ボトムアップ型の防災力向上を目的とした地域支援体制のあり方 名古屋大学工学部社会環境工学科建築学コース 飛田研究室 森 裕史 1. 研究の背景と目的 おり、プレート型地震に目が行くあまり直下型地震の危険性が 中央防災会議による東海地震の震源域見直しから強化地域 忘れられていることを表している。図 3、図 4 に示すキーワー 拡大までの一連の動きは、阪神・淡路大震災から年月が経ち薄 ドの記事も目に見えた増加は認められず、ボトムアップ型防災 まりつつあった東海地方の災害危機意識を呼び起こし、官学民 の認識が高まっていないことが分かる。図 5 は<東海地震>の掲 の防災対策は急務となった。しかし、地域や家庭に目を転じる 載面別の記事数であり、想定見直し以降、1 面に東海地震関係 と、住民による防災対策はさして活発な動きを見せていない。 記事が多く掲載され始めたことが分かる。しかし、読者の投稿 これは、不定期に起こる地震の特性から来る実感の湧きにくさ 欄であるオピニオン・社説面は逆に少なく、一般市民の防災意 や、地域防災対策に対する万人向けの方法論が確立されていな 識向上に直結していない。図 6 は中日新聞と東京新聞の災害キ いことが要因となっている。自治体主導のトップダウン型防災 ーワード記事数の比較である。地方版の数の関係上、総記事数 対策だけでは意識向上にも限界があり、自治体の破綻はすぐさ に差があるため東京新聞の記事数に補正をかけてある。東海地 ま地域の破綻に繋がる。これを改善しボトムアップ型の防災力 震と東南海・南海地震は国レベルで対策が求められる災害であ 向上を目指すため、地域に根ざす町内会や学校が連携し、形式 るが、両地震とも殆ど関東地方で取り上げられておらず、過去 的な発災以降の予行演習だけでなく、防災情報の共有や人材育 の東海地方の災害と同じくローカル色の濃い扱いになってしま 成といった事前の防災対策を重視した活動を自主的に行うべき っており、それは図 5 に示すように地方版に記事数が多いこと であり、防災意識の高揚を狙ったマスメディアの積極的なバッ からも分かる。 500 クアップや、防災対策を進める道具づくりが必要となる。 記事数 このようなことを踏まえ本論では、地域防災の現状と昨今の 防災意識の変化を様々な面から調査し問題点を洗い出した上で、 既存の双方向災害情報伝達システム「安震システム」に、更な うち東海地震 0 88 89 記事数 87 91 95 5 記事数 報伝達を可能にしている。三重県は、防災情報提供プラットホ 0 87 91 95 5 の防災関連記事と思われる。<東海地震>は 2001 年 11 月の震 源域見直しで飛躍的に記事が増加しており、注目の高さが窺え る。しかし、<地震>全体の記事数ではこの期間にそれ程変化が 98 99 00 01 02 9 96 5 9 97 5 9 98 5 9 99 5 9 00 5 9 01 5 9 02 5 9 9 96 5 9 97 5 9 98 5 9 99 5 9 00 5 9 01 5 9 02 5 9 図 3 <防災+ボランティア>月別記事数(’88-’94 は年別) ーム「BIRD」において総合防災ホームページを整備中である。 発生による記事数、95 年以降の増加は阪神・淡路大震災が原因 97 40 20 記事の動向を調査した。図 1 は、<地震>と<東海地震>の月別 96 図 2 <活断層>月別記事数(’88-’94 は年別) みを可能にした「ヒヤリマップ」を開発し、ボトムアップ型情 記事数を比較したグラフである。88 年以降一定の記事数は地震 95 0 60 事内に使われている<キーワード>を検索し掲載数を調べ、防災 94 20 webGIS を用いることで住民による防災情報の地図への書き込 中日・東京新聞記事データベース「中日ネット」を用いて記 93 40 80 防災意識を持ち、正しい地震の知識を身につける必要がある。 92 60 にした「避難所支援システム」を提供している。岐阜県は、 に正確で中身のある情報をもたらすためには、記者自身が高い 91 80 も存在している。愛知県は、被災時の避難所状況の検索を可能 常時から積極的に防災記事を取り上げる使命を持つ。地域住民 90 図 1 <地震>、<東海地震>月別記事数 修が活発化しており、web 上で地域住民が利用可能なシステム 80 記事数 マスメディアは発災後の災害報道と並び、意識啓発のため平 地震 200 2. 防災対策の現状 3. 防災関連記事の調査 560 300 搭載を提案し、 ボトムアップ型防災対策のあるべき姿を論じる。 害情報システムについてみると、東海地方の自治体でも開発改 723 100 る地域防災力向上に寄与する新たな機能として「安震 DIG」の 官学民は各々の立場から特徴的な防災対策を行っている。災 1433 400 60 40 20 0 87 91 95 5 9 96 5 9 97 5 9 98 5 9 99 5 9 00 5 9 01 5 9 02 5 図 4 <自主防災>月別記事数(’88-’94 は年別) 地方版三河地方 地方版三重県 地方版岐阜県 地方版尾張地方 社会面 地方版愛知県 地方版名古屋市 地方版その他 3面 オピニオン社説面 特集・臨時・特報 1面 中部政治・第2内政 経済面 2面 科学面 その他 東海地震 東南海+南海+地震 濃尾地震 関東大震災 三河地震 福井地震 伊勢湾台風 新潟地震 北海道南西沖地震 三陸はるか沖地震 阪神大震災 東海村+臨界+事故 有珠山+噴火 三宅島+噴火 東海豪雨 鳥取県西部地震 芸予地震 池田小+児童+殺傷 歌舞伎町+ビル+火災 東海地震 東南海and南海and地震 濃尾地震 関東大震災 三河地震 福井地震 伊勢湾台風 新潟地震 北海道南西沖地震 三陸はる か沖地震 阪神大震災 東海村an d臨界事故 有珠山and噴火 三宅島and噴火 東海豪雨 鳥取県西部地震 うち01/11以降 87/4-02/12 芸予地震 池田小and児童and殺傷 歌舞伎町andビルand火災 0 250 見られないため、近年の防災関連記事数に大きな変化がないこ 図 5 <東海地震> とが分かる。また図 2 に示すように<活断層>の記事が減少して 掲載面記事数 1406 362 103 268 80 57 308 70 18 1062 1200 4 32 3 3366 847 390 83 30 80 10 3518 1533 803 259 2925 79 18 310 133 1139 167 139 58 396 378 0% 中日 東京(補正) 0% 97/4-02/12 分 9 10% 2 18 20% 30% 40% 50% 60% 50% 70% 80% 100% 90% 100% 図 6 災害キーワード 記事数の新聞別割合 4. 安震システムの概要 1)2) 可能にする。フリーハンドで書き込まれる DIG 実行中の情報 安震システムは、インターネット・モバイル・GIS・GPS ナ の他に、事前に調べた防災情報を点情報として webGIS に追加 ビゲーションをベースとし、リアルタイム災害情報の把握と発 できる機能を持たせ、 住民独自の防災マップを作成可能にする。 信、被害予測、リスクマネジメント、日常的な防災情報の整備 これは、地域情報が豊富なボトムアップ型防災マップとして、 と教育、災害情報に限らない幅広い情報提供と共有化などを狙 自治体が住民に向けて紙媒体や安震ウェブ上で配布するトップ いとした、発災前後のあらゆる時間局面で利用できる双方向災 ダウン型防災マップと相互に補完し合い、他地域のマップとも 害情報伝達システムであり、安震ウェブ、安震君、安震ステー 連携できる。図 8 に安震 DIG の使用イメージを示す。 ションの 3 要素から構成されている。安震ウェブはWWWによ 大型スクリーン り防災情報を提供する GIS サーバであり、自治体の情報発信に 用いられる。安震君は携帯型災害情報端末として町内会の代表 者などが扱い、発災前後の時間経過に応じて様々な機能を発揮 プロジェクター する。安震ステーションは地域の防災拠点となる小学校などに タブレット PC 設置し、カメラや種々のセンサを用いて平常時の地域の防災活 webGIS 動や教育から非常時の情報収集や伝達まで多面的に利用する。 5. 安震システムに関する新たな提案(安震 DIG) 5.1 安震 DIG の概念と機能構成 無線 LAN 図 8 安震 DIG イメージ 5.2 小学校区における各組織の役割と関係 安震システムを構成する 3 要素は、誰でも使用可能という名 安震 DIG の活用単位は小学校区とし、学区に関係する「町 目ではあるが使用対象者が想定されており、ある程度知識がな 内会」 ・ 「小中学校」 ・ 「高校・大学」で図 9 のように役割分担し ければ扱いが難しく、システムと住民のダイレクトな関係が形 て使用する。 「小中学校」の生徒児童には、防災教育として位置 作られていない。そのため住民が「自分で」 「自主的に」扱うこ づけ、防災情報のデータ収集役として動いてもらう。例えば総 とを狙った万人向けの地域支援システムが必要である。 そこで、 合学習の時間を使って地域の防災探検を行い、収集した情報で 近年優れた防災対策の一つとして注目されている簡易型災害図 防災マップづくりをさせることが考えられる。 「高校・大学」は 3) 上訓練「DIG」 に防災マップ作りとしてのデータ収集・保存 各学生が学校所在地周辺を対象に安震 DIG で図上訓練を行い、 機能を持たせた「安震 DIG」を、表 1、図 7 に示すように安震 地域の救援ボランティアの育成を狙う。小中学校時を経て安震 システムの新しい構成要素として提案する。 DIG を用いて別の方法で再び防災教育することで、各個人が成 表 1 安震システム構成要素の使用対象と目的 長していく過程で防災意識は大きく向上する。 「町内会」は、 構成要素 使用対象 目的 「小中学校」 、 「高校・大学」が書き込んだ情報を集約整理する 安震ウェブ 自治体 ウェブGISサーバによる自治体情報の発信 安震ステーション 小学校 地域情報発信、防災教育 と共に、自身も積極的に安震 DIG を活用し、学区の中心とし 安震君 町内会の代表 町の情報の発信、ローテク・携帯 て他学区とも人材やデータの交 安震DIG 地域住民全員 DIG機能による人材育成、情報収集、防災マップ作り 流を行う。安震 DIG の DIG 機 自治体 DIG とは、地域で災 能は防災対策以外にも総合的な 害発生を想定し参加者 まちづくりに寄与する手段にな 全員が地図に書き込み る。このように各組織が相互連 小中学校 ながら、対応策のイメ 携することで地域防災力の向上 安震ステーション ージトレーニングをす に相乗効果をもたらす。一方、 る図上訓練の一種であ 自治体は安震ウェブを介して情 る。人材育成面では効 報や経験を効率的に収集し、防 果があるが、行う過程 災対策に役立てることができる。 防災マップ 安震ウェブ(webGIS) 学区 町内会 防災マップ 安震君 DIG 安震DIG(webGIS) 高校・大学 図 7 安震 DIG の位置付け で出された対応策や防災情報の保存・共有・伝達が困難である。 町内会 DIG (人材育成) 防災マップ (データ収集) 自治体 小中学校 高校大学 防災教育 (意識植付け) 図 9 安震 DIG における 役割関係 6. まとめ そのため、安震 DIG では情報が書き込まれた地図を防災マッ ボトムアップ型防災活動の必要性を指摘し、その活性化のた プなどで生かすため、webGIS で DIG を行う。安震ウェブを改 めにはマスメディアによる更なる防災記事取り上げの必要性が 良して新しく機能を持たせるか、独自の GIS サーバとして開発 あると新聞記事の動向調査により確認された。また、地域防災 し、安震ウェブと互換性を持たせることを想定している。いず 力向上のために安震システムに新たな要素として「安震 DIG」 れにしても webGIS の操作は万人向けに簡便なものとする。 を提案した。 安震 DIG の構成を以下に示す。複数人が同時に書き込みす るために、複数のパソコン、確認用にプロジェクタと大型スク リーンを無線 LAN で介して接続する。入力デバイスとして液 晶ペンタブレットを用いる。手書きの入力情報をアプリケーシ ョンに落とし込む機能は、市販のビジュアライズ地図情報シス テムを参考に開発でき、これにより情報の保存・共有・伝達を 参考文献 1) 福和伸夫・高井博雄・飛田潤:双方向災害情報システム「安震システム」と携 帯型災害情報端末「安震君」、日本建築学会技術報告集、第 12 号、pp.227-232、 2001.1 2) 飛田潤・福和伸夫:双方向災害情報伝達に基づく地域防災拠点支援システム、 第 11 回日本地震工学シンポジウム、2002.11 3) 小村隆史・平野昌:図上訓練 DIG(Disaster Imagination Game)について、地域 安全学会論文報告集、No.7、pp.136-139、1997.11
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