Page 1 顧 問 センター長 副センター長 センター員 事 務 長 担当課長

創 価 教 育研 究 セ ン ター員
村 代 田 原
問
高 田 吉 篠 佃
顧
忠
成(副 学 長 補)
康
貝り(畠IJ理
事 長)
良
佑(創 価 大 学 参 与)
誠(創 価 大 学 参 与)
操(創 価 大 学 顧 問)
川 沼 出 元
一(経 済 学 部教 授)
強(文 学 部教 授)
由紀 男(文 学 部助 教 授)
純
市(経 済 学 部助 教 授)
幸
雄(文 学 部助 教 授)
成
司(教 育 学 部助 教 授)
正(通 信 教育 部 助 教 授)
稔(平 和 問 題研 究 所 助 教 授)
昇(短 大 経 営科 助 教 授)
原
沢
紀
子(短 大 英 語科 助 教 授)
将
賢
行
霧
塩
韮
立 橋 山 坂
一
事
務
長
担 当 課 長
神 高 杉 勘 森 吉 開 小 水 南
一
長 長
タ 汐
ン セ
セ 副
セ ン タ ー 員
孝
鱗
懸
一161一
麟
〈
編 集 後記 〉
セ ン ター の紀 要 創 刊 号 が こ こに完 成 した 。寄 稿 して いた だ い た先 生 方 をは じめ 、 印刷 を
ご担 当 い た だ い た(株)矢
島 印刷 の皆 様 な ど、 お世 話 に な った すべ て の 方 々 に 心 か ら御 礼
を 申 し上 げ た い 。 ま た、 セ ン タ ー発足 以前 か ら、私 た ちの 活動 を常 に温 か く見 守 り、 多大
の 激 励 と応 援 を して くだ さ った創 立 者 池 田先 生 に 、 この 場 をお借 り して衷 心 よ り御 礼 申 し
上 げ、 あ わせ て講 演 会 の広 報 な どで ご協 力 い た だ い た聖 教 新 聞社 の皆 様 、 さら に数 多 くの
貴 重 な資料 を提 供 して いた だ い た創 友 会 をは じめ とす るす べ て の皆 様 に心 か ら感 謝 の意 を
表 した い 。
発 刊 の 日 をセ ン ター 員一 同 で相 談 して3月16日 に した の は 、戸 田 先 生 が 、牧 口先 生 か ら
受 け継 ぎ発展 させ た創 価 の 思 想 と行動 の す べ て を、創 立 者 池 田先 生 を リー ダ ー とす る後継
の 青 年 に託 す記 念 の式 典 が行 なわ れ た の が 昭和33年 の この 日で あ り、私 た ち も ま た創価 教
育 の 理念 と行 動 を継 承 し発 展 させ 、社 会 と世 界 の教 育 ・文 化 ・平和 に資 す る との 決 意 を込
め たか らで あ る。本 紀 要 が この 決 意 を実現 で き るよ う、今 後 永 く刊 行 し、 質 量 共 に充 実 さ
せ て い くつ も りで ある。
とこ ろで 、 本紀 要 の発 刊 準 備 を して い る昨 年11月 、 コ ン ト、 デ ュル ケ ム な どの フ ラン ス
社 会 学 の導 入 をは じめ と して 日本 の社 会 学 の 発展 に 多大 な業 績 を残 した田 辺 寿 利 の 著 作 集
の第5巻 が、 未 来社 か ら刊 行 され た 。 この 第5巻 に は 田辺 の 最 初 期 か ら絶 筆 に至 る まで の
論 文 ・書 評 ・随 筆 な どが 収 め られ て お り、 そ の 中 に 、 「
創 価 教 育 学 の学 問 的 及 び 実 際 的 価
値 」 と 「『
改 造 』 に於 け る 『
創 価 教 育 学 』 の批 評 」 とい う2本 の論 稿 が あ る。 前 者 は、 昭
和5年11月
に刊 行 され た牧 口先 生 の 『
創 価 教 育 学 体系 』第1巻 の序 文 と して 同年10月 に執
筆 され た もの で 、 後 者 は昭和6年2月
発行の雑誌 『
改 造 』 の第13巻 第2号 に掲 載 され 、 同
年3月 に刊 行 され た 『
創 価 教 育 学 体 系 』 第2巻 の 付 録 と して も収 録 され た もの で あ り、両
者 と も私 た ち がす で に 目に して い る もの で あ る。
この田 辺 著 作 集 に は、 さ らに 、昭 和9年 発 行 の 雑誌 『レツ ェ ンゾ』4月 号 に掲 載 され た
もの と して 、 「
社 会 生 理 学 か ら見 た二 、三 の文 献 」 と題 す る論 稿 が 収 め られ て お り、 その
中 で 田辺 は 、 デ ュル ケ ムの 『
宗 教 生 活 の原 初 形 態 』 や 林 達夫 の 『
文芸 復興 』 な ど と と もに
「
牧 口常 三 郎 氏 の 『
教 育改 造 論 』
」 を取 り上 げ 、 「
牧 口常 三郎 氏 の 『
創価 教育 学 体系 』(富 山
房)は 、社 会 学 の 上 に教育 学 を樹 立 せ ん とす る もの で あ り、 この意 味 に 於 い て 教育 社 会 学
の 文献 と して注 目す べ き もの」 な ど と短 い論 評 を加 えて い る。 この 論 稿 は 、私 た ち セ ン タ
ーの メ ンバ ー も初 めて 目に す る もの で あっ た 。田 辺 著 作 集 を手 に し、 さて これ か ら しっか
り読 ん で み よ う と思 って い た矢 先 、一 足 早 く読 ん だ伊 藤 貴 雄君(本 学 人 文 学 専 攻 の 大 学 院
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生)が 、 「
新 しいの が 載 って ます よ」 と教 えて くれ た の で あ る。
牧 口先 生 が 「
創 価 教育 学 」 を具 体 化 す るに あた って 、 フ ラ ンス社 会学 と りわ けデ ュル ケ
ム の社 会 学 か ら大 き な影 響 を受 け た こ とは周 知 の 事 実 で あ り、 この影 響 関 係 に田 辺 が与 か
っ た こ と も よ く知 られ て い る。牧 口先 生 は 述 べ て い る。 「余 を して若 し社 会 学 を修 め しめ
な かつ た ら、及 び 法 華 経 の 信 仰 に 入 らな かつ た な らば 、 余 が善 良 な る友 人 知 己 の 様 に、成
るべ く周 囲 の機 嫌 を損 ね ぬ様 に 、悪 い こ と を見 て も見 ぬ 振 り を し、言 ひ た い事 も控 え 目 に
して 、 人 に 可 愛 い が られ な けれ ば損 で あ る とい ふ主 義 を守 つ て 居 れ た で あ ら う。
」(『創 価
教 育 学 体 系 』 第3巻 、 冨 山房 、75へ.一
ジ)こ の 言 葉 は 、 先 生 に とっ て社 会 学 が ど れ ほ ど重
要 な意 味 を もって いた か を うか が わせ るに十 分 で あ る。先 生 を国家 権 力 と戦 か わ せ 、獄 死
に ま で至 らせ て そ の 道 に殉 じ させ た法 華 経 信仰 と並 べ て 、この よ うに言 わ しめ る社 会 学 は、
先 生 に とって 単 に学 問 研 究 とい う次 元 を超 えて 、 生 き方 そ の もの に ま で深 め られ 、 高 め ら
れ て い たの で あ る。
この"創 価 教 育 学 と社 会 学"な どの テ ー マ をは じめ 、 セ ン ター に は実 に 多 くの 研 究 課題
が あ る。 そ して 、 戸 田先 生 、 池 田先 生 に関 す る本格 的 な研 究
。 もち ろん これ ら はひ と
りセ ンタ ー だ けで で き る こ とで は な く、 ま た そ うす べ きで もな い と思 う。 内外 の 、 そ して
世 界 中の 研 究 者 や研 究機 関 をは じめ とす るす べ て の人 た ち と手 を携 えて 、 一 歩 また 一歩 と
作 業 を進 め て い か なけ れ ば な らな い 。地 道 な小 さ な作 業 の積 み重 ね が 、や が て大 河 の流 れ
とな る こ と を信 じて 。(y・s)
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