植物育種学レポート課題① おねぼうポテト ジャガイモは収穫後放っておく

植物育種学レポート課題①
おねぼうポテト
ジャガイモは収穫後放っておくと芽が出る。芽の周りにはソラニンがありこれは大量に
摂取すると毒である。収穫後のジャガイモ塊茎はしばらくの間休眠しており、外界の条件
が変わっても芽は出ない(1)。しかし休眠期間が終わると萌芽が可能になり、その後は4℃
前後の低温で貯蔵する必要がある。北海道では地中に埋めて雪をかぶせて貯蔵しているが
雪が融ける春には出荷しなければならない。また北海道の次にジャガイモ生産量の多い長
崎では休眠期間が終わる前にすべて出荷してしまう。このためにジャガイモを一年中同じ
量供給するのは難しい(図1)。またポテトチップス製造などのジャガイモ加工産業では安定
した操業のためにジャガイモを低温貯蔵しているが、これによりデンプンが糖に分解され、
油などで加工したときに褐変が起きる(1)。これを避けるために 25℃で 2 週間程度おいてか
ら使わなければならない。この温度管理は商品生産コストの一つとなっている。
図1
平成 27 年ばれいしょの東京中央
卸売市場における月別、産地別流
通量と月ごとの平均価格((2)より
作成)
以上の問題を解決する一つの案として、塊茎の休眠期間が長いジャガイモの育種が考え
られる。ジャガイモの近縁種には休眠期間の長いものがあり、そのうちの2つについて QTL
解析が行われている(3,4)。この2つのうちジャガイモ(Solanum tuberosum)に戻し交配し
た集団の休眠がより長くなっている Solanum berthaultii を育種親として使う。現在加工用
品種は北海道での生産が多い(1,5)。また図 1 から、長崎での食用品種の休眠期間が長くな
れば 7 月の出荷量を増やせると考えられる。従って北海道で加工用品種を、長崎で食用品
種をそれぞれ育成する。北海道で加工用主力品種(5)のトヨシロと長崎の主力品種(5)のニシ
ユタカをそれぞれ親とする。トヨシロは雄性不稔でニシユタカは花が落ちやすい(6)のでト
ヨシロは種子親、ニシユタカは花粉親とする。
今回は既にほしい形質の QTL 解析が行われているため、DNA マーカー育種法を行う。
つまり S. berthaultii と栽培品種を交配し、F1 世代を栽培品種に戻し交配して F2 を得る。
この F2 が幼個体の段階で DNA マーカーを調べ、
ほしい QTL をもつ個体だけを選抜する。
この集団を戻し交配し、次代をマーカー選抜するというのを繰り返して必要な QTL の部分
だけが S. berthaultii 型であるという個体を得る。これを自殖させて遺伝子を固定したら新
品種の完成である。育種年限について、ジャガイモは種からの生育に時間がかかる(1)。施
設内で世代促進を行ったとしても 1 年に 3 回以上交配することは難しいと予想されるうえ、
できた品種から種いもを得て栽培試験をするのに 2 年かかる。従って短くて 5 年、長いと
10 年くらいかかると考えられる。
この休眠期間の長い品種がうまく育成できた場合の経済効果を考える。現在ジャガイモ
の流通量の 20%にあたる約 50 万トンが加工用として使われている。ほとんどが契約栽培の
ため単価は不明だが、貯蔵コストが下がる分を 1kg あたり 2 円上乗せして卸せるとする。
大手企業と契約できたとして、加工用の半分がこの新品種になったとすると年間 5 億円の
付加価値が生まれることになる。また長崎での生産について、この新品種を導入すること
で 7 月にもジャガイモを出荷できるようになることが予想される。東京中央卸売市場の分
だけを考えても、7 月の流通量が他の月と同じくらいの 8 千トンになるようにすると、あと
2400 トン生産を増やせる。これにより単価が少し下がるとしても 215 円/kg くらいで売れ
ると考えられるので、約 5 億円売上高を増やすことができる。
休眠期間が長い品種の短所として、種いもとして使ったときに萌芽がしにくく初期生育
に劣るという点がある(1)。特に 1 年に 2 回ジャガイモ生産をする長崎ではこれが問題にな
ると考えられる。対策としてはジベレリン処理が有効だがこの分生産費が増えることにな
る。しかし種いもとして使われるのは全体の 6%であり(7)、全体としてはこの新品種を導
入する利益のほうが上回ると考えられる。
【参考資料リスト】
(1)田口啓作ほか(1975)『加除式
農業技術体系
作物編5ジャガイモ・サツマイモ』農山
漁村文化協会
(2)
東
京
中
央
卸
売
市
場
統
計
情
報
http://www.shijou-tokei.metro.tokyo.jp/asp/searchresult2.aspx?gyoshucd=1&smode=20
&s=2015|1|2015|12|0|3|60|n&hinmoku_flg=false
(3)J.H. van den Berg, E.E. Ewing, R.L. Plaisted, S. McMurry, M.W. Bonierbale (1996)
QTL analysis of potato tuber dormancy. Theor Appl Genet 93:317-324
(4)R. Freyre, S. Warnke, B. Sosinski, D.S. Douches (1994) Quantitative trait locus
analysis of tuber dormancy in diploid potato (Solanum spp.). Theor Appl Genet
89:474-480
(5)政府統計 特産農作物の生産実績報告確報
平成 19 年産特産農作物生産実績
ばれい
しょの品種別、都道府県別作付面積
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000007519151
(6)ジャガイモ博物館 品種の詳細解説 http://www.geocities.jp/a5ama/vmenu2.html
(7)農畜産業振興機構 統計資料 ばれいしょの用途別消費量の推移
http://www.alic.go.jp/starch/japan/data/kokunai1-(2)-a.xls