平成28年度 労働基準監督官A 専門記述 講評&解答例

平成28年度 労働基準監督官A
専門記述
講評&解答例
0 001112 154889
KL15488
頒布・複写を禁じます
1.労働法
問 題
(1) 労働法に関する次の①,②,③の用語について,それぞれ 100 字程度で説明せよ。
① 管理・監督者
② 労働基準法における平均賃金の定義
③ 子の看護休暇
(2) 自己の所有するトラックをA社に持ち込んで,専属的にA社の製品の運送業務に従事してい
たXは,積込み作業中,負傷した。A社はXの業務の遂行に関し,運送物品や運送先等以外に
は特段の指揮監督を行っておらず,Xに対する時間的,場所的な拘束の程度も一般の従業員と
比較してはるかに緩やかであった。また,Xの報酬は出来高払で,トラックの購入代金,ガソ
リン代,修理費,運送の際の高速道路料金等はXが自ら負担していた。さらに,Xに対する報
酬の支払に当たって,所得税の源泉徴収及び社会保険・雇用保険の保険料の控除はなされてお
らず,Xはこの報酬を事業所得として申告していた。
本事例において,Xが労働者災害補償保険法上の療養・休業補償給付を受けるためには,X
が労働関係法(労働基準法,労働者災害補償保険法等)の「労働者」に該当する必要がある。上記
事実からXは労働関係法における「労働者」に該当するか否かについて,判例に照らして記述せ
よ。
(3) 労働基準監督官Xが,管内のA社を調査したところ,以下のような事実が認められた。これ
らに基づいて,A社の問題点及びXの指導内容を記述せよ。
A社について
・小学生を対象とした学習塾を営む会社。調査した事業所の他に教室等はない。
・労働者は,正社員5名,大学生のアルバイト 15 名であり,労働組合はない。
・所定労働時間について,正社員は,始業時刻午前 11 時,終業時刻午後8時,休憩時間1時
間の1日8時間,週については土曜日と日曜日を休日として1週 40 時間である。アルバイ
トは,始業時刻午後3時,終業時刻午後8時の5時間労働であり休憩はない。出勤日は,全
員,週3日である。出勤する曜日はアルバイトそれぞれで異なっている。
・賃金は,正社員は月給,アルバイトは時給(1,000 円)である。賃金の締切日は毎月月末であ
り,支払日は翌月 10 日である。
・就業規則は「必要記載事項」のみが記載されたものが作成され,所轄労働基準監督署長に届
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
1
頒布・複写を禁じます
け出られている。
・調査を行った月に正社員である労働者Bを採用しており,その際,労働者Bとの間で書面に
よる労働契約書を交わしていないが,就業規則をそのまま配布することで労働条件の明示と
していた。
・労働基準法第 36 条第1項に基づく時間外労働協定(以下「36 協定」という。)は,正社員5名
の話合いにより選出された者を労働者側の代表とし,この者との間で締結しているが,所轄
労働基準監督署長への届出は行われていない。
・正社員である労働者Cは,調査を行った日の前月に,所定労働日に1日8時間を超えて働い
た時間の合計が 20 時間認められた。
・アルバイトである労働者Dは,調査を行った日の前月に,所定労働時間のほかに1日1時間,
5日間にわたり授業の準備や片付けを教室内で行ったが,この時間に対する賃金の支払はな
かった。
・監督官Xが,アルバイトである労働者E(勤続期間:2年9か月)にヒアリングをしたところ,
調査を行った日の前月に,これまでアルバイトを休んだことはなかったが,大学での試験期
間に勉強するため,初めて年次有給休暇の取得を申請したところ,社長からは「アルバイト
に年次有給休暇はない」と言われ,取得できなかったとのことであった。Xが社長に確認し
たところ,
「労働者Eの担当する授業は授業のない正社員に行わせることは可能であったが,
A社ではアルバイトには年次有給休暇の制度そのものがないので与えなかった」との回答で
あった。
解答例
1 小問(1)
① 労働基準法に規定する労働時間や休憩,休日の規制が適用されない労働者であるが,深夜業や
年次有給休暇の適用はある。管理・監督者であるかどうかは,その職務内容や責任,権限,報酬
などから,名称ではなく実態によって判断がなされる。
(110 字)
② 解雇予告手当や休業手当の額の基礎になるもので,臨時に支払われた賃金や3カ月を超える期
間ごとに支払われる賃金を除き,算定事由発生日の以前3カ月間にその労働者に対して支払われ
た賃金の総額を,その期間の総日数で除した金額である。
(111 字)
③ 小学校就学前の子を養育する労働者が,病気にかかった子の世話をするために,1年間に子が
1人の場合は5日,2人以上の場合は 10 日を限度として取得できる休暇であるが,入社6カ月未
満の者や1週間の所定労働日が2日以下の者を労使協定により除外できる。
(120 字)
2
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
頒布・複写を禁じます
2 小問(2)
労働基準法上の労働者とは,職業の種類を問わず,事業又は事務所に使用される者で,賃金を支
払われる者である。労働者性を判断するにあたり,判例では,①業務を遂行するにあたって,使用
者の指揮監督下にあったのかどうか,②時間的また場所的な拘束はどのようになされていたのか,
③業務用の機材の負担の有無,
④報酬の支払方法,
⑤仕事の依頼等に対して諾否の自由があるのか,
⑥労務提供の代替性の有無などを総合的に勘案するという手法が確立している。また,労働者災害
補償保険法上の労働者は労働基準法上の労働者と同一であるとの見解は最高裁判例においても判示
されている。
本事例では,
①A社はXの業務遂行に関して運送物品や運送先等以外に特段の指示をしておらず,
②Xに対する時間的,場所的な拘束の程度も一般の従業員と比較してはるかに緩やかであること,
③Xは自己の所有するトラックを持ち込み,ガソリン代や運送の際の高速道路料金等を負担してい
たこと,④Xに対する報酬から所得税や社会保険料などは控除はなされておらず,Xは報酬を事業
所得として申告していたことなどから,XはA社の指揮監督の下で労務を提供したとはいえない。
したがって,Xは労働関係法における「労働者」には該当しない。
(約 530 字)
3 小問(3)
ア 雇入れ時の労働条件の明示
使用者は労働契約を締結する際に,労働者に対して賃金や労働時間などの労働条件を書面で明
示しなくてはならない(労働基準法 15 条)
。A社では労働者Bを採用する際に,就業規則をその
まま配布しているが,A社の就業規則は必要記載事項のみが記載されており,労働基準法 15 条を
充たしていない。したがって,A社に対し,就業規則に記載されていない労働者Bの労働契約の
期間,就業の場所及び従事すべき業務,所定労働時間を超える労働の有無などを書面で明示する
ように指導する。
イ 「36 協定」の締結主体と届出
使用者は1日について8時間を,1週について 40 時間を超えて労働者を働かせてはならない。
ただし,
当該事業場に,
労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,
労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面
による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては上述の時間を超えて労働させること
ができる。この場合の労働者の過半数を代表する者とは,当該事業場のアルバイトを含む全労働
者の過半数の代表であることが必要であるため,本件の「36 協定」は無効である。また,
「36 協
定」は所轄の労働基準監督署長へ届出をすることによって時間外労働が違法ではなくなることか
ら,労働者Cが行った時間外労働については,違法な時間外労働となっている。したがって,A
社に対しては,アルバイトを含む労働者全員の過半数代表を選出して「36 協定」を締結し,それ
を所轄の労働基準監督署長に届け出るように指導する。
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
3
頒布・複写を禁じます
ウ 未払い賃金
労働基準法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,労働
時間にあたるかどうかは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかど
うかによって客観的に定まるものである。労働者が業務の準備や後片付け等を所定労働時間外に
行うことを余儀なくされたときは,当該行為は使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる
ため,当該行為に要した時間は労働時間に該当する(判例同旨)
。したがって,A社に対しては,
所定労働時間外であっても会社の指揮命令下に置かれている時間は労働時間であり,賃金の支払
い義務が生じることを指導し,労働者Dに対して 5,000 円の賃金を支払うよう指導する。
エ アルバイトの年次有給休暇
使用者は,その雇入れの日から起算して6カ月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働
者に対して,年次有給休暇を与えなければならない。これは正社員のみならずアルバイトに対し
ても同様である。労働者Eは,法定の要件を充たしていることから,年次有給休暇の権利を取得
しており,また,労働者Eが年次有給休暇の取得を申請した時季は,正社員にその業務を代替さ
せることが可能であったため,労働者Eに年次有給休暇を取得させなかったことは違法となる。
したがって,A社に対しては,就業規則にアルバイトの年次有給休暇についても記載をし,労
働者に周知させ,アルバイトの労働者に対しても年次有給休暇の取得を認めるように指導する。
(約 1290 字)
以 上
講 評
難易度:
[B]
小問(1)の労働法に関する用語の説明は,
①と②については労働基準法からの出題であったことか
ら基本事項といえるが,③の子の看護休暇については「育児・介護休業法」からの出題であったた
め,戸惑った人も多かったと思われる。
小問(2)は,労働基準法・労働者災害補償保険法における労働者性について,自分のトラックを持
ち込んで運送業務を行う運転手の事例に沿って論じるものであるが,事例自体は『労働判例百選』
の最初に掲載されている典型的な裁判例がもとになっている。判例自体を読んだことがなくとも,
労働者の定義をしっかりした上で,問題に挙げられていることを検討していけば,労働者性が否定
できたと思う。
小問(3)は例年どおりの事例問題であった。就業規則の絶対的必要記載事項と,労働契約締結時に
書面で明示する労働条件が完全に一致するものでないことは,頭に入っていたと思うが,何が違う
のかをきちんと明示することは難しかったのではないか。ただ,36 協定の締結主体と届出について,
また,
未払い賃金やアルバイトの年次有給休暇などについては,
しっかり記述ができたことと思う。
4
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
頒布・複写を禁じます
ただ,
労働時間の定義についても,
判例の文言をそのまま暗記していた人は少ないと思われるので,
上記の解答例のうち,
「使用者の指揮命令下に置かれている時間」は労働時間となるという点が明記
されていれば,点数となっているであろう。全体に,従来の出題傾向とは異なるものも出題されて
いるが,合格点を取るために必要な知識は大きく変化したとはいえないことから,従来どおりの難
易度とみることができる。
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
5
頒布・複写を禁じます
2.労働事情
問 題
(1) 労働経済に関する次の①,②,③の用語について,それぞれ 100 字程度で説明せよ。
① 就業率
② 実質賃金
③ 労働生産性
(2) 個人がそれぞれのライフスタイルや希望に応じて社会で活躍できる働き方を実現してい
くためには,限られた時間の中で効率的に仕事を行うとともに,より創造的,高付加価値な
ものを生み出していくことが求められる。そこで,以下の①及び②について,下記のキーワ
ードを全て使って記述せよ。
なお,キーワードを初めて使うときには,下線を引くこととする。
① 我が国における,労働時間に着目した働き方の現状
(キーワード)
「パートタイム労働者比率」
「長時間労働者」
「企業収益」
「メンタルヘ
ルス」
② 長時間労働の削減に向けて政府や企業が取り組むべき施策
(キーワード)
「賃金不払残業(サービス残業)
」
「人事評価」
「多様な働き方」
解答例
(1) ① 就業率とは,15 歳以上の人口の中で実際に何らかの仕事に就いている者の占める割合を示す
ものであり,15 歳以上の人口を従業者と休業者を合わせた就業者で割って得られる値である。
(85 字)
② 実質賃金とは名目賃金の実質的な価値を示すもので,
名目賃金を物価水準で割って得られる。
古典派は労働需要と労働供給はともに実質賃金の水準に依存するとし,ケインズ派では労働需
要は実質賃金の水準に,労働供給は名目賃金の水準に依存すると捉えた。
(117 字)
③ 労働生産性とは,労働者一人当たりの生産量のことであり,生産量全体を労働者数で割って
得られるが,労働生産性の水準はその国における技術水準,個々の労働者の資本装備率や人的
資本の水準に依存する。
(94 字)
(2) ① 我が国では所定内労働時間を中心に総実労働時間が減少傾向で推移している。1990 年前後の
6
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
頒布・複写を禁じます
総実労働時間の大幅な減少は完全週休2日制の広がりが,1990 年代半ば以降の減少はパートタ
イム労働者比率の上昇が,それぞれの主因として挙げられる。また,1週間の就業時間が 60
時間以上である長時間労働者の割合は,雇用者全体でみると 1980 年代後半や 2000 年代前半よ
り低い水準となっており,足下でも僅かながら低下傾向が続いている。しかし,従業上の地位・
雇用形態別に1週間の就業時間の構成をみると,
男女ともに,
自営業主や家族従業者をはじめ,
雇用者の中では役員や正規の職員・従業員で週 60 時間以上の長時間労働者の割合が高くなって
いる。さらに,労働時間が長時間であるほどメンタルヘルスの不調の経験があるとする者の割
合が高まる傾向にあるとする調査結果もあるほか,長時間労働はストレスや過労をもたらして
生産性を低め,企業収益の向上につながるとは限らないとも考えられる。
② したがって,長時間労働を削減することにより質の高い効率的な働き方を実現することによ
り,労働者の健康を確保し,生産性を向上させる必要がある。長時間労働を削減することは労
働者の疲労度の低減,モチベーションの向上や,自己研鑽の進展といった効果をもたらすこと
も期待される。そのためには,企業側の取り組みとして賃金不払残業(サービス残業)をなく
し,賃金の適正な支払いがなされる必要がある。また,労働生産性の向上のためにITの活用
による業務の効率化を図ることや既存の商品やサービスの付加価値を高めること,人材の確保
や育成を進める必要がある。労働投入を増やすためには,追加で就業を希望する方が参加でき
るようにすること,さらには,勤務時間や休日などが労働者の希望と合致するような多様な働
き方を提供していく必要があり,そのような働き方に対応した人事評価の仕組みを整える必要
がある。これらの取り組みを企業が積極的に進めるとともに,企業の取り組みに対して政府が
関連する諸施策を通じて支援を拡充させていくことが必要である。
(約 870 字)
以 上
講 評
難易度:B[標準]
設問(1) の労働経済に関する用語説明は,昨年度と同様,3つの用語を各 100 字程度で説明させ
る形式であった。問われた用語については,①の就業率は総務省統計局「労働力調査」で登場する
用語である。②の実質賃金や③の労働生産性は経済理論に登場する用語であり,いずれも定義とそ
の経済的意味をバランスよく述べられるようにしたい。
設問(2) は,労働時間の現状とそれに対して求められる対応を述べさせるものであり,厚生労働
省「平成 27 年版 労働経済白書」の第3章「より効率的な働き方の実現に向けて」に取り上げられ
た内容を問うものであり,今年度も例年通り直近の「労働経済白書」で取り上げられたテーマに関
する記述であった。今年度の設問では,我が国における労働時間の現状として,全体としては総実
労働時間が減少傾向であるものの,依然として労働者によっては長時間労働に直面している現状と
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
7
頒布・複写を禁じます
のその背景を挙げ,長時間労働による問題点を指摘し,そのために求められる対応を具体的に述べ
るといった文章構成をふまえて述べるようにしたい。
8
公務員試験対策 平成 28 年度労働基準監督官A(専門試験) 解答例
著作権者 株式会社東京リーガルマインド
(C) 2016 TOKYO LEGAL MIND K.K., Printed in Japan
無断複製・無断転載等を禁じます。
KL15488