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論文
電動コンプレッサ向け高効率ロータリ圧縮機の開発
Development of High Efficiency Vane-Rotary Mechanism for Electric Driven Compressor
津田 昌宏 1)
宮地 俊勝 2)
島口 博匡 1)
廣野 幸治 1)
尾崎 達也 1)
Masahiro Tsuda
Toshikatsu Miyaji
Hirotada Shimaguchi
Kouji Hirono
Tatsuya Osaki
Abstract
Aiming at low cost electric compressor for car air conditioners, adoption of the vane rotary
compressor with a simple structure has been studied. In this study we focused on the compression
efficiency in high speed range, which had been considered to be a disadvantage for the rotary type
mechanism. Based on thorough analyses of the compression mechanism including“over-compression”
phenomenon, we developed a new concept with single compression chamber configuration. In addition
to this new configuration that allows much longer compression stroke, careful redesigning of the compression profile focused on the compression speed control has been conducted. This new mechanism
indicated significant suppression of the“over-compression”leading to high efficiency performance to
the high end of the speed range.
Key Words : Heat・Fluid, Air conditioner, Vane-rotary compressor (D1)
1. は じ め に
HEV,PHEV,EV 車の市場が拡大されていく中で,
これらの車両の空調システムの心臓部であるコンプレッ
サは,電動化が進みつつある.電動コンプレッサはエン
ジン回転に規制されることなく任意の回転速度で運転で
きるので,コンプレッサ容量を小さく設定し高速回転領
域で使用することが望ましい.その為圧縮機には,高速
回転で高効率であることが求められる.一方,エンジン
車向けのコンプレッサ市場では,構造が簡素で低コスト
のベーンロータリタイプがシェアを伸ばしている.今回,
このような長所のあるベーンロータリ圧縮機をベース
に,圧縮構造を根本的に見直した超緩圧縮メカニズムを
Fig. 1 Power Breakdown
考案し,高速回転での高効率化を実現して,電動コンプ
レッサへの適用を可能とする技術開発を行った.
3. 過圧縮メカニズム
2. 高速回転時効率低下の要因分析
Fig. 2 に,圧縮機に小型の圧力センサを組み込んで,
当社ベーンロータリ圧縮機の低速回転時と高速回転時
圧縮機内部の圧力を実際に測定した結果を示す.回転速
の実測した消費動力の内訳を計算した結果を Fig. 1 に示
度が低い場合を点線,回転速度が高い場合を実線で,横
す.回転速度を上昇させると,理論圧縮動力は回転速度
軸に圧縮時間をとって表したものである.回転速度が高
にほぼ比例し約 2.5 倍になるが,過圧縮による動力損失
い場合は,圧縮時間が短く,吐出圧力を超えて昇圧する
は約 10 倍となっており,高速回転時効率低下の要因の
過圧縮量が大きい.
ひとつであることがわかった.今回,この過圧縮に注目
圧縮機には内部圧力が吐出圧力に至った時に開いて,
し,高速回転時効率を向上する開発を行った.
ガスを吐出するための吐出弁を備えている.吐出弁は,
圧縮室内外の圧力差により開弁し,その後ガス流の動圧
により弁開度が決まる.しかし,吐出弁剛性やオイルに
公益社団法人 自動車技術会の許可を得て, 2015年春季学術講演会前刷集
より転載
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1)
2)
グローバルテクノロジー本部 環境技術開発グループ
グローバルテクノロジー本部 技術企画グループ
電動コンプレッサ向け高効率ロータリ圧縮機の開発
よる貼り付きなどの影響により開弁遅れが発生し,吐出
とができる.従来の 2 つの圧縮室を持ったベーンロータ
弁の開きが足りていない間圧力が上昇し続け,過圧縮現
リタイプでは,シリンダのプロファイルを変化させる角
象が発生する.
度区間が短く,圧力上昇を遅くする設計ができない.そ
Fig. 3 に過圧縮時の圧力グラフの詳細を示す.実線が
こで,Fig. 4 に示すように 2 つの圧縮室の 1 つを廃止し,
高速回転時の圧縮室内圧力で,圧力上昇が速い為,開弁
その分を全て圧縮,吐出行程に使うようにする超緩圧縮
遅れと弁開度不足が発生し,過圧縮現象が起こっている.
メカニズムとした.さらに一定の体積変化では,圧力上
従来,過圧縮量を小さくするために,吐出弁剛性を下げ
昇が速くなってしまうので,吐出圧力到達点付近の体積
たり,吐出弁貼り付き防止策により開弁遅れ時間の短縮
変化量を小さくし,過圧縮を抑えることを考えた.それ
を試みた例はあるが,大きな改善につながっていない.
以外の部分の体積変化を大きくすることにより,360 度
しかし,Fig. 3 の点線に示す 2,000rpm 時の様に圧力
で吸入行程から吐出行程まで納まるように設計した.こ
上昇を遅くすることができれば,同じ開弁遅れ時間の間
れにより,吐出圧力到達点付近の体積変化量を小さくす
に過度に圧力上昇する量が小さくなり,理論上過圧縮量
ることができ,体積変化から圧力を机上計算した結果,
を低減させることができるはずである.
高速回転時の圧力上昇速度を目標とした 2,000rpm 時相
当のレベルまで抑制することができた.Fig. 5 に圧縮室
体積変化を,Fig. 6 に圧力上昇の計算結果を示す.
この新たに設計した圧縮機と,1 回転 2 圧縮タイプの
圧縮機の内部圧力上昇の様子を,流体解析を行って比較
した結果を Fig. 7 に示す.解析は,吐出弁の開き具合を
再現する為,流体解析(STAR-CD)と構造解析(Abaqus)
の連成解析で行った.解析の結果,従来型にある過圧縮
が新圧縮機では無くなっており,狙い通りの設計になっ
ていることが確認できた.
Fig. 2 Cylinder Pressure
Fig. 4 Compressor Structure
Fig. 3 Over-Compression Details
4. 新圧縮機構の設計
高速回転時の過圧縮量を低減するため,吐出圧力レベ
ルへの到達点付近における圧力上昇速度を 2,000rpm 時
相当の速度以下にすることを一つの目途とした.ベーン
ロータリタイプの特徴として,シリンダのプロファイル
Fig. 5 Compression Chamber Volume
を変化させることで,圧縮の体積を任意に変化させるこ
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CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016
Fig. 6 Cylinder Pressure
Fig. 8 Suppression of Over-Compression
Fig.7 Suppression of Over-Compression
Fig. 9 Performance Improvement
5. 実 証 結 果
流体解析上過圧縮が無くなった新圧縮機を実際に試作
し,量産している従来タイプとの比較評価を行った.圧縮
室内部の圧力上昇を測定する為,圧縮機に小型の圧力セン
サを組み込んで,運転中の圧縮室内部圧力を測定した.
5.1. 圧縮室内部圧力測定結果
圧縮室内部圧力の測定結果を Fig. 8 に示す.
圧縮室内部圧力測定の結果,圧縮速度が遅くなり流体解
析結果と同様に過圧縮が無くなっており,設計の狙い通
りになっていることが実測でも確認できた.
5.2. 性能測定結果
Fig. 9 に効率の測定結果を示す.新圧縮機では,過圧
Fig. 10 Power Breakdown
縮低減効果により高回転時の効率が改善しており,従来
型に比較して 5,000rpm 時の成績係数(COP: Coefficient
過圧縮低減そのものの効果は 13% であった.また,
Of Performance)で 30% もの向上が認められ,スクロー
過圧縮低減によりリーク損失が改善した効果 5% を加え
ルと比較しても同等以上の COP を達成できた.
ると,過圧縮低減効果は計 18% となる.さらにその他
Fig. 10 に消費動力の内訳を計算した結果を示す.過
の効果として,新圧縮機構造の副産物として,以下の内
圧縮による動力損失は約 1/8 に減少した.
容が確認できた.
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電動コンプレッサ向け高効率ロータリ圧縮機の開発
(1) 新設計でベーン前後差圧が低減した事による,ベー
ン側面の摺動損失低減効果…4%
Fig. 11 に新圧縮機と従来型の圧縮室内部の圧力を机
上計算で比較した図を示す.横軸を 1 圧縮サイクルとし
て比較したものである.新圧縮機は圧縮,吐出行程を長
くしたため,ベーンの前後が吐出圧力になる区間が発生
する.これによりベーン前後の圧力差がなくなり,ベー
ンがストローク時に発生する摩擦が減少する.
(2) 新設計でベーン押し付け荷重が低減した事による,
ベーン先端の摺動損失低減効果…8%
Fig. 11 に示したように新設計は,ベーンの前後が吐出
圧力になることにより,ベーンをシリンダに押し付ける
力とベーンをシリンダから押し返す力の差が減少するこ
とで,ベーン先端とシリンダの摺動摩擦が減少している.
Fig. 11 Cylinder Pressure
6. ま と め
ベーンロータリ圧縮機をベースに,圧縮構造を根本的
に見直した超緩圧縮メカニズムを考案した.これを実現
する新圧縮機構を開発することにより,高速回転での効
率を大幅に引き上げられ,電動コンプレッサへの適用が
可能であることが確認された.
ベーンロータリタイプは構造が簡単で基本的に低コス
トであることから,本技術により,より安価な電動コン
プレッサを提供していくことが可能となった.
今回は過圧縮に着目したが,今後は摩擦損失も減らして,
圧縮機の更なる効率向上を目指し,改良を続けていく.
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