課題 1. アサガオの育種をすすめたいと思う。理由は花き園芸に興味があり、なかでも幼少期から ずっと興味をもち続けている植物がアサガオであること、加えて実際に育種を行ううえで 遺伝学的な研究がすでにある程度行われていることも理由のひとつ。 どういった育種が可能なのか、まずは現状の課題と、応用できそうな研究成果をあげてみ る。 1.花色に関して 幻といわれる黄色いアサガオを作出することは育種家の夢である(※1)が、花色が珍重さ れるだけではあまり経済効果は期待できない。他の性質と組合せる必要がある。 2014 年に基礎生物学研究所から、キンギョソウの遺伝子を導入することにより黄色いアサ ガオを咲かせることに成功したという報告もある(※2) 。 2.花模様に関して すでに成功例として「曜白朝顔」という系統が作出されている。これはアサガオ(Ipomoea nil)とマルバアサガオ(Ipomoea purpurea)の間の種間交雑種で、花弁の曜とよばれる部 分(葉でいう主脈に相当する部分)が着色せず白くなる性質をもつ(※1) 。 他に珍しい花模様としては、アントシアニン合成系に関わる遺伝子に挿入されたトランス ポゾンが抜ける現象が花弁の細胞の一部でだけ起こることにより、白地に斑点の花模様(吹 っかけ絞りという)もある(※3)ので、他の性質とうまく組合せれば面白い品種ができる かもしれない。 3.草姿に関して つる植物であるアサガオは現状として鉢花として細々と流通する程度である。適度に矮化 し、支柱がなくても鉢花として流通させることが可能な品種ができたら普及するのではな いかと考えている。 4.花もちに関して アサガオの大きな欠点のひとつに開花時間が短いというところがある。EPH1 という遺伝 子の発現が引き金となっておこる細胞死を抑えることにより花もちが約 2 倍に延びたとい う報告がある(※3) 。 5.多花性に関して 1 節あたりの花数(ふつうは 1 個)を増やすというのも一案だが、この形質を支配する遺伝 子はよくわからなかった。茎の本数を増やすという案もあるが、こちらも遺伝子がはっき りわかないので、多花性に関しては今回は保留。栽培過程で、摘芯により分枝を促すとい うことも可能。QTL 解析により遺伝子を見つけることができるかもしれないが、育種に使 えるかどうか現段階では不明。 全体の方針としては、マニアに珍重されるような変わった品種を作る方針と、鉢花として 一般にもっと普及するような品種を作る方針に大別されると思うが、小輪・多花性でこん もりとまとまる草姿となり、花もちの長い、鉢花として普及するような品種をつくること を主眼におきたい。 さらに年数をかけられるのであれば、さまざまな花色・花模様を組合せてバリエーション を増やし、シリーズ品種化することでもっと魅力の高いものにできるだろうと考える。 花色・花模様をはじめさまざまな形質に関与する遺伝子のマッピング情報はすでにある程 度そろっている(※4、※5) 。 研究計画 すでに矮性の系統(サンスマイルという品種など)があるので、これをベースに、まず EPH1 遺伝子の機能を失ったものを導入し、それに次いで花色・花模様を決める遺伝子(組合せ は様々)を導入する。 交配させると他の遺伝子(遺伝背景)も混ざり合ってしまうので、予期せぬ結果になる可 能性が高く、目的にあったものを選抜するのにも多数の個体(少なくとも毎世代数百個体 ずつ)から選ぶ必要があると思われる。研究期間は、1 世代 4 ヶ月として、選抜・固定に 10 世代かかると見積もると、最初の花もちの遺伝子で 3 年程度かかると見込まれる。これ ができてしまえばあとは並行してさまざまな花色のものを作ることを試みる。全体として 5 年ほどで品種がいくつかできる計画。 組換え遺伝子を用いるのであれば、審査があるため、花粉不捻の遺伝子を導入して野生種 との交雑の懸念をなくしておくことが必要になる。 ※1 アサガオ 江戸の贈りもの 米田芳秋/裳華房 1995 年 ※2 「幻のアサガオ」と言われる黄色いアサガオを再現 基礎生物学研究所 2014 年 http://www.nibb.ac.jp/press/2014/10/10.html ※3 アサガオから花の寿命を調節する遺伝子を発見 農研機構 2014 年 http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/laboratory/flower/053017.html ※4 アサガオゲノムの解析 仁田坂英二・飯田滋 http://lifesciencedb.jp/houkoku/pdf/001/a122.pdf ※5 アサガオホームページ 九州大学大学院理学研究院 http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/ 課題 2. GS 法(Genomic selection 法)を用いた育種は、数学的にモデル式を立てて精度の高い表 現型の予測ができれば、遺伝子の具体的な機能はわからなくても育種が可能である。形質 を毎世代見なくても DNA の多型情報から目的のものだけを選抜していくというやり方も ゲノム育種と同じ。ただし、トレーニング集団の性質やモデル式の立て方によってはうま くいくかどうかが確実ではない。 ゲノム育種は表現型に寄与する遺伝子の多型情報をマーカーにして、選抜を行い、効率よ く育種を進めることができるが、利用するにあたりゲノム情報がまずわかっている必要が ある。ただし、現在では以前に比べ容易にゲノムの解読ができるようにはなっている。質 的な形質をつかさどる遺伝子を解析する QTL 解析により、マッピングを行い、複数の遺伝 子座がからむ表現型に対しても、目的にあった品種をつくることができる。 分子生物学的な理解が必要かどうかについて。 曜白アサガオのように交雑したらまったく予期しない表現型があらわれたケースがあるこ とを考えると、必ずしも良い品種を作るために分子生物学的メカニズムの理解が必要だと は限らないと思う。理論だけでなく、偶然による産物も大事ということ。 また、ある遺伝子の機能を分子生物学的に理解できたとしても、他の遺伝子との相互作用 が予測困難であることを考えると、必ずしも優れた品種の育種にすぐ直結するとは限らな いはず。 ただ、個々の遺伝子が形質にどんな寄与をしているかがわかれば、その後の育種のヒント になるし、他の作物の育種にも応用できるかもしれない。良い形質・良い品種ができたら そのメカニズムを解明してみるという試みは意義があることだと思う。ただし、実際にや るべきかどうかはその解明にかかる労力がどの程度なのかにもよるだろう。 実際の具体例として、植物の分子育種学(鈴木雅彦・講談社)の p.22 には「植物の分子育 種において重要な命題の一つは、機能性物質の代謝制御である。代謝制御においては、目 的に応じた植物内の代謝経路のバランス改変や、本来その植物が生合成しない物質の代謝 経路の新規導入などが行われるが、いずれにしても出発点は目的とする物質の代謝経路と その制御機構の理解である。 」(※6)とある。 ひとつの形質に 1 遺伝子だけが関与しているわけではないので、目的の形質を得るために は、どの遺伝子をどのようにすればよいのかという育種の指針を立てるうえで、やはり分 子生物学的なメカニズムの解明は必須だと思う。GS 育種をするとしても、それが万能なわ けではないので、分子メカニズムの知識が不要になるというわけではないと思う。 ※6 植物の分子育種学 鈴木雅彦 編著/講談社 2011 年
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