特集解説 鉄道事故裁判を振り返る 最高裁判決を読んでみよう

鉄道事故裁判を
振り返る ②
最高裁 逆転判決 から
考えよう徘徊問題
最高裁判決を読んでみよう
あなただったらどうしますか
表 1 Aさん事故までの経過( 判決文より)
2000 年
Aさん食事をした後に「 食事はまだか」と言うなど、妻と娘は認知症を疑うように。
2002 年 3月
症状が進行。妻も80 歳を超えているため、長男妻( 以下、嫁 )と娘が話し合いの末、嫁が Aさん夫婦の近隣
に転居。通って介護を手伝うことに。長男も月に1~2 回、横浜から実家を訪ねる
それでは、何が争われていたのかを正確に知るために、最高裁判決を読んでみ
同年
7月
要介護認定の申請。要介護 1に。11月に要介護 2に変更
ましょう。けっして難しいものでなく、介護を知っている人ならケース記録として読
同年
8月
入院して認知症の症状が悪化。国立中部病院に月1 回通院
める内容です。あなたがもし Aさんのケアマネジャーだったら、あるいはデイサー
ビスの職員だったら、この地域の地域包括支援センターの職員だったら、どうしま
最高裁判所
すか? ●
( 編集部 )
る出来事を起こし、Aさんの上着に連絡先を縫い付けた
事故はどのように起きたのか?
デイに週 6日通っていた Aさん
「 認知症の人と介護の実態に目をつぶり、二度にわたっ
て家族を責めたと感じる非情な判決 」
第一審では、720 万円。第二審では、半額になったもの
の360 万円。Aさんの鉄道事故に対し、裁判所は遺族に
賠償の支払いを命じました。上記は、
「 認知症の人と家族
の会 」が第二審の判決が出たのちに出した見解です。
り、玄関にセンサー付きチャイムを設置するなどの対策を講
じていました。
同年 10月
週 1 回、通所介護に通う。それ以外は、日中は嫁が介護。夜間は妻が見守り。
2003 年
妻を母親と認識するなど、 人物の見当識障害。嫁は外出しないように説得しても聞き入れられないため、Aさ
んの外出に付き添うように
2004 年 2月
中部病院の医師よりアルツハイマー型認知症が中等度から重度と診断( 場所・人物の見当識障害、記憶障害 )
2005 年 8月
一人で外出して行方不明に。午前 5 時に自宅から徒歩 20 分のコンビニ店長からの連絡で発見
2006 年 1月
妻が要介護 1に認定( 下肢にまひ拘縮 )
同年 12月 一人で外出しタクシーに乗車。運転手が気づき、コンビニで降ろされ店長が警察に通報。午前 3 時に帰宅。
家族は、不意の外出に備え、警察にあらかじめ連絡先を伝え、Aさんの氏名連絡先を書いた布を上着等に縫い
付けた。玄関付近にセンサー付きチャイムを設置し、妻の枕元でチャイムがなるようにした。
2007 年 2月
症状がさらに悪化し、要介護 4に。
長男、 嫁、 娘は、 特養入所を検討。しかし、 介護の知識のある娘が「 特養に入所させると混乱が悪化する。
家族の見守りがあれば自宅で過ごす能力が十分ある」と言い、在宅介護を決める。
通所介護を週 6日利用。嫁が送り出し。帰宅後は嫁の声かけで散歩、夕食、入浴、就寝。嫁は Aさんが眠っ
たことを確認して帰宅する生活。
同年 12月
通所の送迎者で 4 時半に帰宅。Aさんが片づけのため部屋を出、妻がまどろんだすきに、Aさんが事務所から
外出。電車に乗り、隣の駅で降り、排尿のためフェンス扉を開けてホーム下に降り、事故が起きた。午後 5 時
47 分
07 年、事故を起こした年。Aさんは要介護 4になり、家
族は特養入所を検討しました。しかし、介護の知識のある
娘が「 特養に入所させると混乱が悪化する。家族の見守
りがあれば自宅で過ごす能力が十分ある。特養は入居待
ちでに2〜3 年かかる」と言い、在宅介護を決定。
当時の Aさんの生活は、通所介護を週 6日利用。嫁が
午前 7 時に Aさん宅に行き、Aさんを起こして着替えと食
最高裁は、これまでの判決を翻し、家族に責任なしとし
事をさせ、通所へ。帰宅後は嫁が 20 分ほど Aさんの話を
ました。一審二審は、いかに賠償責任をとらせるかという
聞いた後、Aさんが居眠りを始めると嫁が台所で家事。居
文脈でしたが、最高裁は、責任をとるべきかどうかは、生
眠りから覚めると、嫁の声かけで3日に1 回くらい散歩し、夕
―この判決が報道されるや、世論は非難が沸騰。認知
活状況や介護の実態などから個別に判断されるとし、まさ
食、入浴、就寝。嫁は Aさんが眠ったことを確認して帰宅
症の人と家族の会は、
「 認知症の人を24 時間、一瞬の隙
に Aさんの実態を踏み込んで分析しています。まるでケー
するという毎日でした。
もなく見守るのは不可能 … 判決は、実態をまったく理解し
ス記録のような判決理由。32ページで読みごたえ十分。判
事故が起きたのは、12月です。その日も、いつものように
決は、最高裁のホームページからダウンロードして読むこと
4 時 30 分ごろ、送迎車で帰宅。その後、事務所のいすに
ができます。
腰かけ、嫁や妻と一緒に過ごしていました。やがて嫁が、
Aさんは大正 5( 1916 )年生まれで、妻は大正 11 年生
Aさんの排尿した段ボールを片づけ、妻がまどろんだすき
まれ。元気なころの Aさんは J R 駅近くで不動産業を営ん
に、Aさんが事務所から外出。駅で電車に乗り、隣の駅
でいました。
(それゆえ自宅は、居住部分と事務所部分か
で下車。排尿のためホーム先端のフェンス扉を開けてホー
ら成り立っており入り口が二つ。Aさんの外出を防げなかっ
ム下に降り、事故が起きたのです。午後 5 時 47 分でした。
たのかの争点にもなりました)
2013 年、第一審( 名古屋地裁 )は、まどろんだ妻に過
妻と二人暮らしだった Aさんに認知症の症状が出始め
失責任、家族会議で介護の方針を決めていた長男には監
たのは、2000 年ごろ。老老介護を見かね、長男の妻( 以
督者としての責任を認め、720 万円全額の支払いを命じる
下、嫁 )が、住んでいた横浜から近居し、二人の面倒を
判決を下しました。
みていました。05〜06 年には不意の外出で行方不明にな
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月刊ケアマネジメント 2016.6
85 歳で要介護 1の妻が、まどろんだだけで過失責任?
ていない」と断じました。
表 2 監督義務者と責任無能力者
民法 714 条
監督
義務者
●
精神障害者の監督義務
最高裁判決は「 個別に判断 」
裁判では、
「 監督義務者 」という何やら難しい法律用語
がとびかっています。
表 2をご覧ください。民法 713 条には、精神上の障害に
賠償責任
民法 713 条
責任無能力者
(精神障害者)
被害者
より自分の行為の責任を認識する能力を欠く人は、その賠
償責任を負わないと規定、これを責任無能力者といいま
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