生体高分子の超音波スペク卜口スコピー* 雀博坤

317
解
4
3
.8
0
.Cs; 4
3
.3
5
.F
j
5
見
日本音響学会誌 45巻 4号 (1989)
生体高分子の超音波スペク卜口スコピー*
雀博坤**
(明治大学理工学部物理学科)
1.はじめに
まり,その分子鎖が立体的にどう組み合わされるかで 2
次以上の高次構造が決まる。血液ζ
l含まれるヘモグロビ
最近の医用超音波診断装置の発達には白を陸らせるも
ン,アルブミン等は球状のタンパク質であり,筋肉,毛髪
のがある。と乙ろが,エレクトロニクスなど技術上の進
などに含まれるコラーゲン,ケラチンは繊維状のタンパ
歩は著しいのであるが,その基礎となるべき生体組織中
タ質である。音響特性は,分子量には依存するがタンパ
の伝搬特性はいまだに明らかにされていない。特 I
C,
ク質の個性l
とはあまり依存しないようである υ。最も古
t
i
s
s
u
ec
h
a
r
a
c
t
e
r
i
z
a
t
i
o
n の立場からは音速,減衰などの
くから調べられているのはヘモグロビンで, Carstensen
伝搬特性を知る乙とが本質的である。
と Schwan引は水溶液の MHz域の音速分散を測り,
生体組織中の音波減衰の原因は細胞壁などによる散乱
緩和時間の分布を示唆している。吸収測定でも緩和時間
のほか,組織を構成するタンパク質などの生体高分子に
の分布が得られている引,ヘ分布があるという乙とは広
よる吸収が主たるものである。そ ζ で,生体高分子の吸
い周波数域にわたって吸収が変化しているということで
収機構を明らかにするととが重要となってくる。以上は
あるが,これまでの測定はせいぜい 2桁程度の周波数域
医用診断という立場ーからの見方であるが, もう一つ別の
しかカバーしておらず,吸収スペクトルの全貌を明らか
見方,物性の立場ーから見ても生体高分子は大変興味深い。
にするにはほど速し、。牛血清アルブミン (bovineserum
単原子分子,多原子分子なと、比較的小さな分子の音響的
,000,BSA と略す)もヘモグロビ
albumin,分子量 68
振舞いはほぼ理解されているが,分子量が数万もある生
ンと共に古くから調べられている典型的なタンパク質で
体高分子では構造が複雑なためよく理解されていなし、。
あるが,やはり数 MHzから数十 MHzの狭い周波数
生体高分子は環境条件により異なった振舞いをする。パ
域でしか測定は行われていない 5).引。最近,我々は BSA
ネのようなヘリックス状態からランダムなコイル状態に
水溶液の吸収を 4桁以上の周波数域で測定することに成
転移したり, pH Kよっては酸,アルカリとなり,電解
功し,吸収機構の解明に大きく一歩を踏み出した。な
質としての性質も示す,という具合である。超音波の音
お
, DNA水溶液でもヘモグロビンとよく似た吸収の周
速,吸収という情報は乙れらの性質すべてを含んでいる
波数依存性を示す乙とが知られておりわ,吸収機構も同
ので,単一周波数のみの測定では我々にほとんど何も教
様なものであることが示唆される。
えてくれない。それぞれの性質は固有の特性時間を持っ
その他のタンパク質では,
リゾチームという酵素で興
ているので音速,吸収の周波数依存性を明らかにするこ
?B)はリゾチー
味深い実験が行われている。 Yamanaka i
とによって初めて, 乙れらを分離して理解することがで
ム水溶液に塩酸グアニジンという変性剤を加えてその吸
きる。生体高分子にはタンパク質, DNA,多糖類,脂質
収増加の時間変化を測定している。分子の形態が吸収l
こ
などがあるが,本稿では,研究が最も進んでいるタンパ
及ぼす寄与を調べるうえで示唆的である。種々のタンパ
ク質のうち.主として牛血清アルブミン水溶液と卵白,
ク質の圧縮率は Gekko と Noguchi9),Mitaku ら10>が
卵黄の超音波スペクトルについて,また卵白のケソレ化の
報告している。また,タンパク質ではないが,生体膜の
研究に超音波を応用した例について記述する。
2
.
タンパク質の超音波スペクトロスコピー
タンパク質は, 20種のアミノ酸がペプチド結合 (-CONH-) により結びつけられた,分子量が数千から数万の
高分子である。アミノ酸の配列順序により 1次構造が決
モテソレであるリン脂質膜で美宅 111が一連の研究を行って
いる。ジ‘パ jレミトイ Jレフォスファチジノレコリンという膜
は 41.50Cを臨界点として肢が秩序正しく並んだゲ Jレ相
と無秩序な液晶相に分かれる。相転移点で音速は減少し,
吸収は増加するという s
o
f
t
e
n
i
n
gと c
r
i
t
i
c
a
lslowing
downを観測した。これは生体物質の相転移現象を超音
波で明らかにした数少ない例の一つである。
本
料
U
l
t
r
a
s
o
n
i
cs
p
e
c
t
r
o
s
c
o
p
yi
nb
i
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Pak-KonC
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m
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n
to
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h
y
s
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s,M
e
i
j
iU
n
i
,Kawasaki,2
1
4
)
v
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r
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i
t
y
日本官官学会誌 45.
{
!
j 4サ (
1
9
8
9
)
318
3,
0
0
0
3
. 牛血清アルブミン (
B
S
A
)
1
2
)
3
.
1 測定法
可能な限り広い周波数域を測定するためには 1栢類の
実験装汽だけではとても足りない。我々は
5種類の装
0
0kHzから1.6GHz という広得域の吸
置を使って 1
;
1
1
l
¥
1
1
収スベクトノレを明らかにした。乙れだけ広いスペクトル
3
0」
は我々の知るかぎり世界で初めてであろう。図 1I
乙
0
.
1
1
0
1
,
0
0
0
図2 牛血泊アノレプミン添液の吸収スベクトノレ
R
15E包皮 2
0
'
C,j
は皮 5
1g
/
!
,pH7。
MHz はプラ/・コンケーフ共鳴法, 2-10MHz は半
面型共同法, 12-120MHzはブラッグ反射法, 1
2
0MHz
-1.6GHz は応分解能フ刊ラッグ反射 (HRB) 法を用い
1
0
0
周波紋(~lH z)
用いた装?eと,その適用周波数域を示した。 1
0
0kHz-2
吸収は非常に広い周波数域で変化しているのが分かる。
た。更に 3MHz の T
F
i
去をノ fノレスエコーオーパラップ法
0
0kHz下でも緩和域は続くが, 1GHzでほぼ
恐らく 1
で測定した。これらはすべて絶対値測定である。吸収の
飽和偵 (
α/f2)=27x1
0・15s2/mζ
I透している。乙の仮は
測定精度は約 5%である。
水の吸収値 24x1
0
-15 ζ
I近い。緩和のみ{とよる吸収をふ
ここでは,最も新しく開発されたプラノ・コンケー
治するため, 乙の飽和偵を実験 1
U
白から差し引き,波長コ
去13)について簡単に紹介する乙とにする。数百
プ共鳴t
たりの吸収 α1に換算したのが図 3である。 I
}
!
一級1
可
!
の
kHz 域は乙れまで精度よく吸収を測る方法がなかった
士号合は釣銘裂のピークを持つはずだが, この吸収スペク
領域で,プラノ・コンケーブ共鳴法により初めてそれが
トノレは単一の緩和時間で解析する乙とは不可能で,緩
河端面は基本周
可能になった。共的器は円筒型で,その i
和時間の分布を考えなければならない。結局,次のよう
波数 2MHzの水品振動子と,ステンレス2:!の凹面反射
な分布関放がよくデータと一致した。 Davidson-Cole担
t,こ試料が約 24c
c入る。水品振動
桜から成っている。 t
分布という涜屯緩和で布名な関数があるが, 乙れは低周
子で励起された連続波は多玄反射の結果,キャビティの
波数側にカットオフを持ち, r~lJ 周波側 lζ だらだらと分布
長さが A
/
2の整数倍に等しくなったときに古 は 強 め f
T
を示す。と乙ろがデータは全く反対で,低周波数側に分
い,定在波となる。その振幅を検出するのにラマン・ナ
t
!
分
布
布を持つように見える。そ乙で, Davidson-Cole?
A
ス光[ロl
折現象を利用する。水品!と加える信号の周波数を
と対して鏡像の関係になるような関以を
の対数時間情 l
T
T
-波の共鳴スペクト Jレが符ら
作った。むi
J
去体積弾性$ K* に対して新しい分布関致
招引しながら観測すれば,
れる。共鳴ピークの間隔 p=v/2l (vは音速,
l
'まキャ
ビティ長)から音速が求まり, ~I" 値幅かる J式料のほ収係
主主が得られる。乙の方法で五えも大事な点 l
ま,いかにキャ
t損失を少なくして,吸収の情報のみを
ピティ関有の装 F
取り出すかにある。特に 1MHz 以下では TTA波 ~Jl 折が汗
。
(
τ
/
τ
0
) を導入すると,
.
)
0 1
;t
副τ
(1)
。
(
τ
/
τ
o
)
d
(
τ
/
τ。
)
2 枚の7.k品按劫子を用いる従-*型 Jt~[l 法
しくなるため,
f
∞g
(τ
/
τ。
)
i
印τ
lL~'.':::'~J::'~_~d(τ/τ0) ,
。
Kホ(
i
ω
τ )=Ko+(K_-Ko)¥
r
s
i
nB~f
1β
I
"
,
: ,
"
'
.!;-;-~, .f dl
n(
τ
/
τ
0
).
_
.
1く τ
/
τ。〈∞
u
では装門担失が大きくなり吸収を誤:仏~できなかった。凹
面反射阪をHlいる不J
I
点は,
=~πl(τ/τ0)-11
=
r
i
皮[
n
J折 を 抑 え る こ と に あ
l
O …………..'・ ・
.
.
.
.
.
.
…
.
.
・ ・
.
0
<
τ
/
τ
oく1
H
H
り,乙れによって性能を飛照的に向上させるととができ
となる。曲は角周波数, τは緩和時間, τ
oはカットオフ
7
こ
。
性 3容の低周波,;百周没偲
緩和時間,Ko, K_ は{宇宙科i
3
.
2 中性域の緩和
図 2I
こ吸収 (
α1
1
2
)の測定結果を示す。測定浪度は
1
0r~十「門,--.--.-.-0….
'"…!
0C,pH 7である。試料は SigmaChem51g
/
l,温度 2
0
〆(弐;
i
c
a
l 社の結品化,乾燥したものを用いた。閃 -2から,
言1 0 j / /
r
1
0 lL__
0
.
1
.
l
.
.
.
.
.
.
0
.
1
1
0
1
0
0
1
,
0
0
0
J~;l ;
'
0
.欽 (MHz)
図
ー1 用いたブごE
主主主口とその辺用周波数域
.l.....J...........:ーームー~ι斗
1
0
,
1
'
,J
i
'
:
<
i
a,
:
11Hz)
~ー~“」ー」
1
0
0
1
.
0
0
0
図 3 牛血清アルブミン溶液の波長当たりの吸収位
低周波域で広い絞和時間の分布を示している。尖 ~íl は
(2)式をフィットした計算位である。
3
1
9
生体高分子の超音波スペクトロスコピー
限値 , sは分布の傾きを表すパラメータである。 αλi乙
芭すと,
'
1
:
'
1
:
1
,
0
0
0
i
(2)
。
=arctan(1/ωτ。)
E
¥
N
ω
2 ペω o
A
=
:
:
'
)
ss
i
ns
8,
。
、(K_-Ko)(1+ω20)イ
α
o
【
図3の実線で表されるように実際にデータ l
と合わせて
N
h
得られたノ fラメータは s
=0.29,τ=5.5x10-108,K_-
"
'
Ko=5.15x1
06N/m2である。乙れからカットオフ周波
数は 290MHz,音速分散量は1.7m/s と計算される。
3MHz と 1
.
6GHzで測定した音速の差は 2m/sであ
1
り,吸収から予想される1.7m/s とよく一致する。これ
から音速分散は無視できるくらい小さいと言える。
、
、ぜそ弘、
緩和機構について考える。幾つかの説が提案されてい
1
3
るが,我々の実験結果をうまく説明するのは水和平衡で
ある o タンパク質分子の外側は親水基になっていて,水
分子を幾重にも束縛している。その水和呈は 19のタン
、
ょ
-
Pぷグ
グオ仕
ベ
p
H
図 4 牛血清アルブミン涼液の吸収 α
(I
J
2
)スベクトノレの
pH依存性
パク質当たり約 0.3gもあることが知られている 14)。そ
の束縛のされ方はタンパク質から離れるほど弱く,遂
右側に偏っていてほとんど解離しているが,酸性域にな
には全くフリーの水分子となる。束縛の程度は吸着熱や
って (3)式の反応がほぼ平衡するようになると反応の両
NMRの測定から広い分布を持つ乙とが知られており,
側で体積差があるため,超音波緩和が起き,吸収が増大
71\の滞在時聞にすると 10-6~ 1O -9s の程度である。フリ
する。
ーの水分子の回転相関時間は1O- s であるから水分子
4では中性域の吸収分ζ
i加わる形でピークが現れ
図-
の運動は可成り遅くなっていることが分かる。超音波が
ているので,定量的な解析のため,中性域の吸収分を差
12
加わると,水和水の平衡が乱され緩和が起こる。実験で
し引いて αA !乙プロットしなおしたのが図 5である。
観測された緩和時間の分布領域はほぼ 10-6~ 1O -9s に一
0
0kHz付近に二つのピークが
酸性域では 2MHz と 2
致しており, この仮説を裏づけている。しかし,
観測されている。詳しい理論との比較から 2MHzの
ζ れを
結論づけるためには多くのタンパク質での広帯域データ
ピークは (3)式のプロトン転移反応によるものである乙
が必要であり,今後の研究が待たれるところである。
とが分かった。 pH を 4以下に下げていくと, BSA溶
3
.
3 酸性,アルカリ性領域の緩和
液の粘性率は徐々に増加することが知られている。乙の
通常の生体組織中は中性であるが,生体高分子の動的
ととは BSA分子の立体的な形が変り(コンフォメー
挙動を調べるうえで pH は重要なパラメータである。
ションの変化という)膨張している乙とを意味する。
pHを1.5~13. 2の範囲で変化させて測定した吸収スペ
200kHzのピークは, ζのコンフォメーション変化と
クト Jレの変化を,図 4!ζ3次元的 K
.表した。なお,酸
性側では l規定濃度の塩酸を,アルカリ側では同濃度の
水酸化ナトリウムを加えながら pHを変化させた。吸収
の pH変化は周波数によって相当異なっている。 1GHz
付近では pH!乙依存しないが, 1
0MHz前後では pH
と酸側のピークは消え, pH低下と共にますます明大す
向。︻
3,pH 11
.5 を中心として極大を持つ。 1
0
0kHz になる
,
.
.
也
る。これらの原因について考察してみる。 BSA を構成
するアミノ酸残基には種々の解離基があり, pH!ζ よっ
て幾つかの解離反応が起乙る。例えば次のようなもので
ある。グルタミン酸,アスパラギン酸ζ
i合まれるカノレボ
キシル基中で,
-COOHご -COO-+w
0
.
1
0
.
1
0
.
3
1
0
3
0
1
0
0
周波数 (MHz)
(3)
乙れは H七つまりプロトンが移動するのでカ Jレボキシ
Jレ基のプロトン転移反応と呼ばれる。中性域では反応は
図5 牛血清ア Jレブミン溶液の pH2
.
7,pH1
1
.6での波
長当たりの吸収
実線は二段,三段緩和曲線を示し,矢印はその緩和周波
数を示す。
4
5巻 4号 (
1
9
8
9
)
日本音容学会誌
320
,
6
0
0
1
関係しているのではないかと予想される。
アルカリ性領域の場合は図 5!と示すように三つの
、
、
1
に,我々の最も身近かに存在する天然のタンパク質水溶
l
卵白はタンパクという言葉の語源とも言われるよう
戸賞与に
卵 白 , 卵 黄 の 音 速 と 吸 収 ス ペ ク ト ル lS)
・
4
.
i
。
べられていて,速度定数や体積差などが分かつている。
,同円。・・
、υ
ョン変化による緩和と予想される。 (3)~(5) 式のよう
なプロトン転移反応は純粋なアミノ酸溶液中ではよく調
だが,反応は約 1桁遅いととが明らかになった。
,, , 、 、e
の 2
0
0kHz のピークは酸側と同様に, コンフォメージ
I'f
のピークに当てはめるとうまく説明がつく。最も低周波
それと比較すると,タンパク質中では体積差はほぼ同じ
f 日//
リ
HVF
│卜ト
00
C6HsOH+OH-~ C6HsO-+H20
(5)
2
. 2MHz付近の二つ
(4), (5)式の反応をそれぞれ 1
〆ー、・
,
JJ¥¥
リい凡ハ
(4)
沿
-NH2十 H20之 -NH3++0W
チ口、ンン残基に含まれるフェノール基のプロトン転移
﹁ ll
ド
IL-ド ﹂
基のプロトン転移
EH54
111
ω¥E)麹わ
ン転移反応が考えられ7,, 0 リジン残基 !
C含まれるアミノ
/
/
十
一
,ハ
'
,
ピークが観測されている。との場合は次のようなプロト
1
0
0
5
0
i
1
J皮 (
'
C
)
図7 卵白,卵黄の音速の温度依存性
破線は水の音速を表す。
百 MHz域で卵白の吸収を測定し. 4
0
0MHz付近で α
はfの 1
.
8乗に比例すると報告している。この周波数依
存性の変化は図
2の BSAの場合と酷似しており,吸
収の原因も似たようなものではないかと想像される。
液である。主成分はオボアルブミン 5.4%. コンアルブ
音速の測定結果は図 7!
C示すように卵白,卵黄でか
ミン 1.2%.オボムコイド1.1%,水 88%である。一方,
なり異なっている。卵白の方は.破線で示された純水の
卵黄はリボタンパクと呼ばれる,脂質とタンパク質が結
温度依存性とよく似ている。ただ,極大を示す温度が
合したものが主成分で,水の呈は 51%である。
7
4
'
Cから 6
2
'
CK下がっている。通常の液体では温度上
パルスエコーオーバラップ法を用いて 3MHzの音速
昇によって分子の熱運動が激しくなるため音速は温度と
を1O ~80'C の混度で測定し,更にプラノ・コンケープ
共に減少するが,純水は例外である。純水中では分子問
共鳴法で 2
0
0kHz-10MHzの吸収を測定した。なお,
の水素結合によって大きなアイスパーク 構造ができてお
卵黄では光が透過しないので,凹面反射板の裏側 l
乙
り,その構造の圧縮率のため低温域では音速が低く,温
PZT振動子を接触させて共鳴スペクトノレを得た。 i
試料
度上昇によってその構造が壊れてくると音速が増加す
A
は白色レグホーン種の耳目卵で,産卵の翌日に実験を行っ
る。そして次第に通常の液体としての性質を示すように
た。卵白の粘度は新鮮度によって変化するが,超音波吸
なるから,ある温度で音速は極大を持っととになる。卵
収は 1週間後でも変化はなかった。図 6ζ
!吸収の周波
白では,乙の水構造がかなり保存されているので音速は
数依存性を示す。卵黄の方が卵白よりも約 4倍吸収が
純水ζ
l近い温度依存性を示すのであろう。しかし,卵黄
大きい。測定範囲では,卵白の吸収係数 α は fの 1
.
2
5
では,極大温度が極端に下がっていることから,水構造
乗,卵黄は fの 1
.
3乗に比例している。明石らは 16) 数
はわずかしか保存されていないのであろう。このよう
に,音速は水溶液としての水の物性を全体として反映し
2
5
2
0
E
、
、
0
:1
5
ているが,吸収は溶質の物性を反映していると言ってよ
¥
い。もちろん,音速でも濃度変化を精密に測定すれば溶
質の情報が得られるはずである。
・
¥
.
¥
卯
c
コ
H
5
.
卵 白 の ゲ ル 化 と 超 音 波 17)
j
l
I
ゲルは多くの分子が結合した網目の中に溶媒(水)を
'
"
1
0
'
、
一
含んだ構造を持ち,生体中でも眼球など各所l
乙見られ
ヨ
言
、
、
、
、
る。卵白ゲソレとはゆで卵のことであるが, 乙のゲソレ化過
程はタンパク質分子の変性という現象を伴っており,生
0
0
.
1
0
.
2
0
.
5
周波紋 (MHz)
図6 卵白,卵黄の 2
0・
Cの吸収スペクトノレ
化学的,あるいは食品化学的にも大変興味が持たれてい
る。ゼラチン,寒天などは温度を下げるとゲル化する
が,卵白は約 6
0
'
C以上でゲノレ化する。実験はパルスエ
生体高分子の超音波スベクトロスコピー
321
ム>-
7
5
0
,
.
・
・
.
:
.
!
.
.
.
吸収
(
・{'
〆-
創
1
.5
81
.
5
と
J〆
o
【
s
.
,
咽
)
ω
ミ
日
"
.~~
1
,
5
81
.0
.
.
r
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.
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6
0
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1
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5
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5
1
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0
4
0
0
3
0
0
(E¥NωEl{) ︻)Na﹁¥
hu
;
'7
0
0
1,
2
0
0
・
・
P
E
、
、
E
1
,
5
8
2
.
0
/'
8
0
0
5
0
0
時間(分)
図8 卵白ゲ Jレの温度を 7
0
・
Cから 7
5CI
乙急速に上げたと
0
きの,音速,吸収の時間依存性
コー法で 3MHzの音速と吸収を同時に測定した。 60C
4
0
0
。
4
0
から 75Cの間でステップ状 l
乙温度を上げ,温度を一定
0
I
C保って時間変化を観測する (aging実験)。図 8は
,
8
0
i
且皮,"C)
0
図9 卵白ゲJレの吸収の鹿歴現象
破線は a
g
l
l
l
g実験による吸収増加を示す。
0
700Cから 75
C IC 温度を急速に (2~3 分以内)上昇さ
されると主要な骨組みは温度を下げても変化はなく,可
せたときの音速,吸収の時間変化である。吸収は徐々に
逆的な構造のみ変化する。再び温度を上げて aging を
増加しているが,音速は減少している。卵が固くなるの
行うと,新たな分子オボアルブミンが変性を受けて,よ
に音速が減少するのは一見奇妙なことである。その時間
り密な構造ができる。その骨組みは保存されて壊れるこ
変化は簡単な指数関数で表され,特性時間はともに 220
とはない。従って温度を下げても以前の b
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>c, d
.
.
.
.e
分であった。
とは別の吸収値 f
<
>
gを取る ζ とになる。
卵白中のタンパク質分子は球状でコンパクトな形をし
超音波でゲノレ化を研究することの長所は,非破壊で,
ているが,ある温度以上になると変性して,形がぱらぱ
しかも単一の試料で全過程を追跡できることである。今
らになってくる。分子同士が結合され,網目が形成され
l威力を発揮する
後
, 乙の特徴を生かしてゲソレ化の研究ζ
るとゲルになる。そのケ、 Jレ化過程の時間変化が正に図 8
ととが期待される。
で観演i
出れているのである。吸収増加の原因は,網目と
水との相対運動によってミクロな摩擦が生じる乙とに
帰せられる。ゲ、ノレ化するとわずかにずり弾性率が増加す
忍ので,それだけ考えると音速は増加しでもよいはずだ
6
.
おわりに
生体高分子の音波物性の研究が始まってから 30年以
上立つが,本格的な研究はまだ日が浅い。その理由は,
が,実際には減少している。ゲ、ル化によって水和水の構
吸収機構を解明するには広範囲の周波数, pH,温度依存
造,量が変化するので,それが音速減少の原因ではない
性が必要なこと,試料がわずかしか手に入らないものが
かと考えられる。
ゲノレ化ζ
i関して, もう一つ興味深い現象として履歴現
象がある。図 B で肯はソツレ状態での吸収値を示してい
多いとと,などである。今後の発展のためには新しい測
定法,特ζ
I数十 kHz帯で試料が少なくて済むもの,の
C,より系統的な研究が望まれる。
開発と共 I
る
。 60Cで aging を行うと点線のように bの Aまで上
0
昇する。ゲノレになった状態で温度を下げると b→ cのよ
本稿は,東京大学生産技術研究所において行われた高
うになる。再び温度を上昇させると c→ bまで可逆的ζ
l
木堅志郎助教授,袈鐙林博士(現韓国大印大学)との共
変化する。 62, 64,660C で agingを行ったが,ほとん
同研究に基づいている。
ど変化はなく 70Cでわずかに上昇する (d)o dから温
0
文
献
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eのように以前とは別の道
度を下げ,再び上げると d
をたどる。 750Cで agingすると大きな変化があり(f
)
.
f
<
>
gとまた別の道をたどる。このように最高温度がど
とまで上がったかによって吸収の履歴現象が観測され
る。音速でも全く同じような履歴現象が得られている。
. 750C
乙れらは次のように解釈することができる。 600C
での大きな変化はそれぞれコンアルブミン,オボアノレブr
ミンの変性温度 l
乙対応している。 agingによってまずコ
ンアルブミンによる網目構造が形成されるが,一度形成
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