2015 年 6 月 29 日 弁護士 小木惇 NTLO REVIEW ~労災給付を受けて休業する社員の解雇~ 本年 6 月 8 日、最高裁は、労災によって長期間休業している社員に対する打切補償(労基法 81 条)を認 めました。労災給付を受けて休業する社員に対する解雇の可能性を認めた初の判決です。 1.本件の概要 私立大学職員であった X は、2003 年 3 月 13 日、脛骨腕症候群と診断され、2006 年 1 月 17 日から 5 年以上にわたり欠勤しました。X は、2007 年 11 月 6 日、上記疾病について労災認定を受けています。 2011 年 10 月 24 日、大学は、X が職場復帰できる状態にないことは明らかであるとして、打切補償 を実施し、同月 31 日付で X を解雇しました。 本件は、その解雇の有効性が争われた事案です。 2.業務上の疾病により休業する社員の解雇 労基法 19 条 1 項は、業務上の傷病により休業中である社員について、解雇を原則禁止としています。 ただし、使用者から労基法 75 条の療養補償を受けて 3 年を経過しても社員の疾病が治らない場合、 平均賃金 1200 日分を当該社員に支払うことにより(打切補償) 、解雇制限は解除されます(同法 19 条 1 項但書) 。社員が傷病補償年金を受ける場合も、同様に解雇制限は解除されます(労災保険法 19 条)。 他方、社員が、労基法上の療養補償ではなく、労災保険を受給する場合に打切補償が認められるかに ついては、明文の規定がなく、議論がありました。本件の第一審・控訴審は、労災保険の給付は労基法 上の療養補償に代わるものではなく、打切補償は認められないと判断しました。 3.本判決の実務への影響 最高裁は、労災保険法に基づく保険給付は、労基法上の療養補償に代わるものであると判断しました。 労災保険法の保険給付が行われている場合には、 労基法 81 条に定める使用者の療養補償は実質的に行わ れていると言えるので、同条に基づく打切補償も可能であるという判断です。 その結果、使用者は、労災保険の給付を受けているものの長期にわたり復帰できない社員に対して、 打切補償を行うことが可能となりました。 実務的には、業務上の疾病を患う社員は、労災保険の給付を受けることが通例です。他方で、本件の 脛骨腕症候群のように、本人の自覚症状の訴えによるところが大きい傷病に関しては、傷病補償年金の 給付には至らないものの、休業期間が長引く例が見られます。このように休業期間が長引く場合、本判 決のように解さなければ、会社・社員の双方にとって不安定かつ非生産的な状況が継続することとなり ます。その点で、本判決が実務に与える影響は大きいと言えます。 4.留意すべき点 最高裁は、打切補償を認めないと判断した控訴審判決を破棄し、改めて本件解雇の有効性(解雇の客 観的合理的理由の有無など、労働契約法 16 条の要件の充足性)を検討させるため、審理を控訴審に差 し戻しました。したがって、 「本件解雇自体が有効である」と判断したわけではありません。 打切補償が手続上可能であっても、社員に復職可能性がある場合には、原則どおり、解雇は無効とさ れます(復職可能性と解雇の効力について東京地判 1984.1.27 等) 。本判決は、打切補償さえ行えば、使 用者が休業中の社員の状況を顧みずに解雇できると述べるものでありません。
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