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プレスリリース
2016 年 5 月 27 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
国立研究開発法人
日本医療研究開発機構
iPS 細胞を高品質かつ高効率に作製することに成功
このたび、慶應義塾大学医学部 内科学(循環器)教室の福田恵一教授、湯浅慎介専任講師、慶應
義塾大学病院 予防医療センターの國富晃助教らは、筑波大学動物実験学研究室との共同研究により、
卵細胞のみが持つ新しい因子を用いて、従来の方法よりも高品質な iPS 細胞(注 1)を効率良く作
製することに成功しました。
iPS 細胞は簡単に体細胞から作製することが可能であり、様々な細胞に分化する能力(多分化能)
を備えています。一方で、現在の技術では、作製された iPS 細胞のさまざまな特性にバラつきがあ
るため、再生医療や疾患解析の応用の際、大きな課題となっていました。
本研究グループは、遺伝子の初期化は受精直後の段階で達成されることに着目し、卵細胞に含ま
れる成分が遺伝子の初期化に関わっていると仮定し研究を進めてきました。その結果、H1foo とい
う卵細胞特異的なリンカーヒストン(注 2)と、京都大学の山中教授が発見した 4 つの転写因子の
うち 3 つを一緒に体細胞に発現させると、より高い多分化能を持つ iPS 細胞が高効率で作製できる
ことを発見しました。今回の研究成果は、より高品質な iPS 細胞を高効率に作製することで、再生
医療の発展に大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は、2016 年 5 月 26 日(米国東部時間)に米国科学誌「Stem Cell Reports」にオンラ
インで公開されました。
1.研究の背景と概要
京都大学の山中伸弥教授らにより胚性幹細胞(ES 細胞(注 3)
)に多く発現する 4 つの転写因子
である Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc を体細胞に人工的に発現させると、体細胞が初期化され人工多能
性幹細胞(iPS 細胞)が容易に作製されることが示されました。しかし作製された iPS 細胞は、ES
細胞と比較して様々なタイプの細胞に分化する能力(多分化能)が劣り、かつその能力も iPS 細胞
間でバラツキがあることが知られています。iPS 細胞は再生医療や疾患解析などにおいて大きな可
能性を示していますが、iPS 細胞間におけるバラつきの存在はそれらの実現の障壁となっており、
克服すべき大きな課題の一つとなっていました。
iPS 細胞作製に汎用されている c-Myc は癌遺伝子であり、c-Myc の遺伝子導入は腫瘍発生が懸念
されています。一方で c-Myc なしでの誘導では iPS 細胞作製効率が極めて低いという問題があり、
これらを踏まえ安全かつより高い多分化能を均一に示す高品質な iPS 細胞の高効率作製を実現する
方法が望まれていました。
また、2012 年に山中教授と共同でノーベル生理学・医学賞を受賞した英国のジョン・ガードン博
士が世界で初めて報告した卵細胞への体細胞核移植(注 4)による体細胞の初期化は、多能性幹細胞
の作製に応用可能で、iPS 細胞の作製法よりも高効率かつ早く初期化が進むことが知られています。
よって卵細胞には、山中因子(注 5)とは異なる初期化因子が存在することが示唆されています。近
年これを裏付けるように、卵細胞内に存在する新規因子が iPS 細胞の作製効率を改善させるとの報
告が幾つか報告されています。
今回我々が着目した H1foo(エイチワンエフオーオー)は、卵細胞にのみに発現しているリンカ
ーヒストンと呼ばれるタンパク質です。DNA は非常に長いひも状の構造を取っており、ヒストンと
よばれるタンパクに巻き付いてヌクレオソームという構造を取り、効率よく細胞核内に収容されて
います。DNA が直接巻き付くヒストンをコアヒストンと呼びます。これに対しリンカーヒストンは
ヌクレオソーム間を結ぶリンカーDNA 領域に結合し、ヌクレオソーム同士をコンパクトに折りたた
む作用を有し、特定の遺伝子の発現を抑制していると考えられています。しかし、卵細胞特異的リ
ンカーヒストンである H1foo は他の多くのリンカーヒストンと異なり、ヌクレオソーム同士を緩め
る作用があり、特定の遺伝子の発現を促進していると考えられます。
(図 1)H1foo は卵細胞への核
移植の際に、体細胞の初期化に有利な環境を作る可能性が着目されており、我々はこの機能に注目
し iPS 細胞の作製に応用しました。
図 1:iPS 細胞作製過程における山中因子と H1foo の DNA に対する関係
2.研究の成果と意義・今後の展開
我々は H1foo を、癌遺伝子である c-Myc を除く Oct4、Sox2、Klf4 の 3 つと共にマウスの分化細
胞に発現させ iPS 細胞を作製しました。その結果 iPS 細胞の作製効率は、3 つの因子だけの場合に
比べ約 8 倍にまで上昇しました。Nanog(注 6)と呼ばれる多能性遺伝子を高発現している iPS 細
胞は質の良い iPS 細胞であることが知られています。3 つの因子(Oct4、Sox2、Klf4)だけで iPS
細胞を作製した場合には、全作製 iPS 細胞コロニーの中で Nanog を高発現する良質な iPS 細胞コロ
ニーの作製効率は 50%程度ですが、H1foo を加えたところ、この効率が 90%以上にまで上昇しまし
た。また H1foo を含めて作製した iPS 細胞は、培養皿上で胚様体(注 7)と呼ばれる組織へ分化す
る能力が ES 細胞と同等に高く、かつ iPS 細胞間での胚様体への分化能のバラツキも減少していま
した。(図 2)
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図 2:iPS 細胞から特定の細胞を分化誘導する為の胚様体作製
さらに、iPS 細胞の品質評価のために、我々はより高度な多分化能の比較検討を行いました。マ
ウス ES 細胞や iPS 細胞を質が良い状態で維持すれば、その細胞からマウス個体を作成することが
できます。一方で、質の悪い ES 細胞や iPS 細胞からマウスの個体が作成されることはありません。
そこで、iPS 細胞の質を評価するために、iPS 細胞のキメラマウス(注 8)作製を行い、iPS 細胞が
1 匹のマウスを生み出す高度な多分化能を持つかを検証しました。その結果、H1foo を含めて作製し
た iPS 細胞は、3 つの因子だけの場合に比べ格段に高いキメラ寄与率を認めるキメラマウスの作製
効率が高く、その効率は ES 細胞とほぼ同等でした。
(図 3)
図 3:iPS 細胞から分化多能性評価の為のキメラマウス作成
以上の研究結果から、H1foo はより多分化能の優れた高品質な iPS 細胞を、より均一な品質で高
効率に作製できる能力を持つことが示されました。
今後、iPS 細胞は多くの目的とされる細胞へ分化誘導され、様々な用途で用いられることが予想
されます。今後、H1foo を用いたヒト iPS 細胞作製について、iPS 細胞研究や臨床応用に大きく貢
献することが期待されます。
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3.特記事項
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
「再生医療の実現化ハイウェイ」、文部科学省「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」の支援
によって行われました。
※このプログラムは平成 27 年度より日本医療研究開発機構に移管されました。
4.論文
タイトル(和訳):H1foo has a pivotal role in qualifying induced pluripotent stem cells
(H1foo は iPS 細胞の質を規定する重要な役割を持つ)
著者:國富晃、湯浅慎介、杉山文博、斎藤優樹、関倫久、楠本大、樫村晋、武井眞、遠山周吾、橋
本寿之、江頭徹、谷本陽子、水野沙織、田中翔馬、奥野博庸、山澤一樹、渡辺秀生、小田真由美、
金田るり、松崎有未、永井俊弘、岡野栄之、八神健一、田中守、福田恵一
掲載紙:「Stem Cell Reports」
【用語解説】
(注 1)iPS 細胞:人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)と呼ばれ、体細胞に複数の
遺伝子を導入して作製される。ES 細胞のように多くの種類の細胞に分化できる多分化能と自己複製
能を有する。2006 年に京都大学の山中伸弥教授らが最初に報告した。
(注 2)リンカーヒストン:リンカーヒストンはヌクレオソーム間を結ぶリンカーDNA 領域に結合
するタンパク質。体細胞に多く発現しているリンカーヒストンは DNA 構造を凝集させ遺伝子発現を
抑制しているが、卵細胞特異的リンカーヒストンである H1foo は DNA 構造を緩んだ状態にするこ
とにより特定の遺伝子の発現を促進していると考えられる。
(注 3)ES 細胞:胚性幹細胞(embryonic stem cell)と呼ばれ、胚盤胞と呼ばれる初期胚から細胞
を取り出し、培養することで作製される。多分化能と自己複製能を有している。受精卵を破壊する
必要があるため、ヒト ES 細胞の作製と利用には倫理的問題が生じる他、自己の細胞から作製する
ことが困難である。
(注 4)核移植:細胞の核を、他の細胞へ移植すること。体細胞の核を未受精卵に移植することで、
体細胞を初期化しクローンを得ることに利用されている。最初のクローン動物は 1962 年に英国ケン
ブリッジ大学のジョン・ガードン博士によりアフリカツメガエルから作製された。
(注 5)山中因子:山中伸弥教授らが報告した、iPS 細胞を作成する際に導入する Oct4、Sox2、Klf4、
c-Myc の 4 つの遺伝子。
(注 6)Nanog: ES 細胞などの多能性幹細胞や初期胚に特異的に発現している多能性遺伝子。質
の高い多能性幹細胞では高発現している遺伝子として知られている。
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(注 7)胚様体:ES 細胞や iPS 細胞を浮遊培養の条件で分化へと誘導すると、ボール状の細胞塊を
形成し、様々な細胞種へ分化していく。特定の細胞への分化誘導や、細胞の多分化能を調べる一般
的な方法。
(注 8)キメラマウス:マウスの初期胚の中に多能性幹細胞を移植することにより、誕生する 2 種
類の細胞に由来するマウス。毛色が黒色のマウスから作られた iPS 細胞を、白色マウスの初期胚に
移植すると、誕生するマウスの毛色は黒もしくは黒と白とのまだらになる。iPS 細胞の多分化能が
優れているほどマウスの色はより黒に近くなり、これをキメラ寄与率が高いと表現する。
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部等
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【本リリースの発信元】
慶應義塾大学医学部 内科学教室(循環器)
慶應義塾大学
湯浅慎介(ゆあさ しんすけ)専任講師
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〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
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慶應義塾大学医学部 内科学教室(循環器)
福田恵一
(ふくだ
TEL: 03-5363-3874
けいいち)教授
FAX 03-5356-3875
E-mail: [email protected]
【AMED 事業に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
戦略推進部 再生医療研究課
TEL:03-6870-2220
E-mail:[email protected]
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