く さ れ る と 考 え ら れ ま す 。0 8 年 秋 に 生 じ た 金
融 危 機 以 前 の 英 国 は 、1 5 年 以 上 に わ た る 長 期 の 景 気 回 復 を 経 験 し ま し た 。も っ と も そ の 繁
栄は、英国があくまでEUの金融センターとしての、そしてEU事業への投資拠点として
の役割を果たすことでもたらされたものでした。
し た が っ て 、英 国 が 実 際 に E U か ら 離 脱 す る な ら ば 、E U の 金 融 セ ン タ ー と し て の 、ま た
投資拠点としての地位を失うことになります。仮にEU離脱が避けられたとしても、失わ
れた投資家の信頼を回復するまでには長い時間を要するでしょう。英国が抱える多額の経
常赤字(図表3)を海外からの資金流入でファイナンスすることも難しくなり、潜在成長
率は低下を余儀なくされるとみられます。
図表3.英国の資金循環が立ち行かなくなる可能性
(対GDP比、%)
10
8
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
-12
二次所得
財
経常収支
一次所得
経常収支
サービス
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
(年、四半期)
(出所)英国立統計局(ONS)
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政治面でも、世代間の対立が深刻化する危険性があります。出口調査によれば、若年者
層の大半がEU残留を望んだ一方で、高齢者層の大半がEU離脱に票を投じたことが明ら
かになっています。国民投票により浮き彫りになった世代間の意見の対立が、今後の離脱
交渉の中で先鋭化し、政治不安に転じる恐れが高まっています。また連合王国が解体する
可能性も否定できません。現にスコットランド行政府は、英国からの独立を問う住民投票
を行う用意があると表明しています。
EU経済にとっては、英国の景気悪化を受けて輸出にブレーキがかかります。スペイン
など対英輸出が景気回復の牽引役になっていた経済にとっては、特に痛手になります。ま
た金融市場の調整もEU景気の重荷になるでしょう。
政 治 面 で は 、 反 E U の 動 き が 各 国 で 勢 力 を 強 め る 可 能 性 が あ り ま す 。 17 年 3 月 に オ ラ ン
ダ で 、5 月 に フ ラ ン ス で 、9 月 に ド イ ツ で 行 わ れ る 国 政 選 挙 へ の 影 響 も 懸 念 さ れ ま す 。反 E
Uの動きが強まればEU統合の流れが停滞し、EUの国際的地位も低下するでしょう。ま
たこうした事態への懸念から投資家がリスク回避志向を強めて、重債務国を中心に信用不
安が再燃する危険性もあります。
Q5.世界経済や日本経済への悪影響はありますか?
EU離脱派の勝利を受けて、世界の金融市場はリスク回避の動きを一気に加速させまし
た 。 ポ ン ド の 対 ド ル レ ー ト は 一 時 09 年 1 月 以 来 と な る 1 ポ ン ド = 1.35 ド ル ま で 急 落 し ま
し た( 図 表 4 )。こ の ポ ン ド 安 の 流 れ に 引 き ず ら れ る 形 で 、比 較 的 安 全 な 資 産 と さ れ る 日 本
円 の 対 ド ル レ ー ト も 、 一 時 2 年 7 ヶ 月 ぶ り と な る 99 円 台 に ま で 急 騰 し ま し た 。
外為市場ばかりではなく、株式市場も大混乱となりました。英国を代表する株価指標で
あ る F T S E 1 0 0 は 一 時 5 , 8 0 0 ポ イ ン ト を 割 り 込 み 、前 日 か ら の 下 落 幅 は 9 % 近 く に 達 し ま
した。その他にも、ドイツのDAX指数、日経平均株価、ダウ工業平均株価などが軒並み
急落し、世界の株式市場は全面安の展開になりました。
最も懸念されることは、こうした金融市場の不安定化が、強い逆資産効果を通じて世界
経済の成長を圧迫することです。英国が実際にEUから離脱するまでにはまだ時間を要す
ることから、その間の交渉の動きが金融市場に新たな動揺を与えることも考えられます。
また反EUの流れが他のEU諸国に飛び火すれば、欧州で信用不安が再燃する危険性も存
在します。欧州発のリスク回避の動きが強まれば、新興国や商品市況から資金が流出し、
持ち直しの兆しが見られる世界経済の成長を下押ししかねません。当然、米国の利上げス
ケ ジ ュ ー ル に も 大 き な 影 響 が 及 ぶ こ と に な り ま す 。現 に 金 融 市 場 で は 、米 国 が 1 6 年 中 は 利
上げを見送るといった観測が高まっています。
また日本経済に対しても悪影響が出てくる可能性があります。リスク回避の流れの中で
円高が進んでおり、企業業績への悪影響が懸念されます。一段の株安が生じれば家計や企
業のマインドが悪化し、消費や投資が抑制される可能性も高まります。また世界経済の成
長が下振れすれば、日本の輸出も悪化を余儀なくされるでしょう。なお一段の円高や株安
が進んだ場合、財務省が円売り介入を行ったり、日銀が追加の金融緩和に踏み切ったりす
るなどの対応が採られるでしょう。もっとも、グローバルなリスク回避の流れが強まって
いる中で、日本の対応だけで円高株安の流れを変えることは難しいと考えられます。
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図表4.投資家はリスク回避志向を強める
(ドル/ポンド)
英ポンドと日本円の対ドルレート
1.75
(円/ドル)
80
85
1.70
1.65
1.60
ポンドドル(左目盛)
90
ドル円(右目盛)
95
100
1.55
105
1.50
110
1.45
115
1.40
120
1.35
125
1.30
130
14
15
16
(年、月)
( 出 所 ) Bloomberg
- ご利 用 に際 して -

本 資 料 は、信 頼 できると思 われる各 種 データに基 づいて作 成 されていますが、当 社 はその正 確 性 、完 全 性
を保 証 するものではありません。

また、本 資 料 は、執 筆 者 の見 解 に基 づき作 成 されたものであり、当 社 の統 一 的 な見 解 を示 すものではありま
せん。

本 資 料 に基 づくお客 様 の決 定 、行 為 、及 びその結 果 について、当 社 は一 切 の責 任 を負 いません。ご利 用 に
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