當具伸一会長の挨拶はこちら - 神奈川県生活協同組合連合会

2016 年 5 月 15 日
ピースリレー 平和祈念塔参拝・原爆慰霊 ご挨拶
神奈川県生活協同組合連合会
会長理事 當具 伸一
本日、こちらの「原爆犠牲者慰霊碑」「平和祈念塔」そして「原爆の火の塔」の
前で、皆さまとともに、被爆者とともにこの時代を生きる者の責任として、「戦争
は二度と起こしてはならない」「被爆者が存命のうちに必ずこの地球上から核兵器
を廃絶する道筋をつくる」、そして「世界の子どもたちが怯えることなく平和に暮
らせる社会を実現する」ことを誓い合いたいと思います。
「戦争ほど残酷なものはない」「戦争ほど悲惨なものはない」。これは戦争を体
験した国民の実感であり、総意でした。
終戦直後の 11 月 18 日には、日本生協連の前身である日本協同組合同盟が創立し
ました。その創立総会において、賀川豊彦はじめ戦前からの協同組合のリーダーた
ちは、アジアで 2,000 万人にのぼる犠牲者を出し、310 万人の国民の犠牲者と社会
の荒廃をもたらした日本が起こした戦争への反省、そして復興と再生への思いを込
めて「本同盟は協同組合の普及発展を図り民衆生活の維持安定及文化の向上を期し
以て民主主義的平和国家を確立し更に協同組合の国際的結合に依る世 界平和の実
現を目的とする」ことを謳いました。
その後、1948 年制定の消費生活協同組合法に基づき、1951 年に日本協同組合同
盟は現在の日本生協連となりました。日本生協連は綱領で「世界平和の確立」、創
立宣言で「平和と、より良き生活こそ生活協同組合の理想であり、この思想の貫徹
こそ現段階においてわれわれに課せられた最大の使命である」と謳いました。
前年の 1950 年 6 月に朝鮮戦争が始まり、日本がその前線基地となる情勢下の事
でした。
「平和な社会」を願うことは、日本の生協運動の戦後の再出発の原点です。
日本は、再び戦争の惨禍が起こることのないよう恒久平和を願い、現在の憲法を
制定しました。
世界ではいまだ紛争は絶えず、多くの市民と子どもたちがその犠牲となっていま
す。また、人類とは決して共存することのできない核兵器は、世界に 1 万 5,800
発もが存在し続けています。
私たちは、平和憲法を持つ、唯一の戦争被爆国である日本の政府こそが、武力に
頼ることのない平和外交を堅持し、核兵器廃絶に向けて強いリーダーシップを発揮
するよう強く求めるものです。
2 つの事を皆さまと確認しましょう。
1 つ目。戦争や被爆の惨禍を記憶し語り継いでいきましょう。これは次の世代へ
不戦・平和の思いつなぐ大切な第一歩です。
2 つ目。被爆者が呼び掛ける核兵器廃絶国際署名に取り組み、市民の力で政府を
動かしましょう。被爆者が存命のうちに必ずこの地球上から核兵器を廃絶する道筋
をつけましょう。核兵器禁止条約を締結させましょう。