2015年12月14日.

私の臨床 口腔病理組織検査における免疫組織化学の導入による診断精度向上をめざして
新潟大学医歯学総合病院 歯科病理検査室 講師 丸山 智 1. はじめに
ちょうど六年前に「私の臨床」で、私の専攻する口腔病理学の歯科臨床における役割を紹
介させていただきました。具体的には私が所属しております新潟大学医歯学総合病院の歯科
病理検査室について、開設時からこれまでの歴史的なことから、私どもの口腔病理医の臨床
業務である病理検査の現状として、病理検査件数の推移や歯科臨床の現場における病理組織
検査の現状を、教育面としては、歯学部臨床実習における病理検査の導入について説明いた
しました。ご興味がおありの先生は、バックナンバー(私の臨床. 新潟市 Web 歯だより, 2009
年 9 月号)を是非ご覧ください。 さらに五年以上が経過し、
「科学的根拠に基づいた歯科医療」の重要性から病理検査の必
要性の認識が高まっているせいか、さらには病理検査の必要性に関する教育が功を奏してい
ることもあるのか、年々少しずつではありますが、さらなる病理検査件数の増加がみられて
います。このように歯科臨床における病理組織検査の必要性が高まる中で、私どもとしても
より科学的根拠に基づいた客観的な病理診断を行なうことが必須であり、そのための手段の
一つとして、病理組織診断において免疫組織化学の導入が必須だと考えています。それは、
免疫組織化学の補助によって得られた結果をもとに、通常の病理診断の際に主に染色法とし
て利用しているヘマトキシリン・エオジン(HE)染色での病理組織所見を見直すことができる
からですし、その意義を確認するための研究成果を科学的診断根拠として、普遍性・再現性
の高い診断基準を作っていくことができるからです。
そこで今回は、現在どのような症例の病理組織診断の際に免疫組織化学的検討を取り入れ
ているかを説明させていただき、その根拠となる診断に関する研究成果を挙げながら、新潟
大学での病理診断への取り組みを紹介させていただきます。
2. 病理診断における免疫組織化学の実施状況
2010 年〜2014 年までの5 年間に新潟大学歯科病理検査室で受け付けた病理診断症例5605
診断/5571 件(年平均 1114 件)のなかでの免疫組織化学的検討の実施状況は表1のとおり
でした。免疫染色がなされた症例は 184〜219 件/年で、割合にして約 15〜20%の症例でし
た。私が口腔病理学を専攻し始めた当時は、病理組織診断において免疫組織化学的検索の対
象となるのは、血液・リンパ球系疾患や唾液腺腫瘍等の限られた疾患であり、全体の 2%に
も満たなかったのですが、現在はかなり多くの症例に対して免疫組織化学を実施しているこ
とがわかります。さらにどのような症例に対して検討したかですが、表1のとおり、とくに
多いのが異型上皮〜扁平上皮癌
までを含む口腔粘膜腫瘍性病変
です。
5年で 1138 件のうち 548
件(48%)で免疫組織化学的検
索を行っていますが、とくに上
皮内癌の 189 例(全 265 件の
71.3%)が最も多数をしめまし
た。ついで顎骨嚢胞性病変で
818 件のうち 168 件(20.5%)
で診断のために免疫組織化学的
検索を行っています。続いてそ
れぞれどのように免疫組織化学
で検討しているのかを具体的に
説明いたします。
3. 免疫組織化学の有効な事例
1) 口腔粘膜癌の浸潤性判定: パールカン染色パタン
まず、口腔粘膜癌です。口腔粘膜上皮はご存知のとおり重層扁平上皮で被覆されています
ので、口腔がんのほとんどは扁平上皮癌です。病理組織学的には、異型上皮・上皮内癌とい
う前駆病変を伴うことが多いのですが、
「口腔粘膜の未だ上皮層下へ浸潤していない段階の
扁平上皮癌」と定義される上皮内癌は、浸潤癌とは区別する必要があります。しかし、実際
には浸潤かどうかの判定が難しい場合が少なくありません。それは、組織標本上の遊離胞巣
が切片のクロスカットによる可能性もあるからです。そこで免疫組織化学を用いて浸潤の評
価を検討してきたわけです。私
どもは細胞外基質分子のひとつ
パールカン(perlecan)の発現パ
タンで浸潤と非浸潤を区別でき
るということを提案しています。
図 1 の上皮内癌では perlecan は
癌細胞に陽性です。一方、図 2
の浸潤癌では胞巣周囲の間質が
陽性です。つまり、perlecan 陽
性が癌胞巣内か胞巣周囲の間質
にあるのかをみれば、客観的に
浸潤の有無を判定できるという
ものです。浸潤を契機として prelecan の生合成担当が癌細胞から間質細胞に移転すること
を試験管内実験で証明しました。さらに、連続切片を用いて上皮内癌から浸潤癌への移行部
を含む範囲の組織の三次元構築し、パールカンと遊離胞巣の分布を比較したところ、遊離胞
巣はパールカンで取り囲まれていることがわかりました。図2のように胞巣周囲の間質が
prelecan 陽性であれば浸潤と判定することが正しいということが証明されたので、科学的根
拠に基づいた診断の信頼性が高まったわけです 1)。
参考文献
1) Maruyama S, et al. Three-dimensional visualization of perlecan-rich neoplastic stroma induced
concurrently with the invasion of oral squamous cell carcinoma. J Oral Pathol Med 2014; 43 (8):
627-36.
2) 顎骨嚢胞の鑑別: 歯原性腫瘍かどうか
つぎは、嚢胞性病変の鑑別です。私どもの病理診断の対象疾患としては、口腔粘膜癌に次
いで頻度の高いものは嚢胞です。多種多様な嚢胞がありますが、とくに顎骨の非腫瘍性嚢胞
と嚢胞性歯原性腫瘍の鑑別が重要ですが、そのなかでも嚢胞性エナメル上皮腫や角化嚢胞性
歯原性腫瘍を的確に診断する必要があります。しかし生検材料では採取される組織が少ない
うえに、炎症修飾等により典型的な病理組織像を得られないことが多く、診断に苦慮するこ
とが少なからずあります。そこで、嚢胞性病変の鑑別にも、免疫組織化学を導入してきまし
た。嚢胞性エナメル上皮腫や角化嚢胞性歯原性腫瘍と歯根嚢胞に代表される各種嚢胞性病変
の免疫組織化学的プロフィールを決定しましたので(表2)
、客観的かつ容易に診断できる
ようになりました。
具体例として、図 3 にエナメル上皮腫が疑われた症例を紹介いたします。HE 染色ではエ
ナメル上皮腫の典型的な組織像はみられませんでしたが、免疫組織化学では、UEA-I レクチ
ン結合性は非陽性で、パールカンは表層から中間層の細胞間隙に陽性でした。ケラチン(K)17
および K13 は表層で陽性でし
たが、K10 は非陽性でした。
以上は表2では赤枠のパタン
に一致しましたので、エナメ
ル上皮腫の診断がえられまし
た2)。
本症例のように免疫組織化
学を用いることで HE 染色で
は困難だった診断が可能にな
りました。しかし、表 1 のと
おり、免疫組織化学を用いて
もなお鑑別困難な症例も残っ
ていますので、さらに高精度
な診断が可能になるよう今後も基礎研究を続けていく所存です。
参考文献
2) Maruyama S, et al. Paradental cyst is an inclusion cyst of the junctional/sulcular epithelium of
the gingiva: histopathologic and immunohistochemical confirmation for its pathogenesis. Oral
Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol 2015; 120 (2): 227-37.
4. 病理検査をご依頼いただく場合
最後に、一般歯科診療に病理検査を取り入れようと思われる方に、具体的に、検査検体の
採取法から検査オーダーまでの手順を紹介いたします。 検体採取の方法ですが、細胞診の場合は、病変部(潰瘍部であれば潰瘍底または辺縁部)
を綿棒、鋭匙または歯間ブラシなどで擦過して、スライドガラスに塗布し、直ちに 95% エタ
ノール等の固定液に浸します。またスプレータイプの迅速コーティング剤での固定もおすす
めします。組織診の場合は、採取された組織を 10%ホルマリン液で固定します。また生検の
場合は、健常部粘膜を含めて、病変部の一部を切除してください。 病理検査依頼方法ですが、検査センター等の施設に依頼することもできますが、私どもで
も検査をお引き受けしております。私どもに検査をご依頼いただく場合は、所定の「病理組
織細胞検査依頼票」と「病理組織等検査委託申込書」に必要事項をご記入いただき、検体と
共にご郵送ください。あるいは各歯科材料業者に運搬をご依頼されても、私どもの研究室ま
で直接ご持参いただいても結構です。病理検査の結果は受付後数日で、病理診断報告書に病
理組織標本を同封して郵送いたします。なお、上記の依頼票・申込書は下記までご連絡いた
だければ、郵送いたしますし、ウェブサイトからもダウンロードいただけます。 連絡先:
〒951-8514 新潟県新潟市中央区学校町通2番町 5274 番地 新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔病理学分野 電話番号:(025) 227-2834 FAX 番号:(025) 227-0805 e-mail:[email protected]
http://www.dent.niigata-u.ac.jp/patho/diagnostic_service/index.html