世界の金融機関が不安視する低収益性、日本化現象

リサーチ TODAY
2016 年 6 月 17 日
世界の金融機関が不安視する低収益性、日本化現象
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
本年5月下旬の筆者のスペイン出張の主な目的は、IIF(The Institute of International Finance) 内にある
グループの1つ、The Market Monitoring Group (MMG)がマドリッドで開催した定例会合への出席であっ
た。IIFは1983年にラ米問題を中心にグローバルな債務危機に対処するためにできた、グローバルな有力
民間金融機関による組織である。そのなかのグループであるMMGは2009年3月に組織され、その当初の
目的は2008年のリーマン・ショックのような深刻な金融危機のあと、金融市場がもたらすシステミックリスクを
世界各国の金融市場の参加者でモニターすることであった。今回も半日をかけて世界各地から参加した約
20名の金融関係者による議論が行われた。
2016年後半を展望する時に、世界の金融状況を考える上での課題は、世界的な金融規制や金融環境
の転換によって、金融機関の収益性が低下しているのではないかという問題への応え探しだった。一方、
世界的な資金フローへの関心は、先進国のハイイールドセクターや新興国債務に向けられた。下記の図
表は2008年以降急速に拡大した新興国の債務問題を示す。2000年代後半に先進国に生じた債務問題が、
足元では新興国で顕現化している。なかでも中国の債務問題への関心は強かった。
■図表:増加する新興国の民間債務
220
(GDP比、%)
中国
200
先進国の
債務問題
先進国の
信用拡大
180
先進国
160
140
新興国
新興国の
信用拡大
120
新興国の
債務問題
100
80
新興国
(除く中国)
60
40
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(年)
(注)先進国=英国、日本、米国、ユーロ圏
新興国=チェコ、ハンガリー、韓国、ポーランド、トルコ、アルゼンチン、ブラジル、中国、香港、インドネシア、
インド、メキシコ、マレーシア、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、タイ、南アフリカ
(資料)BIS よりみずほ総合研究所作成
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2016 年 6 月 17 日
今回のMMGにおけるグローバルな環境についての論点は、下記の図表に示した5分野、①金融規制に
伴う市場問題、②金融政策と金融機関問題、③企業の債務問題、④中国問題、⑤フィンテックが金融市場
にもたらす問題であった。このところのMMGでの論点の重点は、リーマン・ショックような世界的レベルの
「有事」への対応ではなく、今後、市場の中で生じうる危機の芽はどこにあるかを探すことに移っている。参
加者の間には、過去の金融危機にはどれもその前段階として信用拡張に伴う債務拡大があり、その反動か
ら企業や国家レベルで資金繰りの不安が生じて危機が発生したという共通認識がある。リーマン・ショックで
は、前段階に米国のサブプライム問題を中心とした債務拡張があった。欧州債務危機では、南欧を中心に
債務拡大が生じた。今日、債務拡大に留意する分野として、先進国にはエネルギーを中心としたハイイー
ルド市場の拡大がある。新興国では、昨年に引き続きマクロ的な債務の拡大に注目が集まった。これまでも
債務問題として新興国に注目が集まっていたが、今回は、そのなかでも中国に焦点が集まったのは、各国
の金融機関がリスク管理を行うに当たり、中国発のリスクを強く意識せざるを得ないためである。筆者が今回
の会合で、中国発のリスクの波及に関する著作1を最近発表したとコメントしたところ、その本は部分的にで
も英訳されていないのかとの問い合わせを何人もの参加者から受けたのは印象的だった。
■図表:MMGにおける市場要因に関する問題意識
分野
具体的論点
金融規制に伴う市場問題
金融政策と金融機関問題
企業の債務問題
中国問題
フィンテックが金融市場にもたらす
問題
金融規制や米国の利上げがもたらす市場問題
マイナス金利も含めた金融政策の有効性と金融機関への影響
ハイイールド市場の状況と新興国を中心とした債務問題
中国の資金流出問題と人民元の行方
フィンテックという金融のイノベーションが金融市場や金融機関の
収益性にもたらす影響
(資料)IIF よりみずほ総合研究所作成
今回のMMGはリーマン・ショック以降の金融市場の動向の把握が主たる目的であったが、論点はリーマ
ン・ショックに対処した金融規制の影響が中心であった。これらの変動に対処したグローバルな金融規制強
化の潮流が、すでに10年近くが経過したとはいえ、欧米においては政治的なアリバイ作りも含め現代的な
課題として続いている。すなわち、欧米では金融機関を懲らしめて、レバレッジ抑制を行わなくてはならな
いとの認識が根強く国民の中に浸透しており、こうしたバイアスのなかで政治的にも規制を続けざるをえな
い。一方、日本のように、規制に伴って金融市場のプレイヤーがデレバレッジに慣れきってしまった国では、
欧米とは全く異なり、むしろリスクテイクを敢えて促すまでの状況にある。欧州においては、マイナス金利の
影響によりすでに金融機関の収益性の低下が生じている。米国においても長期停滞論の台頭、フィンテッ
クも含めた環境の変化で金融機関の収益性は抑制されている。こうした逆風のなかで、債務問題を中心に
長期停滞に伴う不安を参加者は「日本化」として共有したようだ。世界的に金融市場は小康状態にあるもの
の、世界的な債務問題の調整の長期化が長期停滞、日本化リスクを感じ始めているように思った。
1
『中国発 世界連鎖不況』(みずほ総合研究所編著 日本経済新聞出版社 2016 年 5 月)
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/book/160518.html
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