超遠心分析法によるバイオ医薬品凝集体の分析

The TRC News,
201605-01 (May 2016)
超遠心分析法によるバイオ医薬品凝集体の分析
太田 里子
バイオメディカル分析研究部
要 旨 バイオ医薬品の品質評価では凝集体分析のニーズが高まっており、超遠心分析はその有力な検出方
法の一つである。本稿では、超遠心分析法の一つである超遠心沈降速度法によりバイオ医薬品及び糖タンパ
ク質を測定し、凝集体を検出した例を紹介した。また、SEC 法や質量分析法では分子量を測定できなかっ
た高分子量タンパク質の分子量を測定できた例を紹介し、分子量測定法としても有用であることを示した。
か検出できない。このため、40 nm~10 μm の凝集体に
1. はじめに
関しては、事実上分析法が規定されていないのが現状
である。なお、SEC 法では分析中にサンプルが希釈さ
近年、抗体医薬品を含むバイオ医薬品の開発が加速し
れたり、担体に吸着したりすることにより、凝集体の
ており、世界のトップ 10 医薬品のうち、売り上げに対
解離が生じ、凝集体のサイズ及び含量が実際より低く
するバイオ医薬品の割合は 2013 年及び 2014 年で 2 年
評価される可能性がある。
連続 7 割を超えている。一方、バイオ医薬品の拡大に
40 nm より大きな凝集体を分析する方法としては、
伴い、バイオ医薬品に対する抗体の出現が、治験中ま
MFI 法(Micro Flow Imaging)により凝集体を映像とし
たは上市後のバイオ医薬品の有効性及び安全性に対す
て評価する手法、FFF 法(Field Flow Fractionation: フ
る深刻な懸念となっている。特に、バイオ医薬品が内
ィールドフロー分画)による分画と光散乱等の検出器
因性物質の場合、
それに対する抗体は自己抗体となり、
を 組 み 合 わ せ た 手 法 や 、 AUC ( Analytical Ultra
重篤な副作用を引き起こすことがある。
Centrifugation: 超遠心分析)法などがある。AUC 法は、
免疫原性に関与する因子はさまざまであるが、製剤
沈降係数に基づいて分離する方法であり、最大約
特異的な因子である凝集体の存在は、免疫原性のリス
800 nm の粒子径を有する凝集体まで高い分離能で分
クを高める可能性があると考えられている。しかし、
析することが可能である。また、AUC 法は担体が存在
免疫反応を引き起こしやすい凝集体の種類及びサイズ
しないため、SEC 法では分離困難な巨大高分子や抗体
は不明な点が多く、サイズ及び量の分析ニーズが高ま
などのタンパク質多量会合体(凝集体)を高分解能で
っている。
分離可能である。さらに、担体への吸着が起こること
凝集体は、粒子径により submicron (0.1~1 μm)、
なく、希釈操作を伴わないため、AUC 法は凝集体の大
subvisible (1~100 μm)、及び visible (≧100 μm)に大きく
きさと含量を正確に測定することができる。
分けられる。日本薬局方の注射剤微粒子試験では、
10 μm 及び 25 μm 以上の凝集体を含む微粒子について
2. 超遠心分析法の概要
限度値が設定されている。また、原薬及び製剤ではサ
イ ズ 排 除 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー ( Size Exclusion
超遠心分析では、図 1 左上のように試料溶液を分析セ
Chromatography: SEC)法が規格試験法として設定され
ルに入れて超高速で回転させ、リアルタイムで吸光度
ているが、SEC 法では、粒径約 40 nm 以下の凝集体し
を測定する。超遠心分析には沈降速度法と沈降平衡法
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の 2 種類の方法があるが、本稿では沈降速度法及びそ
図 2 に、抗体医薬品を沈降速度法で分析した例を示
の測定例について紹介する。沈降速度法は、試料が遠
す。理論分子量 148 kDa に対し、実測分子量は 151 kDa
心力の方向に重いものから沈降していき、図 1 下のよ
と誤差は 2%であった。また、単量体の他、2 量体が検
うに濃度勾配ができる。吸光度を遠心力の方向に測る
出され、含量はそれぞれ 97%、2%であった。3 量体以
と、ある部分で急に高くなる。この部分を移動境界面
上は検出されなかった。
と呼ぶ。
移動境界面の時間変化を解析することにより、
AUC 法は、糖鎖の割合が比較的多い糖タンパク質の
沈降係数の分布関数が得られ、そこから分子量、形状
分析にも有用であった。ウシ Fetuin の AUC 測定デー
の情報が得られる。分子量分布が得られるので、凝集
タから分子量を算出すると、当初は理論分子量との誤
体を検出するのに適している。
差が大きくなった。そこで、弊社で行った糖鎖構造解
析結果をもとに、糖鎖に該当するパラメーターを加え
摩擦力
分析セルに
試料溶液を入れて
超高速で回転させる。
たところ、実測分子量は単量体で 44 kDa となり、理論
遠心力
試料
分子量 44 kDa(タンパク部分 36.3 kDa、糖鎖約 7.5 kDa)
浮力
試料は遠心力の方向に沈降。
に非常に近い値が得られた(図 3)
。また、15 分子程度
沈降パターンは、浮力、摩擦
(粒径 20 nm 程度)の凝集体も検出された。含量は、
力の影響を受ける。
単量体、2 量体、3 量体、15 分子程度の凝集体が、そ
れぞれ 66%、10%、7%、10%であった。
移動境界面の時間変化
AUC 法は、分子量数十万の高分子量タンパク質の分
試料溶液
沈降係数
試料溶液
理論分子量 340 kDa、全長 45 nm の棒状のタンパク質
分子量、形状
分子量分布が得られる
(凝集体を検出できる)
吸光度
試料
溶液
析にも有用であった。ヒト血液凝固因子 Fibrinogen は、
である。サイズが 40 nm を超えるので SEC では分子量
を算出できず、質量分析でもイオンを検出できなかっ
た(図 4)
。
r
移動境界面
AUC 法で分析したところ、実測分子量 338 kDa とな
り、理論値との誤差は 1%程度であった。30-40 分子程
図 1 超遠心分析法の原理
沈降係数の分布関数C(s)
吸光度
移動境界面の時間変化
Intens. [a.u.]
度、70-80 nm のサイズの凝集体も検出された(図 5)
。
150
100
2量体
イオン検出されず
50
r
沈降係数 s
0
100000 200000 300000 m/z
図 2 超遠心分析法による抗体医薬品の分析
図4
沈降係数の分布関数C(s)
2量体 3量体
MALDI-TOF/MS によるヒト Fibrinogen の分析
沈降係数の分布関数C(s)
8量体
15分子程度の凝集体
(20 nm程度)
2量体
4量体
30~40分子
程度の凝集体
12量体
(70~80 nm)
沈降係数 s
沈降係数 s
図 3 超遠心分析法によるウシ Fetuin の分析
図 5 超遠心分析法によるヒト Fibrinogen の分析
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以上の結果から、超遠心分析法は、抗体医薬品の会
合体及びその他タンパク質の凝集体の分析、糖タンパ
ク質の分子量測定に十分適用できることが示された。
超遠心分析法は、医薬品開発における凝集体分析に非
常に有用であると考えられる。
3. おわりに
本稿では、バイオ医薬品の凝集体の分析方法として、
超遠心分析を取り上げ、その測定例を紹介した。ただ
し、超遠心分析法では、40 nm~10 μm のサイズ範囲の
うち、数 100 nm を超えるサイズは測定が難しい。上
記のサイズ範囲をカバーするには、超遠心法とともに
複数の分析手法を用いる必要がある。今後も、凝集体
の分析手法として適切な方法を検討していく。
謝辞:本稿の測定は有坂文雄氏(東工大名誉教授)の
指導の下に行った。
引用文献
1) Kessler M et al., Nephrol. Dial. Transplant., 21, 9-12,
2006.
2) Barnard JG, Babcock K and Carpenter JF, J. Pharm. Sci.,
102, 915-928, 2013
3) 吉森孝行、田中徹三、PHARM TECH JAPAN Vol. 29.
No. 2 (2013) 59-66.
4) 新見伸吾、石井明子、川崎ナナ、PHARM TECH
JAPAN Vol. 28. No. 3 (2012) 43-48.
太田 里子(おおた さとこ)
バイオメディカル分析研究部
バイオメディカル第2分析室 研究員
趣味:イラストレーション
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