工程設計における離散系シミュレータを活用した効率的な解析手法開発

技術紹介
工程設計における離散系シミュレータを活用した効率的な解析手法開発
Development of Efficient Analysis Method with Discrete Event Simulation (DES)
for Process Design
滝田 洋一 *
Youichi Takita
要 旨
多種混流ライン,ランダムオーダでの生産など変動要因の多い製造ラインの工程設計において,様々
な条件下での量産ラインのスループット(単位時間当たりの生産量)や中間在庫の推移を正確に評価検
証できる離散系シミュレーションの有効性は高い.本稿では , 工程設計での離散系シミュレーションの
適用を拡大し,設計の質を高める為,解析モデル作成の効率化に取り組んだ内容を報告する.
Abstract
Discrete Event Simulation (DES) can be extremely effective as a validation tool in mixed production
lines wherein numerous variation factors such as production procedures, operation time and random
orders come into play. This report will discuss our approach to an efficient analysis method which is
built on the methodological principles of Discrete Event Simulation (DES).
Key Words : Discreet Event Simulation, CAE, Process Design / Digital Manufacturing
1. は じ め に
近年,自動車部品製造において,グローバル生産対応 ,
及び新製品のスムーズな立ち上げに対するニーズはます
ます高くなっている.そのため,カルソニックカンセイ
では,サイマル段階,生産準備段階において,工程設計
と型・設備準備業務の質を高めるべく,IT や CAE の
ツールを活用している.その中でも量産ラインのスルー
プット(単位時間当たりの生産量)や中間在庫の推移を
正確に評価できる離散系シミュレーションは,生産順序,
作業時間など変動要因の多い多種混流ラインやランダム
オーダ対応ラインの工程設計において,極めて有効な検
証ツールとなっている.
本稿では,コックピットモジュール生産ライン等に対
する離散系シミュレーションの適用拡大を狙った技術開
発について報告する.
Fig. 1 CPM Product Configuration
2.2. 工程設計の課題
カルソニックカンセイでは,コックピットモジュール
製造ラインの標準ライン編成は,車両組立ラインに近接
2. Plant Simulation 導入の背景
2.1. コックピットモジュールとは
して設置され,四車種8タイプのコックピットモジュー
ルの混流生産に対応している.また,車両組立ラインで
Fig. 1 にコックピットモジュールの製品構成を示す.
製造される車一台ずつの仕様とタイミングに合わせ,適
コックピットモジュールは,インストパネル/メータ
合するコックピットモジュールを供給することが求めら
/空調室内ユニット/集中スイッチ等,約 60 種の製品
れる.このため,サイクルタイムの異なる複数のタイプ
で構成されており,自動車の機能性,快適性,安全性を
のコックピットモジュールをランダムな順序で製造し,
左右する重要な部品モジュールである.
なおかつ車両組立ラインへ決められたタイミングで供給
*グローバル生産本部 生産技術開発・試作計測グループ
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工程設計における離散系シミュレータを活用した効率的な解析手法開発
する必要がある.更に,Fig. 2 に示すように複数の車種,
また,海外拠点も含め,多くの製造ラインをかかえる
タイプに対応する為,A モデル専用工程,B モデル専用
なかで,すべての製造ラインに解析を適用することもで
工程,共用工程等にわかれ,工程への部品供給を AGV
きなかった.
(自走車)にて行っている.従って,AGV の経路は複数
これらに対応する為,解析モデル作成リードタイム短
の分岐点と合流点を持ち,交差点制御が行われている.
縮に取り組んだ.Fig. 3 に解析モデル作成工数の分析を
実施した結果を示す.
Fig. 3 Problem Analysis
各種分析により,解析モデル作成における問題点は以
Fig. 2 Example of CPM Line
下の三点であることが明らかになった.
(1) コックピットモジュール製造ラインの場合,ライ
工程設計においては,
ンを構成する要素(オブジェクト)に対し作業時間など
(1) 生産する製品の順序,車種ごとのサイクルタイム
数百点にものぼるパラメータの設定が必要となり,モデ
の差,作業員の習熟レベルの差等のライン変動要因が変
ル定義の際,そのコーディングに時間がかかる.
化しても,安定して求められるタイミングで製品を車両
(2) モデル作成(プログラミング)には,専門スキル
組立ラインへ供給できるか.
が必要となり,養成に時間がかかるので,モデル作成に
(2) 分岐,合流を伴う AGV の経路の中で,部品供給
対応できる人が限定される.
が滞りなく適切なタイミングで行えるのか.
(3) 類似したラインの既存解析モデルをもとに新規モ
等を検討したうえで,作業編成,レイアウト,AGV 経
デルを作成しようとする場合,プログラムの編集性が低
路と適正な台数等を決定する必要があるため,従来の工
く,デバッグに時間がかかる.
程設計では相当程度の時間を要していた.
こうした背景から,定量的で一定のルールに基づいた
3. 解決の方策
アプローチで対応でき,かつ,使い勝手(専門的なプロ
解析モデル作成における三点の問題点を解決するため
グラムスキルが不要,標準オブジェクトが充実)の良
に,自動化,オブジェクトのグループ化,拡張性に着目
い手段として Siemens 社の離散系シミュレータである
して方策を検討した.
Plant Simulation を導入している.
(1) 自動化 オブジェクトパラメ―タのコーディング
Plant Simulation を用いた解析を実施することで,
時間の短縮のため,もととなる工程設計時のエクセルデー
(1) 過去に発生した故障実績を折り込んだロバスト性
タからの自動インポート機能を開発することとした.
評価ができている.
(2) オブジェクトのグループ化 解析モデル作成スキ
(2) 複数車種がランダムな順番でラインを流れる場合
ルをもたない工程設計のエンジニアでも容易に解析モデ
の適正な工程間在庫量・スペースの評価と正確な完成品
ルが準備できるようにするため,製造ラインの構成要素
の出来高評価ができている.
を表現できるオブジェクトライブラリを準備しておき,
(3) 分岐・合流が複雑な場合の AGV 経路検討と適正
選択したオブジェクトのパラメータを変更するだけで,
な AGV 台数の算出等で効果が確認できている.
適切なオブジェクトモデルが作成でき,それを組み合わ
上記の効果が確認できたものの,次のような課題が
せることで製造ラインの解析モデルが構築できるように
残っていた.
した.
Plant Simulation 適用において,事前の解析モデル(プ
(3) 拡張性の向上 製品の進化に追従した,生産形態
ログラム)作成が必要になるが,これには多くの工数と
の変化を想定したオブジェクトライブラリ構成とした.
期間を要していた.したがって,工程設計から立ち上が
りまでに一回しか解析を実施できていなかった.
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CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016
3.2. オブジェクトのグループ化
3.1. 自動化
Fig. 4 にオブジェクトのパラメータを自動取り込みで
Fig. 7 に示すように,ラインや作業の構成要素を表現
実現した内容を示す.入力ファイル十種が個別に存在し,
するための標準オブジェクトを洗い出し定義した.標準
データ入力及び修正時には複数ファイルへの入力及び修
オブジェクトを再利用し易いようにオブジェクトの固定
正が必要となっていたものを,入力一種に統一し,かつ,
部と変動部を明確にした.
自動読込を実現した.
Fig. 7 Fixed Part / Variable Part Construction
Fig. 4 Input-Output File
また,標準オブジェクトは,Fig. 8 に示すように階層
更に,取り込んだ入力情報は,モデルオブジェクト中
構造を持ち,最下層に位置付けられる基本オブジェクト
の必要な定義部分に自動的に割付けるようにした.
を参照する形で実現されている.これにより,モデル修
Fig. 5 にオブジェクトパラメータの設定自動化の概要
正時の保守性を高めることをねらった.
を示す.
Object
Hierarchical structure
Dialog
Modeling by standard object
Fig. 5 Outline of Parameter Importing
Fig. 8 Detail of Object
結果出力についても,同様に五種存在していた出力
ファイルを一種に統一するとともに,標準の出力オブ
新規に製造ラインのモデルを作成する場合には,予め
ジェクトを定義し,ダイアログからの選択のみで解析結
準備されたカルソニックカンセイ独自のオブェジェクト
果を出力するようにした.Fig. 6 に解析結果出力機能ラ
ライブラリ(以下,CK オブジェクトライブラリ)から
イブラリ化の概要を示す.
必要なオブジェクトを選択し,変動部のパラメータを変
更し,工程ラインをモデリングして行く.
これにより,モデリング作成/修正工数の大幅削減を
ねらった.
Fig. 9 に CK オブジェクトライブラリをもとにした解
析モデル作成の概要を示す.
Fig. 6 Outline of Reporting
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4. 結 果
コックピットモジュールラインの構成要素を表現でき
る CK オブジェクトライブラリを構築することで,解析
モデル作成工数低減が達成できた.
また,解析モデル作成の深い専門知識を持たない人で
も生産ライン解析モデルが作成できるようになった.
結果として,Fig. 12 に示すように,標準的な四車種 8
Fig. 9 0utline of Analysis Model Construction
タイプのコックピットモジュール混流ラインのモデル作
成期間(モデリング+デバッグ+計算及び解析結果評価)
Fig. 10 に開発した CK オブジェクトライブラリを使用
を従来に対して 60% 短縮できた.
し,作成した CPM 製造ラインのシミュレーションモデ
ルを示す.
Fig. 12 Shortened Lead Time for Analysis Model
Fig. 10 Example of CPM Line Model Base on Library
Objects
3.3. 拡張性の向上
更に,モデル作成時間短縮により,Fig. 13 に示すよ
うに,従来は工程設計から量産立ち上がりまでに一回し
かできなかったラインの解析を量産立ち上がりまで複数
コックピットモジュール製造ラインは,Fig. 11 に示す
回実施できるようになった.また,量産立ち上がり後の
ように年代とともにその生産形態が変化してきている.
作業編成の変更の検討等の量産における解析の日常使い
まで可能となった .
Fig. 13 Increased of Process Design
Fig. 11 Evolution of CPM Line
したがって,解析モデルも製造ラインの変化に対応す
る必要がある.今回の CK オブジェクトライブラリをベー
スとしたモデル作成においては,新しい種類の標準オブ
ジェクトを追加することで変化に対応し易い形態となっ
ている.
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5. お わ り に
離散系シミュレーションにおいて,ラインの構成要素
を表現できる CK オブジェクトライブラリを構築し,そ
のライブラリをもとに製造ラインの解析モデルを作成す
ることで,解析リードタイムが大幅に短縮できることが
確認できた.今後は,他製品の製造ラインにも対応でき
るようにオブジェクトライブラリの拡張,離散系シミュ
レーションの適用を拡大し,工程設計の更なる品質向上
を図ることで,グローバル生産対応 , 及び新製品のスムー
ズな立ち上げに貢献する.
最後に,本取組みに関してご協力頂いた,多くの方々
に対して深く感謝致したい.
滝田 洋一
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