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論文の内容の要旨
氏名:永山 矩美子
博士の専攻分野の名称:博士(獣医学)
論文題名:牛に子宮内感染するウイルス病に関する研究
牛の繁殖障害は、子牛の下痢、肺炎とともに、酪農家に甚大な経済的被害を与えている。胎子は母体内
に存在することで外界からの病原体の感染から守られているが、成獣と比べ病原体に対する感受性が高く、
成獣では病原性を示さない微生物の感染によっても影響を受ける。成牛が感染した場合は軽度の症状を呈
して終わる病原体でも、妊娠牛に感染すると容易に胎盤感染が成立し、繁殖障害の原因となる病原体が多
数報告されている。最近は特に節足動物媒介ウイルスでこの研究が行われ、シュマレンベルクウイルス、
シャモンダウイルス、サシュペリウイルス、ピートンウイルスなどの繁殖障害となる病原体が報告されて
いる。しかし、感染牛から直接・間接接触あるいは空気伝播により感染するウイルスでも、垂直感染を起
こすものがある。畜産現場では感染症が疑われる原因不明な流産が多数報告されている。そこで、2009 年
度から 2014 年度にかけて生物学的製剤製造のため諸外国から日本に輸入され、当研究室が病原体の混入や
抗体保有状況の調査を依頼された牛血清およびその胎子血清を使用し、牛ウイルス性下痢病ウイルス(BVDV)
抗体保有状況および持続感染牛の検出を試みるとともに、それ以外の混入ウイルスの分離を試み、子宮内
感染により繁殖障害の原因となる可能性のあるウイルスの調査を行った。
1. 牛胎子血清からのウイルス分離とその同定
繁殖障害を起こすウイルスとして日本をはじめ世界各地で問題となっているウイルスは BVDV である。ま
た、既報の牛胎子血清(FBS)の抗体調査では FBS からは BVDV 以外のウイルス抗体も検出されている。BVDV
以外のこれらウイルスの持続感染牛が出産するという報告はないが、一時的なウイルス血症を伴って繁殖
障害の原因となっている可能性は高い。そこで、ニュージーランド(NZL)
、オーストラリアおよびドミニ
カ共和国の各国で採取され、細胞培養に使用する FBS 製造のため日本へ輸送された 2,758 個体の FBS を使
用して BVDV 持続感染牛の検出を試み、牛胎子筋肉由来初代(BFM)細胞、牛腎臓由来株化(MDBK)細胞お
よびハムスター肺由来株化(HL)細胞の 3 種の細胞を用いて細胞変性効果(CPE)を指標としてウイルス分
離を試みた。CPE が確認できなかった検体では Blind passage を 2 回繰り返した。持続感染牛の検出には、
検査血清を 20%含む培養液と BFM 細胞を混合培養し、5 日後に細胞病原性 Nose 株を重感染させる干渉法を
使用した。その結果、BVDV は 25 検体の FBS(0.91%)から分離され、NZL 産 1 個体、オーストラリア産 20
個体の FBS から CPE を起こすウイルスが分離された。感染細胞をギムザ染色して観察すると、細胞が円形
化して脱落するとともに多数の巨細胞の形成が認められた。理化学的性状を探索すると、エンベロープの
ある 100 から 200nm の RNA ウイルスであることが確認された。分離ウイルスの同定のため、cDNA を使用し
て次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析を行った結果、分離したウイルスは全て牛パラインフルエンザ 3
型(BPIV-3)であることが判明した。
2. FBS を使用した BVDV 子宮内感染の調査
研究 1 で持続感染牛から分離した BVDV の遺伝子解析を行うともに、同 FBS を用いて BVDV の抗体検査を
行い、野外における BVDV の牛胎子への垂直感染の実態を調査した。BVDV 抗体検査は、2 倍階段希釈をした
検査血清と 100TCID50 のウイルス抗原を混合し、37℃で 1 時間放置後 BFM 細胞浮遊液を加える同時接種法に
よる中和試験を行い、5 日後に CPE の出現を指標に抗体価を測定した。ウイルス抗原には BVDV Ⅰ型 Nose
株、KS86 株および BVDV Ⅱ型 KZ-91 株を用いた。分離した BVDV の遺伝子解析を行ったところ、2011 年 NZL
産のひとつは 1a、オーストラリア産血清のふたつは 1c のクラスターに含まれ、これら以外は 1d に近縁で
あった。また、BVDV 抗体は 44 検体(1.60%)から検出された。数個体の FBS を Pool したドミニカ共和国
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の血清は 1 検体中に複数の陽性個体が存在した可能性があることは否定できないが、BVDV 分離率と抗体陽
性率を合計しても約 1.7%なので、その可能性は非常に低いと考えられる。牛胎子は発生初期に BVDV に感
染すると死亡や流産が生じるため、血清採取の胎齢となるまで発育した胎子を使用した今回の調査では死
流産を起こした胎子感染の頻度は解明できない。妊娠牛が約 280 日の妊娠期間に BVDV に感染する可能性に
差が無いと仮定すると、発生初期の死流産は主に胎齢 80 日以内の胎子で起こるため、BVDV の子宮内感染は
自然界で約 3.0%の妊娠牛に起きていることが示唆された。NZL の一農場から採取した牛胎子血清 139 検体
は、母牛の血清とペア血清で入手できた。これらの母牛血清は 1 頭を除いて BVDV 抗体陽性で、すべての牛
胎子血清は BVDV 抗体、BVDV 分離試験ともに陰性であった。つまり受精時に既に抗体陽性の牛から生まれる
牛胎子は BVDV の子宮内感染を免れていることが示唆された。市販されている FBS は 200~500 頭の FBS を
Pool して製品にしているため、この検査結果により、BVDV 抗体陰性の血清を入手することが困難であり、
数多くの細胞に BVDV の汚染がある現状が裏付けられた。
3. BPIV-3 の垂直感染および免疫寛容牛の調査
BPIV-3 も子宮内感染が成立することが示唆されたので、その頻度を確認するため、NZL 産、オーストラ
リア産の約 1000 個体の FBS を使用して BPIV-3 の抗体検査を行った。抗体検査は 2 倍階段希釈した検査血
清に感染価を 100TCID50 に調整した BPIV-3 BN-1 株を混合し、37℃で 1 時間放置後に MDBK 細胞浮遊液を加
える同時接種法による中和試験で行った。その結果、BPIV-3 の抗体を持つ胎子は一個体も確認できなかっ
た。BPIV-3 は粘膜上皮細胞を標的細胞とするが、BVDV は粘膜上皮細胞とともに末梢白血球にも感染してい
る。従って BPIV-3 の子宮内感染は、牛胎子に胎盤が形成される胎齢 80 日齢以降では起こりにくいと思わ
れる。つまり牛胎子が妊娠初期に BPIV-3 に子宮内感染した場合、死流産することなく母体内で成長を続け
る可能性が示唆された。BPIV-3 の免疫寛容牛の存在を調査するために、BPIV-3 のワクチン接種を定期的に
行っている 2 農場およびワクチン未接種であるが BPIV-3 の流行が確認された 1 農場の牛血清を使用して
BPIV-3 の抗体価を測定したところ、大部分の牛が 256 以上の抗体価を保有していたが、成牛で抗体価の低
い個体が少数ではあるが検出された。また、これらの個体の BVDV 抗体産生能は正常であり、免疫機能異常
である可能性は低い。これらの牛の末梢血白血球、鼻汁、唾液から BPIV-3 の分離を試みているが、現時点
では分離できてない。
BPIV-3 が BVDV と同様に牛胎子に免疫寛容を成立させる病原性を持つかは不明であり、今回のウイルス分
離が牛胎子の一時的なウイルス血症によるものか持続感染が成立したことによるかは明らかではない。し
かし妊娠中期の牛で BPIV-3 の子宮内感染が起こること、および BPIV-3 の持続感染牛が誕生する可能性が
示唆された。
総括
野外における牛のウイルス病の感染状況の調査は成牛を使用したものが大部分であり、垂直感染の調査
でも、初乳未摂取の新生牛を使用したものが多い。本研究はウイルス性疾病が疑われる牛の流産の原因を
究明することを目的に、牛胎子血清を使用してウイルス分離を試み、分離されたウイルスに対する抗体保
有状況を調査した。2500 検体以上の牛胎子血清を使用した大規模なスケールにより野外での BVDV の子宮内
汚染状況が確認され、現在でも一定の割合で BVDV の感染源となる持続感染牛が出生していることが示され
た。そして適切なワクチン接種により妊娠前に免疫を保持させておけば BVDV の子宮内感染が制御できるこ
とが示唆された。
世界各地においてその存在が確認される BVDV の流行状況を把握することができた。今回の FBS 採材地域
では BVDV 1d の流行が主であり、1a、1c の存在も確認できた。また、現時点では子宮内感染をするウイル
スとしての存在認識が希薄である BPIV-3 をオーストラリア産胎子血清から分離し、子宮内感染をするウイ
ルス病としてその存在を再認識することができた。
しかし BPIV-3 の持続感染牛は摘発できなかった。これは、牛胎子が出生する以前に流産・死産してしま
う可能性や、出産した持続感染牛も長時間の輸送や急激な気候変化などのストレスを受けないと一定量の
ウイルス排泄が生じない可能性がある。また、BPIV-3 の野外材料からの分離は 33~35℃での回転培養が必
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要で他のウイルスと比べ分離が困難なことが考えられる。しかし BPIV-3 のワクチン接種牛で抗体価が上昇
しない牛が存在することは、BPIV-3 の免疫寛容牛が存在する可能性を示唆している。
現在、大部分の急性のウイルス病はその感染様式や病原性が解明され、その予防法も開発されている。
しかし病原性が弱いと判断されて予防対策が取られてない、病原ウイルスとして扱われてないウイルスで
も、胎子には病原性を示すウイルスが存在し、子宮内感染を起こせば繁殖障害の原因になると思われる。
この種の病原体による疾病には未解明のものが多数存在していると思われる。今回試みた牛胎子血清を使
用したウイルス病の疫学調査が、子宮内感染により繁殖障害を起こす疾病の解明に活用されることを期待
したい。
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