レポート「統計データで見る中国経済の減速」 第 4 章 4. エネルギー消費から見た中国経済 4.1 なぜエネルギー消費 本項では、エネルギー消費量を代替指標として、中国の鉱工業生産の減速 を考えてみます。産業活動とエネルギー消費量の間には、相関関係があるこ とは想像できると思います。 図 4-1-1 に、中国のエネルギー消費量の構成比率を示しました。鉱工業生 産が、総エネルギー消費の 70%前後を占めています。例えば、住宅消費も約 11%を占めていますが、景気が悪くなったからといって、家庭の給湯エネル ギー消費が大幅に減少する訳ではありません。エネルギー消費量の変化は、 鉱工業生産に大きく依存しています。 図4-1-1 中国のエネルギー消費の構成 (2013年) 出所:国家統計局 China Statistical Yearbook 2015 住宅消費 10.9% その他 4.7% 卸売・小売・ ホテル・飲 食業 2.5% 農林水産業 1.9% 輸送・保管・ 郵送業 8.4% 建設業 1.7% 鉱工業 69.8% エネルギー消費を代替指標に用いる理由は、中国政府が発表する GDP などの経済指標に疑念があるためです。エネルギーは国家能源局の扱いで、 1 統計誤差はあっても、 データの意図的な改竄はないように思われます。 また、 データ精度の点では、エネルギー消費の総量を把握することは難しくても、 エネルギー供給量の総量なら、 比較的良い精度で把握できるように思います。 4.2 総エネルギー消費量 図 4-2-1 に、中国のエネルギー消費量の推移を、石炭、原油、天然ガス、 その他、の内訳で示しました。石炭が総エネルギー消費量の 70%前後を占め ています。また、2002 年頃から、エネルギー消費量が急上昇していることが 分かります。 図4-2-1 中国のエネルギー消費量の推移 出所:China Statistical Yearbook 2015 450 億トン標準石炭換算(SCE) 400 その他 天然ガス 原油 石炭 350 300 250 200 150 100 50 2014 2012 2010 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 0 図 4-2-2 には、同じデータを用い、対前年比の増加率の推移を示しました。 エネルギー消費量の変化が明瞭に分かると思います。1990 年代前半には、エ ネルギー消費の増加率は 6%前後でした。1997-1998 年に増加率が大きく落 ち込んでいるのは、アジア通貨危機の影響を受けたものです。2000 年代に入 ると景気は回復し、 2002年から2004年に掛けて増加率は急上昇しています。 2 これは、中国経済の急速な発展に対応したものです。 図4-2-2 エネルギー消費量の対前年比増加率 出所:China Statistical Yearbook 2015 18 対前年比増加率 % 16 14 12 10 8 6 4 2 2014 2012 2010 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 0 図 4-2-3 には 2004 年以降について、先に図 3-1-1 に示した GDP と鉱工業 生産の増加率に、エネルギー消費率の増加率を重ねて示しました。 図4-2-3 GDP、鉱工業生産、総エネルギー消費の増加率 出所:中国国家統計局 GDP 鉱工業生産 総エネルギー消費 20 16 12 8 4 0 2004-1 -7 2005-1 -7 2006-1 -7 2007-1 -7 2008-1 -7 2009-1 -7 2010-1 -7 2011-1 -7 2012-1 -7 2013-1 -7 2014-1 -7 2015-1 -7 2016-1 前年同期比の増加率 % 24 3 GDP は四半期値、鉱工業生産は毎月の値、総エネルギー消費量は年間値 の対前年同期比の増加率です。 2004 年から 2007 年にかけて、GDP 成長率は約 10%から 15%に増加して おり、鉱工業生産は、17%前後で横ばいです。一方、奇異なことに、総エネ ルギー消費量の増加率は、約 17%から約 9%へと低下しています。 GDP の増加率が上昇しているのに、エネルギー消費量の増加率が低下し ている理由は、省エネルギーが進展しているためです。従来よりも少ないエ ネルギー消費で同じ生産量が達成できるようになったためです。 中国の経済成長の代替指標としてエネルギー消費量を用いる場合、データ の意図的改竄は無いかもしれませんが、省エネなどによるエネルギー消費量 の変化を併せて考慮することが必要になります。 4.3 中国の省エネの進展 図4-3-1 実質GDP当たりの総エネルギ消費と総発電量 出所:IMF、 国家統計局、IEAのデータで作成 20 18 総エネルギ消費/実質GDP 総発電/実質GDP 16 14 12 10 8 注)総エネルギー消費/GDP の単位は、万標準石炭/10 億人民元、 総発電量/GDP の単位は、GWh/10 億人民元。 4 2014 2012 2010 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 6 図 4-3-1 に、実質 GDP あたりの総エネルギー消費量と電力消費量の推移 を示しました。実質 GDP は IMF のデータ、総発電量は IEA のデータです。 実質 GDP あたりの総エネルギー消費量は、その国のエネルギー効率の高さ の尺度として用いられます。また、産業構造が、エネルギー多消費型か否か を見るために用いられることもあります。 なお、これらの値は、エネルギー弾性値や電力弾性値とは異なります。エ ネルギー弾性値は、GDP の増分に対する、エネルギー消費量等の増分の比 率です。国家統計局の China Statistical Yearbook 2015 には、年ごとのエネ ルギー弾性値と電力弾性値が示されていますが、毎年の変化量をとると、統 計誤差などのため、データはバラバラです。 図 4-3-1 で、GDP 当たりのエネルギー消費量は、全体的に低下傾向を示し ていることが分かります。図 4-2-3 で問題にした 2004 年から 2008 年では、 10.7 から 9.5 に低下しています。このことが、鉱工業生産の増加率がほぼ一 定であるのに対し、総エネルギー消費量の増加率は低下する結果になった理 由です。 図 4-3-1 で GDP 当たりの総発電量を見ると、2010 年以降の範囲では、ほ ぼ横ばいです。この範囲では、省電力化が図られていないことを示していま す。GDP の代替指標として発電電力量を用いる場合には、省エネや省電力 の影響を殆ど考慮しないでよいことを意味しています。 一般に、GDP が増大し豊かになる過程で、省エネルギーが進展し、GDP 当たりのエネルギー消費量は減少します。しかし、エネルギー消費のうち、 電力消費の割合は増大するため、GDP 当たりの発電量はあまり変化しない 訳です。 <国際比較> 中国の省エネの度合いの国際レベルを紹介しておきましょう。図 4-3-2 に は、中国に対比してインド、韓国、米国、ドイツおよび日本の実質 GDP 当 たりの総一次エネルギー供給量を示しました。IEA のデータベースの値を用 いて作成したもので、GDP は 2005 年の米ドル値になっています。 5 図4-3-2 実質GDP当たりの総一次エネルギ供給量 出所:IEAデータで作成 エネルギー供給量/GDP 石油換算トン/千米ドル2005年 1.8 中国 インド 韓国 米国 ドイツ 日本 1.6 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 2012 2010 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 0.0 中国とインドの GDP 当たりの総一次エネルギー供給量は、低下してきて いることが分かります。但し、その絶対値は、その他の国々比べて非常に高 いレベルです。例えば 2013 年の中国の値は、日本の 6 倍です。大雑把な言 い方をすると、中国のエネルギー効率は、およそ日本の 6 倍悪いということ です。 ドイツは、日本とほぼ同じ水準です。米国はエネルギー消費が多いだけで なく、エネルギー効率も日本やドイツより低いことが分かります。但し、米 国のエネルギー効率も、徐々に改善されてきていることがグラフに示されて います。 韓国のエネルギー効率は、米国よりも悪い値です。韓国は、京都議定書で 6 温室効果ガスの削減義務を有する付属書Ⅰ国ではありませんでした。そのた め、省エネの努力をせずに経済成長に努めた結果、このような値になったも のと思います。 <CO2 排出量> 一般に、エネルギー消費量の多い国は、CO2 排出量も多くなるものです。 前述のように中国は、消費エネルギーの 7 割近くを CO2 排出量が多い石炭 が占めており、世界最大の CO2 排出国です。中国は、2015 年末に行われた COP21 に参加し、GDP 当たりの CO2 排出量の削減目標を提出し注目を集 めました。 しかし、図 4-3-2 に示した中国の GDP 当たりのエネルギー消費量の低下 は、地球温暖化防止のためではないと思います。中国では、増大するエネル ギー需要を如何に充足するかが大きな問題となっています。先進国と比べ、 現状のエネルギー効率は極めて低く、省エネを進めることで、エネルギー需 要の増加を抑制しようとしたものと思います。今後は、CO2 の最大排出国と して、インドとともに、CO2 排出削減にも努めてもらうことが必要です。 4.4 各種エネルギーの増加率 図 4-2-1 に示した総一次エネルギー、石炭、原油、天然ガスの各消費量に ついて、 本項では、 2004 年以降について対前年比の増加率の推移を示します。 前述のように、経済成長の代替指標としてエネルギー消費を用いる場合に は、省エネによる変化を考慮することが必要になり、細かい分析にはむいて いません。従って、リーマン・ショック、その後の大型景気対策による景気 過熱、景気過熱の治まり、その後の景気減速、によるエネルギー消費の対前 年比増加率の変化を見てもらうことに留めます。図 4-4-1~図 4-4-4 にグラフ を示しました。そのグラフについての詳しい分析は行いません。なぜなら、 対前年比の増加率を扱うことが、既に充分に細かな値を問題としているから です。 中国の統計データには疑念が持たれていることから、国家統計局の他に、 7 国際エネルギー機関(IEA) 、石油メジャーBP、エネルギー関連の調査会社 Enerdata のデータベースの値を併記してみました。但し、何れのデータも 元は中国から出たものでしょうから、対比することには、それほど意味がな いかもしれません。 図4-4-1 総一次エネルギー消費の対前年比増加率 対前年比増加率 % 20 国家統計局 IEA BP Enerdata 16 12 8 4 0 2004 2006 2008 2010 2012 2014 -4 図 4-4-1 に示す総一次エネルギー消費量の対前年比増加率は、2008 年のリ ーマン・ショックによる落ち込みの後、大型景気刺激策により増加率は上昇 し、2011 年にピークに達しています。2012 年以降は、増加率は低下を続け ています。 図4-4-2 石炭消費量の対前年比の増加率 対前年比増加率 % 20 国家統計局 IEA BP Enerdata 16 12 8 4 0 2004 2006 2008 2010 -4 8 2012 2014 図 4-4-2 に示す石炭消費量の増加率は、総一次エネルギー消費量の増加率 とほぼ同じ動くをしていますが、2013 年の増加率が、2012 年より少し高ま っています。 図4-4-3 原油消費量の対前年比の増加率 対前年比増加率 % 20 国家統計局 IEA BP Enerdata 16 12 8 4 0 2004 2006 2008 2010 2012 2014 図 4-4-3 に示す原油消費量の増加率は、2008 年のボトムがあまり明瞭では なく、 ピークは1 年早く2010 年に現れています。 2011 年以降は横ばいです。 原油の最大用途は自動車燃料であり、産業用が多くを占める石炭のように、 景気に大きく左右されないことが、石炭のグラフと異なる様相を示したもの と思われます。 図4-4-4 天然ガス消費の対前年比の増加率 対前年比増加率 % 30 国家統計局 IEA BP Enerdata 25 20 15 10 5 0 2004 2006 2008 2010 9 2012 2014 図 4-4-4 に示す天然ガスの増加率は、ボトムが 2009 年になっています。 2010 年、2011 年と増加率が上昇した後、2012 年以降は、増加率が低下して いますが、それでも 10%を超える高いレベルです。民生用燃料として、天然 ガスへの燃料転換が現在進行しているため、高い増加率を示しているものと 思われます。 4.5 中国の原油需要 <なぜ石油需要> 2016 年初めには、原油価格はバレル当たり 20 ドル台まで下落しました。 ガソリン購入者には有り難いことですが、世界経済には大きな影響を及ぼし ました。産油国の財政を悪化させ、それは日本の株価の下落にも繋がりまし た。 原油価格の決定メカニズムは複雑ですが、基本的には需給関係に依存して います。 供給サイドでは、 イランの国際社会への復帰による輸出量の増加や、 減産合意ができない OPEC の現状などが主な原因です。 需要サイドの要因の 一つとして、中国経済の減速による原油需要の低下がマスコミで報じられて います。マスコミ報道は、往々にして誤りも多く、データを調べてみました。 原油に係るデータは、世界経済に及ぼす影響が大きく、石油メジャーやサ ウジアラビアなどは、多くの内部データを持っていると思います。しかし、 簡単にアクセスできる公表データとしては、IEA のデータや、石油専門誌 Oil and Gas Journal などのデータでしょう。 ここでは、IEA が毎月公表している Oil Market Report のデータにより、 中国の石油需要の推移を紹介します。四半期ごとのデータで、掲載値は遡っ て更新されており、最新更新値を使用したつもりです。 図 4-5-1 は、中国の原油需要の推移です。2002 年頃からの中国経済の急成 長により、原油需要も増加傾向が高まっていることが分かります。2008 年の リーマン・ショックによる落ち込みもはっきり表れています。2015 年後半か ら、増加傾向が低下しているように見えます。 10 対前年同期比増加率 % -5 -10 11 2016-1Q 2015-1Q 2014-1Q 2013-1Q 2012-1Q 2011-1Q 2010-1Q 2009-1Q 2008-1Q 2007-1Q 2006-1Q 2005-1Q 2004-1Q 2003-1Q 2002-1Q 2001-1Q 2016-1Q 2015-1Q 2014-1Q 2013-1Q 2012-1Q 2011-1Q 2010-1Q 2009-1Q 2008-1Q 2007-1Q 2006-1Q 2005-1Q 2004-1Q 2003-1Q 2002-1Q 2001-1Q 2000-1Q 原油需要 百万バレル/日 図4-5-1 中国の原油需要の推移 12 出所:IEA, Oil Market Report 11 10 9 8 7 6 5 4 図 4-5-2 には、同じデータについて、対前年同期比の増加率を示しました。 前述した 2002 年からの増加率の高まりと、リーマン・ショックによる落ち 込みとその後の回復が明瞭に示されています。 図4-5-2 中国の原油需要の対前年同期比増加率 出所:IEA, Oil Market Report 25 20 15 10 5 0 原油需要の増加率が高まった部分と下落部分を除くと、中国の原油需要は 5%前後の増加率で推移していることが分かります。直近の状況は、2014 年 第4四半期から2015年第3四半期にかけて7~8%の増加率であったものが、 その後の半年程度は 2~3%の増加率に低下しています。 2015 年末頃から、 中国の原油需要の伸びが低下していることは確かですが、 その程度の増加率低下は、2013 年にも起きています。この程度のことで、世 界の原油需給が緩和し、原油価格が暴落したという説明はピントきません。 石油業界の関係者は、中国の景気減速は構造的なもので、年率 2~3%の需要 増加が長期に続くと予測しているのかもしれません。 12
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