関 西 外 国 語 大 学 Journal 研 究 論 集 第82号(2005年8月) of Inquiry and Research, No.82(Aug.2005) 文科系学生 の数学 の基礎学 力 と退学率、就職率 大 1.は 谷 晃 也 じめ に 近 年 、 大 学 生 の基 礎 学 力 の低 下 が 問 題 に な って お り、 特 に 入 試 で 数 学 を 受 験 しない で 大 学 に 入 学 した学 生 の 、 数 学 の 基 礎 学 力 の低 さが戸 瀬 らに よ り指 摘 され1)て い る。 著 者 が授 業 を 担 当 して い る文 系 のK大 学(数 学 は 入 試 科 目に 入 って い ない)外 国 語 学 部 の学 生 に 対 して 、 戸 瀬 ら が 行 な った と 同様 の テ ス トを 行 な った とこ ろ2)、 他 大 学 の数 学 の入 試 を 受 け ず 、 また 数 学 の入 試 勉 強 も しなか った 学 生 の成 績 は 悪 く、 戸 瀬 ら の調 査 結 果 を 裏 付 け る結 果 を 得 て い る。 また 入 試 後 時 間 が 経 つ と、 数 学 の入 試 勉 強 を した 、 しない に 関 わ らず 、 問 題 の種 類 に よ って は 正 解 率 が 大 き く下 が る こ とが 示 され た 。 また 最 初 解 け なか った 問 題 が1年 間 の数 学 の授 業 を 受 け た 後 に 解 け る よ うに な る率 は 、 数 学 の受 験 勉 強 を した 学 生 の方 が しなか った 学 生 よ り高 い こ とが 示 され た 。 K大 学 の外 国 語 学 部 で の諸 科 目の勉 強 に お い て 、 数 学 の基 礎 学 力 が どれ だ け 必 要 か は 定 か で は ない が 、 論 理 的 思 考 な く して は 言 語 の勉 強 に も差 し障 る ので は ない か と推 測 され る。 また 企 業 等 に 就 職 して か ら も数 学 の基 礎 学 力 が あ ま りに も低 い と、 仕 事 に も差 し障 る場 合 が 生 じる と 考 え られ 、 採 用 者 は そ の よ うな者 を 採 用 しない と推 測 され る。 そ こで 、 これ ら の仮 説 を 検 証 す るた め 、 数 学 の授 業 を 受 け た 学 生 の テ ス トの成 績 と退 学 率 や 就 職 率 と の間 に そ の よ うな関 係 が あ る のか ど うか の検 証 を 行 な った 。 2.数 学基礎学力の再調査 戸 瀬 らは 次 の小 学 校 レベ ル の計 算 問 題5問 、 (1)1-1一 (2)1÷1一 一191一 大 谷 晃 也 (3)1÷1-1一 (4) 3×{5+(4-1)×2}一5×(6-4÷2)= (5) 2÷0.25= を 文 系 の 学 生 に 課 した と こ ろ 、 全 問 正 解 で あ っ た 大 学 生 は 、70%に も達 しなか った こ とか ら、 数 学 の 基 礎 学 力 の 低 下 を 問 題 に した 。 著 者 の 調 査 で も 同 様 の 結 果 で あ っ た 。 しか し、 誤 答 者 は 小 学 校 レベ ル の 問 題 を 本 当 に 解 け な い の か 疑 問 で あ る 。 な ぜ な ら 、 彼 等 が 間 違 え た の は 集 中 力 の 欠 如 か ら と も 考 え ら れ る か ら で あ る 。 そ こ で 、5問 の う ち 最 も 誤 答 率 の 高 か っ た(4)の 問 題 と類 似 の次 の問 題 、 (4') 7×{3+(6-2)×3}一5×(7-4÷2)= を 、 上 の5問 を 含 む 戸 瀬 ら の 問 題(参 の 最 初 の 授 業 に 出 席 し た166名 考 文 献2の 表1)に 追 加 した テ ス トを 、2004年 の 学 生 に 対 し て 行 な っ た 。 問 題(4)と(4')の 度に数学 テ ス ト結 果 は 次 の 通 りで あ る 。 表1 問 題(4)と(4')に 対 す るテ ス ト結 果 学生数(人) (4)、(4')両 (4)の み不正解 (4')の み不正解 (4)と(4')の こ の表1か 解 して お り、 彼 等 が 問 題(4)を (4)の 24 16 両方正解 ら、 問 題(4)を 比率 7% 14% 10% 11 方不正解 69% 115 間 違 え た の は24名 で あ るが 、 そ の うち13名 は(4')の 問題 は 正 間 違 え た のは 不 注 意 に よ る も の と考 え られ る。 残 りのll名 は 問 題 を 本 当 に 解 け ない 可 能 性 が あ るが 、 しか し他 の問 題(参 照 文 献2の 表1の 問 題) の成 績 を み る と、24問 の中 で 正 解 数 が10個 以 上 の者 は8名 お り、 これ ら の者 も(4)の 問題を 間 違 え た のは 不 注 意 に よ る も の と考 え られ る。 残 り3名 に つ い て 調 べ る と、24問 の中 で 正 解 数 は そ れ ぞ れ2個 、8個 、9個 で あ る。 正 解 数 が8個 を5個 と9個 の2名 の者 は 、 中 学 校 レベ ル の問 題 また は6個 正 解 して い る こ とか ら、 彼 等 が(4)の で は な い か と推 測 され る。 結 局 、166名 中1名 の み が(4)の 問 題 を 間 違 え た の も不 注 意 に よ る の 問題 を 本 当 に 解 け な い と考 え ら れた。 そ れ で は 、 単 純 な数 値 計 算 以 外 の小 学 校 レベ ル の算 数 の問 題 を 、 文 系 の大 学 生 は 本 当 に 解 け る ので あ ろ うか 。 そ こで 、 著 者 は 日常 生 活 で よ く使 う面 積 や 速 さに 関 す る小 学 校 レベ ル の問 題 に 、 中 学 校 程 度 の レベ ル の問 題 を 加 え た 表2に 示 す 数 学 基 礎 学 力 問 題(2003)を 生 の数 学 の基 礎 学 力 を 測 るた め の テ ス トを 行 な った 。 一192一 作 成 し、 大 学 文科 系学 生 の数学 の基礎学 力 と退学 率 、就職 率 表2 数 学 基 礎 学 力 問 題(2003) 問題 番号 問 題 答 レ ベ ノレ 5×104 1 5m2ニ( )cm2 小 学 校 レベ ル 又 は 、50,000 5m/sニ( 2 )km/h 但 し、1m/sは 1kmの 速 さ で 、 1km/hは 毎 秒1mの 時速 18 小 学 校 レベ ル 速 さの こ とで あ る。 直 角 三 角 形ABCの の 長 さ は4mで 斜 辺ABの あ る。 BCの 長 さは6m、 底 辺AC 長 さ を 求 め よ。 B 3 2「 匠m また は 、 価m 6m A 4m C (i)a≠1の 4 ax-x-1ニ0 よ りxを 中学 校 レベ ル 求 め よ.但 し、 aは 定数 時 、 x-1/(a-1) (ii)aニ1の 中学 校 レベ ル 時、 解はない 高 校 レベ ル (但 し、日常 経 験 で 、 100人 の 生 徒 の 中 で 英 語 の 点 が80点 以 上 は40人 で 、 5 もの の 集 ま りに つ い 数 学 の 点 が80点 以 上 は35人 で あ った 。 また 、 英 語 と ての概念は得てい る 15人 数 学 の 両 方 と も80点 未 満 の 生 徒 は40人 で あ る。 英 語 もの と考 え られ るか と数 学 両 方 と も80点 以 上 の 生 徒 は 何 人 か 。 ら、 中 学 校 レベ ル と 思 わ れ る) こ の テ ス トは2003年 度 に数 学 の最 初 の授 業 に 出席 した150名 の 学 生 を 対 象 に実 施 した 。 各 問 の正 解 者 数 及 び 正 解 率 を 入 試 で 数 学 を 受 験 した 経 験 のあ る グル ー プ と経 験 の ない グル ー プそ れ ぞ れ に つ い て 求 め た も のが 表3で あ る。 表3 入試で数学受験の有無別正解率 問題番号 数 学 入 試 受 験 有 り(54人) 数 学 入 試 受 験 無 し(96人) 1 59% 48% 2 65% 41% 3 87%(41%) 43%(18%) 4 63%(6%) 26%(0%) 但 し、 問 題3で 長 さの 単 位 が 間 違 って い るが 数 値 が 合 って い れ ば 正 解 と した 。 また 、 問 題4の け て い る解 答 で あ って もa-1/(a 1)と 書 か れ て あ れ ば 正 解 と した 。 問 題3及 び4の( で あ る。 一193一 5 80% 44% 解 答 でaに 対 す る条 件 が 抜 )内 は 完 全 正 解 の 正 解 率 大 谷 晃 也 こ の表 か ら、 小 学 校 レベ ル の問 題(1及 び2)で あ る のに 、 そ の正 解 率 は 低 く、 特 に 入 試 で 数 学 の試 験 を 経 験 しなか った 学 生 の正 解 率 が 極 め て 低 い こ とが 判 る。 入 試 で 数 学 の試 験 を 経 験 し なか った 学 生 の、 数 学 の基 礎 学 力 が 極 め て 低 い こ とは 次 の図1か ら も 明 らか で あ る。 図1 入試で数学受験経験の有無別得点分布の比較 35% 30% h一 一一一. .一 一 一 一 一 一 一 一一 一 一 一 一 ヨ}「一 … 1凹 入試で数1 25% 一 一. - 礒 薯騨 雲 讐 2・n 一 一一 llS 琶 15% 10% 一.一 一 一.一 一 一一 一 一 一 一一.一 i I [□擁 劉 「ゴ{ 一 験無し 一 5% 0 一一 1 .一 ゴ ー一 4 2 3 5 得 点(正 解 数) 図1は 、 入 試 で 数 学 の受 験 経 験 が あ る者 と ない 者 の得 点 分 布 を 示 した も ので あ る。 図1か 表2の5つ ら、 の問 題 の中 で 正 解 数 が2問 以 下 の者 は 、 入 試 で 数 学 を 受 験 した 者 の グル ー プで は20 %未 満 で あ るが 、 入 試 で 数 学 を 受 験 しなか った 者 の グル ー プ の場 合 は60%を 超 え る事 が わ か る。 こ の こ とか ら文 系 の入 試 で 数 学 の試 験 を しない こ とが 、 大 学 生 の数 学 の基 礎 学 力 低 下 と深 く関 わ って い る こ とが 窺 え る。 3.数 学 の 基 礎 学 力 と退 学 率 、 就 職 率 バ ブル の破 綻 以 降 、 大 学 卒 業 生 の就 職 率(但 し、 就 職 率=就 職 者 数/卒 業 者 数)は 低 下 して お り厳 しい 状 況 が 続 い て い る。 そ の情 況 は 、 文 部(科 学)省 作 成 の文 部(科 学)統 計 要 覧 及 び K大 学 卒 業 者 名 簿 を も とに 作 成 した 次 の図2か ら も理 解 され る。 一194一 文科 系学 生 の数学 の基礎学 力 と退学 率 、就職 率 図2 全国大学生就職率 とK大 外国語学部生就職率 一 一 一 100.0% 「 1 90.0% ( 蝋 ㌍ 罧 博 \ 無 ㌍ 響 撰 )樹 謹 80.0% 700% 60.0% 一. 一一 一一 山一一 一 一一 一 +全 国大学 50.0% 40.0% . 一.一.〒 一昼 一K大 学 30.0% 20.0% 10D% L 年 業 卒 δ ON は OOON L ①①①} ◎◎Φ9 ⊥ 卜①9 ⊥ ⑩①9 霧9 寸①9 eっ①9 N①9 F①①戸 0.0% 就 職 難 の状 況 下 で は 、 求 人 数 を 大 き く上 回 る数 の者 が 応 募 す るた め 、 企 業 は 全 て の応 募 者 に 面 接 を す るわ け に は い か ず 、面 接 す る学 生 を選 ぶ た め にSPI(Synthetic Personality Inventory) な ど の テ ス トを 利 用 して 足 切 りを して い る と思 わ れ る。 就 職 で きた 学 生 が 就 職 部 に 提 出 した 就 職 報 告 書 を 読 む と、 多 くの企 業 で 数 学 の基 礎 的 問 題 を 筆 記 テ ス トに 出題 して い る よ うで あ る。 こ の よ うな就 職 事 情 か ら、 数 学 の基 礎 学 力 が 極 端 に 低 い 学 生 は 、 数 学 の テ ス トを 一 切 課 さ ない 企 業 へ の就 職 しか な く、 した が って 就 職 先 が 狭 ま り就 職 率 は 下 が る ので は ない か と考 え られ る。 また 、 大 学 に お い て 学 生 は 学 問 を 学 ぶ ので あ るが 、 論 理 的 思 考 を 全 く必 要 と しない 学 問 は 無 く、 数 学 の基 礎 学 力 が あ ま りに も低 い 学 生 に と って は 、 大 学 で の授 業 に つ い て い け ず 、 退 学 者 が 多 くな る ので は ない か と推 測 され る。 そ こで これ ら の こ とを 確 か め るた め に 、1992年 度 また は1993年 度 に 著 者 担 当 の数 学 の授 業 を 受 け た296名 の学 生 に つ い て 、1学 期 の数 学 の テ ス ト成 績 に よ って 、 退 学 率 や 就 職 率 に差 が 出 る のか ど うか を 卒 業 者 名 簿 に よ り調 べ た 。 こ こで1学 期 の テ ス ト成 績 を 用 い た のは 、1学 期 の テ ス ト内容 が 高 校1年 で 習 う基 礎 的 問 題 が 多 い か らで あ る。 同様 の調 査 を1996年 度 また は1997 年 度 に著 者 担 当 の 数 学 の授 業 を受 け た526名 に つ い て も行 な った 。 そ れ ら の調 査 結 果 を 次 の表 4及 び 表5に 示 す 。 一195一 大 谷 晃 也 表4 1992、1993年 度 数 学 受 講 者 の 成 績 別 退 学 率 、 就 職 率 49点 以 下 成 績 別 人 数(N) 成績別退学者数(W) 成績別卒業者数(G) 就 職(J) 卒業者 の進路 進学 未定 成績別退学率(W/N) 成績別就職率(J/G) 80点 以 上 全体 28 51 82 135 296 7 8 6 4 25 21 43 76 131 271 12 31 51 81 175 3 4 9 14 30 6 8 16 36 66 7% 3% 62% 8% 65% 25% 57% 50∼64点 16% 72% 65点 ∼79点 67% 但 し、 進 学 とは 大 学 院 へ の 進 学 、 大 学 へ の 進 学 、 専 門 学 校 へ の 進 学 及 び 海 外 留 学 を 含 む 。 表5 1996、1997年 度 数 学 受 講 者 の 成 績 別 退 学 率 、 就 職 率 49点 以 下 成 績 別 人 数(N) 成績別退学者数(W) 成績別卒業者数(G) 就 職(J) 卒業者 の進路 進学 未定 成績別退学率(W/N) 成績別就職率(J/G) 80点 以 上 全体 82 114 147 183 526 11 10 6 10 37 71 104 141 173 489 26 54 81 98 259 8 13 16 25 62 37 37 44 50 168 13% 37% 9% 52% 4% 57% 5% 57% 7% 53% 50∼64点 65点 ∼79点 但 し、 進 学 とは 大 学 院 へ の 進 学 、 大 学 へ の 進 学 、 専 門 学 校 へ の 進 学 及 び 海 外 留 学 を 含 む 。 表4と 表5か ら、 退 学 率 は 数 学 の成 績 が 悪 い ほ ど高 い こ と、 特 に49点 以 下 の学 生 の退 学 率 が 高 い こ とが 示 され た 。 また 、 学 生 の就 職 率 は 成 績 が49点 以 下 の学 生 の場 合 、50点 以 上 の学 生 と 比 べ て 低 く、 特 に1996、1997年 度 数 学 受 講 者 の場 合 に 低 い こ とが 判 る。 これ は 図2か る よ うに 、 彼 らが 就 職 した2000年 頃 の就 職 情 況 が 厳 し く、SPIテ ら も分 か ス ト等 で の面 接 前 の足 切 りに あ った た め と思 わ れ る。 4.お わ りに 今 回 の調 査 結 果 か ら、 入 試 で 数 学 の受 験 を 経 験 しなか ったK大 学 外 国 語 学 部 学 生 の数 学 の基 礎 学 力 は か な り低 い こ とが 再 確 認 され た 。 また 、 そ の数 学 の学 力 の低 さが 大 学 で の勉 強 に も悪 い 影 響 を 与 え て い るだ け で な く、 就 職 に も悪 い 影 響 を 与 え て い る こ とが 示 され た 。 文 系 大 学 生 の数 学 の基 礎 学 力 を 向上 させ るた め に は 、 入 学 試 験 で 数 学 の試 験 を 課 す か 、 高 校 卒 業 時 、 卒 業 資 格 試 験 を 課 し、 文 型 志 望 の高 校 生 に も、 数 学 の勉 強 に 真 剣 に 取 り組 ませ る こ とが 必 要 で あ る。 そ の よ うな制 度 改 革 が な され る まで は 、 大 学 に お い て 、 数 学 の基 礎 学 力 が 低 い 入 学 生 を 対 象 に 特 別 授 業 を 開 講 す る こ と も必 要 で は ない か と考 え る。 一196一 文科 系学 生 の数学 の基礎学 力 と退学 率 、就職 率 参考文献 1)戸 瀬 信 行 、 西 村 和 雄 「日本 の トッ プの 大 学 の 文 系 学 生 の数 学 カ ー 学 力 調 査 」 大 学 の物 理 教 育2000年3 月 号 日本 物 理 学 会 物 理 教 育 委 員 会 、 戸瀬 信 行 、 西 村 和 雄 「大 学 生 の学 力 を診 断す る 」岩 波 書 店 、 岡 部 恒 治 、 戸 瀬 信 行 、 西 村 和 雄 「分 数 が で きな い 大 学 生 」 東 洋 経 済 新 報 社 2)大 谷 晃 也 「大 学 入 試 と数 学 の 基 礎 学 力 」 関 西 外 国 語 大 学 教 育 研 究 報 告 第3号 (おお た に ・て るや 外 国 語 学 部 助 教 授) 一197一
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