浸水被害常襲地域における浸水対策計画の効果検証事例

浸水被害常襲地域における浸水対策計画の効果検証事例
㈱極東技工コンサルタント
中野
義郎
1.はじめに
近年、わが国では下水道施設の計画水準を大きく上回る集中豪雨の多発、都市化の進展
による雨水流出量の増大、人口・資産の集中や地下空間利用の拡大等による都市構造の高
度化などにより、都市部における内水氾濫の被害リスクが増大している。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第 4 次評価報告書統合報告書(平成 19 年 11 月)
において、気候変動により、大雨の頻度増加、激化する台風被害の懸念を指摘されている
背景もあり、国土交通省では浸水被害を軽減すべく、地方公共団体・関係住民等が一体と
なって、効率的なハード対策の着実な整備に加え、ソフト対策、自助の取り組みを組み合
わせた総合的な浸水対策(下水道浸水被害軽減総合事業)を推進している。
このような状況の下、本事例都市とした S 市では、浸水被害常襲地域である M 地区の浸
水被害解消事業に着手している。本稿は、基本設計で提案した浸水対策の効果を流出解析
ソフトを用いて検証を行ったものである。
表-1 M 地区の浸水実績(H5~H26)
2.過去の浸水被害実績
本計画対象である M 地区は、
完成 当時に 東洋最大 規模と言わ
れた マンモ ス団地が 広がる地区
であり、団地内敷地は水田地帯を
開発した低地帯で 1970 年代以降、
台風や大雨によって地区内を流れ
る一級河川 D 川の水位が増すと、
しばしば冠水被害を受けていたが、
排水機場や放流きょの整備を行っ
浸水深:30~60cm
たことにより、1980 年代以降の被
害は減少した。しかしながら、先
に述べた近年の気候変動による大
雨の頻度増加、激化する台風被害
の影響を受けて、近年では道路冠
水を伴う浸水被害が頻発している。
(表-1、図-1)
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図-1 平成 25 年台風 26 号浸水図
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1
:浸水深(cm)
特に、最大浸水深が 50cm を越える被害については、平成 5 年以降に 3 度発生して
おり、いずれも総降雨量が 200mm を越えるものであった。よって、M 地区における浸
水被害は、時間最大降雨量が 50mm を越えるような集中豪雨よりも、総降雨量が多い
長時間にわたる降雨の方がより大きな浸水被害を引き起こす傾向にあり、内水氾濫の
原因が河川への放流制限によるものであると想定される。
3.M 地区の課題
M 地区はその排水系統毎に 3 つ
のブロック(図-2)に分けられ、
それぞれのブロック毎に 1 級河
川 D 川に放流する吐口を有して
いる。なお、各吐口には、D 川の
水位に連動する電動スライドゲ
ートが設置(図-3)されており、
D
川 の 水 位 が 設 定 水 位
(T.P.+1.37m)に達すると各ブロ
図-2 M 地区ブロック分け図
ックのゲートが閉じ、行き場を失
った雨水はゲート前に設置され
た越流ぜきを介して D 川沿いの
貯留施設に貯められる。その後、
貯留施設に併設された M 排水機
D 川に強制排水される。
場により、
M 地区の地盤高は、T.P.+2.10m
~+2.60m であり、D 川の計画高水
位(T.P.+2.70m~+2.80m)に比べ
低い。また、各吐口の電動スライ
ドゲートの閉水位は T.P.+1.37m
図-3 吐口ゲートの状況(B ブロック)
に設定されているため、増水時に
は比較的早い段階で自然排水ができなくなる。つまり、M 地区における増水時の排水は、M
排水機場(排水能力:60m3/min)による強制排水に頼らざるを得ない状態である。
基本設計では上記の内容を M 地区の浸水被害解消に対する課題と考え、その対策案とし
て以下に示す 2 案の提案を行った。
提案 1:M 排水機場の排水能力増強
提案 2:貯留施設の設置
なお、「提案 1:M 排水機場の排水能力増強」については、当時、河川管理者の合意が得
られないことから、
「提案 2:貯留施設の設置」を基本設計案として計画を行った。
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2
4.貯留施設設置案
M 地区では、過去の浸水被害の対策とし
て、地区内に数ヶ所の貯留施設(貯留管)
を設けている。基本設計では、その貯留
量を M 地区の現況貯留可能容量と考え、5
年確率計画降雨強度公式(60 分降雨強
度:55.5mm/hr、降雨継続時間:24 時間)
により算出した必要貯留量に対する不足
分を、新規に計画する貯留施設の貯留容
量とした。
(図-4)
図-4
必要貯留量算定の概要図
なお、5 年確率計画降雨強度公式により
算出する必要貯留量の算定は、D 川の水位が上昇し、各吐口ゲートが閉まり、各ブロッ
クの排水が M 排水機場に流入し強制排水される事を前提として行う。以下に、必要貯
留量と現況貯留可能容量の差を示す。
必要貯留量
17,400 m3
現況貯留可能容量
-
11,547 m3
= 5,853 m3(≒6,000m3)
検討の結果、必要貯留量が現況貯留可能容量を上回るため、約 6,000m 3 の貯留容量が
必要となる。よって、基本設計では、貯留施設(V=6,000m3 )を新規に計画することに
より、M 地区の浸水被害解消を図る計画とした。なお、基本設計では、貯留施設を新規に
設置するほか、能力不足路線の改修や管網のループ化等の対策も行った。(図-5)
図-5
基本設計計画案
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3
5.浸水シミュレーション
5-1 計画降雨に対する貯留施設案の検証
基本設計で計画を行った貯留施設設置案を、流出解析ソフトを用いて浸水シミュレーシ
ョンを行った。
まず、基本設計と同条件である 5 年確率計画降雨強度公式(60 分降雨強度:55.5mm/hr、
降雨継続時間:24 時間)を用いた計画降雨によるシミュレーション結果(浸水被害最大時)
を図-6、図-7に示す。
現況モデル(図-6)では M グラウンド内で 20~29cm の浸水が発生し、M グラウンド付
近の道路および B 水路付近で 20cm 未満の浸水が発生する。
一方、貯留施設設置案(図-7)では、浸水被害がほぼ解消され、貯留施設による浸水
被害解消の効果が確認されたといえる。
図-6
計画降雨のシミュレーション
図-7
結果(現況モデル)
5-2
計画降雨のシミュレーション
結果(貯留施設設置案)
超過降雨に対する検証
「2.過去の浸水被害実績」でも述べた通り M 地区においては過去に最大浸水深が 50cm
を越える浸水被害も発生しているため、近年の気候変動による大雨の頻度増加、激化する
台風被害の影響を考慮した超過降雨に対する効果検証も必要である。よって本計画では、M
地区において既往最大の被害をもたらした平成 25 年の台風 26 号による豪雨(総雨量:
231.50mm、時間最大降雨量:41.5mm、最大浸水深:60cm)の降雨データを用いてシミュレ
ーションを行った。超過降雨に対するシミュレーションの検討ケースを以下に示す。
ケース 1:M 排水機場の排水能力増強案
ケース 2:貯留施設設置案
各ケースの検討を行うにあたり、超過降雨に対する現況モデルのキャリブレーションを
行った。
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4
現況モデル(図-8)では M グラウンド内で
40cm 以上の浸水が発生し、M グランド付近の道
路および B 水路付近で 30~39cm 程度の浸水が
発生する。この結果は、実際の台風 26 号発生
時の被害状況をヒアリングした結果とほぼ合
致するため、現況モデルの再現性は妥当である
といえる。
(1) M 排水機場の排水能力増強案の効果検証
本案は、M 排水機場の排水能力を S 市公共下
水道全体計画の計画値である 120m3/min に増
図-8
超過降雨のシミュレーション結果
(現況モデル)
強する案である。検証の結果を図-9に示す。
M 排水機場の排水能力を 120m3/min まで増強
した場合、
現況モデルと比較して全体的に浸水
エリアが狭まり、浸水深も浅くなる結果となっ
た。道路上の浸水に関しても大部分が 20cm 未
満となり、
最大でも車両の通行に関して一般的
に無被害と言われる 30cm 未満に抑えられるた
め、本案は、超過降雨に対して浸水被害軽減効
果が期待できるといえる。
ただし、本案については河川管理者との放流
量に係る協議が必要となり、河川と一体となっ
図-9
た整備が必要である。
超過降雨のシミュレーション結果
(排水能力増強案)
(2)貯留施設設置案の効果検証
本案は、基本設計で計画を行った貯留施設
(V=6,000m3 )を設置する案である。検証の
結果を図-10に示す。
貯留施設(V=6,000m3 )を設置した場合、
現況モデルと比較して M グラウンド内の浸
水深が抑えられ、全体的に浸水エリアが狭ま
るものの、排水能力増強案のような顕著な効
果は表れなかった。また、部分的ではあるが、
道路上に浸水深が 30cm 以上となる箇所が残
るため、道路冠水により車両通行止めとなる 図-10
危険性が残る。
超過降雨のシミュレーション結果
(貯留施設設置案)
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5
(3) M 地区の将来像を見据えた貯留施設設置案の効果検証
現在、M 地区においては、老朽化
した団地の建て替えを含めた大規
模な街区整備事業が進行しており、
現況で最も地盤高が低い M グラウン
ドが嵩上げされ、宅地化される計画
がある。また、M 地区には、多くの
学校、公園施設があり、その敷地を
利用した学校・公園貯留の検討も進
められている。そこで、これらの条
件を新たに加えて貯留施設設置案
の効果を再検証した。検証の結果
を図-11に示す。
貯留施設設置案(図-10)と
図-11 超過降雨のシミュレーション結果
(貯留施設設置案、学校・公園貯留考慮)
比較して浸水エリアが狭まり、浸
水深も浅くなる。道路冠水に関しても 30cm 未満に抑えられる結果となったため、本案
においても超過降雨に対する雨水貯留施設の浸水被害軽減効果が期待できる。
6.浸水シミュレーションの検証結果
各案のシミュレーションを行っ
た結果、排水能力増強案、貯留施設
設置案ともに超過降雨に対して浸
水被害を軽減する効果は期待でき
るといえる。
しかしながら、排水能力増強案は、
河川管理者との放流量に係る協議
が必要となり、現時点では、直ちに
M 排水機場の排水能力を 120m3/min
まで増強させることは困難である
といえる。また、貯留施設設置案も
超過降雨に対して浸水被害を軽減
する効果は期待できるものの、道路
図-12
超過降雨のシミュレーション結果
(貯留施設設置+排水能力増強(96m3/min)案、
学校・公園貯留考慮)
上に 20cm 以上の浸水箇所が残り、
浸水被害の解消という目的に対しては万全ではない。よって本計画では、貯留施設設置案
を採用し、その後、M 排水機場の排水能力を河川管理者との折衷案である 96 m3/min(現況
排水能力の 6 割増)まで増強させる案を提案した。図-12に貯留施設設置後に M 排水機
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6
場の排水能力を 96m3/min まで増強させた場
合のシミュレーション結果を示す。
図-13に示した各案の浸水深別の浸水
面積を表したグラフより、貯留施設設置+排
水能力増強(96m3/min)案では、20cm 以上の
浸水がほぼ解消され、20cm 未満の浸水も他の
案に比べて減少することがわかる。
また、各案の浸水対策の効果を定量的に把
握するため、浸水シミュレーションの浸水深
図-13
より算出した年間被害軽減額と浸水対策に
浸水深別浸水面積
係る年間建設費を比較し、便益比(B/C)を算出した。(表-2、表-3)なお、年間被害
軽減額は、浸水面積を床上浸水、床下浸水に分け、それぞれの被害率を乗じた浸水面積に
家屋 1m2 当り評価額を乗じて簡易的に算出した。
表-2
家屋資産被害額の算定
費用対効果結果より、貯留施設の設置
表-3
費用対効果結果
のみではなく、併せて排水能力の増強を
図る方が望ましい結果となった。よって、
貯留施設の設置までを暫定整備とし、最
終的には M 排水機場の排水能力を
96m3/min まで増強させることが最も効
果的な浸水被害解消案であると考える。
7.おわりに
基本設計で提案した浸水対策の効果を流出解析ソフトを用いて検証したことにより、超
過降雨にも対応する浸水被害解消案(ハード対策)を策定することができた。
今後はハード対策に加えて、避難体制等の充実・強化といったソフト対策を目標達成
のための対策の一部として組み込み、浸水被害の最小化を図っていくことが今後の M 地
区の検討課題であると考えられる。
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