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アクティブ・ラーニングの視点に
立ったICT活用で、「心おどる
学び合いの旅」
へ生徒をいざなう
愛媛県では、アクティブ・ラーニングの積み重ねにより、他者感覚を備えた、地域で即戦力となる人材の育成を
目指している。地域連携やアクティブ・ラーニングの深化を図る鍵として、ICTの活用に着目した同県では、
全県立高校・中等教育学校が参加した「ICT教育フェスタ」を開催し、生徒・教師がICTの利便性を体感した。
そ れ ら の 活 動 は、 地 域 の み な ら ず、
学校の活性化にも大きく貢献してい
ます。特に高校では、特色ある活動
が学校の魅力化につながり、入学者
数が増えた学校もあります。
口の流出入の均衡化に努めています。
策定し、人口の自然減の歯止めと、人
う子どもを育てていく。そうした好
産業に従事し、地域の発展に貢献す
学んだ子どもが、大人になって地域の
を入れています。その具体策の1つ
地 学 地 就 に 向 け、 高 校 段 階 で は、
地域で即戦力となる人材の育成に力
意欲、他者感覚、協働性を
育む鍵となるICT
同戦略において教育分野が担う役
割は大きく、 年度に「愛媛県教育
循環の確立を目指しています。
で減少すると推計されています。大幅
拓 く 子 ど も た ち の 育 成 」 な ど6 つ の
全・安心な教育環境の整備」
「未来を
全ての学校段階において、地域と連
に誇りを持てるようにと、小中高の
国に誇る造船の町ですが、技術者の
科を新しく設置しました。同市は全
高校の機械科を再編して、機械造船
として、
る。そして、今度は自分が地域を担
振興に関する大綱」を策定し、
「学校・
な人口減は地域社会の存続にかかわ
振興方針を打ち出しました。そのキー
多くが高齢化し、若手の育成が課題
年度、愛媛県立今治工業
る課題であり、本県では「愛媛県版ま
携 し た 様 々 な 活 動 を 進 め て い ま す。
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15
ワードは「地学地就」です。地域で
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ち・ひと・しごと創生総合戦略」を
いま ばり
愛媛県の人口は、1985 年の約
153 万人をピークに減り続けてお
家庭・地域が連携した教育の推進」
「安
ただし
◎人口 約 138 万人 ◎面積 約 5,676㎢
◎高校数 国立1校、公立 53 校、私立 15 校
◎高校生数 3 万 5543 人
◎電話 089-912-2950(教育委員会)
◎URL http://ehime-c.esnet.ed.jp
り、2060年には約 ・4万人にま
正
井上 愛媛県 Data
地学地就のベースとなるのは、郷
土愛です。地域のよさを知り、地域
愛媛県教育委員会 教育長
地域のために行動する力の育成を目指し、
ICTを利用した授業改善を図る
愛媛県
教育長の
ビジョン
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Jun e 2 0 16
の一手
教委
地域活性化を支えるため
「地学地就」を推進
次代の教育を
形づくる
プロフェッショナル・ハイスクール」
同科には国からも期待が寄せられ、
設置と同時に文部科学省「スーパー・
えるために学科設置を決めました。
況であっても、今治の地場産業を支
減少していましたが、そのような状
あ っ た 造 船 関 連 の 高 校 は3 校 に ま で
を身につけてほしいと考えています。
域社会を築いていく、たくましい力
ちには、そうした課題を乗り越えて地
み、先行きは不透明です。子どもた
後継者不足にTPP(*)の問題が絡
農林水産業では、就業者の高齢化や
す。例えば、本県の主力産業である
先の見通しを持ちにくくなっていま
今や社会情勢の変化はめまぐるしく、
えられる「他者感覚」が備わってい
学んでこそ、他者の立場で物事を考
とらわれず、様々な価値観や意見に
さらに、課題解決に向けて重要に
なるのは多様性です。自分の考えに
ものでしょう。
が広がる面白さなどからも生まれる
者から認められる喜び、自分の世界
欲」は、学ぶ楽しさはもちろん、他
欲」を高めることだと考えます。
「意
こ のAL で 学 び を 深 め る ポ イ ン ト
の1つは、自ら取り組もうとする「意
力を注いできました。今後は、ICT
まずは安全・安心な教育環境の整備に
化率が全国 位( 年度調査)であり、
ます。本県では公立高校の校舎の耐震
教育の質向上につなげたいと考えてい
専用ネットワーク「愛媛スクールネッ
両者のシステムと、既に運用中の教育
務支援システムも未整備であるため、
は、学習支援システムだけでなく、校
題は、ICT環境の整備です。本県で
連動させて進めてきました。今後の課
域連携、AL、ICTに関する施策を
の指定を受けました。専門的な職業
地域の課題に主体的に取り組む姿
勢や解決策を見いだしていく力を育
きます。そして、他者を認める寛容性
環境の整備にも取り組んでいきたいと
境の整備です。よく言われるように、
人の育成モデルを構築し、それをほ
むためには、知識・技能の習得だけ
を備えることにより、他者と協力し
考えています。
校
かの専門高校にも広めて、地域を支
でなく、自ら課題を見いだし、その
て物事を進めていく協働性も身につ
となっています。全国にかつて
つなげたいと考えています。
解決に取り組むという、AL の経験
いていくことでしょう。
おいて、他者に伝える表現力が磨か
画像でも表現できます。その過程に
き、 し か も、 言 葉 だけ でな く、 図 や
一度に大勢の意見に触れることがで
ま す。 他 者 と 意 見 を 共 有 し や す く、
それらの活動を進めていくにあた
り、ICT は大いに力になると考え
学ぶ姿を見せるためにも、生徒と教
の学び合いではありません。教師が
す。しかし、AL は生徒同士だけで
実施をためらう教師もいると思いま
ます。ALを新しい指導方法と捉え、
り、その喜びを感じてほしいと思い
めにも、教師自身が新しい世界を知
ような教育を実現するために、全力
心おどる、学び合いの旅にいざなう
師 が 学 び 合 っ て い け ば よ い の で す。
れることも期待できます。
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ト」を連携させたシステムを構築し、
もう1つの柱となる施策は、アク
ティブ・ラーニング(以下、AL)の
を積み重ねていくことが必要です。
える人材を育てる職業教育の復権に
推進と、その充実の鍵を握るICT環
人は一生学び続ける存在です。そ
うしたことを子どもたちに伝えるた
いのうえ・ただし 1980 年愛媛県庁に入庁後、保健福
祉部介護保険課長補佐、県民環境部NPO・ボランティ
ア推進監、保健福祉部生きがい推進局長寿介護課長、経
済労働部管理局産業政策課長、企画情報部秘書広報局長、
総務部行財政改革局長、教育委員会事務局副教育長など
を経て、2015 年から現職。
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で支援していきたいと思います。
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学び合いの旅に
いざなうような教育を
県教委では、そうした考えから、地
* Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement の略。環太平洋戦略的経済連携協定のこと。
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タ ー に は、 そ の 両 方 の O S( * 1)
課題解決には主体性や協働性が求め
学びの場になります。また、地域の
「地域に貢献する人材を育てよう
とする時、学校だけでなく、地域も
朗課長は、次のように説明する。
て進めている。高校教育課の長井俊
連携、AL、ICT活用を連動させ
愛媛県教育委員会では、地学地就
に向けた教育力向上を目指し、地域
検討した。その結果、まずは、愛媛
開いて県立学校全体のICT推進を
委員会」を設置し、全7 回の会合を
の研究者から成る「ICT教育推進
教師の代表者、そして、ICT 教育
ICT活用については、2015
年度、県教委、校長・教頭・情報科
などを進める。
生アクティブ・ラーニング推進事業」
つれ、タブレットを手放せなくなる
「当初は活用をためらっていた教師
も、使い始めて操作に慣れていくに
てICTを活用できる体制を整えた。
のトラブル対応など、教師が安心し
も配置し、活用方法の指導や授業時
台、無線LANを整備。ICT支援員
のと期待しています」
(長井課長)
た、横のつながりもしやすくなるも
「ベテランと若手の縦のつながりだ
けではなく、学校間や教科間を超え
ようです。また、生徒が発表資料な
Tの有効活用を検討している。
ゆう いち
総勢163人が参加した
「ICT教育フェスタ」を開催
なる と
准教授らの講演を行い、学校教育に
さらに、2016 年3 月には、民
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を配備して、研究を進めている。
「タブレットのよりよい活用方法を
探るために、あえて異なるOSを導
ICTの活用ポイントをまとめ、実
研究実践校、
「ICT教育フェスタ」を起点に
県内全校にICTの活用を広める
入しました。また、多くの教師に活
績を積むことから始めました」
(長井
践事例を蓄積していきたいと考えて
用してもらうために、授業に役立つ
連携した魅力ある学校づくりのプラ
課長)
います」
(長井課長)
ンを募る「地域に生き地域とともに
歩む高校生育成事業」を、ALでは、
られ、それを育む活動としてALが
県立伊予高校と同松山商業高校をI
ICT導入に向けて、現場の意識
改革にも努めている。県立高校・中
ICT環境の整備に向けて
推進委員会を設置
有効です。
さらに、
ALの推進では、
教
C T 教 育 研 究 実 践 校(
どを簡単に作成できるため、話し合
等教育学校の校長・教頭が集まる会
校が研究実践を行う「高校
師が一方的に教える授業から、生徒
に指定し、ICT活用の実践研究を
いがスムーズに、かつ活発に行える
合では、ICT教育推進委員会の顧
拠点校
たちが学び合い、教え合う授業への
始めることとした。
ようになったと、両校から報告を受
問 を 務 め る鳴門 教 育 大 学 の 藤 村裕 一
愛媛県では、団塊世代の退職が進
み、若手教師が増えている。先輩教
転換が重要ですが、その手段として、
けています」
(長井課長)
研究実践校2校で
活用ノウハウを蓄積
I C T の 効 果 的 な 活 用 が 必 要 で す。
「県全体で一斉に動けば教育力向上
への大きな力となりますが、一方で、
おけるICT活用の利点を説明した。
師の指導ノウハウの伝承にも、IC
そのように、教育は何かが単独で動
導入に向けての慎重な判断が必要で
タブレット端末は、伊予高校にi
OS、松山商業高校にW in dow
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両校にそれぞれ電子黒板機能つき
プ ロ ジ ェ ク タ ー、タ ブ レ ッ ト 端 末
くものではありません。施策も連動
あり、予算確保も大きな課題となり
s を、そして、愛媛県総合教育セン
年度から)
することが重要だと捉えています」
ます。そこで、活用方法と成果の実
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地域連携では、高校生から地域と
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現場の
ミッション
*1 Operating System の略。コンピューターのシステム全体を管理、制御するソフトウエアのこと。タブレットの主な OS には、アップル社の iOS、Microsoft 社
の Windows 、グーグル社の Android がある。
「目的は、生徒や教師にICTを活
用した教育の必要性を理解してもら
授業などを体験した(写真)
。
て「 Classi
」
(*2)を活用しながら、
愛媛県の魅力を紹介する作品を作る
トを1人1台持ち、3人1組となっ
教育学校から代表の生徒(107人)
タ」を開催。全ての県立高校・中等
間企業と連携し、
「ICT教育フェス
業に取り組む生徒の姿に刺激を受け
ます。何より、教師は、楽しそうに授
こ と を、参 加 者 に 伝 え ら れ た と 思 い
し て、よ り 多 様 な 意 見 に 触 れ ら れ る
「タブレットを使えば、挙手が苦手
な生徒でも意見が出しやすいこと、
そ
る生徒が目立った。
振り返りやすい点などを利点に挙げ
見を閲覧できる点や、履歴が残って
た、自由回答では、ほかの生徒の意
自身も感じている回答となった。ま
者全員がタブレットを体験すること
けるためにも、全校が参加し、参加
めようとしていることを強く印象づ
です。今回は、本気でICT導入を進
一緒になって取り組むことが不可欠
「予算も人員も限られる中で最高の
結果を出すためには、地域や民間と
トを参加者全員分、用意した。
セルラーモデル(*3)のタブレッ
くてもインターネットに接続できる
Wi │Fi や 無 線L AN の 環 境 が な
イ ン ト だ。 今 回、 ソ フ ト バ ン ク が、
立学校のICT環境を整備していく
育推進委員会で十分検討を重ね、県
密に情報交換をしながら、ICT教
や市町の教育委員会、関係機関とも
今後は、研究実践校での成果と課
題を分析するとともに、各校の校長
ICT活用を促進したいとしている。
うした学校とも連携し、県全体での
進める高校もある。県教委では、そ
県の動きと連動するように、学校
独自にICTを整備し、授業改善を
法を採ったのです」
(長井課長)
人)が参加し、タブレッ
い、県下にICT機器導入の機運を
たのではないでしょうか」(長井課長)
と教師(
高めることです。全ての参加者に実
考えだ。
瀬戸内海の島しょ部に位置する愛媛県立弓削高校は、全
校生徒 62 人の小規模校だ。少子化とともに入学者数も減
少しており、入学者数維持のため、学校の魅力を強化して
きた。中でも、小規模校の利点を生かし、生徒一人ひとり
に応じたきめ細かい指導は、同校の最大の特色だ。それを
さらに推し進めるため、2015 年度、
「Classi」を導入した。
まず、放課後や休日にパソコン教室を自習室として開放
し、生徒が自分のレベルに合わせて問題を選べる「Web ド
リル」
を使って自学自習を行えるようにした。さらに、
「Web
テスト」を朝学習や授業の最後に行い、学習の振り返りに
活用。生徒の解答は自動的に採点され、その結果は教師用
のパソコン画面に表示される。誤答率の高い内容は授業で
再び指導したり、生徒個別にアドバイスしたりと、テスト
から間を置かずに指導できるため、生徒は効果的な復習が
できるようになった。また、生徒所有のスマートフォンで
も「Classi」にアクセスできるため、生徒はいつでもどこ
でも自由に学習できる。例えば、船で通学する生徒は、登
下校時の隙間時間を「Classi」で有効活用しているという。
今後は、生徒自身で自分のスケジュールを管理し、家庭
学習時間や学校活動を記録する機能を通じて、生徒一人ひ
とりの学習の自立を促していく予定だ。
が必須でした。そのための最善の方
げ
際にタブレットを使ってもらい、そ
愛媛県立弓削高校
地域や民間とも連携し、
効果的に事業を推進
「ICT教育フェスタ」は、民間企
業と連携して開いたことも大きなポ
島しょ部で地域創生を目指す高校の挑戦
こで感じたことを各校内に広めても
らおうと考えました」
(長井課長)
生 徒 の 振 り 返 り ア ン ケ ー ト で は、
「今日の体験を通して愛媛の魅力に気
づくことができましたか?」の肯定
率( 大 変 そ う 思 う + ま あ そ う 思 う )
は %、
「周りの人の考えやヒントか
ら新たな気づきを得ることができま
% と、タブ
写真 「ICT 教育フェスタ」でのタブレット体験授業の
様子。愛媛県の魅力を紹介する作品を作り、タブレッ
トを通じて会場内で共有。
ほかの生徒の作品に
「いいね」
を押したり、コメントを書いたりした。
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したか?」の肯定率が
愛媛県教育委員会事務局
指導部高校教育課課長
ながい・としろう
長井俊朗
ICT活用で生徒に学習の自立を促す
ゆ
94
レットの活用による学習効果を生徒
95
愛媛県教育委員会指導部高校
教 育 課 教 職 員 係 長、 愛 媛 県 立
野村高校校長等を経て現職。
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愛媛県
次代の教育を 形づくる 教委 の 一手
*2 株式会社ベネッセホールディングスとソフトバンク株式会社の合弁会社である Classi 株式会社が提供する、学校教育での ICT 活用を総合的に支援するサービス。
*3 電話回線を利用してインターネットにつなぐモデルのこと。