桐条鴻悦に老王のソウルが混入しました ID:87473

桐条鴻悦に老王のソウルが混入しました
メンシス学徒
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︻あらすじ︼
桐条鴻悦。
それまで南条の分家に過ぎなかった桐条を、独自の信念に基づき盛
り立て、ついには本家と肩を並べる高みにまで引き上げた中興の祖。
晩年には﹁シャドウ﹂と﹁黄昏の羽根﹂に見え、時を操る神器の建
造に着手する。
端的に巨人であり、怪物であろう。
そんな男が、死ぬはずがなかったのだ。たかだか実験失敗による爆
発程度で。
序章 ││││││││││││││││││││││││││
1
目 次 本編 ││││││││││││││││││││││││││
4
序章
音もなく、闇の中を堕ちて行く。
ニュ
ク
ス
いや、これは昇っているのだろうか
蜜柑の皮さながらに、月の
外殻を剥きあげて出現した夜の女神の内海は、さながら宇宙の無重
力。上だの下だのと、方向という概念そのものが意味をなさないよう
ありさときみこ
で、この点非常に心もとない。
が、有里公子の心中は、不安とは無縁なそれであった。
︵大丈夫、分かるよ。近付いてる︶
十年の月日に渡りデスと共に在った影響か、それともつい先ほど覚
醒した﹁宇宙﹂の力が囁くのか。いずれにせよ、感じるのだ。﹁核﹂は
近い。人類文明はおろか、地球の全生物史を終焉させる力の根源はも
うすぐそこまで迫っている。
だというのに、彼女に恐れはなかった。
心は凪いだ水面のように静まっている。これから自分が為すべき
こと、為し得ること、その結果訪れる不可避の未来。全て、すべて承
知している。
にも拘らず、この落ち着きようはどうであろう。動揺しない自分
に、かえって自分が驚いてしまっているくらいだ。
︵ずっと探してきた答えに、ようやく辿り着けたからだろうか︶
いのち
そうだ、物心ついた時分からずっと問い続けてきた。
生命の意味を。人は何故、何の為に生き、何の為に死ぬのかを。
苦難に喘ぎ、明日をも知れない人たちが聞けば一笑に付すであろう
わ
ら
問い。なんと愚劣な探求だ、そんなもの、所詮は﹁生﹂に余裕のある
者の暇潰しに過ぎまいよと嘲笑われながら、それでも求め続けるのを
止めなかった。
そうしなければならない事情があったから。
それは彼女なりに切実で、決して放り投げるわけにはいかない、重
い重いものだったから。
だから、遂に解答を手にした今。公子はかつてないほど満たされて
いた。
1
?
﹂
その満足が余裕となり、これほどまでの落ち着きを齎しているのだ
ろうか。
﹁⋮⋮⋮
気になる問いではあったものの、詮索している猶予はなかった。
︵なに、これ︶
閉じられていた瞳が開かれ、形のいい眉が困惑に歪む。
︵なにか、いる︶
目指す極点、ニュクスの中核、その傍らに、なにものかの存在を感
じる。
極限を超えた絶望、極限を超えた怨嗟。溢れ出す慷慨は海に似て、
・・・
果ても底も窺い知れるものではない。
そんなあまりに人間的な波動を迸らせながら、微動だにせず佇む者
が、一人いる。
︵嘘でしょ︶
有り得ないことだった。
物質化した死の満ちるこの世界で、いきものが存在できる筈がな
い。
いやそもそも、それ以前に、ニュクスが覚醒したのはつい数分前だ。
その内海に飛び込んだのも、有里公子ただひとり。最もニュクスと距
離を近くするタルタロスの頂点にいた以上、そのことは間違いないと
言い切れる。
にも拘らず、先客がいるとすれば。
こいつはいったい、何時からこの暗黒に鎮座していたのだろう││
│
正体を探るための試みは、ことごとく無駄に終わった。
宇宙と等価の存在となり、無限の可能性を得た今の公子ですら見通
せない。それは暗に、相手が公子と同格か、それ以上の存在であるこ
とを示していて。
先刻までとは打って変わって、猛烈な不安に苛まれながら、彼女は
最後の薄膜を突破した。
2
?
﹁⋮⋮⋮くっ﹂
?
奇妙な﹁場所﹂だった。
無限の広がりを感じる一方で、ひどく手狭な小部屋に押し込まれた
ような印象も同時に受ける。
矛盾が矛盾のまま、何らの矯正も受けずに成立している異界。その
奥で朧に光る、茨に包まれた卵のような物体│││ああ、あれがニュ
クスの﹁核﹂なのか。
本来の公子ならばその荘厳さに心打たれ、神と対面した狂信者のご
とく畏れ入り、自らの死生観をより一層確固たるものとしていただろ
う。
が、現実にはとてもそんな趣味に興じているゆとりはない。最大限
の緊張を強いられていた。
理由がある。
﹁死に憑かれたる者よ﹂
﹁理由﹂は、人の形をしていた。
朗々と、尊大な声を響かせていた。
﹁明日とやらを求めるか。あるいは、出来の悪い我が息子にそそのか
されたか﹂
白銀の長髪に真紅の眼光。白いスーツにこれまた白いコートを羽
織り、右手に握った大剣のみが唯一、黒い。保護色として周囲の闇に
溶け込んでもよさそうなものだが、何故かはっきりと判別できてしま
う、異様な迫力を湛えた剣だった。死の闇よりもなお不吉な、おぞま
しい﹁黒﹂だった。
その顔には幾本もの皺が刻まれ、しかしまったく老いを感じさせな
い。体腔の隅々にまで満ちた覇気が、見る者に﹁衰え﹂という印象を
許さないのだ。
﹁どちらにしろ、はじめての巡礼者だ。歓迎しよう﹂
と言って、男はにやりと笑ってみせた。
その中に友好の色を見出すのは、公子をして不可能だった。
3
本編
﹁⋮⋮息子
﹂
喘ぐような問いは、意図してのものではない。
未だ刃を交えずとも、分かる。これは別格だ。
あらわ
タルタロスを蠢く雑多なシャドウ、満月の夜に出現れるアルカナを
冠した十二の大型、ストレガを名乗る三人組│││。
どれ一つとして楽な戦いなどなかった。油断すればこちらの首を
刈り取られかねない、強敵揃いだったと断言できる。
だが、この男はあまりにも│││それこそ直前に撃破した、ニュク
ス・アバターと比べてさえ│││次元が違う。違いすぎる。
︵駄目だ、怯むな。戦う前から心で負けてはどうにもならない︶
まぁ無理もない、あれは昔からと
そう己を鼓舞しつつも、やはりどこかで気圧されていたのだろう。
つい、無意識に疑念が漏れた。
﹁武治のことだ、覚えておらぬか
最終的には本性を現した幾月修司│││闇の皇子となり、新世界の
のが強く記憶に残っている。
最初の出会いは屋久島で、眼帯という日常見慣れぬ装飾を付けていた
桐条武治。桐条美鶴の父であり、桐条家当主にしてグループ総帥。
幾らか平衡を取り戻した精神で思い出す。
だったっけ︶
︵たけはる、たけはる。ああ、桐条先輩のお父さんが、確かそんな名前
ずると男の威に押し込まれ、ついには無惨なことになりかねない。
・
この場合、軽蔑は必要であったろう。さもなければ、このままずる
︵低俗なやつ。│││︶
り軽蔑したくなった。
あからさまな嘲笑に、公子は不快感を催した。この老爺をおもいき
屑は十年経っても屑のままであったかよ、と男は笑う。
たゆえな﹂
るべきところの全くない、我が種から生まれたとも思えぬ凡愚であっ
?
覇者となると喚いた、一個の妄想狂としか判断の仕様のない男だった
4
?
│││と銃撃戦を展開し、相打ちとなり、娘に看取られ逝去した。彼
の最後の奮闘がなければ、公子も特別課外活動部の面々も、あの誇大
妄想狂の病疾の贄と捧げられ、今頃この世になかったろう。その点、
命の恩人といっていい。
そんな彼を息子と呼ぶなら、眼前の男の正体は自ずから見えてく
﹂
る。人伝に名を聞くのみで顔は知らぬが、間違いない。
﹁桐条、鴻悦⋮⋮
﹁如何にも﹂
十年前の惨事の元凶。集合無意識に封印されたニュクスの精神を
覚醒させんと試みて、実際ニュクス・アバターを降臨させかけた札付
きの破滅主義者。
月光館学園を取り巻くあらゆる悲劇は、辿って行けば皆一様にこの
男に淵源を見る。公子にとっては両親の仇でもある狂人が、最後の最
後、よりにもよってニュクスの体内に巣食っていた。
﹁どうやらまるきり無能というわけでもないらしい。安心したぞ、こ
こまで言ってまだ察せぬような愚鈍であれば、さてどうしてくれよう
かと案じていたのだ﹂
﹂
言い終わるのと、鴻悦の体が消えるのとは同時だった。
﹁│││ッ
脳による判断ではないだろう。去年の麗春から今日のこの日に至
るまで、凡そ十一ヶ月に渡る戦いの日々により、戦闘者として洗練さ
れた公子の細胞が反応した。
愛刀、孔雀御前を握る腕を衝撃が突き抜け、目の前には桐条鴻悦の
大きな顔が迫っている。一拍遅れて、彼の瞬息の踏み込みが彼我の距
︶
離を一挙に潰し、続く逆袈裟をなんとか防御したのだと理解した。
︵なんて出鱈目な
のごとく、無数の斬撃が飛んできた。
回復を待ってくれるほど、鴻悦は優しくないらしい。すぐさま雨霰
まいそうな、とてつもない衝撃だった。
痺れるどころではない。肩の付け根から腕ごとひっこ抜かれてし
!
5
!
その一撃を防げたのは、ほとんど奇跡に他ならない。
!
﹁づッ、う、ああァ│││
﹂
公子はよく捌いたと評していい。さながら機関銃の弾を切り落と
し続けるような所業である。
むろん、無傷とはいかない。制服の所々は切り裂かれ、芳醇なワイ
ンを思わせる真っ赤な血が溢れ出す。
が、傷を負ったのは四肢の、それも外側ばかりだ。急所の集中する
体幹は、なんとか守り通している。
それでもこの局面が継続すれば、いずれは戦闘不能に陥るだろう。
その未来がはっきり見えて、そう遠くないことも理解して、しかし打
開策の一つも浮かばない。焦りばかりが募る悪循環。背中を流れる
冷たい汗を、公子はどうにも止められなかった。
﹁どうした小娘、分かっているぞ。貴様、滅びを止めに来たのだろう。
ニュクスを再び眠りに就かせる、その為に此処まで参ったのだろう。
﹂
だというのに、なんだその体たらくは。守るばかりでは何事も為せ
ん、少しは手を出してみろォ
を引く
この男を前に置いて、悠々と召喚器を取り出し、頭に当て、引き鉄
︵ペルソナを使いたいのは山々だけどッ⋮⋮︶
やこれほどの脅威とは思わなかった。
つまりは単純な膂力と瞬発力。純粋に﹁強い﹂ということが、よも
れてしまう。
にも間にあわず、懐にまで潜り込まれ、気付けば防戦一方に追いやら
しかし、鴻悦の踏み込みが常軌を逸して早すぎる。牽制を加えよう
刀の届かぬ遠距離から一方的に刺突を加える武具なのだ。
現状、長柄の有利がほぼ殺されてしまっている。槍や薙刀は本来、
ふざけるな、と絶叫したい気分だった。
!
ストレガのリーダー、タカヤのように召喚器を用いないペルソナ使
役も、公子は出来る。
だが、それにしたって集中する時間は必要だ。その隙を、鴻悦は絶
対に見逃さない。
6
!
ナンセンスだった。確実に途中で殺されるだろう。
?
ならば、詰まるところ打つ手なし。公子はこのまま首を刎ねられる
のを待つだけの、俎上の鯉に過ぎないのだろうか。
否である。
︵よし、少しだけど見えてきた︶
彼女は決して目を閉じない。相手が如何に強大で、旗色悪く地獄を
覗き込まされるような心地だろうとも、恐怖に屈して目蓋を下ろすを
良しとしない。
今日まで彼女の命脈を繋ぎ続けた要因のひとつはこれだろう。決
して折れない精神性は公子をして、図抜けた観察力と適応力を付与せ
しめた。
今、それが花開く。
﹁│││ぬ、む﹂
特定の攻撃と攻撃の繋ぎ目、僅かに見え隠れする髪の毛一本分の
隙。
鴻悦は視界の隅でそれを追い、ぎょっと目を見開いた。
︵あれは│││あの宝石には、見覚えがある│││︶
確か、名を、メギドラオンジェム。
その名の通り、メギドラオンの力を封入された宝石である。一度力
を解放すれば、効果範囲内の物質は塵も残さず蒸発し、後に残るはす
り鉢状にくり抜かれた大地と、大量の空気をいっぺんに失うことによ
り発生する気流の乱れのみ。
7
おそらくは鴻悦の癖によるものだろう、自覚してしまえばすぐ修正
され、二度と表出することはない寸隙を突き、公子は大きく後ろへ飛
﹂
びずさった。
﹁愚かァ
﹂
!
寸前、何かが宙を舞っているのを察知する。
﹁さあ、どうか、なッ
した好機はどぶに棄てられ、結局は蹂躙劇が再開されるのみ│││。
ペルソナを呼ぶ暇も稼げていない。一時凌ぎにもならず、折角見出
慮する距離だろうと、鴻悦ならば一歩である。
が、この行為は鴻悦の指摘通りだったろう。常人ならば詰めるに苦
!
そんな小型の破壊兵器を、公子は袖の下に仕込んでいた。戦闘中、
いちいちポケットをまさぐっていてはまだるっこしいし、いざと言う
とき間に合わない。現にそれが原因で大怪我をしかけた。
│││なにか工夫できないかな。
と、風花やアイギスに相談し、真面目な考察と若干の悪乗りの果て
に出来上がったのがこれである。 腕 を 特 定 の 動 き で 動 か す と、袖 の 下 に 仕 込 ま れ た 機 構 が 作 動 し、
ジェムが掌中へと飛び込むようになっている。発想の元は公子が以
前映画で目にしたスリーブガンであり、銃と違って取り出すものが小
さいため制服にも収まった。
ある晩のタルタロス探索で実際に使ってみたところ、思いの外具合
が良く、以来ずっと愛用している。ただ、これを見た順平が大興奮を
発し、是非俺にも、と強請られたのは予想外であった。
とまれ、公子は飛びずさるのと同時にこの装置を発動。足が地に着
の火傷を負った程度である。
﹂
むろん、公子とてそれくらいは予測している。剣を交えていよいよ
実感した、桐条鴻悦という生命の強大さ。それを消し去ってしまうに
は、どれほど貴重であろうとも、量産品ごときでは役者不足。自らの
全能を振り絞るしかないと心得ていた。
だから、メギドラオンジェムは最初から時間稼ぎ。切り札を切る為
の文字通り捨石であり、その目論見は完全に成就したのだとほくそ笑
む。
︵思い知るがいい。悪手を打ったのは私じゃない、あなただ。あなた
8
く直前に、密かに投擲を終えていたのである。
﹁ちィ│││﹂
これを見て、流石に鴻悦の足が止まる。
さしもの彼とて、万能属性ばかりは反射できない。大剣を盾に使
い、衝撃に備えた。
これでは、足らんなぁ
そして、光と共に破壊がおとずれた。
﹁温い
!
が、鴻悦にさしたるダメージはない。精々所々コートが破け、軽度
!
が悪手を打ったんだ︶
訝しげな視線を寄越す鴻悦を、侮蔑もあらわに睨み返す。
そう、彼は突撃していればよかったのだ。どうせ致命傷にはならな
いのだからと多少のダメージは覚悟して、腹をくくり、メギドラオン
の炎の中を一直線に突破していればよかったのだ。
そうしなかったのは、ひとえに彼の驕りに依る。攻める側という意
識が先行し、鴻悦にはここ一時に懸ける必死さが欠けていた。
反対に、それを有り余るほど持っていたのが公子である。
断言しよう。もし鴻悦が捨石に目もくれず、そのまま突撃していた
ならば、彼女はあっさり死んでいた。
あの瞬間、公子は深く自己の裡に埋没し、外界の情報を遮断しきっ
ていたのだから。
一歩間違えれば、気付く間も無く死んでいた、という間抜けな結末
が現実のものになっていた。
9
その危険を承知で、彼女は賭けた。そして、勝った。負けた鴻悦は
当然、代価を支払わねばならない。
﹁死ね﹂
それはおおよそ公子に似つかわしくない、常日頃の彼女を知る者が
聴けば耳を疑うに相違ない、絶対零度の声だった。
︵なんで、どうして、どうやって、いつから此処にいるのかも、目的も
︶
背景もどうでもいい。ここで、必ず、この人を殺す。でないと今度は
私が死ぬ。こんな好機は、もう二度と作れないんだから│││
とサタンという最高クラスのペルソナで以って実現させるのだ。
正しく奥の手と呼ぶに相応しい所業。そんな出鱈目を、ルシフェル
は、基の規模から乗倍単位で跳ね上がる。
達の中でも、彼女にのみ許された特殊技能。結果惹き起こされる現象
それは掟破りの同時使役。無数のペルソナを使いこなすワイルド
ミックスレイド。
で、公子はミックスレイドを完了させていた。
命を賭けまでして、稼ぎ出した時間は僅かに三秒。だがその三秒間
!
同一にして対極。天にます熾天使と、地獄に君臨する魔王。本来な
らば時間の檻に阻まれて、決して出逢うことなき二つの力を強引に融
合させる。
反発と相克、溶解と共鳴。陰陽狂乱の果てに待つのは、総てを呑み
込み虚無へと還す名状し難き力場のみ。
そんなものを示す名を、公子は一つしか知らなかった。
│││ハルマゲドン。
彼女がなにを行おうとしているか、今更ながら気付いたらしく、鴻
悦が驚愕の相を浮かべる。
大剣を一閃させ、斬撃の軌跡そまままの衝撃波を飛ばしてくるが、
間に合わない。
解き放たれた暴威そのものに苦もなく呑まれ、押し流されていっ
た。
10
衝撃は、死の世界にさえ直立不能な激震を齎した。
危うく崩れ落ちそうになるのを、寸でのところで踏み止まる。ミッ
クスレイドという業は、本来もっと時間をかけて自己の裡に埋没し、
デーモン・コアを扱うような繊細さで執り行うべきものである。
それを三秒間に圧縮した代償が、公子の内部を直撃し、散々に喰い
荒らしていった。
視界は擦れて霧のよう。全身の筋繊維が引き千切られて、じくじく
﹂
と微熱を発している。胃の腑から血泥がこみ上げてきた。どうやら
血管が何本か弾けたらしい。
﹁死体、は⋮⋮。したいは、どこ⋮⋮
て肺まで達する。たちまち呼吸不全に陥った。
硬質な何かが肉を裂き、鍛えられた背筋を抉り、肋骨の隙間を縫っ
返答は、背中に走った衝撃だった。
﹁あいつの、屍は│││﹂
を見ない限り気を抜けない。
らし証拠を探す。桐条鴻悦がくたばったという、確実な証をだ。それ
途切れそうになる意識をディアラハンで強引に繋ぎ止め、視界を巡
?
﹁⋮⋮大したものだ。本当に大したものだと敬服しよう。余の玉体に
﹂
傷を付けるどころか、ここまで壊してみせるとは﹂
﹁おまえ、は⋮⋮
ああ、今、一番聞きたくない男の声がする。
首を捩じ曲げ、窺い見れば、そこにはやはり鴻悦の顔が。
顔面の右半分が崩れ落ち、スーツも下しか残っておらず、右腕さえ
も失った、見るも無惨な姿であるが、それでも揺るぎなく立っている。
公子の背を貫いているのは、彼の残された左腕による手刀であっ
た。
﹁だが、惜しいかな。何も理解していない﹂
ぬん、と左腕が怒張する。為す術なく、公子の体は人形よろしく持
﹂
本当にものが見えているのか
﹂
?
ち上げられた。血が滴り落ち、鴻悦の髪を朱に濡らした。
﹁いったい、その双眸は飾りかね
﹁なに、を│││
それとも、見えていながら理解を拒む愚者なのか
?
う信じた。
﹁あ、あ、ア、嗚呼、ああああぁァアアあぁぁあ│││
!
寺内
えへへ。
うふふ。
痛み。
誰だっけ
生物ってなんだっけ
あれ
江
?
?
あ の 人 は 化 学 の 担 当 だ っ け じ ゃ あ 生 物 は
こいった、ありゃなんだ、嘘っ八だったのか。大西先生に教えてあげ
ているのにまだ痛みを感じるとはどういうことだ。近代生物学はど
神経が燃え尽きて炭になり、真っ黒な消し炭がかさかさと音を立て
骨を内側から焼かれる痛みに絶叫する。
﹂
脊髄を電流が奔り抜け、眼から稲妻が迸った。少なくとも公子はそ
を待たずして、恐るべき略奪を開始した。
鴻悦には、端から会話を成立させる気なぞ無いらしい。公子の返答
?
?
?
11
!
!
︵駄目だ、痛みで思考の芯が保てない︶
?
た い。あ れ
戸川
?
?
わかんないや。
?
そう、痛みだ。
鴻悦の手刀を通して濃厚な﹁痛み﹂そのものが流し込まれ、反対に
公子の内側からは大事な﹁何か﹂が流出してゆく。
︵冗談じゃない︶
それで売買を成立させている心算か、ふざけるな。こんなのちっと
も等価交換じゃない、と抗議したかった。
本人は冷静なつもりでも、明らかに錯乱している。
さもありなん、鴻悦が奪っているのは公子の魂、生きる活力そのも
のだ。精神と直結している、そんなものを毟り取られてまともでいら
れる道理こそない。
﹁貴様も見てきただろう﹂
公子から奪い取ったものが、鴻悦の傷を埋めてゆく。顔面が元通り
になったあたりで、何を思ったか、鴻悦は公子の体を力任せに放り投
げた。
二度、三度と地面を跳ね、赤黒い線を残しながら、漸くのこと停止
する。公子の身は指一本たりとて動いておらず、とても生命の息吹を
感じられない。
﹁もとより、世界とは悲劇だ﹂
が、鴻悦は全く容赦しなかった。
彼方に刺さった剣を抜く間も惜しいとばかりに、残像が残るほどの
速度で駆け寄ると、その勢いを利用して、倒れ伏す公子の頭を爪先で
以って蹴飛ばした。
ぐしゃり、と、おおよそ人間の頭部が立ててはいけない音が響く。
少女の小さな体は、またしても宙を舞わされた。
﹁ゆえに、神はニュクスという毒を残した﹂
ここで、誰もが驚愕すべき事態が起こる。
公子が立ち上がったのだ。
その足はむざんなまでに痙攣し、産まれたての小鹿でさえこうでは
あるまいと思われるほど弱弱しいが、しかし間違いなく両の足で立っ
ている。
衝撃でヘアピンを失い、ために髪を振り乱しながら、それでも前を
12
向こうともがいている。
﹂
凄絶ながらも目を離せない、ある種の神々しさすら漂う光景だっ
た。
﹁命を奪い、すべての悲劇を終わらせるためにな
が、目の前にいるのは桐条鴻悦。
心などとうに失って、妄念ばかりが果てしなく膨張し続けた怪物で
ある。
この光景に対しても、なんら感応するところはないらしい。自らの
・・
理屈のみを並べ立て、裂帛の気合と共に、略取の光を解き放った。
一見すると、これもまた美しい。
しかし、鴻悦の左手を包むこの光こそが、あの有里公子をして正気
を失う寸前まで追い込んだ﹁妖光﹂なのだ。
﹁⋮⋮これが真理だ、受け入れよ。受け入れて、全速力で死ぬがよい。
なに案ずるな、直にすべてが終わるのだ﹂
そう言って、鴻悦は再び左手を公子の体内に突き入れた。臓物の温
かさと柔らかさが、指にたまらなく快い。
そのまま先程のように持ち上げようとして│││それが出来ない
ことに気付く。
﹂
少女の体が、妙に重い。
﹁な、に│││
あぎと
そうと気付かない内に、虎の顎に首を突っ込んでしまったかのよう
な。
︶
地鳴りの如き唸り声と、頬を濡らす唾液の生温さで漸くそれに気付
きかけているような。
︵此処は、不味っ⋮⋮
﹁⋮⋮捕まえた﹂
押すも出来なくしていた。
公子の手が鴻悦の腕を握り締め、万力の如き力で締め上げ、引くも
を閉じた。
慌てて飛び退こうとしても、遅い。一瞬早く、
﹁虎﹂が渾身の力で顎
!?
13
!
瞬間、鴻悦の全身を、かつてない悪寒が駆け抜けた。
?
耳元で囁くような、儚い声。
公子の顔面、血に染まらぬ箇所はなく、今もどくどくと新たな鮮血
が流れ出し、襟元を重く濡らしている。
だが、その瞳は。
瞳だけは、今新たに生まれた新星のように、ぎらぎらと雄雄しく
滾っていた。
﹁ペルソナ﹂
ルシフェル
ぽつりと呟き、空いているもう一方の掌を上に向ける。なにか、不
ノルン
可視の球体でも乗せているかのような格好だった。
スルト スカディ
﹂
!
続く展開は、狂気の一言。
﹁オーディン
サタァァン
!
てやる
﹂
﹁貴様、小娘ェェ│││
鴻悦の目から見ても、公子は明らかに発狂していた。どう楽観視し
正気ではない。
﹂
の余地など残さない。あなたの大好きな死の中に、全力で叩き堕とし
﹁今度こそ、本当の最終戦争がやってくる。覚悟しなよ桐条鴻悦、再生
ハルマゲドン
どもを混ぜ合わせ、行き着く果てはいったい何処か。
れも、直撃すれば常人ならば五回は死ねる桁外れの威力。そんなもの
ルヘイム、万物流転、真理の雷、明けの明星、漆黒の蛇。どれもがど
彼女の小さな掌の上で、終末の嵐が吹き荒れる。ラグナロク、ニブ
それでも公子は暴挙を形にしつつある。
理を通す代償として存在基盤そのものをがりがり削りとられながら、
本来あるべき組み合わせも、条理もなにもかも無視した自爆行。無
王、他にも他にも│││。
い。神々の王、巨人の守護神、傷つける者、運命の三女神、熾天使、魔
今、彼女が同時に使役しようとしているのは二体だけに留まらな
これをミックスレイドと呼んでいいものか。
公子は、再度ミックスレイドを行おうとしていた。いや、果たして
!
ようとも、人間ひとりの器に収まる規模の力ではない。
14
!
!
!
!
!
必ず失敗する。技が完成する遥か以前に彼女の体は砕け散り、統制
ハルマゲドン
を失った力が混沌よろしく荒れ狂う始末になるだろう。
完成した最終戦争を喰らうよりかはマシと雖も、現段階でさえこれ
だけの力が渦巻く以上、巻き添えを喰らえばただで済むとは思えな
い。逃げるべきであった。脇目もふらさず、全力で。
しかし、公子に腕を掴まれている。幾ら振り解こうともがいても、
鉄の鏨を嵌められたように微動だにしてくれない。
︵なんだこれは、何処にこんな力が残っていた︶
﹁略取﹂の効果は、依然発動しているのだ。
左手を通して公子の活力が流れ込み、今も鴻悦を癒している。公子
は弱体化し、鴻悦は強化されゆくのが道理であろうに、この現実はど
﹂
うしたことか。
﹁不思議
﹂
﹁これ、は⋮⋮
﹂
私を支えてくれているのが、何なのか│││﹂
﹁飾り物はあなたの方だ。あなたの眼こそガラス玉だ。よく見なよ、
鴻悦の内心を読んだとしか思えぬタイミングで、公子が言った。
﹁⋮⋮
?
いざ乗り込んでみれば思わぬ強敵に遭遇し、独力では打破できず、ピ
何かを悟った気になって、自分ひとりでカタをつけると息巻いて、
︵情けないなあ。私はつくづく、しまらない︶
どうか助けてと救援を乞うていた。
死の闇に遮られた向こう側、幽かに感じる仲間達の気配に向けて、
密かに﹁手﹂を伸ばしていた。
︵届け│││お願い、届いて頂戴︶
いたわけではない。
実のところ、公子は鴻悦に嬲られていた際、ただ暴虐に翻弄されて
﹁貴様、友を殺す気かぁっ﹂
だからこそ、鴻悦は続けざまに叫ばずにはいられなかった。
その言葉で完全に理解する。
!
15
!
ンチだからと慌てて救けを呼んでいる。
ひ
と
なんという面の皮の厚さだろう。我ながら恥じ入るばかりである。
︵ああ、でも、そうだ。それが私だった。他人の肩を借りなければ満足
に立ち上がることもできない臆病者。だからこそ強い繋がりを、決し
て解けない紐帯を、私は望んだんじゃないか︶
なんて身勝手。死んでも治らぬこの愚かさ。
けれどそんなどうしようもない女の求めに、仲間達は躊躇なく応え
てくれた。
今、この身に注ぐ力の流れがその証明。
﹂
鴻悦に奪われる以上の勢いで、公子に彼等の命の力が流れ込んでい
るのだ。
﹁ごッ⋮⋮ぐ、ふっ⋮⋮
しかし、これは暴挙だ、暴挙だろう。
ニュクスが放つ死の波動は一向止む気配なく、逆に圧を増す一方。
その猛威に晒されながら、更に公子を援助しなければならないのだ。
砂漠を彷徨い、渇える者が、更に自分の血液をも差し出すような無
謀。鴻悦が殺す気か、とわめいたのも決して的外れではない。むしろ
控え目な表現と言える。
順平が血の泡を吹き出した。天田の眼球は充血し、今にも破裂せん
﹂
ばかり。ばきっ、と硬質な音は真田から。どうやら奥歯を噛み砕いた
ものらしい。
﹁死なせる、ものかぁっ⋮⋮
め
げ、天を圧する﹁死﹂そのものに吼えていた。
﹁一人なんかじゃねえ、絶対に一人なんかにゃしねえぞォッ
!
にも出来ないなんて、それこそ冗談じゃありませんよっ⋮⋮
﹂
ここまで来て僕だけ何
!
!
﹁ずっと一緒だったじゃ、ないですか⋮⋮
﹂
ながら、誰一人として中断ようとしない。一度は屈した膝を持ち上
や
にも拘らず、誰一人。もはやヒトの体を保てなくなるほどに損耗し
てい
繋がりで、ゆえに切ろうと思えば何時でも切れる。
鴻悦のそれと異なり、搾取ではないのだ。双方の合意あってこその
だが、一人としてこの﹁暴挙﹂を止めない。
!
16
!
男達の絶叫が、この場に集った者の総意だったと言っていい。
その輝きが、公子の背の向こう側にはっきり視えて。
﹁│││哀れな女だ﹂
鴻悦は、ただそう漏らすのみだった。
鴻悦の吸魂が激化する。公子は自分がさながら一個のパイプと化
したことを自覚した。
猛烈な勢いで注がれる命と、猛悪な勢いで流れ出す命。それは一秒
毎に死と新生を繰り返す拷問にも等しく、極大の苦痛と極大の快感が
めまぐるしく入れ替わり、さかんに自我を攻撃する。
加えて、元々の器を遥かに超えた力の制御も行わねばならない。そ
の代償は先の三秒圧縮の比ではなく、全身が細胞単位でばらばらに
なってしまいそうだった。
︵ああ、消える︶
・・・・・
17
有里公子という存在そのものが、激流に削られ消えてゆく。何故自
︶
分はここにいるのか、何故戦っているのか、そもそも自分とは何なの
か。
︵ッ、駄目
ときの感触がはっきり刻み込まれている。
両親は決して語ろうとしなかったが、公子の記憶の底の底にはその
だから、公子は、﹁彼﹂を奪った。
だから。
双子のうち、世に出られるのは一人だけだと運命付けられていたの
そうしなければ生きられないと、本能的に悟っていたから。
引く双子を、彼女は殺めてしまっているのだ。
母の子宮の中で。自分とは異なる卵から生まれた、同じ両親の血を
ひとり、殺している。
公子はかつて│││それこそ産まれてくる以前のこと│││人を
誰にも話していないことではあるが。
は負けられないという、多分に子供染みた意地を縁に踏み止まる。
崩壊しかける自分自身を、まだ駄目だと繋ぎ止める。こいつにだけ
!
公子の人生に死の影が付き纏うようになったのは、アイギスにデス
を埋め込まれたからではない。
彼女の人生は、最初から死に魅入られたものだった。
だから、求めたのだ。
それこそ物心ついた時分から。片割れを殺してまで生きている自
分はなんなのか、そもそも﹁生﹂とはいったい何か。人は何故産まれ、
何故生き、何故死なねばならないか。
今日その問いに、自分なりの答えが出た。けれどもこの答えとて、
完全無欠の真理などではないのだろう。過去、多くの思想家が公子と
同じ疑問を抱き、彼等なりの﹁答え﹂を見出した。
そうしてこれで一安心、満足満足と腰を下ろして休んだものの、暫
くすると﹁答え﹂の中に新たな疑問が芽生えつつあるのを発見する。
これはいかぬと疲れきった体に鞭打ち、また旅路を再開する。探求
者の人生とは畢竟この繰り返しだ。そうして最後は満たされぬまま
死んで逝く。
︵私がいま、抱きしめているこの﹁答え﹂にも、きっと根底には同じ性
質があるんだろう︶
くら
だが、それを以って徒労だなどとは、公子は決して思わない。むし
ろ、それでいいのだと思う。
なるほど鴻悦の言う通り、世は昏く、悲劇と苦難に満ちており、道
のりは果てしないとしても、歩み続けることには意味がある。
それは闇の中にあって、一際まばゆく光を放つ黄金の鎖なのだか
ら。
いや寧ろ、闇の中に在ればこそ、それの輝きが際立つのだろう。夜
の暗さこそが、本来他愛もない筈の蝋燭の灯りをいよいよ浮かび上が
らせるように。
その煌きが愛おしい。
自らの足跡も、その一つに連なってほしいと強く、強くそう願う。
だからこそ、ここで鴻悦だけは殺しておかなければならない。
闇の深さを嘆くあまり、すべて闇に沈んでしまえと倒錯した大馬鹿
者を、看過するわけにはいかないのだから。
18
﹂
ハルマゲドン
そうして遂に、公子の求めた最終戦争が成就した。
﹁舐めるなよ、小娘│││
﹂
いや、しようとした。
ハ ル マ ゲ ド
﹁│││最終戦争ォォンッッ
﹂
落とし、拘束を解くと、間髪入れずに鴻悦は逃走を開始した。
それを以って、躊躇いなく左腕を切断する。肩口からばっさり切り
え、剣はその姿を消失。再び現れたときは既に彼の掌中だった。
新たに生やした腕を、彼方に刺さった愛剣へと向ける。主の声に応
﹁来い
あって、公子よりも一手早く、そのことを成功させていた。
公子から奪い取った生命を用い、全力で右腕を再生させる。甲斐
が、鴻悦とてただ手をこまねいていたわけではない。
!
のだ。
﹁お│││お、おお、おおオオオオォォオおおおああぁァ│││
﹂
如何に鴻悦の俊足とて、そんなものから逃げ切れる道理がなかった
と圧縮し、指向性を持たせて撃ち出したのである。
正しく極小規模の世界の終わり。そんなものを、掌に収まる規模へ
うほどの大禍。
操作を放棄し、無作為に暴走させれば街ひとつ地図から消せてしま
満を持して、公子が解き放つ破滅の大渦。
!
実体など無いに等しい。
︵張りぼてだ︶
だが、公子は見抜いていた。
黒剣を握り締め、殺意もあらわに公子に向けて突き付ける。
﹁分からないか⋮⋮﹂
あの直撃を受けてなお、鴻悦はそこに立っていた。
道理を覆されるのは、今宵何度目のことだろう。
﹁貴、様⋮⋮﹂
せる。そんな呪叫を残し、鴻悦は終焉に呑み込まれていった。
ニュクスの身を鳴動させ、彼女の波動に乗って眼下の星をも揺るが
!!
19
!
桐条鴻悦が永きに渡って蓄え続けた負の情念、世界を巻き込む破滅
衝動。
・・・・・・・・・・・・
そ れ ら が あ ま り に 膨 大 過 ぎ た が ゆ え に、
世界そのものに焼き付いた、彼の残影でしかないだろう。
﹁本当は、誰も⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
公子は黙って孔雀御前を構え直した。
一瞬の交錯の後、鴻悦の胸が割られ、黒血が瀑布とこぼれ落ちた。
﹁誰も望んではいないのだ⋮⋮﹂
その言葉を最後に、鴻悦の身体は霞と消えた。
はぁ│││っ、はぁ│││っ、はぁ│││っ
﹂
世界の滅びを夢見た男の、あまりにもあっけない最後だった。
﹁⋮⋮⋮っ
である。
走り抜けた先に待つ静寂│││公子にとっての理想の死とはそれ
べきだ。
生は激しい。ならその対極たる死は、静けさを体現したものである
だが、そのそっけなさが心地いい。
﹁つれ、ない、なぁ⋮⋮﹂
言わんばかりに、つんと澄まして静謐さを保ち続けていた。
れほどの激闘が繰り広げられたにも関わらず、ニュクスは我関せずと
よろよろと、おぼつかない足取りで目的の場所へと歩いて行く。あ
﹁まだ、だよね。まだ、終わってない﹂
まいたかったが、どうにか耐える。
膝を付き、大きく息を吐き出す公子。いっそ内臓ごと吐き出してし
!
﹂
だから、
﹁死﹂そのものが生ににじり寄り、全てを呑み込もうとする
などと。
﹁はしたない、よ⋮⋮
銃を模った右手を、ゆっくりと頭上に持ちあげた。
妹を嗜める、姉のような口ぶりで。
?
20
!