卒業研究資料

子育てと仕事を両立しながら正社員として働き続けることを選択した女性は、どんな人
たちかをテーマに卒業研究を行った。
なぜ、これに焦点を絞ったかの背景は、
世の中には、正社員として働き続けている女性と、非正規に働き方を変えている女性、
そして働くことを辞めた専業主婦が存在している。
正規社員、非正規、専業主婦、それぞれの選択は、どのような意識がそう決断させたの
か、またその結果、彼女らにどのような違いが出ているのかに興味を持った。
特に、仕事や家事負担、子育ての負担も多いのにもかかわらず、正社員として働き続け
られるという自信、自己効力と彼女らの意識に着目し、調査し検証することにある。
そこで、女性の進路発達を理解するために、バンデューラの自己効力理論からアプロ
ーチしたことに始まっている、キャリア・セルフエフィカシー研究(Hackett & Betz,1981)
、
直訳すれば“進路に関する自己効力”に着目し、女性たちの日常生活でのそれぞれの
経験が自己効力感に影響を与えることに焦点を絞ることとした。
日本における進路選択に関する自己効力感の研究は、浦上(1996)による女子学生の
結果がある。
また、日常生活の経験の違いに影響を与える自己効力感尺度の研究は、坂野(1989)
、成田(1995)による大学生、社会人サンプルでの結果はあるが、働く女性に絞った進路
選択についての研究はまだおこなわれていない。
本研究の意味は、新たに女性への研究領域を広げることで、働き続けている女性とそ
れ以外の女性の日常生活の違いによって影響する自己効力感について認識を深める
ことにある。
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まず、働く女性の現状からお話しします。 現在、
正規社員を男女別に人口数で比較すれば女性の人口数が多いにもかかわらず、女性の正規は
1046万人で男性正規の2309万人と比べれば約半分の雇用者数。
女性の雇用者数は2000年から2005年の間に、正規よりも非正規の雇用者数が上昇し、2010年
度の労働力調査では非正規が1218万人となっている。
このように正規から非正規へキャリアチェンジをしていく理由としては、
女性のライフコースと関係があるといえる。
実際に、30歳から40歳において労働力人口が下がり、M字曲線を描いています。M字曲線の底
は年々上がってきているが、緩やかなM字をいまだ描いている (厚生労省,2011)
結婚・妊娠・出産・子育てなどを踏まえて正規を辞め、その後子育てが一段落してから再就職を
していく傾向があるからである。
本人の意向として非正規を選択する場合と、正規に再就職したいが求人側から正規の募集がな
く非正規で甘んじている場合の二通りが考えられる。
女性の意識について内閣府(2009)21年度「男女能力発揮とライフプランに対する意識に関する
調査」では、
妊娠・出産・子育てをきっかけに勤め先を辞めた経験を持つと回答した者は61.4%となっている
。
逆に出産・子育てをして勤め先を辞めたことはないと回答した者が38.6%と約4割の女性が継続
就労していることもわかる。
実際の勤務体系での役割分担の状態は、妻が働いている割合は40%強のうち、妻がフルタイム
で働いている割合は17.3%であるが、家事分担をみると「半分ずつ分担」はわずか5.4%となって
いることからも、夫の家事分担はあまり成されておらず妻に偏っていることが分かる。
共働き世帯は過半数となっているが、子育ての負担は女性の肩にかかったままという状況である
。
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さらに、女性が職業を持つことについての調査では、
子供ができても、ずっと職業を続けるほうが良いと回答した者は
男性44%、女性47.5%
男女ともに子供ができても職業を続けるほうがよいと4割以上が答えている。
そして、20歳代で52.8%、30歳代で47%、40歳代で52.8%となっている。
一方子供ができたら職業を辞め、大きくなったら再び続けるほうがよいと回答した者は
男性は27.9%、女性は34.2%あった。
そして、20歳代でも35.2%、30歳代で39.4%と平均を上回っていた。
働くことに対して制限付き賛成と反対を合計してみると男性51.9%、女性50.3%
人口の半分は、社会・文化的背景から、子育ては女性の役割という、固定的役割意識が
この調査結果からも読み取れる
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女性の進路発達を理解するために着目された、社会・認知的進路理論(social
cognitive career theory:以下SCCT)は、社会・文化的背景で、それぞれの性にふさわ
しいとされる学習経験を経て、性別の影響が進路発達に及ぶとする理論である。レント・
ブラウン・ハケット(1994)らによって展開された。
SCCTは、バンデューラ(1977)が提唱した自己効力理論を進路関連領域に取り入れた
「進路に関する自己効力研究」である。
自己効力感とは「課題に必要な行動を成功裡に行う能力の自己評価
(Bandura,1977)」と定義されている。課題遂行のために必要な技能を持
っているかいないかに拘らず出来ると思うかどうかを問うものである。
(Bundura,1986)
簡単に言えば、困難に出会ったときに自分ならできるという信念といえる。
レントらは、女性が今までの社会経験から男性中心の職業に対して、低い自己効力感
を持っていることが、自己の可能性の過小評価につながり、そういった職業選択・追求
することへの障害になっているのではないかと問題を提起したのである。
彼らが、大学生に対して職業分野の調査(男性中心の職業と女性中心のお職業を10ず
つ取り上げ、職業に必要な学業や義務を成し遂げられる自信のほどを尋ねる)を実施し
た際、男性中心の職業と女性中心の職業を別々に調べた結果、男子学生は職業全体
で自己評価は等しいものだったが、女子学生は男子学生と違い男性中心の職業につ
いての自信(自己効力感)は男子学生よりもかなり低く、逆に女性中心の職業では自己
効力感がかなり高い結果となった。
Matsui, Ikeda &Ohnishi(1989)は、ベッツとハケット(1981)に準じた日本版の尺度で日
本でも同様の結果が得られることを示した。また、自分で女性的だと認知していたり、数
学に自信がなかったり、男性中心の職業で成功した人は少ないと思っている女性は、
男性中心の職業に対する自己効力感は低いことを明らかにした。
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では、どのようにして自己効力感は形成されるのか。バンデューラやベッツは、自己効力感の
形成や行動の変容に関わる要因として4つの学習経験を示した。
個人的達成:成功する体験は、自己効力感を最も高め、「できる」という信念を作り上げることに
つながります。そして効力感の強さは、忍耐強い努力によって障害に打ち勝つ体験が要求さ
れる。小さい時から、また日々繰り返し経験してきたことはうまくできるようになり、それが自分自
身もできるという自信につながってくる。困難を乗り越え障害に打ち勝った経験の数々が自信
になっていく。経験のないことや失敗してしまったことは効力感を下げ、それに近づかないよう
になってしまうこともある。
代理学習:自分と同じような人が忍耐強く努力をして成功するのをみることは、それを観察して
いる人に自分もそのようなことができるのだという信念を湧き上がらせることになる。多くの人と
かかわり、他者を観察する機会があることは自己効力感に影響を与える。反対に、懸命に努力
しても失敗した人を観察すると観察者自身の効力感を低めることになり、できるという信念を下
げることとなる。
社会的説得:周りの人から、「やりとげる能力がある」と言われるような他者からの説得が自己効
力感を上げ、成功への努力を重ね、その結果技術が磨かれ、自己効力を促進していくことに
なる。しかし自分の能力が欠けていると思いこんでいる人に対しては、社会的説得のみでは自
己効力感は上昇しない。
情緒的覚醒:感情をコントロールできることが重要である。困難な経験を乗り越えていく中で前
に進んでいくために、感情をコントロールできるようになる。ポジティブな感情は自己効力感を
高めるが、ネガティブな感情は、自己効力感を下げる。 つまり、ポジティブな感情でいるために
は楽観的な自己効力が必要であるとバンデューラは述べている。
以上が4つの学習経験である。SCCTは、ポジティブな経験をすれば、自己効力感は上がり、
さらに新たなことに取り組んでいくという循環モデルである。
以上のことから、正社員として子育てしながら働き続けている女性と、それ以外の女性の日常
生活での学習経験の違いが、自己効力感の形成や意識に違いを与えるのではないかを検証
することとした。
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仮説を検証するための自己効力感尺度について検討をおこなった。自己効力感には2つの水準
がある(バンデューラ,1977;坂野・東條1993)。
一つは、臨床や教育場面の研究でよく用いられる「個人が特定の状況を克服しようとするか否か
に影響を及ぼす自己効力感」の水準であり、研究も数多く発表されている。
かたや「特定の状況を限定しない日常場面で、個人がいかに多くの努力を払おうとするか、あるい
は嫌悪的な状況にいかに長く耐えることができるか否かに影響を及ぼす自己効力感」の水準であ
る。
本研究の目的は、個人が特定の状況を克服するといった個別の行動ではなく、正規、非正規、専
業主婦が日常生活全般の活動の中で、努力を払ったり、困難を乗り越えたりして蓄積してきた学
習経験に焦点を当てる。こうした日常生活の経験の違いが自己効力感に影響を及ぼすことを検証
することにあるので、後者の成田の自己効力感尺度を採用することとした。
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仮説1:自己効力感は、正規が非正規や専業主婦よりも高い。
その根拠として、SCCTの女性の進路過程における4つの学習経験(個
人的達成、代理学習、社会的説得、情緒的覚醒)や結果期待の機会が、正規社員は、
非正規や専業主婦に比べて多いということが挙げられる。
仮説2:固定的役割意識の有無と自己効力感の関連性――男女役割意識が低いと自
己効力感が高い。正規は他よりも男女役割意識が低く、自己効力感が高い。
その根拠として、日ごろから男女ともに仕事をしていれば、男女役割を感
じることも少なくなり、固定的役割意識も低くなるであろう、男女差なく働いている正規は
仕事での男女差を感じない、故に自己効力感は高いと考える。
仮説3:家事分担と自己効力感の関連性――家事分担が少ない方が、自己効力感は
高い。
この仮説の根拠としては、仮説2を受けて固定的役割意識が低い正規の
自己効力感が高いということは、家事分担についても夫婦で分担するという意識がある
と仮定したからである。
仮説4:働き続けている女性の性格は楽観的である。楽観的な性格の持ち主の自己効
力感は高い。
これについては、バンデューラが『激動社会の中の自己効力』(Bandura,1997)の中で
、人間が目標を達成したり肯定的ウェルビーイング状態でいるためには、楽観的な自己
効力を必要とする(12-13ページ)と述べていたことを検証するための仮説である。
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調査Ⅰの検証を受け、調査Ⅱでは、ウェブ調査を行った。BUネットリサーチで集計され
た有効アンケート回答者は、①子育てしながら企業で正社員として働き続けている(以
下、正規)110名(内訳:30代55名/40代55名)、また②子育てしながら非正規社員として
働き続けている(以下、非正規)112名(内訳:30代55名/40代57名)、③子育てしている
が働いていない(以下、専業主婦)113名(内訳:30代55名/40代58名)、以上合計335
名で、地域別にみると首都圏が38%、京阪神が14%、東海12%で全体の64%を占め
ていた。
質問紙による調査は、調査Ⅰの半構造化面接での情報を基に内容を精査し、1~8の
質問内容で行い、対象者に専業主婦が加わったことで継続就労に関する質問は一部
除いている。
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正規は、非正規や専業主婦よりも自己効力感は高かった。
非正規は、専業主婦に対して働いているにもかかわらず有意な差が見られなかったことは、
働き方の違いによって自己効力感に違いが生じるとの仮説が明確になったといえる。
この自己効力感尺度から、23項目個々の得点の差はどのような日頃の行動が得点に影響を
与えているかに着目し3カテゴリーの特徴を分析した。
その結果、5項目で正規が専業主婦に有意に差があり、3項目で正規が非正規に有意な差が
あった。
これによって、4つの学習経験が自己効力感に影響している可能性が示唆されたといえる。
Q2しなければならないことがあってもなかなか取りかからないは、正規と非正規、専業主婦で
、有意であった。(1%) 非正規と専業主婦では有意な差が見られなかった。
Q8困難に出会うのを避けるは、正規と専業主婦の間で、1%水準で有意であった
Q9非常にややこしく見えることには、手を出そうとは思わないは、正規と非正規では5%水準
で、専業主婦は、1%水準で有意となった。
Q15思いがけない問題が起こったとき、それをうまく処理できないは、正規と専業主婦では1
%水準で有意差があった
Q16難しそうなことは、新たに学ぼうとは思わないは、検定の結果も正規と非正規では5%水
準で、専業主婦では1%水準で有意となった。
正規は専業主婦よりも、自分の興味・関心だけでなく、どのような仕事でもすぐに取りかかり、
困難を避けず、難しそうな問題にも取り組み、突発的な事態もうまく処理し、好奇心を持って、
できるまでやり続ける自己効力感が養われてきた。
非正規も専業主婦より、活動範囲が広く、正規ほどではないが仕事に責任を持ち、困難を避
けず突発的な事態もうまく処理し、できるまでやり続ける自己効力感が養われた。
3カテゴリー共通して、子育てや家事の経験を通し、自分がやらなければならないという責任
感が養われたと考えられる
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仮説2-1の検証:固定的役割意識と自己効力感の関連性についても仮説通り、
固定的役割意識が低いと自己効力感が高く、正規は自己効力感が高いと支持された。
質問で、「あなたは今までに「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである。あるいは男子生徒は理
系、女子生徒は文系を選ぶべき」などと言われたことがあるか」という問いに対して、
3カテゴリーすべて「言われないグループ」で自己効力感が高かった。
これらの結果は固定的役割意識の認知の有無が、性差(gender)によって自分が女性だからで
きないといった、ものの捉え方に違いをもたらしたといえる。
それは、レントらや、Matsui, Ikeda & Ohnishi(1989)が問題を提起した、女性が今までの社会経
験から男性中心の職業に対して低い自己効力感を持っていることが、自己の可能性の過小評価
につながり、そういった職業選択・追求することへの障害になっているのではないかと述べたこと
に通じる
また、自己効力感得点が最も高かった正規の結果は、男女役割意識について先入観を持つこと
なく、また実際に働き続けてきていることが、自己効力感得点に反映された結果と考えられる。
男女役割意識について過去に言われた経験は、SCCTの「進路選択に影響を与える環境要因」
としてとらえることができるであろう。
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男女役割についての賛否では、反対の回答をした者の自己効力感は、正規で高かった。
役割分担意識について、正規では「反対グループ」の自己効力感が最も高く、日ごろから男女ともに働き
続けてきた実体験から、役割意識にとらわれず、仕事に家庭に前向きに生活していることで自己効力感得点が高
かったのではと考えられる。
非正規は、「賛成グループ」の自己効力感は3カテゴリーで最も高かった。この結果は、自分は妻なので、
働かなくてよい立場だが生活費を補うためにあえて働いている (自分の役割以上のことをやっている)という意識が
自己効力感を挙げていたのではないかと考えられる。また「反対グループ」の自己効力感の低さは、自律的に働
きたいが希望通りにいかない自分に対して、自己効力感が低くなったのではないだろうかと推察した。
専業主婦は、3区分がほぼ同じ数値となった。妻という役割意識の中で働き方をコントロールしている実態か
ら、妻の枠の中で生きている、または妻の枠しか知らないことで自己効力感得点が低い数値として表れたと考えら
れる。
以上のことから、固定的役割意識の認知によって、自己効力感に影響を及ぼすことが検証さ
れた。役割意識の認知が、先々の進路選択に影響を与え、ものの捉え方や考え方にまで影響
を及ぼすことがこれらの結果からみることができた。
しかし、家事分担の実態は、
「妻が行う」が、3カテゴリー共に自己効力感が最も高かった。
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仮説の検証4:働き続けている女性の性格は楽観的であるは、仮説は支持された。
正規と非正規が自分の性格を表すものとして選んだものは、1位が楽観的、専業主婦では2
位だった。
SCCTにある4つの学習経験は他者からの教示的なものでなく、あくまで自己の認知によるも
のであることから、学習経験をしても自分自身のものの捉え方がネガティブであった場合、自
己効力感は高められない。
例えば何かを達成した時に「まぐれだ」と思うか「自分はできるんだ」と思うかで自己効力感は対極的な方向へ向
かう。代理学習でも、「あの人だからできた、私は無理」と思うか、「あの人ができたなら私もできる」と思うかによっ
てその結末は違ってくる。社会的説得でも「本当にそう思っているかわからない」と思うか、「そういってくれたのな
ら、できるかも」と思うかで変わってくるだろう。
今回楽観的について検定を行った結果、正規は非正規で、また専業主婦でも有意となった。非正規と専業主婦
では有意な差がなかった。
正規の自己効力感が高かった結果から、楽観的なものの捉え方は、自己効力感の醸成に必
要であることが本調査の結果から示唆されたと言えるだろう。
楽観的と対極する悲観的について検定した結果は正規と専業主婦で、1%水準で有意であった。さらに正規と
非正規で検定を行ったところ、5%水準で有意であった。
以上、4つの仮説のうち、家事分担以外の仮説は支持された。
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本研究の結論としては、
本研究では、SCCT理論から、女性の進路発達の違いを通して、正社員として子育てし
ながら働き続ける女性たちの養ってきた自己効力に焦点を当てた。単に働く女性という
大きな括りではみえない働く意識の違いや環境によって磨かれる能力が見えてきたと思
う。それは、多重なタスクをやりこなすことで、自己効力が高まり、新たなタスクを前に自
己効力感の高さがチャレンジ精神を鼓舞し、達成の暁には自己成長していくという循環
モデルであり、多くの経験が自己効力感に影響を与えるといえるということが裏付けられ
たといえる。
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今後の課題としては、各カテゴリーの違いがあいまいであり、自己効力感の違いは具体
的にどんなことで違ってくるのか、家事分担について「妻が行う」の意識はどこからくるの
か、などで、自己効力感の醸成はどのようにして行われるかを検証することである。
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