32 Dig a hole! 野 本 優 二 「穴を掘れ」、今日は珍しく聞き取れた。アメリ ある爺さんを見ていた。ゆったりとした動きで、 カに来てからもう二ヶ月も経つのに英語がさっぱ 急ぐわけではないのだが、手がひらひらと宙を舞 りうまくならない。ようやくわかるようになった うと、あっという間に花が散り枝がすっきりとし ことは、 「ウェルミン」が“Wait a minute !”だっ た見栄えになる。もっとすごいのは、右手で摘花 てことぐらい。自分が何かしようとすると必ずボ をしながら、左手で紙巻きたばこを巻いて一服し スがそう言って止めた。多分「ちょっと待て」と ていることだ。尻のポケットからきざみたばこの 言っているのだとは思っていたけど、続けて発音 缶を引っ張り出し、口を使って取り出した巻紙と すると“t”の音が“l”になるなんて全く習って 缶とを一緒に持って適量のたばこをトントンと紙 なかった。 の上に落とし、 親指と人差し指とでくるりと巻き、 最後はすっと端を舌で舐めて巻き止める。缶をし 二十歳の春、米国ワシントン州の田舎にいた。 まってたばこをくわえると、オイルライターを オレゴン州境にコロンビア川が流れており、河口 ジーパンの腿の部分でこすり上げて着火してうま から200マイルほど上流にさかのぼったところの そうに吸っている。ある時、きざみたばこと巻紙 右岸(ワシントン州側)に広がる果樹園で働いて を買ってきて真似てみた。両手を使ってもうまく いた。当時通っていた農業系の大学を休学して渡 巻けず、ゆるく巻いたタバコの葉が吸っている最 米し、農業実習という名のもと、とにかく安い賃 中に口の中に入ってきて散々な目にあった。 金でこき使われていた。こちらも真面目に農業を 桃の摘花が終わり、さくらんぼの収穫が終わる 学ぼうなんて気はさらさらなく、なんとなく安い までは嵐のような忙しさだった。メキシコ人労働 金で渡米できて、衣食住が保障され一年間暮らせ 者と地元高校生のアルバイトで、農場中がごった ることに目がくらんで応募しているのだから、 返していたが、収穫が終わった途端、静けさと新 どっちもどっちといったところだ。 緑に包まれた農場になった。そうなると仕事も無 4月に農場についた時は桃の花が満開で農場中 くなる。そんなある日、ボスと農場で唯一の通年 がピンクに染まっていた。最初の仕事は摘花、英 労働者であるケンと三人で Datsun ピックアップ 語では thinning。要するに桃の花を少なくして、 トラックに乗りどこかへ出かけた。コロンビア川 最終的に収穫する実を大きくするための作業だ。 に沿ってしばらく下り、そこから支流に沿って山 すでに多くのメキシコ人労働者が木に群がってい 中へ入っていった。しばらく走ったところに、目 た。彼らの仕草を真似て、桃の木にハシゴをかけ 的の物はあった。何かのタンクのようだった。と て登り、朝から晩まで桃の花を摘んでいった。一 ても荷台に積めると思えないような大きさの物体 つ一つ摘むというよりは、親指と人差し指でびっ を、三人でようやく持ち上げトラックにかろうじ しりと花のついた枝の根元を挟み、枝先に向かっ て乗せて、ロープを何重にもかけてガッチリ固定 て花をこそげ落とす感じで腕を動かしていく。数 して帰途に着いた。ふたりの話を聞いていて何と 日で農場中がピンクの絨毯を敷き詰めたように か理解できたところでは、ガソリンタンクのよう なっていた。 だった。農場から、最寄りのガソリンスタンドま 一週間ひたすら花を摘んだ。時々退屈すると、 では車で30分以上かかり、トラクターでは日が暮 新潟県医師会報 H28.4 № 793 33 れてしまう。そこで、どこかから中古のタンクを かり効率が悪いため、途中からはケンが下からハ 買って、農場にガソリンスタンドを作ろうと考え シゴの中間まで土の入ったバケツを持ち上げて、 たのだろう。 そこで待ち構えている自分がそれを受け取り穴の 上まで登り捨ててくるというやり方に変わって 穴の話に戻る。翌朝、 「今日の仕事は」とボス いった。何も考えず、 淡々と作業を続けていくと、 の家に顔を出すと、 どうやら“Dig a hole!” 、 と言っ 穴はどんどん深くなっていった。 ているようだった。“For what ?”と尋ねると、 午後になって少し日が陰ってきた頃、ボスが 無表情で庭先に置いてある巨大なガソリンタンク やってきた。ケンと何か話していたが、その後ケ を指差した。乾いた6月の日差しの中で、タンク ンが少しニコリとして、 “Finish”といった。二 はギラギラと横たわっていた。ケンと二人スコッ 日間にわたる穴掘りは終わった。 シャベルを置き、 プを取り、とりあえず穴を掘り出した。地面に大 ゆっくりと伸びをした。そこで初めて穴の底から まかなタンクの大きさを書き、二人で適当に掘り 見える空に気づいた。自分の身長をはるかに超え 始めた。土の柔らかさが唯一の救いだった。シャ る高さで四角に切り取られた青黒い空がそこには ベルを土に挿しさらに足で押し込み、土をすくい あった。そして二人で掘った穴の大きさに気づき 上げて線の外に飛ばす、ただひたすらそれを繰り 呆然とした。とにかく穴掘りは終わった。 返した。頭の中には何か同じ音楽が延々と鳴り響 翌日トラクターでタンクを釣り上げて穴の底に いていた気がする。ちょうど日本の友人から『い 落とし込み、シャベルカーで土を埋め戻し作業は としのエリー』が入ったテープを送ってもらって 終わった。あっという間に穴は地面に戻っていっ いたので、そのあたりの曲だったのだろう。 た。穴を掘ってから急速にケンと親しくなった。 途方もない作業を前にすると、淡々とペースを 英語が上手くなったわけではなかったのだが、馬 変えずに腕を動かし続けることが最良であること 鹿げた仕事を二人で成し遂げたことで、いわば魂 に気づく。早すぎても遅すぎてもいけない。昼食 の兄弟のような関係が出来上がったのだと思う。 の時、コーラを飲み干しベッドに倒れこんで少し その年の8月、いろいろな事情でカリフォルニア 眠ったが、その後の作業はしばらく地獄のように の農場に移ることになった。その少し前にケンは 辛かった。休んでもダメ、トイレ以外はひたすら ボスと大げんかをして農場を去っていた。 穴を掘った。だんだん穴が穴らしくなってきた。 それとともに、土を穴の外に飛ばすためにかなり 自分の背丈よりはるかに深い穴を掘ったこと。 の労力を使うようになっていた。日没とともにそ そのことは自分自身の中で、結構誇らしいことの の日の作業を終えて、確かハシゴをかけて穴から 一つになっている。若さと、バカさと、巨大な穴 出たと思う。何か食べて、泥のように眠った。 と、 青い空。間違いなく青春の組み合わせだった。 翌朝、体は鉛のように重く、両手はスコップを あの日から40年近く経つが、穴のことを思い出す 握った状態のままで閉じており、口で指をくわえ と、今でも少し胸が切なくなる。老いの気配を感 て一本一本手のひらから離して伸ばさないと開く じ始めた今、何者にでもなれると信じていたあの ことができない状態だった。 なんとか朝食をとり、 頃の自分に軽い嫉妬を覚えているのかもしれな 再度穴の底に降りた。穴の周りの土はボスがトラ い。全ての出来事には何らかの意味がある。あの クターでどけてくれていた。穴が深くなるにつれ 時あの穴を掘ったのには確かに意味があった。難 多少作業手順が変わってきた。穴を掘り、底の一 しい仕事でペースを失いかけた時、今でも時々自 端に土を集め、ある程度たまったらバケツで運び 分に言い聞かせる、 「淡々と腕を動かし続けよう、 出すのだ。最初は各人がバケツに土を入れてハシ 早すぎても遅すぎてもいけない」って。 ゴを登って運び出していたが、登りと下りがぶつ (新潟市民病院) 新潟県医師会報 H28.4 № 793
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