YMN003803

近松の後悔㈲
味を知るため、その著作から後悔を語った正徳元年頃までの間
虎少将道行の一節に、おどり歌を入れたことに対する後悔の意
︵標題した拙稿の目的は、浄瑠璃作者近松の﹁世継曽我
﹂三段目
事とはいえ、浄瑠璃と歌舞伎とでは作者の立場からしてもその差違
役舞台大鏡口︶はこの時の覚悟を述 べたものであろうが、同じ芝居
しからば、とてもの事に人にしられたがよいはづじゃ﹂︵ 向野郎立
置く。﹁
時ぎやう におよびたるのへ、芝居事でくちはつべき覚悟山。
| 一番の僅令聞くに汗をほが
|す
に、浄瑠璃に対する近松の認識にどのような変化があったのか
は大きい。しかし、近松が歌舞伎界に迎えられたのは浄瑠璃作者と
叔
を探ぐることにある。本稿はコ出演追し第三十セ号所載の前稿
しての実繍と文才を認められてのことであろう。それだけに、浄瑠
大橋正
を承けてのものであり、その主意は、元禄期の歌舞伎
璃で発卸された才能が、歌舞伎の中でどのように開花するか、自他
おれば、それらの人の手がかなり加えられていることは既に知られ
までには座本を始め、金子吉左衛門 のような役者兼作者が同座して
日記﹂によって、﹁作者近松門左衛間﹂と署名ある狂言木も近松の
③
単独作 とするには問題であるとされる。歌舞伎のこと故、その上演
近松の歌舞伎界での活助を具体的 に知るには、その著作する現存
⑦
の狂言本によるのが一番であるが、近時紹介きれたコ金子吉左衛門
共に期待するところがあったと思われる。
昔時代における、近松の歌舞伎と浄瑠璃とに対する者 え万を 、
﹁人の芸﹂という観点から説こうとすることにある。︶
五
貞享期に竹本義太夫へ浄瑠璃の新作を次々と書きて
与い
えた近松
門左衛門は、その理由は不明であるが⑥歌舞伎
作界
者へ
として身を
三セ
あげ、台帳を作ることであり、元禄期の絵入り狂言木がその筋書き
るところである。作者の仕事はそうした人達の意見を聞き、まとめ
柑﹂
ふが書き留められており、近松の文辞を思わせると共に、﹁三世
の勤めについて語るのは、狂言本の簡略な記述の中でかなりのせり
は、あ Ⅰおそろしや。けいせいの身程あさましい物はない﹂と傾城
三八
程度のものであっても、 狙 ・百木の内容に関しては作者署名をした者
で夕霧の妹女郎荻野が語った﹁%減の調物語﹂と同じ趣何 である。
さらに、第二﹁室津の別当屋敷門前﹂の場で、掃部と馴染み、子ま
が執筆の責任を持たなければなるまい。朋世は近松の作者署名のあ
る狂言口木を通して近
、松らしきをいかに見出していくかにあろう。
でなした室沖の遊女異国︵岩井手次郎︶が、遊女屋の親万と奉公の
て語られるだけで、公事の場が舞台で演じられているのではない
そのために近松の作者としての出発点であった浄瑠璃の影響が、彼
現在知られる近松 の歌舞伎作品の初作は元禄六年二六九三︶ 春
が、この一件に対する狂言本の説明は丁寧である。苦界に身を沈め
年季が明いた、叫かないで公事︵訴訟︶をしていると話きれる場面
上演の コ仏母摩耶山開帳﹂︵京都 座 座本Ⅲ 卜七 左衛門︶であり、
た遊女がやっと勤めの年季が明いて自由な身となり、子 まで設けた
白身の歌舞伎作品に、どのように現われているかを見るのも一つの
狂言人も残る。その荒筋は 省略するが、この作には、場面として、
恋しい男と一緒になれる土ぬ
ロ
んでいたところ、なお、五年の年季が
がある。これは帯間 の派兵衛︵天井叉右衛門︶から掃部へ説明とし
また、人物の描き万 に、近松が著した浄瑠璃との関係を指摘するこ
あるという。自身には全く憶えのないこと故、親方との
万法と考える。
とができる。
高橋 露根千万︶を 身 詣し、傾城の風や恋の様子を学ばんとする。
五年の年季を自分の知らない間に増して、借金したことが判明し、
間で公事に
これは御台が傾城に心を奪われている夫人日掃部︵坂田藤十郎︶の
ゑ事に破れる。異国の再度の勤めは﹁仏母摩耶山開帳﹂ 0脚展開の
(せつ
七 で、次の掃部と異国との口説の場として廓場を置く
上には重要で
介 ︵金子音
持ち込む。しかし、母親が病気の時、兄五郎
左衛門︶が、
気を引くためである が、こうした大名家の妻女の遊女への関心は、
はあるが、公事そのものは後の筋に全く関係しない。しかし、見物
第一﹁ ハ田家下屋敷﹂の場で、大田家の御台︵玉 Ⅲ 三弥 ︶が傾城
﹁世継曽我﹂第五で頼朝の御台が﹁けいせいの恋路のしな。いとな
張する異国
︵読者︶はこの一件によって、自分の立場を積極的に主
という遊なの性格と、その背負っている現実︵芝居の中
ではあるが︶
つかしく見まほし﹂と頼朝に訴訟 し、 ﹁ふうりうの舞﹂へと舞台を
繋ぐ場と類似する。また、この場で高橋が﹁皆 いつはりのことのは
とについて、 強 い印象を与えられる。
敗訴の後の異 国の怒りと行動を狂舌口木は﹁ ゐこ くは ゑ Ⅰ ロ おし
への嫉妬 と肘部 の冷たい仕打ちに対する悲憤から、我が子に喉を突
かせて倒れる 烈 しい気性も理解きれるのである。浄瑠璃で培った近
松の人間の内面 の情の表現が、狂言ロ木を通して見る歌舞伎の舞台で
はあるが、そこ でも活かされていたと見ることができよう。浄瑠璃
や、はら立とな げ きかなしむ。兄のあはぅ ︵五郎介 ︶もかなしや、
と取付をつきた をしかへれば﹂と簡明に記す。この異国の姿は
作者近松の作っ た歌舞伎の特色をこのように見た時、それがどこま
、コ出
世 景清﹂第二で 、小野姫から景清に届けられた手紙﹁かね聞し
あこやといへる ゆ う 兵に御したしみ 侯か 。 みらいをかけし
なるまい。
で有効に助くこ とができるのかが、役者との絡みから考えなくては
我ちぎ
り 、いか ぢわ す れ給ふか﹂を読んだ阿古屋が﹁うらめしや、はら 立
や、 口 おしや、 ねたましや。恋にへだてはな きものをゆ う なとは 何
事ぞ ﹂と、嫉妬 と共に遊兵故に疎外される人間性を知り、それに対
り 立たない。歌舞伎作者の狂言作りにほ一座の役者を いかに使 うか
役者の役柄や芸の持ち味を考慮せずに狂言を作っても歌舞伎は成
登場する異国は 歓楽の座の花としてもてはやされる遊女ではなく、
ということが第一となる。そうした近松における作者と役者遣いと
であっても、 そ こに現実的な人間の一面を見せる、それは浄瑠璃の
也景清︶の投影 であると見ることができよう。歌舞伎の華かな舞台
人の女として誠 や意地を通した 虎 ・少将︵世継曽我︶、 阿 石屋︵ 出
浄琉璃で書き続けてきた遊兵、即ち、遊兵という境遇にあっても 一
までの遊女とはこの点大きく違っている。これは近松がそれまでに
下半左衛門︶では﹁けいせい浅間嶽﹂が正月二十二日以来の上演を
か 上演きれた元禄十一年四月は、
裸十一年四月九日初演︶を例に取り上げる。この﹁一心 二河白道﹂
を歌舞伎化した二、小二河白道﹂︵京都
に、古浄瑠璃コ一心 二かび ゃ く 道 ﹂︵伊藤出羽塚 正本
の関係を、当面の浄瑠璃と歌舞伎との問題をも含めて考
現実を背負った
持つ特色﹁人間 の内面の情﹂の表現を、﹁人の芸﹂に置き換える有
続けており、江戸下りの中村 セ三郎の人気上昇ととも に大評判を得
三九
﹁浅間嶽 ﹂
都座と 櫓を並べる早事 百座︵座本山
木坂田藤十郎元
寛文十三年︶
効 な方法であっ たと思われる。異国のこうした性格が登場の最初に
ていた。二心二河白道しの評判は残されていないが、
座座
印象づけられて こそ、その後の掃部の浮気︵異国の誤解であるが︶
えるため
一人の女である。歌舞伎の中で演じられてきたこれ
してぶっつけた 怒りの姿と同質のものと舌口えよ う 。この公事の場で
"上"
内容からして、
える。﹁金子
の
ま た、狂 舌ロ
と上り屋を建立し、諸病人に湯施行をする。願主に背中を流しても
傷は癒え、 桜姫の有馬薬師への祈願が叶う。その御礼 に桜 姫は湯屋
討つが、白らも深傷を負う︵第二︶。有馬の湯に入り、
四の
吉左衛門日記﹂によれ ば、三月十六日より金子音在荷門 と近松との
らいたいと言 う業病者の申し出を桜姫は受けるが、その病者は薬師
やく 道 ﹂は近松 作 ではないが、浄瑠璃に精通した近松が、その知識
る。お産の迫った姫は清水観音が姿を変えた老僧の勧め で、近くの
も同じ宮に宿るが、堂の表と裏とで会う ことができず、 翌朝出発す
羽目 に姫は宿り、行旅の苦しみを休める。姫を追って来 た 三木玄永
三木文永 の
間で狂言の相談が始まり、度々の相談に加えて、座本坂田藤十郎 ゃ
小硯であると
如来であって 、僧を悪趣に落した我が罪を救うための一
に 対抗して 一ク眉半強の上演を保った実績からみて、
大和 山甚兵衛等の一座の中心的な役者達の意見をも入 られ、まとめ
場 より仏門に入るため都へ伺 って旅立つ。道行︵第二一︶ 。池田の呉
知る。薬師如来の導きによって姫は剃髪し、懐胎の身ながら、その
座付 作者とし
コ 一心二河白道﹂はよくできた作と言
門﹂とあって、金子の名は表に出ていない。古浄瑠璃 同一心二人㍗バレ
られたのがこの狂言である。現存の狂言本には﹁作者 近松門 左衛
と 経験を活用して、役者達の意見を聞き入れながら、
老夫婦の家へ入り、そこで子を産み、名を名乗って死 ね。引き返し
て来た三木 之丞は老夫婦を尋ね、姫の死と子の誕生を知り 、二人を
丞は
貰い受けて、悲しみの中に丹波へ帰る︵第四︶。帰った三一木立
をなす因が 清玄 にあると知り、清水寺へ向ぅ ︵第一︶。 三木 之丞は
衛を襲い、婚姻の邪魔をなす。三番目の姫田辺三木之 丞舌長は障碍
ようとする桑田腰次や執権さ Ⅰめの大夫が勧める二番目 の婿 園部 兵
の若僧 清女 が 恋慕する。その一心が東より姫の元に通い、婿入りし
唱えながら彼岸 へ向ぅ。名号は弥陀の利剣と変じて清玄の首を別
二河白道に到る。対岸の観世昔の導きによって、姫は弥陀の名号を
nられ、姫は
玄 と出会う。蛇身となって姫を責め追う 清女 に追い 丑-め
弔 う ための流れ 酒 頂を行う。姫は中有をさ迷い、畜生道 に落ちた 清
自害しょうとして、秋高夫婦に諫められ、思いを改め、
に清水寺
て歌舞伎への改作をまとめあげたことに違いはあるまい。浄瑠璃 と
二かび ゃ く 道 ﹂梗概
歌舞伎との三作を比較するために、それぞれの梗概と荒 筋を記す。
三心
桂姫 は亡くなったと告げて清 玄を欺き、 桜姫 との結婚 を 成就する。
ね、休をば地獄へ落とす。姫は白道を渡り、極楽に迎えられ、やが
姫 の棚 樺を
清玄は姫の冥福を祈るため丹波を訪れ、姫の無事と結婚を知り、 折
て人々の 平 芹を守るため娑婆に示現し、丹波固 さいの 坂 の子安地蔵
け波固 きいきの郡司秋高の娘桂姫︵清水観音の申し子︶
桜姫を襲う。三木立 丞は 清友 を
から氏神へ参詣していた三木玄永・
として崇められる︵第五︶。
﹁一心二河白道ヒ荒筋
第一清水寺舞台前
し 、 桜 姫への去り状を菩かせ、狸の女に姫に届けるよ,
清 玄は寺を立ち退く。
さいきの郡司秋高下屋敷
フにと渡す。
するが、三木之丞は弥太郎の機転でその場を逃れる。姫 は恋の成就
以 Ⅲより三木之丞を慕っており、恋の起請を三木玄永から得ようと
永吉辰と下人弥太郎を兄て、Ⅱいにほめ詞を応酬する。桜姫は三年
桜姫は腰元達 と清水の舞台を訪れ、音羽の滝の下を通る若衆三木之
悪心を知る古狸を追って清水寺に来り、山狩りを申し出る。一方、
に 通い来て 、姫を悩ます 放 と聞く。 所 へ、座頭となって 清玄 の 一、心
ることを姫に約束するが、姫の煩いの原因は別に清玄 の 一心が夜毎
仲平は姫に恋した男があることを知り、その男三木之 丞 と夫婦にす
藤 太を批難する。言い争う二人を秋高は止め、祝言を 延期させる。
との 祝 ミロを急ぐよう にと言 う 。 仲平は兵衛の悪心を告げ
を問い、姫の煩いを恢復させるために京上りを言うが、 藤 大は兵術
姫の気分の悪いことについて問う。作半は姫 付きの 妹 ま がきに様子
笹自大夫 仲平の両家老を呼び、都か ら 戻った 桜
を滝詣でして観音に祈誓する。清水寺の君僧清玄は三木之丞と衆道
が 訪れ、姫に迫るが、
秋高は桑田藤沢・
の関係にありながら、かねて桜姫に思いを寄せている。清文に出会
波 に来ている三木立丞を呼びに行く。そこへ兵衛が現 われ、姫に 呪
園部兵衛は婚約者きいきの郡司秋高の娘桜姫の館に住む、兵衛の
った弥太郎は清女の桜姫への恋慕を知り、清玄を俗人に仕立て会わ
仲平が切り付けると一心は消え る 。仲平は丹
一味する
せる故、桜姫 に心を内明けた後、滝で身を清め、出家の迫を立てる
させる程のことはすると返事する。折から兵術が来て、姫を捕えよ
玄の中し出を受けて、兵衛との縁を切らしてくれるなら、心を満足
が 駆け付けて秋高を助け、姫を守る。
へ腰丈 が秋高を捕え来て、兵衛に従わぬと父を殺すと脅 す。弥太郎
て邪魔し、さらに切り付けてくる兵衛を蛇身となって苦
現わ れ 出て 、 触っ
うとするが、清玄は駆け付けて来た三木文永と弥太郎 に姫を預け
争う。秋高が姫の婿は二一木 之丞と 言う場へ、誠の清玄 が 来たって 、
舌口の盃を強いる。浩文の一心が座頭となって再び
る。腹を立てた兵衛は清玄の不義を訴え、貴 める。所へ、狸が見っ
自分が 婿 だと名乗るが、姫の相手が懇ろの若衆三木之 丞と 知って 思
ながらも、清
かったとの知らせで兵衛は行く。兵に化け逃げて来た狸 を宿支 は助
い切る。怒る兵衛の前に以前の去り状が出きれ、善悪相万の争いと
仲平 ・三木之丞 も 共に戻り、
け、狸を打たんとする兵衛から鉄砲を取り上げ、逆に丘@
衞を脅迫
四一
なり、清女筆 はそれぞれに立ち退く。
四二
お竹は車に乗せられて徳蔵に引かれ、子供二人と共に有馬 の湯へ
お竹の車を引いて銭を乞いに伊丹 へ向ぅ 。子供達は県羽 0目近く
姉が 唄い、弟が踊って銭を得る。雨に姉弟は母の跡を追い、道に
仲平 とお竹を会わす。火を取りに出たお竹を待って、仲平が一人蚊
。徳蔵はなおも子供達を尋ね行く。
呉羽の宮に着いた清文筆は化
ぅ。戻った御祓 が姉弟を探す所へ清玄 ・三木玄永・ 弥 太郎が来
帳 に居ると、怨 んで来た源五はお竹 と思い、自分の裏切りを明かし、
退く。
源五が 姉弟を捕え来る。徳蔵も来て、 清玄
清 玄は徳蔵に 仲平の味方である と告,け、子
所へ藤 太の荒草平 が駆け付け、 兄の首を
清支 は 源 五であると 編す 。戻って 来 た源 王に
仲 平も来り、
桜姫 ・三木玄永 等も来り、
笏功
び捕えられた姉弟も清 玄が 奪い返して来て 、喜びの中 に皆えⅠの旧
竹の働きを褒め・夫婦であると悦ぶ。
、享平 と源五 とを相手に立廻りを演じ、二人を討つ。
平は切りかかる。そこへ、徳蔵に引かれたお竹が車に乗って 現わ
て敵は誰かと問う。
を 伊丹へ連れ行かせる。
姫を連れに行かせる。
仲平の子供だと助けを求める。清夜 は源 五を欺き、 子 供 を預 り、
待って一人残る所へ、
清玄は皆を伊丹 へ行 かせ、 仲平
と
@出
@会い、また、徳蔵が宮の下に隠した首桶を見付ける。驚く 所
う。源五の女房が現われ、源 五を連れ去った後、仲平 は姫と共に逃
の縄を解き逃がす。お竹は縁の下に忍んで、縁に腰掛けた源五の足
お竹が店ると聞いた藤大を源三が案内する隙に、下人徳蔵が浄雲等
を切る。源五は逃げ去る。なおもお竹は手負いになりながら、子供
に助けられ宛腰大を討ち取り、徳蔵に藤太の首桶を担げさせて立ち
退く。
呉羽 の宮
、堂の下より 桜 姫も現われ出る。
れ出るが、戻ったお竹には藤大か源 五の首を取って、一味 でないこ
へ 烏
到着するが、既に姫等は逃げて居らず、浄雲や家人達を捕える。如
とを示せば夫婦であると告げて、清楓をもお竹に預ける。腰丈等は
卜しれと 口
姫への追手として腰丈が来ることを話し、自分の女房卜卜
迷 で
を
お竹の妹花鳥は姉を尋ねて呉羽の宮に到り、後堂で休む。侮っ
徳蔵が 湯
向ぅ 。途中、徳蔵は旅費を稼ぐため、子供達に銭 乞い を きせよう
仲平の女房 お竹は藤大の妹故に離縁され、姉娘小腰を連れ、山崎
勧めるが、お竹は侍の子に乞食の真似はさせられぬと、
の浮裏宅で飯炊き奉公している。浄雲 の大婚源五は仰に忍ばんとお
貴 いに出た隙に自害を刮る。折から戻った徳蔵はお竹を諫め、 白
竹を口説く。浮雲宅の客人の子供が病気となり、お竹が乳を飲ませ
と
んとすると、我が子清楓であり、客は桜姫と天川平と知る。桜姫は
を
第二山崎の浄裏毛
た
と
ら
る
に
再 お れ 重 見 供 桜
を
者が配される。しかし、浄琉璃の登場人物と一座の役者の人数や役
柄 とは一致するものでないから、当然のことながら、そ れぞれの役
W 白道
駕籠 昇き 二人が藤太の幽霊を乗せ、六波羅六道に下し去る。出家
者に相応の役が回るよう に登場人物を増やしたり、ま た・その役柄
第三二
が出て来て、閻魔大王に変じ、場面は二河白道となる。源エ の幽霊
を変えたりする。姫の最初の婿桑田腰次︵敵役萩野 折右衛門︶は
も婚約者ながら敵役とする。執権さ Ⅰめの大夫仲平 ︵
立役坂田 藤
婿から家の悪家老に、第二の婿園部兵衛︵敵役松永一 八郎右衛門︶
桜姫も引き立 てられ来る
観憶を信仰する故に赦され、娑婆
も 現われ、二人共に大王の前に畏まる。
が 、 清 玄を迷わせし罪はあるが、
に退 きれる。
頓死する
に思われる。さらに、仲平の妻 お竹 ︵若女形水木炭 之助︶や芥川
時期、藤十郎は病気がちであったためか、藤十郎の役としては不足
十郎︶に座本を持ってきて、実事を見せる場を作る。ただし、この
秋高・ 桜姫 ・二一木之元 等は清水寺に参詣する。
所へ 園部 兵
清水寺
が、 皆が呼び掛けると蘇生し、地獄でのあり様を語る。
源正︵敵役三笠 城右衛門︶、下人徳蔵︵金子古在衛 門︶を新たに
桜姫は
衛が 来て 、 姫を奪お う とするが、三木之丞 ・弥太郎が 兵衛を討ち取
きく変わったのは桜姫と清女 とである。浄瑠璃では三木ヱ丞と結婚
々の人物の性格︵人物像︶をも大きく変えていく。その中で最も大
ぞれの役者の持ち味︵Ⅲ⑥を活かすために、浄瑠璃が持っていた個
場を作る。こうして個々の役者の役柄に応じて配 きれた役は、それ
その家族の苦難の場を第二に設け、お竹を演じた水木炭之助の見せ
有の家出又は
登場させ、桜姫 ・清夜物から離れた、お家騒動物に特
を歌舞伎
80
ヒ
工作を比較するに、 桜姫 ・浩文物として最も古い浄瑠璃
した後の桜姫は 、二一之
木丞への献身と、薬師如来の導きによる発心
に仕組み替えるに当たって、登場人物はそのままに利用し 、 桜姫の
想がなきれたことが知られる。そして、ほぼ構想がまとまったとこ
かわらず、存在そのものが仙人を傷つけ、自らも傷ついていく︶と
業釜 口悪にか
執心とはいえ、僧侶を堕落きせた業を人間の背負った
発心譚を省き、 清 玄の恋慕の一心をお家騒動物の中に
甚三輔︶・三一
は 一座の中心的な 役者や人気役
霧波 千寿︶・清女︵立役大和屋
へと、両者の選択に悩みながら純粋に生きていく。清女の 一万的な
ある 桜姫 ︵
君 な形
ろで一座の役者達への役の振り分けがなされる。浄瑠璃でも働きの
木乏尿︵若衆膨大和川西支分︶に
四三
の強い 意志と違って 、弱い肉体は現世での苦難に耐えきるこ とがで
して受 け入れ、仏心にすがり仏果を得んと夫も捨て仏門に走る。 そ
めに、その 恋と 夫への献身が取り出され、
浄瑠璃の桜 姫 はこの一座を支える二人の若女形の持ち味を活かすた
昔日三味線 レ︶と評される芸風を十分知った上での脚 色 であろう。
辰之助が若女・形でありながらやつし事の名人︵元禄十一
る 。また、傷つき、乞食に等しいあり様で車に乗っての
四四
きず,
死 ぬが、その 苦忠 故に姫は世の妊婦の安産を守る子安地蔵 とし
御仁て 示現 する。﹁丹波おいの仮子安地蔵ロロ記﹂と副題される、
之助のお竹に分身されたと理解される。浄瑠璃が根本に 持っていた
霧浪 千寿の桜 姫と 水木炭
一年三月﹁役
物の古浄瑠璃二心 二かび ゃ く 道 ﹂の主人公 桜姫も歌舞伎の主 入金
に移っ た途端、あるのは恋の悩みだけの現世諦歌型の桜 姫 とな る 0
人間の業と仏心への帰依は、歌舞伎の舞台には無縁のものと退け ち
れている。
こ れも大和屋
桜姫 を 演じた 霧浪 千寿は器量よく﹁ 諸げいの仕出ししつとり とし
ておも ひ入 ふかく、 せ かずさ めかず、ぬれ事よくう つりて 身ぶ りよ
清 玄は破戒憎から善の立役へと変心させられるが、
フ。浄瑠璃に
甚兵衛を清夜役としたところからなされたものであろ,
@
申
@
ハ
@
@
ヰ
@
@@
@@ 舞 伎の 清 玄は舞台廻しの役割を負った︵前稿三章参照︶
こと
けれ ば ﹂︵元禄十一年十一月﹁三国役者舞台鏡 ﹂︶と評判きれ る女
い役になっている。この清 玄は恋に狂い、 舞 ︵拍子事︶ や 武道事に
形であ り 、この芸風は第一清水舞台前の桜姫 の華 かさを飾った
夫と
働き、 詰開きも勤めるといった八面六腎の大活躍をするにもかかわ
おける 清玄は恋の亡者として一貫した性格を持つ存在であるが、 歌
は新た に登場きせたお竹の方に振り向けられたよう である。
らず現実味のない人物である。立役大和屋甚兵衛は大阪を中心に活
やコ 仏 母摩耶山開帳﹂の異国以上のものを持つのは、遊女と武士の
十郎と 同座しても﹁坂田藤十郎をみてを い た 目 ず い し ゃ う どもなれ
雌 していた役者で、この時は京上りして都塵に迎える
、人格のな
し、お 竹は浄瑠璃の桜 姫 のように夫を捨てて行くのではなく、
妻と
と思わ れる。一万、浄瑠璃の桜姫で 語られた夫への献身と強い土忌山心
しての 自分の存在を買こうとする積極きに、﹁出世景清﹂の阿古屋
再び 溢 わんがために、その意向にⅡぅ よ う に生きるのである。
妻 との相違が考えられているのであろうが、浄瑠璃の桜姫の 投影が
上手であった︵同上︶。三心二河白道しでは藤十郎 と甚兵術が共
︵﹁三国役者舞台 鏡 ﹂︶と評判高く、藤十郎が苦手とした拍子事も
ゆほ レ
:﹂
ば、あまりく ふ人 あら じ とおも へば 、これは 又 ほめる 大ハ
丑江
呉 羽の宮で 芸達者な道化彫金子十ロ
やはり ある 放 と思われる。お竹の兄をも殺すこの竜志の強さは余り
にもき つく感じられるためか、
衛門と 子役とを絡ませて愁嘆の場が置かれるのは巧妙な演出 であ
得ないことである。そのために出来上がったのが、女若 二道に心を
っことはあり
が、再圧毎附の役柄からして、そのまま陸 兵術の役になっ
の 一方の立役として重要な位置にあった。敵役である
浄瑠璃の清女
に舞台で競演するような揚が避けられる程、この時、甚
ったとしても、 桜姫 とお 竹 とに浄瑠璃の桜姫を分身させ、自分の点
松 らしきを見出すならば、一座の石女形の役の配分という 事情があ
心 二河白道口の出来映えである。強いてコ一心二河自 迫 ﹂の中に近
しませるのが座付作者の手腕であるということの見本のトよう卜は㍉一
伎は歌舞伎であって、
歌
掛け、一心を桜姫に執着するが、諦めもよく、都合よく現われては
志を通させたな性を描いた点がそれと言えよう。
柑 材を浄瑠璃から取ろうが、
ロ
悪人の邪魔をして佳人を助ける立役の滴玄 である。特にこの場ム、
近松が浄瑠璃で表現した人間の内面の情は歌舞伎の中でどのよ う
えは、歌舞
に表現されるのか。
まで、甚兵衛
病気がちだったと見られるもう 一方の立役藤十郎の分
に要となって舞台をⅢ っ張って行ってもられなければならない一座
の人の去と芝居の軒をならべてなすわざ なるに、正眼
とする
︵性根︶
身ん
し しゃ・
ひて 、文句みな働きを肝要とする活物狂り。殊に歌舞妓 の生つ
惣 じて 浄る りは人形にかしるを第一とすれば、外の草紙 と違
れて表現されるということであった。後年に近松は
コ 一心二河白道﹂の検討から得た答
の事情も加わっていたことを考える必要もあろう。
伎も深く人の情と関わってはいるが、それは役者の芸に全て集約さ
この桂姫・清玄の人物像が変えられたことは、浄瑠璃が主題とし
とである。それは、恋の様子と善悪の対立の中にある人間の思惑を
たものは捨てられ、歌舞伎は歌舞伎としての主題を逸んだというこ
役者の去に応じた見せ場を作ることによって
なき木偶にき ま。の情をもたせて、見物の感をとらん
お@
かた
、単純な役柄の型
で見せることであった。恋の様子に老兵形と若衆彩め褒め詞の場
と語ったと伝えられる。これは歌舞伎と浄瑠璃との相違に対する 近
事なれば・大形にては妙作 といふに至りがたし︵㍉難波 土産
思味
筋 に見る通りである。また、善 ,悪の対立もその内容が
土を持つと
,毛
松の見解の要点である。そして、歌舞伎の側に立って、 この舌口をヤ
と、清玄 の一心という形だけの三心 二かびゃく道しの場を持ち込
いうよりは、役柄によって演じる役者の芸が﹁ここちよし﹂﹁にく
えれば、﹁歌舞伎の生身の人の芸﹂とは、近松白身が直接 関わった
発端﹂ -
し﹂﹁なみだながす﹂等といった評判記の評語に見られるような共
坂田藤十郎・山下半左衛門・芳沢あやめ・水木辰之助 金子青児 衛
むが、それらが華やかで大らかな歌舞伎の恋の場面であることは@
荒
盛る、見物に訴える程度にしか伝わらないものである。所詮、歌舞
四五
四ハ
十九件に主
要 な役で出演して、近松の技量向上は藤十郎の芸向上と不同分であ
る 。近松との関係も深く、近松作の歌舞伎三十二点中、
ての言であろう。これらの﹁人の芸﹂に対抗するために人形に
った。その完成が元禄期の写実風の演技であるが、その根底には 人
の、元禄歌舞伎の担い手であった役者達の個性ある去を思慮に
をもたせ﹂ることを強調するが、これは﹁人の芸﹂には ﹁情 ﹂
の情の表現があり、作者の作意を十分を推量した上での
ぅ までも あるま
るが故に生じるのではなく、﹁人の芸﹂即ち役者が役柄によっ
じる人間を通して感じられるものでることは舌ロ
作者の助きは、歌舞伎であれ浄瑠璃であれ、この﹁情﹂ な ど う
。作者の作意を役者の芸が活かす、そこに至芸が生まれてくる
し、演者の去に生きた人間を見せるかにある、と近松は甘口って
ったかを述べてみる。
って、近松と藤十郎の連携がどのような﹁人の芸﹂を生 み出してい
両者の協同によって成った %けいせい仏の原口を検討 することによ
禄十二年一月京都塵座本坂田藤十郎︶の 梅 末文 蔵役 である。
あった。この藤十郎の当り芸は近松の代表作コけいせい仏 の原ロ︵元
﹁人の去﹂で
るとい,ユ%提 に立っている。無論、﹁情 ﹂は単に﹁生身 0人﹂
門
等
が 「 入
あ 惰 れ
で
あ
て
演
い
。
動の主謀者に主人公の弟を配し、主人公が勘当される ところから 見
コけいせい仏の原しの特徴を鳥越文蔵氏は ﹁構成におい てお家騒
のを、藤十郎は近松以上に或いは敏感に、自らの歌舞伎 が 目指
門 と坂田藤十郎との関係が見られる。近松が歌舞伎に求 めてい
していくことが求められる。この理想的なあり方として近松門
が
、
そうした逸話は﹁耳塵集﹂等に
の協力によって・より見物に喜ばれる芝居をと心掛けた役者でもあ
多く記録されている。また、作者に対する配慮もあり、作者と役者
とする程の研究熱心な役者であり、
坂田藤十郎は自らの役作りのために柏手方の役の心理まで知ろう
八
きものと、心得て試みてきた役者であった。
も
目
円
明きせている。
肪の展開が散漫にならないように、梅木文蔵を中心 に話を展
筋を観客に掴ませた。
冒頭で主筋を乾介太夫に説明させ、これから始まる 芝 用の大
付言すれば、
にしたという二つの大きな点が挙げられよう﹂と指摘す
に思いきり長い台詞で身の上を詰らせ、主人公のィメ| ジを明らか
と、演出面では坂田藤十郎の扮する梅木文蔵に前節で引 刑 したよう
え たというこ
馴
致
せることによって、三番続 の各部︵中略︶に登場きせ
そのためには作者と役者との人間関係も含めて、作意と芸 とが
い 表
る
現
友
衛
た
す
べ
をも殺害したことを恥じて切腹して果てるのも、文蔵のやさしさに
ができるのである。敵役乾介太夫が媒合Ⅲの矢文蔵を陥れ、その父
0行動にも無理が感じられず、筋展開の上で必要な存在と見ること
文蔵の人間的な存在が他の人物にも影響を与え、ム﹁Ⅲや奥州や竹姫
の統一が戯曲的な統一をも導くという結果となっている。つまり、
揚さ、 やきしさが事件の展開の中で一貫して画いており、その性格
あることが多い。ところが文蔵の場合は、若殿という育 ちが持っ鷹
ば、一般的には コ一心二河白道ロ 0宿玄 のような狂@廻し的な役で
文蔵が主要な場にいつも登場し、しかも冬場での役割を持つとあれ
といった点が戯曲としてもまとまったものにしている。このように
じつ
ゑい
巴 。 仏原の咄は酔ずして実に誠を語れり。今度の糟買 は酔て夢
の長咄と 仏 頂 の咄 とがおなじゃうにい
糟買 のやつし、近年の出来物、それ故に大あたり。︵中略じそ
すいかは
なたのや う な粋顔する素人がい ふには、此度の糟買 の島 屈狸 ひ
え 侍る。 扱 此度二の替り傾城壬生大念仏に、高遠良弥 に なられ
せられし故に、おもしろ過たり。化人のは尤 らし ぅ実め きて間
長物語を、化人より大きに出来たるやう にいひしは、 花
たる所は 、 実のや う なれ 共皆花 なり。難波にて 嵐三 右の 此所の
ても、
さず、実を専にして、折節花 をあしらはる ち故に、千日 千夜 見
ぢうふ
たん
任不断、何をせられても 見 あく事なし。 是花 なれ 共表 へあらは
此
化人の芸、花をかくして身をあらはす仕出し、是を世間の仝し系ろ
応じたものであり、介太夫も単なる悪人である敵役以上の存在とし
中 のどとく、しかも空なる事をいへり。しかれば仏頂の他 より
人 、花すくなしと見るは大きにあやまれり。︵中略︶
﹁
て位置づけられる。介太夫自体、第一の発端﹁北国街道筋﹂で娘ム
皮の咄が大きになっかしく、
は、此 -
の間に善悪の男達の争いを絡ませて、舞台に隙をおかな
日文蔵をめぐる今川・奥州・ 竹姫に 三様の女心を演じさせ、そ
川 と再会し、親子の情愛の場にしっとりとした情緒を見せる役を担
迄 の柾 目口のわけたし ね所、いひな づけのかつ姫にあふて
言体 にあらず、
を 専に
こ Ⅰらに少にても 狂言 ら
共盛の酒の酔なり。次に酔醒 て、 我と 戒名をあ
しき所あれは、見物のいかう請取ぬ芸 じや。お見やる 通 少も狂
る Ⅰあたり、さなから夢中のことし。
こり、備後の国をあかし、起請の文段を咄すとて、戒名な いは
実 めきたる所有ては 、 末々
へど 、天地黒白の ちがひ
じつ
見 あく事 さらになし。︵中略︶仏の原の口咄は、 打 きい
-長-
っており、敵役という役柄以上の複雑な心情を持った
役 である。歌
雑伎の敵役にも人間の内面にある情の表現が求められているのであ
る。
次に引用するのは﹁役者一挺鼓 ﹂︵元禄十五年︶の﹁上々吉 坂
円藤十郎﹂の品原人の評の抜率である。
四
セ
とが茅店したような内実を持ちながら川竹できるのは、
四八
かせし出を後悔して、はをつめりなどせらる ト所 、 始
公案三分などと言われるよう に、個人の中にその両面が 具有されて
は ﹁実 めきたる所有ては、末々迄の狂舌口のわけ た Ⅰ ね﹂役 とされる。
ことを心掛けた役者だと言う。また、﹁壬生大念仏﹂の
いるからである。そして、藤十郎は ﹁実 ﹂に重きを置い て演技する
それが 花七
ぱい
しう見えし故に、此所一倍はつきりと聞え侍る。
壬生人命
藤十 郎の芸風
0% 、本文蔵とコ傾城
この 記襄は ﹁花をかくして実をあらはす仕出し﹂の
説明するのにコけいせい仏の原ヒ
酔夢の中で身の上仙さする民弘に、﹁仏の原﹂の文蔵 のように﹁ 実
訊
を語れり﹂と 相 矛盾するような三ロ い方が見える。文蔵 は さる大名
ね
め
物の心理に立ち入ってまで説明しなければならないこ とは、狂言 自
のように、藤十郎の芸を説明するのに、
れる、つまり、酔夢を真似た演技であることを言うのであろう。 こ
の意で用いられる﹁狂言らしき所 ﹂とは、演じている彼 者が感じる
ないように藤十郎は見事な正真の酔っ払いを演じている。その反対
悌順とのやりとりが嘘になり、芝居の筋が通らなくな る。そうなら
めきたる 所 ﹂、即ち、良弥の本心が見えては、酔いが醒 めた後で、
の時、文蔵は酒に酔ってはいない。文蔵の咄は話すにつれて興に
の
居 と感じさせるようなわざとらしさがないこと、即ち、 演技を演
感じきせるような 芸 ︵演技︶の きま をい う のであろ ,レ
。 いかにも
は、コ 役者一挺 鼓 L の右の評に対する悪口紐の鋭い古性が 答えてい
実 をあらはす仕出し﹂が全ての見物衆に歓迎されたも のでないこと
をも表現することにあったことを示している。この﹁花 をかくして
休 が複雑な内容を持つというよりも、藤十郎の芸が人問の情の内面
文 蔵 の本心
と思わせず、役の木瓜が自然なさまで現われていることが ﹁実 ﹂
る 。特に、田舎の見物が藤十郎の芝居を見て、﹁芸はせ
一といった話を持ち 出す痛烈な 皮
られずして、
意味である。そのような藤十郎の芸が見物に魅力を感じきせ 、評
舞台 て何やら 談 ムロ
訂 してお めやった。あの談合事はが く やでして、
去なして見せられたらよからふに・
実
皆花 なり﹂の意であろう。﹁実 ﹂ と﹁花 ﹂
を
っているというのが﹁
を取るのは、芝居としての見所がその芸の中に隠された花 として
に ︶﹂というのは、藤十郎が文蔵になりきっていて、
下屋敷に紛れ込み、そこで問われるままに身の上の長咄 をする。
そ
芝
狙 言を分析し、 演技する人
り 、長咄 となる。藤十郎の演じる文蔵が﹁実のやう︵実 めきて
る。﹁仏の原﹂の文蔵の長咄 には﹁ 打 きいたる所は 、実 め や う な
じつ
共首札なり﹂と、また、﹁尤 らし ぅ実 めきて聞え侍る ﹂・﹁実に
コ
傾城壬生大念仏 し の作 者も近松で
仏
ぅ とするものである。なお、
弥 との共に長咄の場面を取り上げ、藤十郎の芸の深奥を誉め称え
﹂︵元禄十五年二の胚り 京都陣座本古今新庄 衛 門 ︶の高遠
を
民
よ
の
技
郎の評判からして、藤十郎の芸は、虚構された場であるが、舞台を
門役者口三味線し -藤十郎の芸は、﹁尤 かやう にしぐみおかるⅠゆ
華々しく見せながら、前場や世話場においては人間の弱さを歌舞伎
じつ
的な情緒で演出する﹁狂言めかず、実に見せる﹂︵元禄十二年正月
肉は 、藤十郎の芸の歌舞伎らしからぬ様子を伝えてい る 。この 藤十
一つの現実もしくは現実に近いものと見て、そこに登場する人物は
注①当時の浄瑠璃の一座の規模からして、座付作者
を、改めて考えることが必要となろう。
を置くことは
︵つづく︶
者の目が加わることによって、浄瑠璃に何らかの変化が見られるか
たわけではなく、十五、六点の作品を作っている。逆 に、歌舞伎作
この歌舞伎作者として活躍する時期、近松は浄瑠璃の創作を捨て
ものであろう。
る。近松の言う﹁歌舞伎の生身の人の芸﹂とはこうした内容を持つ
へ﹂︵同上︶と作者近松がその完成に大きく貢献したことと思われ
じつかた
見 物 と同質な
その現実の中で生身の人間として喜怒哀楽を表わし、
人間を舞台に見せることにあったものと思われる。
さかた
そして、﹁坂田藤十郎といふ人、まづ 男ぶりよし、実方 、やつし
ごとよく、口上きつはりとして、是はむつかしきつめひ らき成 べし
ハ ⅠⅠ ト トス ヰヰ ハス ト
と思ふ場をも、あ ち にいひ き はしたる所、もちろんしぐ みにてい ふ
きやりけん
とは思ひながら、 中 々狂言とは存じられぬ﹂︵元禄士 二年三月﹁ 役
者談ム口衝 しとあるように、藤十郎の芸に深みを添えるのは作者の仕
組みにあった。現実に生きている者が共感できるような人間を舞台
に登場させようとした写実風な藤十郎の実事は、その仕 組みにあっ
られる。
無理であるが、歌舞伎の一座の経営規模からは可能であ
り 、生活
人 つたことも一因に考え
5.6
︶シ
所ン
収﹁
特集・
所収︶。
八 資料翻刻 V 金子 吉左衛門関係元禄 歌 雑伎資料 二
号 ︵年
口﹂の諏訪春雄氏の発言等が ある。
コ近松 全集目 所
収 の本文を利用。なお、歌舞伎の場削り、浄瑠璃の段分けの 名
①近松作の歌舞伎・浄瑠璃の引用は岩波書店刊
ポ ジウム﹁金子一高日記
③﹁歌舞伎研究と批評﹂は
点﹂︵鳥越文蔵 編 ﹁歌舞伎の狂言こ平 4.7
②和田修﹁
て人間の情が表現されていなければ、内実のない見かけだけの 芸と
芝 居事は人間
こ こに藤十郎 と
の安定という点から、歌舞伎に
8 日から、
なってしまう。近松は浄瑠璃で学び得た人間の内面の情 0 表現を・
当初から歌舞伎でも試みようとしたと兄
近松との必然的な連携を感じないわけにはいかない。
を肥大化させ、極端に強い人間或いは弱い人間を作るが、また、それ
で
が芝居の面白さを支える面でもあるが、見物が共感できる範囲での
自然な人間を舞台に見せることを求めたのが二人の歌舞伎の方向
あった。君臣の義理、親子・夫婦の忠愛、男なの情愛竿 を一面では
四九
称は ついても 回書 解抵に 従っている。本文の引用については、
第四二︵昭如・ 1 ︶所収。
は注 ②の金子音左衛門﹁元禄十一年日記﹂による。
編 コ古浄瑠璃正本 集
私に句読点を 補い、︵︶内に私注を付した。他の引用につい
ても同じ。
⑤横山重
⑥初演の月日
常@@"
なお、この日 記によって﹁一心二河白道﹂の狂言作りの過程が
たどれる。
鼓口 にこの時の藤十郎の評判が﹁一心一一河口
注②の﹁元 禄 十一年日記﹂の四月 セ 日の条に﹁ 長政 ︵藤十郎
に、主人への 意見の一通、正真の実事と申べし﹂とある。
の﹁役者一挺
⑧
に当 6 人物で あるが、他に長政と称した文献を知らない。しか
し、藤十郎と 推定して間違いないと思う︶病気 二テ体ミ四 ツ
の 引用は岩波書店刊コ歌舞伎評判記集成口による。
時分二役所 ヱ
行末 稽 百二木 寄 ﹂とある。
⑨役者評判記
なお、引用に 際しては漢字は通行体を使用し、私に句読点を村
コ賢外巣口 に載せる密夫の仕 内 を得んと、茶屋の女将に
し、必要な 箇 所には圏点を入れた。
⑩特に
﹁けいせい仏の原﹂ 考 ﹂︵﹁元禄歌舞伎放 ﹂ 平 3
不義を仕かけ る 逸話はその最たるものであろう。
⑪鳥越文蔵﹁
托 所収︶。
五O